水木しげるロード

自転車キャンプツーリング記

伯耆大山〜島根半島〜石見銀山

2010年4月2〜6日
2010/4/2(金) ホームの中央で止まれと叫んだ馬鹿者

半月後に長野マラソン出場を控えているが、膝を故障してトレーニング状況は散々。自己ベスト云々は諦めて、旅にでも出てしまうことにした。行先は山陰方面。青春18きっぷで松本始発から乗り継いでいく。寝不足でとても眠い。

幹線の最速達には拘らず地方交通線志向、という訳で姫路駅で姫新線に乗り換える。列車に輪行自転車を乗せておき、ホームの自販機でぼうっと缶コーヒーを買っていたら発車アナウンスを聞き逃した。おもむろに動き出す気動車。・・・!慌てて大きく手を振り「乗せてくださーい!」と叫ぶ。急ブレーキがかかり、開けてもらえた。「ありがとうございました」と声が震える。ああ恥ずかしい。

津山駅転車台と扇形車庫

レールウェイマップル(鉄道地図帳)を開きながら、キハ40とかキハ120とかを乗り継ぐ旅。列車待ち合わせの佐用駅で周辺をぶらぶらしたり。夕刻には津山駅でさらに長い待ち合わせ。小走りに駅の裏へ回り転車台を見ていく。扇形機関庫ではキハ52を発見。先月まで大糸線で活躍していた車両が、まさかこんな遠い所で眠っているとは。

吉井川を渡り、さくらまつりの津山城跡鶴山(かくざん)公園へ。まだ三から五分咲きほどだが、石垣が高台となり、見晴らしの良さと相まって見事の一言。写真を撮っているうちに暗くなり、『男はつらいよ』や『あぐり』のロケ地までは廻り切れず。天満屋で半額弁当を買って駅で食い、さらに列車旅は続く。

江尾駅で駅寝の図

刑部から新見までは乗客自分一人。伯備線の電車に乗り換え、鳥取県の江尾駅で下車する。チャリを組み立て、駅舎待合室でステーションビバーグ略してステビをキメる。そのためにわざわざ最終列車で来るよう津山などで時間調整をしていた訳だ。ベンチが狭くて肩を落とせないが我慢しよう。それより人、来ないよね?

4/3() 気まぐれシゲルロード

駅寝を成功させ、まだ寒い江尾の街をゆっくり出発。12年前の山陰ツーリングでは雲を被っていたので、初めてまみえる大山。でもまた雲行きが…。ゆるゆると登るうちに雨霰となってしまった。水工場前でしばらく雨宿りし、雪の中をもう少し進んでみる。既に営業期間を終了している奥大山スキー場でも風の寒さをこらえつつ、退屈しのぎに何もせずに好転を待ち続ける。こっちからの大山を見るのが最大の目的だったから、明日の予定を潰してでも。

大山鍵掛峠より

アホみたいに時間が過ぎ、若干雲が上がったようでようやく再出発。正午になって標高916mの鍵掛峠に登り着く。おお、同じ絶壁景観でも三城牧場からの美ヶ原とは違う、険しく巨大な山塊である。山の上の方にはまだ雲霧がかかっているので、ここでも往生際悪く待ち続ける。オートバイの人が「自分も時にはサイクリストなんですよ」と飴をくれた。有り難い。道についても教えてくれた。この先の横手道はやめといた方がいいらしい。

完璧ではないが、ほぼ山頂まで見えてるし、痺れを切らして進む。高原の道を若干登って降りると桝水原の湧き水。すっかり青空の下、もう少し山を巻くと大山寺。入場券に付いているせんべいは旅の貴重なエネルギー源だ。他の名所に寄る時間はなくなり、一気に米子方面に降りる。トチ餅で有名な壽城には寄るが、個売りがないので試食だけ。

江島大橋

米子空港の滑走路延長でJR境線の線形が変わったあたりを通過しつつ、中海に浮かぶ江島へ。ここへ渡る江島大橋が一部ネットの激坂マニアの間で話題なので、チャリ載映像を撮影するのが目的だった。荷物を積んだまま渡り、復路で撮影。疲れてるし重いよお。

18時ごろ境港駅前に到着し、無数の妖怪像が並ぶ水木しげるロードを流す。良い意味で日本一妖しい街だ。とても全ては廻り切れないが、朝ドラ『ゲゲゲの女房』に出てきたばかりのべとべとさんなど、幾つか写真を撮って満足。キャンプツーリングとは言え今回はラン志向で自炊用具を持ってきておらず、夕食はまたスーパーの弁当。フェリーターミナルにある“さかいポートサウナ”で入浴し、駅前緑地の影にテントを設営。犬がうるさいぞ。

4/4() 今すぐシジミー

冷え込んでいるけど、やはり駅寝に比べるとテントという空間は寝心地が良かった。今日もだらだらと行動開始だ。天気良好。

地蔵崎の美保関灯台

境水道大橋も江島大橋に劣らず、下を見ると怖い橋。島根半島に渡る。今日の予定を決めきれてないが、取りあえず手前のものからってことで美保関へ東進。実に「遠くに来た」という情緒を感じつつ、やがて暖かい登り坂になり東の先端、地蔵崎の美保関灯台に至る。大山はほんのうっすら、隠岐の島までは確認できない。折り返し、美保神社をお参りする。何か神事が始まったが、イカ焼きの店はまだ開いていない。

法田峠のマイナー道で島根半島北側に出る。ひなびた漁村を繋ぐ旅。メテオプラザに発着するフェリー便は少なく、アテにしていた売店はまだ開いていない。あとでカロリーメイトを食おう。ちょっと進んで脇の激坂を降りると1992年の隕石落下地点である松本邸がある。石碑に手をかざせばメテオパワーによって多少の事では諦めない脚力が付くであろう。菅浦、北浦を少々迷いつつ西進する。追い風に助けられてはいるが、アップダウンが多いし、しょっちゅう止まって写真を撮ってりゃ平均速度は下がるばかり。どんどん目標時刻より遅れる。

島根チェリーロード

島根チェリーロードは海崖の桜並木。今の時期は一方通行でクルマも多いが、チャリは逆走も駐輪も自由だ。五分咲きの景観でなかなか。途中のイベント広場で花嫁寿司とかじめ汁を買い食いする。かじめとは修羅雪姫、ではなく硬めの海藻で、ツーリング中の慢性塩分不足に汁物は有り難い。

北岸を離れ、ひいこらと松江市街に入る。宍道湖畔の美術館前とか、朝ドラ『だんだん』のロケ地地帯だ。岸にはシジミの貝殻がいっぱい。一畑電車の駅は近代風に建て替わってて残念。ファミスタっぽい名前の映画『レールウェイズ』のロケに一畑電車が使われたらしく、そのパンフがある。
さらに松江城に寄る。国宝指定を目指してるんだとさ。ここもお城まつり中で、さすが県庁所在地だけあってものすごい人出だ。登閣はせず、堀川遊覧船も見るだけ。裏手の土産屋でシジミ汁を頂き、これで簡単には諦めない脚力が付いただろう。

塩津の白い船公園

宍道湖湖北自転車道を探すが始点が分かりづらく、やっと見つけても途切れたりしているので諦め、国道を走る。一畑電車が並走している。時間的に一畑薬師は諦めた。旧平田市の北岸へひいこら向かい、唯浦トンネルを抜けるとまた急峻な海崖風景。
やってきました映画『白い船』のロケ地、塩津小学校と塩津漁港である。モニュメントもあって巡礼者を満足させる。肝心の白い船である九越フェリー航路『レインボーラブ・レインボーベル』は既に廃止され、もう沖合に現れることはないのだろう。

塩津の県道未開通部分

問題はここから。漁港の人に話しかけられた時に、南へ抜ける県道の未通部分について聞いてみたがよく判らず、自分でチャレンジしてみるしか。まず崖の集落をつづら登り。行き止まりになったので少し戻り、多分ここだろうと畑の階段道を押し上げて行く。やがて手すり柵のある歩道になるが、枝や石が多く転がっていてまだ漕げない。スポークに絡まる枝が悩ましい。でも危険道って程でもなく、ようやく走れる舗装路になった所で峠。向こう側からは「通り抜け出来ません」と書いてあるが、俺は抜けて来たぞー! まぁ海沿いの釜浦を経由すれば楽だったんだろうけど。ここは風力発電所間近である。

日御碕(ひのみさき)で夕日を見たかったが、もう日が暮れる時間。体力気力も尽きたし諦めよう。平田市街のスーパーで買い食いし、“割烹温泉ゆらり”で入浴。22時で営業終了し、愛宕山公園に移動してテント泊。

伯耆〜出雲〜石見マップ
4/5(月) You know 温泉津?
十六島湾

傾斜地に設営してしまったため寝付きが悪かったが、無事朝を迎えられればそれで良い。公園の展望台から街を見下ろす。曇り少し晴れってとこか。

平田市から島根半島北西の海岸、十六島へ。ローマ字でUPPURUIと振ってある。西へ進み、湾越しには昨日走ったあたりの稜線に16基ほどの風力発電所が立ち並ぶ。ゆっくり動いている。道はまた鵜峠(うど)や鷺浦などひなびた漁村を繋ぐ。観光地よりも旅だ。

日御碕灯台

高尾ゆうゆうラインをぎゅうぎゅう越えて、島根半島ほぼ西端の日御碕に到達。土産屋はまだ支度中だが、金かかんなくていいや。白亜の大きな灯台は、石造りとしては東洋一だとか。岩の崖もサスペンスドラマっぽくて良い。うみねこのなく経島(ふみしま)を右手に見て道を降りていくと、漁村民に「倒れた原チャを起こしてくれ」と頼まれた。軽いが、ブレーキが壊れているようだ。そこまではどうにもならない。朱塗りの立派な日御碕神社をお参りして行く。

稲佐の浜を右手に見て、出雲大社に到着。「どんなに細い縁の糸も〜物語運んでくる〜♪」と竹内まりやの曲が脳内を流れるが、自分には何も無い。おまけに本殿は建て替え工事中で大きな倉庫に覆われ、ちっちゃな仮殿への参拝となる。どうせなら伝説の高層社殿を復元して欲しい。大量の絵馬を覗くと婚活系だらけだ。
出雲大社前駅の古い洋風建築や、旧JR大社駅なども見ていく。

追い風を受けながら“くにびき海岸道路”で山陰道に繋ぎ、西南へ向かう。一旦山中に入るが、海崖のアップダウンよりゃまし。三瓶山を垣間見る大田市街で昼食後、晴れて暑くなるなか内陸に入って行く。

石見銀山大森町

やってきました、日本一マイナーな(?)世界遺産、石見銀山。観光客は少なく、時折ベロタクシーやレンタサイクルが行き交う。古い町並みをチャリで自由にゆっくり流し、案内所の勧めで精錬所跡の石垣も見ていく。斜面にけっこう高層なやつ。ハイライトは龍源寺間歩(まぶ)という坑道。ゲロマブな娘どころかガヤガヤうるさい観光客もおらず、静かにかつての重労働を偲ぶ。ライトに照らされた岩肌に少し輝いて見えるのが銀だろうか。

降露坂の途中

ここから西へ抜ける銀山街道は、降路坂(ごうろざか)という山道になる。重い銀を運んでいたくらいだからチャリでも余裕、と思っていたのが大間違い。人気のない登山道を必死で押し上げる羽目になる。沢渡り、担ぎも入る。向こうからボランティアパトロールの人が来て、「このまま進むのはオススメできないが、あなたが慣れてるなら…」と言う。ええ、ああ^^;;(慣れてねーよ)。さらに「峠の向こうには倒木の難所もある」とも。
俺のアームはストロングじゃない。腕力をガンガン消耗してゆき、少し登っては肩で息をし、の繰り返し。今さら戻るも地獄だし、「終わらない坂は無い」と自分に言い聞かせて進もう。これこそワールドヘリテージな世界遺産の体感に他ならないのだから。最悪、暗くなる前にあっちに着ければ良いだろう。

こんな達成感のある峠は久々。多めに買っておいた補給食に救われたが、下りもキツい。不安定なサドルキャリア上の荷物が何度も崩れかけて悩ましいし、木の枝がいちいちスポークに絡まる。倒木の難所は、たまたま近くを測量に来ていた人に手伝って貰った。ホント助かる。五老橋でようやく車道に出てガッツポーズ。しかしよせばいいのに、さらに旧道を追ってまたキツい“遊歩道”に入る。何で昔の人ってこんな坂ばかりの道を作ったのか。仕舞いにはタイヤがパンクする。まぁここまで良く耐えた。

温泉津で夜になる

暗くなる前ギリギリに街道の終端、温泉津(ゆのつ)の温泉街に到着。ここの薬師湯は泉質評価がオール5らしい。まるで進研ゼミみたいだ。確かにこれは良い湯で、湯冷めもしない。二階がラウンジ、三階が屋上になっててコーヒーがタダで飲める。あーしみいる。

もう汗をかきたくないが、ここでは終われない。ナイトランとなり、真っ暗な国道9号をダイナモを焚いて江津市まで進む。やーっとサイクリング予定経路を完遂した。腕も脚もプルプル震えている。もう開いてるスーパー無いじゃん。あ、モスバーガーだ、ここでいいや。
あとは市民センター前の緑地でテント泊し、帰りの始発を待つ。

4/6(火) 三江ベリマッチ
三江線、江津出発

4時半、寝不足でも自然に目が覚める。露に濡れたテントを撤収しJR江津駅で輪行。6時2分発の三江線単行気動車は、学生1マニア2プラス私の計4人を乗せて、朝霧立つ江の川を遡ってゆく。これに乗り遅れると次に三次まで行けるのは9時間後という、垂涎の超閑散路線。途中の流動で最大20人くらいにはなるが。もちろん枕木は木製で、しばしば20km/hという自転車より遅い速度制限を受ける。ただし開通の遅れた一部区間はPC枕木で、そこだけ速く走る。

尾関山駅

広島県三次駅で18きっぷの入鋏を受ける。しばらく乗り継ぎの時間があるので、街を小走り気味に散策することにした。人形店の多い通りを抜け、尾関山は桜が見頃。疲労体に鞭打って登り降りする。太歳神社で厄除けのお守りでも買っておこうか。

芸備線もまたキハ120単行、塩町から福塩線に入る。もうこれ飽きたし、せっかくの閑散路線なのにウトウト。15km/hなんて制限もある。府中からは105系の電車になり、福山終着。ここから山陽新幹線こだま号で姫路までワープする。かつての花形500系がこだま運用されていて、乗れるのが嬉しい。
新快速の窓側を確保すれば、あとは地図に蛍ペンを引いたりスタンプ帳にメモを書き込んだりケータイ弄ったり、ずっと便利だ。デジカメを確認すると、この旅で800枚以上撮っている。そりゃー疲れるよ。座ってないと心臓に負担を感じるほど困憊している。何とか無事帰宅できますようにと祈りながら残りの中央西線を繋ぐ。

24時前に松本帰着。旅立ち前より少し暖かくなったかな。今持てる体力を使い切った、良い旅だった。そして太った。マラソンどうしよう。


付録

動画→zoome:自転車で江島大橋を渡ってみた(3倍速)
例の橋をチャリ載動画に撮って編集。
動画→ニコニコ動画:自転車で江島大橋を渡ってみた(3倍速)
低負荷版。世界の新着動画コーナーで紹介され“完走”を果たした。
ブログフォトアルバム→2010/04伯耆〜出雲〜石見ラン
36枚。当旅行記ページ掲載写真と一部被る。

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