自走サイクリング&登山日記

乗鞍岳日帰り究極登山

この写真は2004年4月、自宅(アパート)ベランダより撮影
※文中の写真はクリックすると800×600サイズに拡大表示します。

2005年 8月28日(日)

松本−乗鞍高原−乗鞍岳

放映中の24時間テレビに合わせた訳じゃないが、私も徹夜状態だった。20分だけ仮眠をして早めの朝食を採り、「生きてこの部屋に帰って来れるのか?」とアパートを出たのが午前4時。チャリでまず松本市街地に下りる。
空はまだ真っ暗で、ダイナモを焚きながら国道158号線(野麦街道)を西へ向かう。こんな時間に活動しているのは新聞店くらいだ。道は波田町を過ぎてから谷間に入り、大きなアップダウンを繰り返すようになる。空は白みだす時間。ルーフに自転車を載せたクルマが何台か追い越して行くが、チャリで走ってる人は見当たらない。途中道の駅で小休止。

奈川渡ダムに近付くあたりから、長くて狭いトンネルがいくつも続いて心苦しい。点滅式のテールランプを装備したので、以前よりかは安心して渋滞の先頭を走れるようになったが。
国道から別れ、県道84号線を乗鞍高原に向かって登って行く。標高600m前後の松本市街地から、たかが900mアップ。余裕で登り切らないと先がないのだが、かなり足が売り切れてしまった。

旅館やペンションから湧いて出てくるサイクリスト達と合流するように走り、“全日本マウンテンサイクリングin乗鞍(通称:乗鞍ヒルクライム)”の出場者でごった返す乗鞍高原観光センター大駐車場に着いたのが7時前。標高は1450mほど。さっきまで山を覆っていた雲は晴れつつある。
まずは腹ごしらえ。チョコスティックパンを貪っていると、後輩のG氏を見掛けた。すぐ見失ったが。このまま誰にも知り合いに会えないと虚しいから、人探し開始。ヒルクライム常連のSさんがすぐに見つかった。同じく筑波大サイクリング部の先輩YさんTさんが選手として参加していた。残念ながらスタート前はTさんを発見できず。


緊張感高まるスタート前

私もレースに参加したかった、年に一度の「坂馬鹿」最大の祭典。その熱い人気ゆえ、申し込みが間に合わなかった。だから今日はチャリでここまで登って、応援。
だがもうひとつ目的がある。自宅から(クルマやバスを使わず)完全自力による乗鞍岳登頂である。元々は大会に迷惑がかからず山が静かな別の日に実行予定だったのだが、面倒なので一緒くた。その見返りとして、大会規制によりこれ以上チャリではアプローチできず、大幅に目標達成が困難な事態になってしまった。無理っぽかったら大人しく引き返そう。



スキー場を彷徨う

チャンピオンクラスのスタート3分前に、ジョギングで先行出撃。しかし登坂練習をサボっていたのが祟り、すぐへたる。自転車が雲霞の如くオーバーテイクしていく。写真を撮りながら、後を追う。SさんやYさんも通過。
だがレースが行われている県道乗鞍エコーラインとは別に、それをショートカットする登山道というものがある。鈴蘭橋のたもとで熊鈴を装備し、広大なゲレンデから登山道入り口を探す。これが、運が悪いと発見できないような場所にあった。ともかく山の懐に飛び込み、なるべく小走りしながら高度を稼いでいく。谷の向こうに、自転車の大渋滞がうねうねと登っているのが見える。対して登山道は全く人気がない。


山頂はまだまだ先

このワープ作戦が功を奏し、やや遅いグループとはいい勝負になった。度々写真を撮りながら、県道と合流→ショートカット登山道でワープ、を繰り返す。「あたしたちよりジョギングしてる人の方が速いね」という選手の声が聞こえる。邪魔かけて申し訳ないが、私には私の目標がある。ここまで来たら後には引けぬ。何としてでも頂上まで行くぞ。
しからば、さっき会った先輩達がみんなゴールし終えてスタート地点へ下ってしまう前に、何とか再会して「私は下山が遅くなるので、待たないで帰って下さい」と告げておかないと、心配をかけてしまいかねない。急げ。


思い思いに写真撮影

樹林帯を抜けハイマツ帯でまた県道と合流すると、タイミングの奇跡! そこにドンピシャでYさんが走っていた。やっと追っ付いた。少々驚かしてしまったかも知れない。
「頑張って!」と言って見送りつつ、また登山道ワープで先行。大雪渓下で合流。天気がよくて景色が物凄いんだけど、最後の坂にもがく選手達に、それを楽しむ余裕はあるだろうか。まぁ下山中にゆっくりできるからいいんだけど。


ゴールの畳平・鶴ヶ池

Yさんの後を追って午前10時過ぎ、ゴール地点である車道日本最高地点2710m、畳平に到達。長野県と岐阜県の境であり、独特の火山地形が広がる別天地。首尾よく、先にゴールしていたTさんと会えた。もうだべるだべる。
「私は下山が遅くなるので、待たないで帰って下さい」とは言ったものの、「何だかんだで午後3〜4時ぐらいまでは居るよ」とのこと。微妙だ…。



位ヶ原と乗鞍高原を下方に

カロリーメイトで補給。さらに、これから山頂へ行くという私にYさんが菓子を分けてくれた。これがあとで、貴重な空腹しのぎになった。
風が強く、予備のシャツを着込んでいよいよ最後の登山道へとりかかる。しばらくは管理車両が通れるような平坦な道だが、もはやジョギングする体力気力はない。長野県側がレースで封鎖されているにも拘らず、岐阜県側からのバス観光客で人が多い中、肩の小屋からは最後の急登。ややザレてはいるが、登り易い。背後には既に絶景が広がっているが、早く山頂でそれを楽しもう。


お決まりの登頂写真

朝4時の出発から実に8時間近くかけた11時45分、ついに乗鞍岳最高峰、剣ヶ峰3026mを制覇!! 万感の三角点タッチ。山頂神社に賽銭をトッ込んで目をつむると「てっぺんのてっぺんまで来たんだ!」と涙が出そうになる。
しかも、期待以上の景色。残雪の少ない季節は雲がコントラストの決め手になるんだけど、その雲の出方が絶妙なのだ。幻想的かつ強烈なシャープネスで視界に飛び込む北アルプス、御岳を間近に、白山や八ヶ岳も遠望。さらに嬉しいことに、広大な乗鞍高原の向こうに松本市街地が霞んで見える。自分の住むアパートの判別は全然無理だけど、こうやって見下ろしてみたかったんだ。


乗鞍ピーク群と槍穂連峰

こりゃ、いくら写真を撮っていても飽きないね。家族連れや、80歳のおばあ様まで登ってくるけど、私は特別ハイな気分だ。松本平からはおなじみの蝶ヶ岳や常念岳さえ遥か下方である。そしていずれ、あの槍穂連峰にも登ってやろうという気持ちになる。
しかしいつまでも居られないので、30分程で下山開始。さよなら乗鞍剣ヶ峰。肩の小屋から大雪渓わきをショートカットして県道に戻る。



沢筋の道を駆け下りる

問題の下山である。いくら登坂では自転車と渡り合えても、下りは惨敗。つーか既に一台残らず下山しきっていて、とても寂しい。…いやそんな問題じゃなくて、既に体力は猛烈に消費し終えており、膝も笑っている。それでもレース参加者が帰ってしまう前に乗鞍高原に戻るべく、ふらふら急ぐ。小雨が降ってくる。
途中、冷泉という水場で給水。げ、硫黄の味がする。きっと吹出物が治るに違いない。さらにコースタイムの半分を目指して駆け下りるプチ韋駄天。何でこんな体力と膝耐久力が残っているんだろう。我ながら、人体の不思議である。

やがて、大駐車場でジャンケン大会をやっている声が聞こえてくる。うおー! まだ居るぞ。ラストスパート。こうして午後3時過ぎ、何とか三人に再開。Sさんは入賞して賞品を貰っていた。
確か学生時代は私とほとんど面識のない三人だが、今日はよく話してもらって、生き返る気分だ。クルマで関東へ帰る彼女らを見送って、自分もゆっくり出発。チャリで高原を降り、魔のトンネル街道を抜ければ松本市街地。

午後5時45分、アパートに生きて帰ってきた。この部屋から望める山としては最高峰の、乗鞍岳。引っ越してきて以来6年間暖めていた夢が、やっと叶った。人生に何度もない充実感に包まれている。
きっとそれは、目に見える目標があるなら達成できる、という自信に繋がる…といいな。



権現池、雲海の向こうに白山

中央奥が松本平

大雪渓のスキーヤー

翌日、見事に全身筋肉痛。


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