二人が睨み合ったまま時間が止まったような感覚。 けれどそれは実際にはほんの一瞬のことだった。 青島が持っていた書類を叩き付けて、部屋から出て行く。 数瞬送れて、室井がその後を追った。 「青島!」 真っ直ぐにホールを目指した青島は、エレベーターが階下にあるのを見てとるとすぐに身をひるがえして非常階段へと向かう。 そこで室井が青島に追いついた。 「青島」 強い口調で名を呼び、室井が青島の腕を掴んだが、青島は室井をかえりみることもせずその手を振り払った。 「青島!」 瞳さえ合わさない青島に苛立ちを覚えたものの、咄嗟にそこまで激昂する青島の心情を思った室井の手は宙を掴む。 それでも追わない訳にもいかず、室井は閉まりかけた非常階段への扉を開けた。 青島は特にスピードを上げるでもなく、淡々と、まるで感情を押さえるように階段を降りる。 それに室井が再び追いついたのは丸々2階分フロアを通過した踊り場付近。 室井が言葉も発しないまま青島の二の腕を捕らえた。 青島が懲りもせず、それをまたも振り払おうとする。 「私の話を聞け!」 「・・・っなしてくださいよ!」 ちょうどその踊り場部分だけ明かりがなく、上下の階から漏れるわずかな光の中で二人は睨み合った。 一瞬、青島の表情が動きかけたが、それを押さえ、青島はそのまま階段を降りようとする。 その青島の子供のような行動に、室井は思わず掴んだ腕を力一杯に引き寄せた。 そのまま壁に思い切り押し付ける。 「なにすんですか!」 瞳いっぱいに敵意さえ込めて睨む青島の胸倉を掴み上げ、室井はそのまま青島に噛み付くような口付けを施した。 目を見開く青島の驚きには構わず、その舌を絡めとり、室井は息ができなくなる程激しいキスを続ける。 「・・・っ・・・ろい、さっ・・・」 青島が途切れ途切れに、責めるように室井を呼んだが、その手は決して室井を押し返そうとはしなかった。 やがて強張っていた青島の身体が力を失くし、室井はゆっくりと青島から離れる。 唇を拭い、改めて視線を合わせる二人。 先に口を開いたのは室井だった。 「・・・私の話を聞けと言っている」 「っ・・・これのドコが話なんすか!」 今の激情など忘れたように淡々と告げた室井の言葉に、青島が再び怒ったように叫んだ。 それでも室井はもう動じない。 「お前が聞かないからだ」 「っ、室井さんっ!」 責めてはみたものの、もう何を言ってもきかないだろうと判断した青島はため息をついて再び壁に寄りかかる。 それと並んで寄りかかり、室井は青島の方を向いた。 ふたつの視線が、薄闇の中で絡まる。 「お前の気持ちは分かる。だがそれを許す訳にはいかない」 「・・・でも。でもこれじゃあ!」 訴えるように身体ごと室井の方を向く青島を遮って、室井は言いきった。 「俺がやる。お前は動くな」 「っ・・・・・わかりましたよ・・・」 ふてくされて横を向く青島がぶつぶつと毒づく。 室井に対して自分の信念を曲げたことが、青島にとっては面白くないことでもあり、また室井だからと納得していることでもあった。 それでもそんなことを表に出す訳にはいかず、青島はせめて室井から視線も外して少しの反抗を試みる。 が、室井は再び青島の腕を掴み、今度は打って変わって柔らかな口調で囁いた。 「お前が考えてることくらい、分かる」 「・・・・・」 「どうせ面白くないんだろう」 「・・・ほっといてください」 「お前みたいな奴、誰がほっとけるか」 言ってほんの少し口元を緩める室井。 自分の前でしか見せないと知っているその笑みを目の当たりにし、青島は観念して肩の力を抜いた。 「・・・ほっとかないでください」 「・・・当たり前だ。・・・だからお前は動くな」 「だからわかりましたって」 互いに微かな笑みを漏らし、その一瞬の隙をついて、今度は青島が室井の上に触れるだけの口付けを降らせた。 約束の代わりのような、掠めるようなキス。 「・・・こんなとこであんなキスするなんて、ずるいっすよ」 「じゃあ、今のなら良かったのか?」 「・・・どっちでもいいですけど」 二人で額を合わせて微笑む。 上からも下からも隔絶されたような、明かりの届かない世界。 こんな場所にいる時くらいは。 せめて、想いのままでいたいと。 同じことを考えて、また二人は微笑んだ。 |