-----ハピネス-----



 ・・・聖なる夜に、想うこと。


  もっと きみにあえたら いいのになあ
  ずっと その手に触れたい


 始末書を書き終えた青島は、大きく伸びをしたついでに時計を見てため息をついた。
「・・・せっかくのイブがぁ・・・」
 こんなもん書いてて終わっちゃったよ・・・と、机に突っ伏して嘆く青島を見て、向かいでパソコンを覗いていた真下がここぞとばかりに意地悪く笑う。
「でも先輩、それって自業自得でしょ」
「うるさいな」
 しかめ面で真下を睨みつけ、青島はコートを取って立ち上がった。
「あれ・・・先輩、帰っちゃうんですか?」
「あったり前だろ。俺泊まりじゃないもん」
 俺はじゃんけん強いから。君と違ってね。
 先程の仕返しだといわんばかりに、にやりと笑う青島の言葉で、今度は真下ががくりとうなだれる。
「ああ・・・せっかく雪乃さんと一緒にスウィートな夜を過ごそうと思ったのに・・・」
「泊まりじゃなくても無理のような気もするけどねぇ」
「・・・先輩」
「・・・こりゃ失敬」
 下から上目遣いに見上げてくる真下の表情が意外にも迫力満点で、青島はこの場をさっさと退散することにした。
「じゃ、お先。頑張ってね〜」
 ひらひらと手を振って廊下を歩き出すと、背中の方から悲痛な叫びが響いてきて。
「今日は大事な人と過ごす日のはずなのに〜〜〜!」
「・・・ご愁傷様。真下くん」
 呟いて、悪いと思いながらも思わず笑ってしまった青島は、ふと立ち止まった。
「・・・・・・・大事な人、かぁ・・・」


 今の自分には、大事だと思える人は幸せなことに沢山いて。
 けれどこんな時に逢いたいと思ってしまう人はどうしてただ一人だけなのだろう。
 いつでもまっすぐ返ってきた視線。
 最初は真っ向からぶつかって、それでも頭から否定することはせずにただ受け止めてくれた強い瞳。

  そばにいてほしい あともう少し
  君だけが僕を癒してくれる

 きっと感情を隠したその瞳の中に、同じものを見つけたあの日から。


 階段をぼんやりしつつ降りて、受付の警官に挨拶をし、青島は玄関口で立ち止まった。
 煙草をポケットから取り出して1本くわえマッチを探した時に、この場所で何度も目の前を歩いて行った背中がフラッシュバックする。
「・・・大事な、人か・・・」
 左腕の時計を確認すると、見事に世間は寝静まっているはずの時間帯。
 それでも歳末という時期を考えて、まだ仕事しているかもしれない、と青島は思うことにした。
「・・・よっし」
 本店にいなければいないで、帰ればいい。
 どうしようもなかったら、その時は家にまで押しかければいい。
 なんたって今日は皆が幸せになれる日なのだから、そんな無茶をしたって許してくれるかもしれない。
 ・・・かもしれない、だけど。
 少し眉尻を下げて自信なさそうな表情になった青島は、しかしすぐに真顔に戻った。
 煙草を戻してコートを首元でかき合わせ、玄関から外へ出て走り出す。
 青島はそのまま湾岸警察署のプレートの前を通り越し、通い慣れた東京テレポート駅に続く道をまっすぐ辿った。
 白い息を吐きながら、何とはなしに考える。
 逢いに行ったらどんな顔をするだろうか。
 また「何をしてる」などと怒られてしまうだろうか。
 空き地ばかりの道路には街灯も少なく、時間帯のせいで人も全くいない。
 暗闇に近いような歩道を走りながら、相手の驚いた表情を想像して青島が一人口元を緩めたその時。
「青島!」
 まさに想像していた通りの怒ったような声が背後でして、青島は焦って立ち止まった。
 ・・・まさか、と固まったまま今の声をリピートする。
 今のはもしかしたら自分の想像の中の声だったかもしれない。
 大体こんなところにいるわけないじゃないか・・・でも。
 そういえば今しがた擦れ違ったタクシーが止まった音と去る音がしたような気がする。
 もしかしてほんとに本物の・・・?
 瞬時に色々考えてしまいながら恐る恐る振り返った青島の目に映ったのは、紛れもなく室井本人だった。
 幻か何かかもしれないと思って目をぱちぱちさせると、室井が怪訝そうな顔になる。
 その表情がいつもの自分が問題を起こした時のものと重なって、青島の顔が意識する前に自然に綻んだ。


 自分らしく、自分の信じるままにやること、振る舞うこと。
 何より難しくて、でもやり通さなければならない、遠い遠い道の先にあること。
 毎日そんなもののために、あちこち迷っても間違えた場所で探していても。
 焦らずに、譲らずに、まだ平気でいられるのはきっと。

  大切なことを 易しい言葉で
  ささやいてくれる

 いつでも何処かから見てくれる、全てを理解してくれる、強い強い視線があるから。


「室井さん!」
 子供の頃に大好きなものを見つけた時に感じたのと同じような、純粋な嬉しさに後押しされて青島は室井に駆け寄った。
「どーしたんすか? なんでこんなとこいるんすか? あ、仕事はもう終わったんすか?」
 先程から併せてけっこうな距離を走ったせいもあって息が切れたが、そんなことに構っていられない。
「いや・・・」
 しかし困ったように言い淀む室井に、青島ははたとこの状況の特異さに気がついた。
 最近は湾岸署近辺にも大きな事件がなく特捜が立てられている訳でもないから、そこに室井が立ち寄る必要もない。
 しかもこんな真夜中に至急といった雰囲気で室井が来たことを考えれば、おのずと思考は一つの答えをはじき出す。
「あ、じゃあまさかなんか事件が起こって湾岸署に向かうとことか?」
 不謹慎に思わず微かに期待して問いかけると、室井はますます戸惑ったように黙り込んだ。
 違うのか・・・と視線を外して斜め下を見つめる室井に首を傾げながらも、青島はすぐに先程の嬉しさが復活して表情が緩んでくる自分を発見する。
 それを止めることもないと判断して、青島はその喜びを素直に言葉にすることにした。
「まあ、でも、何にしても室井さんが呼び止めてくれて良かったかな」
「・・・?」
 視線を戻して見上げてくる瞳を覗き込み、青島は悪戯っぽい気分でささやく。
「俺、室井さんとこ行くつもりだったんすよ」
 走りながら想像していたそのままの表情になる室井に、笑みがこぼれるのを止められずに更に続けた。
「今日はクリスマスだから」
 室井さんに逢いたいと思って。
 しかし、室井にあんまりまじまじと見つめられて初めて、青島は何だかやけに恥ずかしい台詞を言ってしまったかもしれないと後悔する。
 更にはまるで次の瞬間には怒り出しそうな室井を見るにつけ、慌てて弁解を試み・・・ようとした。
「いや、あの、その室井さ・・・っ!」
 が、今のは冗談でっす、と言いかけた唇が急に塞がれる。
 驚きのあまり頭が一瞬真っ白になり、青島はすぐ離れた室井が身体ごと横を向いてつぶやく台詞にもしばらく反応できなかった。
「・・・私もだ」
「・・・え?」
 間抜けな声で惚けたまま問い返すと、いつになく真剣な、真摯な瞳で室井が口を開く。
「私も君に逢いたかった」
 力強い、迷いのない声色。
 先程の驚きの余韻で一瞬だけその意味を捕え損ねたが、直後に一気に駆け上ってきた何とも言えない感情に衝き動かされて青島は室井に抱きついた。
 力を込めてしがみつくと、室井の腕が同じ力で返してくれる。
 そんな些細なことがただただ嬉しいと思える大事な人。
 子供の悪戯のような企みは半分は成功したけれどもう半分は持ってかれた、と心の奥で笑いながら青島はそっとささやいた。
「メリークリスマス。室井さん」
 すぐに返してもらえるはずの同じ言葉を待って。
 今日初めての、自分にだけ見せてくれるはずの笑顔を待って。
 抱きしめた腕はそのままに青島はゆっくりと、少しだけ、離れる---------


  迷いのないスマイル よどみのないヴォイス
  そういうのがハピネス


 ・・・聖なる夜に、逢いたいひと。





同じくB'z「ハピネス」青島くんサイド。
青島くんにとっても、室井さんはきっと特別で別格。
でも青島くんて割と博愛主義な人だと思いません?
だから青島くんだけに突っ走る室井さんとは
(それってやっぱ青島ファンの欲目かな(爆))
ちょっとだけ捉え方が違うんじゃないかなと。

青島くんにとっては、室井さんの大事なものは
自分にとってもスゴク大事なもの。
でも室井さんにとっては、青島くんが一番大事だから。
逆に青島くんの大事なものにヤキモチやいたり
しちゃうんじゃないかという気がします。

・・・なんか、私、室井さんファンに
怒られそうなこと書いてる?(爆)




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