-----雪囁-----



 実家から見えた遠くの林に行ってみたいと言い出したのは青島だった。
 それを幸いと、泊まっていけばいいという母親の残念そうな声を振り切って、室井は車を出した。
 このまま青島と話させたら何を言い出すかわかったものではない。
 実はもっといたかったらしく、名残惜しげに後ろを気にする青島を促して、室井は意識を前方へ向けさせる。
 その先には延々と続く自然のトンネルがあった。
「・・・わ・・・」
 路肩に車を止めて降りる。
 道の真ん中に立って遠くを見渡しても、見えるのは木々と雪だけ。
 人も、生き物も、動くものは何もないその景色にただただ見入る青島は思いのほか感動したようだった。
「・・・少し、歩くか?」
「はいっ」
 ゆったりとした歩調で並んで歩き出す。
「うわっ」
 が、突然の驚いた声を聞いて振り返ると、青島がぽかんと宙を見つめていた。
「どうした?」
「いや・・・今、目の前に」
 言われて上を仰ぐと、雪をその枝々に抱えた木々。
 静寂に包まれた空気の中、時折さらさらと微かな音がして、その結晶が降ってくる。
 どうやらその小さな輝きが青島の目の前に降ってきたらしく、特に何も感じていなかった室井は苦笑した。
「やはり、珍しいか?」
 上を見ていた青島が、視線を合わせてからにっこり微笑む。
「はい!」
 冬の立ち枯れの木々の黒。
 それらのほとんどを覆い尽くす雪の純白。
 果てしない風景の中で、その笑顔は妙に鮮やかに見えた。
 なぜか眩しくて目を細めながら、寒さに慣れてないはずの青島を気遣って室井は確認する。
「・・・まだ歩くか?」
「もう少しだけ。いいですか?」
 にこりと笑う青島に頷いてまた歩き出す。
 しばらくはさくさくと雪を踏む音だけが静寂に溶け込んで。
 青島が立ち止まり、5歩ほど進んでもついてこない足音に気づいて初めて、室井は振り返った。
 頭上を、それともそこではない何処かをなのか、見上げる瞳。
 誰かに何かを告げようとするかのように、薄く開かれた唇。
 一瞬青島が自然と対話しているかのような錯覚に見舞われて、室井は思わず目を瞬かせた。
 しかしすぐに、それもありえないことじゃないと思い直す。
 こいつなら自然とどんな話をするのだろうと思いながら、邪魔してはいけないような気がして室井は先に歩き出すことにした。
 ゆっくりと歩きながら、同じように少し上を見上げる。
 薄い空の青と、境界さえ曖昧な、霞む大地の白。
 アクセントをつけるように存在を強調する木々の黒。
 こんな風に人を拒絶するような、厳しく、けれど優しい自然が好きだった。
 気温も低く、冷たすぎる風は身を切るようで、全てを覆い尽くす雪は人の営みを困難にさえさせるのに、どこか優しい自然がとても好きだった。
 気がつくと、少し後ろをついてくる足音がする。
 いつもならば姿が見えないと不安になるはずなのに、こんなに穏やかな気持ちでいられるのは何故だろう。
「・・・降ってきたな」
 戻るか、と振り返ると、青島がやはり穏やかな顔で、はい、と頷いた。

 車に戻り一息ついたところで、先程とは違う雰囲気で急に青島が黙り込んだ。
 真剣な顔で前方を見遣り、何かを捉えようとするように目を細める。
 室井は突然車の中に降りてきた沈黙にどうすればいいかわからず、黙ったままそろりと青島を見遣った。
 青島の方はと言えば、今度はぼんやりとフロントガラスを眺めていて、何を考えているのか全く窺い知れない。
 が、視線を感じたのか、青島は室井を振り返る。
 瞳と瞳が合うと必ず見せてくれるようになっていた微笑みを今また浮かべ、青島がそっとそっと呟いた。
「雪の降る音っていいですね」
「・・・?」
 しかし室井には青島の言わんとするところがわからない。
 大体雪とは音もなく降り積もるものではなかったのか?
 雪国育ちの室井ですら、雪の降る音など聞いたことがなかった。
 フロントガラスを覗き込むようにして空を仰いでも、やはり雪はただしんしんと舞い下りてきて、随分と時間が経ったはずの機械的な熱の名残でさえその姿を崩し、しまいには跡形もなく消えていく。
 音なんか・・・と言いかけて、しかし室井は唇の前で人差し指を立てる青島の仕草に口をつぐんだ。
 いたずらっぽい表情で空を見上げる青島に習って、室井も息を潜めて同じ方向を見遣る。
 最初は何も聞こえなかった耳に、微かな、本当に微かな音が聞こえてきた。
 小さな、ちいさな結晶が、ガラスに、金属の板に舞い下りる時に発する微かな音。
 まるで小さな生き物の訴えのような。
 彼らが生きているんだという確かな証のような。
 他の何にもたとえることのできない、きっと一つひとつの雪にとって最初で最後の囁きが、軽い驚きと共に室井の心を暖かいもので満たしていく。
 聞き取れたことを青島に訴えようと視線を移すと、青島は今にも笑い出しそうな顔で室井の顔を見つめていて。
「・・・ね?」
 囁いて、柔らかく、ふうわりと微笑む。
「・・・ああ。そうだな」
 自然と頬が緩んで笑みを返すと、ますます青島の微笑みは深くなる。
 何もかもを包み込むようなその暖かさ。
 全ての音を呑み込んで降り積もる雪のような、その大きさ。
 それらが今自分の隣に、腕の中にあるのだという実感が突然室井を覆って、室井は何とも言えずに幸せを噛み締めた。
 伸ばした手に、青島の手が同じ温もりを返してくれるのが、こんなにも嬉しい。
「・・・ずっと雪の中で暮らしてきたのにな」
 気づかなかったとは情けない。
 そう言って笑った室井を見て、青島は柔らかく微笑んだままかぶりを振った。
「俺だって、ここんとこ雪の中にいたけど、全然気がつきませんでしたよ」
「じゃあ何故、今気づいたんだ」
「え?・・・そうだなぁ」
 うーん、と考えた青島がすぐに何かを思い出したように笑い出した。
「そういや俺達、前も同じ会話しましたね」
「・・・そうだったな」
「きっと、俺の答えも、前と同じです」
 にこりと一際鮮やかに微笑んだ青島が顔を近づけてきて、唇が触れるか触れないかの距離で囁いた。
「・・・室井さんといるから、」
 ・・・新しいことに気がつけるんですね。
 青島の囁きが合図だったかのように、そのままどちらからともなく唇を重ねて、触れていた手に力を込める。
 深く相手を求めそうになって、同時にあることに気がつき目を開ける。
 間近で絡んだ同じ色の瞳に以前のできごとを思い返して吹き出した。
「・・・ここまでにしときましょっか」
「・・・だな」
 くすくすと笑いながら啄ばむようなキスを互いの上に降らす。
 その合間に、室井は青島の耳元でそっと囁くことにした。
「・・・私もだ」
 一瞬何のことかわからなかったのか目を見開いた青島が、室井をまじまじと見つめてから心底嬉しそうに破顔する。
「じゃあ、室井さんはどういうことに気がついてるんですか?」
 無邪気に問い掛ける青島に少しだけ眉間のしわを見せながら、それでも室井は素直に答えてみせる。
「・・・お前といると、新しい自分を発見してばかりだ」
「・・・室井さん・・・」
 合わせていた額をはずして驚く青島に、室井の方が驚いてしまう。
「何か、そんなに驚くことを言ったか?」
 思わず不安になって眉間のしわが深くなってしまう室井を見る青島が、まずは呆れたようにふにゃりと笑い、そしてそれがおかしくてたまらないという本格的なものに変わるまでそう時間はかからず。
「青島・・・?」
「・・・室井さんて・・・」
 力を込めて抱きついてきた青島を抱きしめ返し、答えを待つ室井に、青島はまず目の下にキスを落としてくる。
 それから少しだけ顔を離し、何かに観念したような表情でちいさく呟いた。
「・・・さっきの室井さんの台詞って・・・。」
 もう、室井さん、ほんとにわかってないんですか?
 と少し腹を立てたような声色で聞いてくる青島に、訳がわからなくなっている室井はただ首を振る。
 それを見た青島は大きなため息をひとつつくと、更にちいさな声で呟いた。
「・・・す〜・・・っごい、コロシ文句ですよ?あれ・・・」
 俺、シアワセすぎてどうにかなっちゃいそう・・・。
 室井にはその一瞬、吐息のような囁きを漏らし、情けなさそうに笑う青島が、否、青島しか見えなくなり。
 気がつけば青島を掻き抱き、先程はやめたはずの嵐のようなくちづけを降らせていた。
 はじめて見る、穏やかな新しい自分。
 はじめて知る激しさの、新しい感情。
 すべてをつくりだして、あたえてくれる、この存在。
 厳しく、
 優しく、
 自分を取り巻く自然よりも大きなこの存在が隣にあれば。腕の中にあれば。
 ――きっと、他には何もいらない。



*****

…つうかなんて恥ずかしいんでしょうコレ…。←書いたの誰よつうか恥ずかしくて読めねえ
ええと実はこれは「青島くんと室井さんが秋田(実家)に旅行したら?」とかいうラブラブ紀行(……。)のうちの一つなんです。
いやまだ一つしかないんすけど(大笑)←だから笑い事じゃないっつの
他にも旅館で浴衣とか酔っ払い青島くんとか温泉でいちゃいちゃ(……。)とかあるんですが……いつ書くんだろワタシ。(オイ)
秋田には実際行ってきたし、また行きたいので本当に書きたいんです。…うーん。

とにかくまたもや新しいことに気づく二人。
「青碧」の続きと言ってもいいでしょうか。
好きな人がいるから気づけることがあるって、いいもんです。
てゆーか、ほんとにらぶらぶだなぁ…コイツら…。





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