-----喪失-----



 室井は示された白い扉をゆっくりと開けた。
 予想に反して視界は同じ色の布に覆われていて、意識せずにつめていた息を一度吐き出す。
「真下・・・?」
 その時、聞きなれた、けれど何処か違う音色の声が聞こえ。
 室井は覚悟を決めて衝立の向こうを見遣った。
 決して明るくはない病室。
 それでも、青島の頭に巻かれた包帯の白が目に痛い。
「・・・・・」
 無言のまま室井は青島の前に立った。
 問いかけるように室井がいる方向を見つめる青島の瞳は、常と何ら変わらない。
 変わらない、見た目は何も。
「・・・室井さん・・・?」
 探るような、小さな声がする。
 今まで決して聞かれたことのなかった問い。
 青島はいつでも、室井を見つけるとあの笑顔を浮かべて呼びかけてきたから。
 だから室井は、口を開くことができない。
 口を開いたら激情が、ぶつけるあてのない想いが飛び出してしまいそうで。
 けれど黙ったままの相手に青島は不安になったようだった。
 何とか求める姿を捉えようと、表情がぎこちなくさまよう。
「・・・室井さん・・・・・」
 その、光のない瞳。
 どんな時でもくるくるとよく動くはずのその瞳が、力なく見開かれたまま揺れた。
「・・・・・っ・・・」
 唇を噛みしめ、皮膚を傷つける力さえ込めて、室井が拳を握り締める。
 そろそろと室井に向かって伸ばされかけていた青島の指が、途中で自信を無くすかのように降ろされた。
 うつむいた狭い視界の中で、その長い指がシーツを掴んで。
 室井は我に返った。
 傷ついているのは、自分ではない。
 自分ではなくて。
「・・・・・・・青島」
 はじかれたように顔を上げる青島の表情は、見たことのないものだった。
 自信に満ちた笑顔。
 信念を貫く、譲らない瞳。
 青島のそんな部分ばかり見ていた室井にとって、想像もつかなかった彼のもう一つの姿。
 そして簡単にそんな表情を見せる今の青島の心の弱さに、室井はまたも込み上げる感情に駆られてしまう。
 何とかそれをやり過ごして、室井は改めて青島を呼んだ。
「・・・青島。」
 懸命に見上げてくる瞳が痛い。
 視線を合わせても、決して届かない瞳が、痛い。
「・・・室井さん」
 頬に触れる。
 髪を撫でる。
「・・・室井さん・・・」
 もう手を伸ばすこともせず、途方に暮れたように室井を呼ぶ。
 何度も何度も、確かめるように室井を呼ぶ。
「・・・ここにいる」
「・・・むろい、さ・・・」
 顔を近づけて囁いても、青島の表情は変わらなかった。
 それどころか、呼びかける声を途中で詰まらせる。
 まるで間近に聞いた室井の声を感じて初めて、今の自分が置かれた状況を実感したかのように。
「・・・大丈夫だ。」
 唇を噛んで下を向いていしまう青島の頭をそっと胸に抱え込んで、室井はできるだけ静かに、優しく囁いた。
「ここにいる」
 優しくありながらも、はっきりと強く言い切る室井の言葉に逆に堪え切れなくなったのか、青島は室井の背にしがみつく。
 その微かに震える肩を包み込んでやろうとした途端に、室井の手を振り払って青島が顔を上げた。
「・・・俺っ・・・」
「何も言わなくていい」
「室井さん、でも・・・!」
 ひたむきに言葉を紡ぐ青島の瞳が揺れる。
 しかしそれが乾いたままなのが、逆にどうしようもなく痛々しい。
「俺は・・・もう、室井さんの顔、見れないんすか・・・?」
「・・・青島・・・」
 まるで身体中を刺されたかのような痛みが室井を覆い尽くす。
 室井は、青島が傷ついている理由は目が見えなくなったからだと思っていた。
 傷ついて当然の理由だと思っていたために。
 しかし実際は、そうではなく。
 室井が思い付きもしなかったそれが、こんなにも青島を弱く見せているというのならば。
「・・・青島」
 胸の痛みはそのままに、室井は青島の身体を抱き寄せる。
 髪に、額に、頬に、そっとくちづける。
 堪えきれないようにうつむこうとする青島の顎を支えて額を合わせた。
「触ってみろ」
 小さく囁きながら、室井は青島の右手を自分の頬に触れさせる。
 その暖かい手を上から包み込み、抱きしめる腕に力を込めて、室井は間近の瞳を覗き込む。
「・・・私がわかるか?」
 視線をさまよわせていた青島がはっとした様子で目を見開いた。
 顔を上げ、促されるようにもう一方の手も室井の頬にあてる。
 まるで触れた温もりを確かめるように青島の指先が頬の上を滑って。
「私がわかるか?」
「・・・はい・・・」
 みるみるうちにその瞳が潤んで、室井の2回目の問いに青島は絞り出すような返事を返した。
「・・・室井、さ・・・」
 眉根を寄せる青島が堪えきれないように瞳を閉じ、室井はその瞼にくちづける。
「私はここにいる」
「・・・は、い・・・」
 震える身体を強く抱きしめて、出逢った頃よりも陽に焼け色の抜けた髪を梳く。
「私が必ず助けてみせる」
「・・・・・っ・・・」
 青島は「信じています」と言おうとしたようだった。
 それもきちんとした形にはならずに後はただ室井に子供のようにしがみつく。
 室井も目を閉じ、ただただ青島の上にキスを降らせた。
 少しでも青島の痛みが和らぐように。
 その痛みを分かつために。
 彼が生きているという証の温もりに触れることで痛みを和らげるために。
「・・・俺はいつでもお前のそばにいる」





こんな途中だけ載せるとは・・・やるな自分←(謎)
とりあえず書いた部分だけ。一番書きたかった部分か。
これの前にも後にも、もちろん話は存在する訳ですが。
5月のイベントが取れたら本にしたいと思ってます。
(……と、言っておいて本になっとりません…(爆)
一応最初は書き始めてて最後まで考えては
あるんすけどねぇ…あはは…。←チカラないぞコラ)

本当は室井さんを庇った、という設定にしたいんです。
でも一緒に捜査することももうないだろうし、
ちょっと無理がありますよねぇ。
・・・その方が室井さんがツライのにな(問題発言)