-----Trilogy-----
喘ぎと共に、富樫は目を覚ました。
黒い闇の中、街灯の灯りが緩いカーテンを通して天井に反射している。その天井がやけに白く光って見えて、富樫は自分が再び、あの悪夢の中に落ちていくのを自覚した。
止められない、悪夢。白い、ひたすらに白い、光。
どこまでも、追いかけてくる、雪。
――真夜中の病室に、高く、悲鳴が谺した。
今、所員達の中で、密やかに囁かれている噂があった。
「富樫の回復が思わしくないらしい」。
それがどこから流れてきたものか、誰もはっきりとしたことは知らない。が、あの事件から一週間。まだ、なのか、もう、なのかはともかくとして、たった一週間で、富樫の回復云々の話をするのは尚早ではあった。だから、この噂に心配こそすれ、目くじらを立てる者はまだいない。それほどまでに、皆の元に帰って来た富樫の姿は凄惨だった。
全身の凍傷。テロリスト達の暴力よりも、冬山の厳しさの方が富樫をきつく侵していた。特に末端四肢への凍傷は酷く、手指は切断寸前。脚に到っては手の施しようがなく、富樫は両の爪先を失った。膝下切断という事態も有り得るほどの状況だった、と、医師は天恵のようにこの事を語る。爪先だけで済んだのは奇跡のような事だと。爪先だろうと膝だろうと、富樫の失ったものに変わりはないというのに。
何にも、心は動かない。
爪先といえども、失えばどのような生活が自分を待っているのかは解っている。これからは義足のような器具を付け、ゆっくりと歩くことになるはずだった。今までと同じように働くことは、もう出来ないだろう。山に行くことも、きっともう出来ないのだろう。
――吉岡がいる、山にも。
もう入れない。そう考えると、富樫には、その後の記憶が無くなるのだった。きん、と世界が遠くなって、気が付くと医師が顔を覗き込んでいる。そういったことは、富樫の入院後、二、三日程経ってから頻繁に起こるようになった。医師は、あの事件が原因だと考えているようだった。あの時の事はストレスとしては大きすぎて、まだ富樫自身が処理しきれていないのだと。
そうじゃない、と、沈黙の中で富樫は思う。あんな事は問題じゃない。自分はただ。
(吉岡を、忘れたくない、だけ――)
そして再び、世界が遠のいた。
――また、夢を見ている。
あの時の夢だ。吉岡と、救助に向かったあの夜。
今、富樫の前に、吉岡がいた。
自分でも良く分からないまま、富樫は視界が潤むのを自覚する。今から、要救助者の元まで辿り着かねばならないという時に、何をしているのだろう、と富樫は思った。
いつもと何も変わりはしないのに。
いつもと同じ。
暫らくの後、二人は要救助者を発見する。
聞いた事のある台詞。感じた事のある感覚。そして、落ちていく吉岡。
その時。
富樫は、自分が何を背負っていたかを思い出した。
(俺は)
憎んでも憎みきれない、男達の顔。
(吉岡は)
奴らを。
――絶叫の内に、富樫は思い出す。吉岡が死んで、何故、その後自分が生きて来られたかを。
無駄ではないと思ったから。確かに吉岡は救うべき命を救い、信じた大義に殉じたのだと、そう思っていたから。生き残った自分が道を外してはいけないのだと。それが吉岡と自分を繋ぐのだと思ってきた。しかし。
吉岡は、下見に来たテロリスト達を救って死んだのだ。
それならば、今まで支えにしてきた大義とは何だ。助けた人間が、助けたその場所でテロリズムを行う。吉岡が救った命で。
何の為に死んだのだ。そして、何の為に自分は。
吉岡を、死なせたのか。
(お前がいれば)
不意に覚醒へと向かいながら、残った意識で富樫は思った。
(ほかの誰が死んでも、構いはしなかったのに――)
そして、戻ってきた現実の入り口に。
女が、立っていた。
「富樫さん、分かりますか?」
枕元に控えていたらしい看護婦が、点滴をいじりながら言った。が、富樫の意識にはまるで入っては来なかった。女だけが、見えていた。
「――さんです。お見舞いに来て下さったんですよ」
富樫の視線を追って、看護婦がそう教えてくれる。女の名前だけが耳に残った。一度だけ、事件が終わった直後に擦れ違った。吉岡の婚約者。
彼女は、富樫を見ていた。
表情もなく。ただひたすらに、富樫を見つめている。病室の戸口に立ち止まったままの彼女を、看護婦が戸惑ったように室内へと導くが、その仕草も彼女の意識に届くには及ばない。
怪訝な表情で彼女の横をすり抜け、医師を呼びに行った看護婦を、ようやく思考力の戻ってきた頭で富樫は笑った。何も解ってはいないのだ。彼女が何の為にここに来たのか。自分が何故、意識を失い続けるのかを、この人たちは。
(知っているんだろう―――)
富樫は、女に語りかけた。声には出さなかった。その必要もなかった。
彼女は知っているのだ。富樫がした事を。何の為に、富樫が吉岡を犠牲にしたのか、を。
女の目が、富樫を見つめていた。
富樫もまた、女を見返した。
ゆっくりとした動作で、富樫は、腕から点滴の針を外した。
薬液の滴る針先を両手で掴み、きつくはまった根元から、邪魔なチューブを引き抜く。
そして、女の目を見つめたまま。見せつけるように、富樫はその針を、頚動脈へと差し込んでいった。
針から噴き上がる鮮血を見て、戻って来た看護婦が、女の後ろで悲鳴をあげた。
それから、女は頻繁に富樫の見舞いに訪れるようになった。
あの時とはまるで違う、明るく情に満ちた表情で、まめまめしく富樫の世話をする。
体を拭き、床擦れに気を遣い、硬直した体をさする。辛抱強く、ただ、富樫の回復の為に。吉岡に何かあったら、そうしたように。
富樫も、まるでそれが当たり前のように彼女の行為を受け入れる。まるで、自分が吉岡であるかのように。
最近では、当然のように彼女に欲望を感じる。抱いてしまう事にも、何の躊躇いも憶えない。体が自由であれば、とっくにそうしていただろう。それが手段であると、彼女も富樫も知っているのだ。
吉岡の愛した女を抱く。彼女が見せる仕草や言葉の端々から、彼女が見ていた吉岡を知り、彼女が待ち構えているように行動する。自分の知っている吉岡と彼女の知っている吉岡を、自分の身の内で結びつけていく。二人の記憶が反芻され、共鳴し、そして富樫は吉岡を理解していく。彼女は、その理解に保証を与える。
そして、富樫は自分の内に吉岡を感じる。この実感は、富樫に限りない喜びをもたらした。女もまた、富樫の中に吉岡を見出しているのだろう。
吉岡と共に考え、吉岡と共に生き、吉岡と共に愛する。そして、その意識の中で富樫のことを思った時、いかに自分が彼を愛していたかを知って、富樫は幸福のあまり涙をこぼした。
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<古田さんのコメント♪>
笠原さんへ。
掲示板でちょっと振られたので、ちょっと挑戦してみました(するなという話も)。
が、何でしょうこれは。いや、そもそも一回しか読んでいないのを書こうというのが無謀で(笑)。
わけわからないですね。でも、元々暗い話を書くほうが楽という(笑)性癖があるので、
書くのは楽でした。ぜんぜん吉×富ではないですが。
書きながら、きっと室青で、室井さんにしろ青島にしろ、どっちかがいなくなってしまったら、
残った方はきっとすみれさんと、この話と同じことをするんだろうと(というか、書くんだろうと(笑))思いました。
私の彼らでは。そうすると、すみれさんが一番贅沢(爆)?
いやんです。これはお遊びという事で……。
うおお……なんてこったい、このままいつしか消えるんじゃないかと
心配されたこのお部屋に(誰が心配してるかって俺←じゃあ書けよな(爆))
またも戴き物が! しかも製作発表もされ、滑り出し快調なホワイトアウト!
(なんか松嶋奈々子さんばかり注目されてるわ内容ただの恋物語になるんじゃ
ねーだろな的にやきもきするわで全然快調でもない気もするけどね(苦笑))
でも私的にはやはりかなり熱い訳ですよ、今この時のホワイトアウトネタ!
あああもうちょーっと掲示板で振っただけなのに、まさか本当に書いて戴ける
とは……嘘みたいですがまさに海老で鯛を釣った気分。
しかもこんなに一途な富樫っちを……うう、想いが痛くて切ないよう……(泣)
でもでもシアワセ……(号泣) 本当にありがとうございます古田さん!
私がこれで特に好きなのはですね。最初は何気なく読み流していた(爆)ラスト。
これって一瞬、「いかに自分(富樫)が彼(吉岡)を」かと思ったんですが、
「いかに自分(吉岡)が彼(富樫)を」なんですよね。
吉岡にシンクロした富樫が考える、彼=自分のことなんすよね。
(って解釈間違ってたらほんとにすみません……←よくやる奴)
どんなに吉岡が自分を想っていてくれたか、その時初めて知って。
失われて初めて知った、失わなければ決して知ることはなかったかもしれない想い。
無上の幸福。けれど、半身をもがれたような喪失感。
相反するそれらを一生抱えたまま、富樫はこれから生きていくしかないんですね。
……ううう(泣) どうしよう考えてたら本気で泣けてきた……。
なんか今まで軽く考えてたような気がします。あの話のこと。
感動して涙して、あの後の富樫のことはあまり考えてなかった気がする。
……そうだよね、あんなに想ってたのに、そのまま生きていける訳ないよね……。
やっぱ今はモードがホワイトアウトなんだな……。コメントなげーよ(爆)
でも、一つのものに対して、改めて考える機会を戴けて、すごく嬉しいです。
本当にありがとうございました。>古田さん
…それにしてもこの部屋の戴き物ってホント掲示板でゲットしてるよな(苦笑)
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