御柱祭  下社編

諏訪大社とは
諏訪大社は日本書記(691年)にも記載される、日本最古の神社の一つ。武御名方命(タケミナカタノミコト)と八坂刀売命(ヤサカトメノミコト)を祀り日本中に1万社以上の分社をもつ。
諏訪大社は諏訪湖をはさんで上社、下社に分かれ、南側の上社は前宮と本宮、北側の下社は春宮と秋宮で構成され、全部で4社からなる。


御柱祭とは

伐採を待つ春一の御柱。直径1.3mを越える樅の大木
諏訪大社では申、寅の年(数えで7年に一度)、宝殿を新築し、社の4隅にある樅の巨木のご神木を立て替える。この行事を諏訪大社式年造営御柱大祭といい、略して御柱祭と呼ばれる。御柱になる木を探す仮見立ては3年前から行われ、本見立て、伐採、山出し、里曳き、建御柱と続く。全て人力をもって執り行い、その歴史は1200年を越える。

伐採
まだ冷気のこもる奥山に続々と男たちが集まる。いよいよ伐採。この祭りに架けた想いを集め「よき(斧の一種)」が振り下ろされる。木やりのこだます中、ついに巨木は倒れ伐採の無事を喜び男らが群がる。

山出し
男らは早朝より、もくもくと棚木場(たなこば)を目指す。木落しに御柱に乗ろうという猛者たちもこの日ばかりは神妙に身を清め、心静かにその時を待つという。
曳き子が心一つにならなければ曲がりくねった山道、巨木はびくともしない。木やりが鳴く。しかし声が通らないのか、動かない。みかねた観衆の中の年配の一人、渾身の木やり。動いた。木やり一つでこうも違うのかと感心させられる。そして大曲り、御柱の向きを替えるのは元綱、追い掛け綱、てこ衆の腕の見せ処。額に汗しての奮戦。そして苦節6時間あまり、いよいよ木落し坂の崖の上に御柱が到着。はるか下には数万人の大観衆見守る中、命知らずの男たちが御柱に乗る。ラッパと木やりがいやおうにも気分を盛り上げる。御柱の後ろを引っ張る追い掛け綱は杭に結ばれる。御柱左右の女綱と男綱が慎重に曳かれ、追い掛け綱はピンピンに張りつめる。
合図とともに斧が追い掛け綱を切り、勢いよく巨木は土煙りをあげながら下る。
乗り手が次々にふるいおとされ急坂を御柱とともに転げ落ちる。華乗りの男だけが乗り切った。観衆が総立ちで喝采を送る。命を賭けた諏訪の男が一生語り続けるであろう一瞬である。

里曳きは男っぽい山だしとはうって変って華やかな祭りとなる。

大社の参道は屋台が並び、騎馬行列や長持ち、花笠踊りなどが100以上連なり華を添える。
お騎馬は出陣形と凱旋形の2通りありそれぞれ趣きが違う。

長持ち一つとっても各地区伝統の担ぎ方、こだわりがあり面白い。
質素な中にも格式ある道中長持ちや、派手な化粧と跳ね脚の雲助長持ちなど、特有の長持ち唄とともに見飽きないものである。特に秋宮の大鳥居前は担ぎ手にとって一番の晴れ舞台。
ここで見るのが一番でしょう。

社まで曳き込まれた御柱は冠落としと言って先端を三角形にして、建御柱へと移る。 

大きな車地(ロ−プを巻き取るもの)を人力で廻し、少しづつ御柱が持ち上がると男達がしがみ付きます。一番先端に乗ることを天端乗りといって諏訪の男の憧れの晴れ舞台。17mを越える高さで紙吹雪や金を撒き、垂れ幕が下がり、御柱もフィナ−レを迎える。


平成22年 御柱祭日程

上社 山出し 4月2〜4日 里曳き 5月2〜4日
下社 山出し 4月9〜11日 里曳き 5月8〜10日