一浪の末、茨城県の筑波大学に入学することになった私は、新しい愛車としてオリーブ色のランドナーBS-Travzone(ツーリング用自転車)を購入した。ドロップハンドルなので前傾姿勢がカッコよさそうだし、ギアもいっぱいある。しかもドロヨケが付いているので雨の日の通学にも困らない・・・、これがこの自転車を選んだ理由である。
入学後、軽い気持ちで体育会サイクリング部に入部したが、ランドナー持ちという理由で“キャンピング班”に所属させられることになった。キャ、キャンプ? そんな、重い荷物もって何日も走るなんて!「俺の体力じゃ無理そうだ…」。しかもイマイチ部になじめず、おまけに4月下旬から厄介な鼻風邪をひきだした。
こんな不安だらけの状態で、キャンピング班のゴールデンウィーク合宿を迎えることになった。もちろん半強制的に参加させられる。しかも、キャンピング班に入ったもう一人の1年生は別ルートの合宿に参加ということで、同輩なしという寂しい状況だ。
5月2日(火)
大学の授業は適当に切り上げ、夕方、平砂学生宿舎に集合。結局風邪はひきっぱなしで気分はLOWのまま。しかしここでの記念撮影後、つくば出発の時は来てしまった。
まずは近くの(といっても30分以上かかる)JR荒川沖駅まで列になってラン。自転車用のキャリアを用意できなかったので、荷物はザックでしょっている。重いので腰が心配だ。駅に着き、早速『輪行』つまり自転車の分解が始まったが、慣れないことなので先輩に手伝ってもらった。早くマスターしなくては。ところで、駅前で若者達が自転車を分解している様は、通行人には異様に見えるだろう。足を止めて見入るババアもいる。
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5月3日(水,憲法記念日)
ボックスシートの夜行列車で眠るのは辛いものがあった。ともかく茅野駅に到着。まだ夜明けまで時間があるので、この駅で降りた大勢のキャンパー達と同じようにその場に銀マットを敷き、初めての寝袋を広げて寝る。zzz・・・起こされてみると、まだ朝早いのに他のキャンパー集団は殆ど引き上げていた。我々も出発すべく自転車の組み立てに入る。どうやら輪行中の破損はなくほっとした。
コンビニで朝飯を喰い(結構高くつく)、いよいよランが始まった。知らない土地なので方向感覚を掴みずらい。道はすぐに杖突峠(600mUP)への登り坂に。さすが“杖突”峠だけあってかなりきつく、ペダルに足を固定しているトゥクリップやトゥストラップの存在がとてもありがたく感じる。この日の体力の大部分を使い果たした頃、やっと峠に着いた。ところが後になって思えば、ここはそう辛くはないほうだったのである。
坂を下りた高遠町で昼食と夕食の買い出しをして、河原でまず昼食。食パンと具で適当にサンドウィッチを作りながら食べるのだが、合宿にこういう食事はつきものとのこと。でも私は気に入った。
さらに今日二つ目の峠、分杭峠(600mUP)へ向かう。「えっ、もう一つあるの?」…長くきつい登り、もう体力が残ってないのに。さらに雨が降ってきてカッパ着用。辛く辛く、何度も「戻ってバスで帰ろう、こんなサークルやめてやる!」と思いつつ、「でももうちょっと頑張ろう…」と自分を励まし、ついに、ついに峠に着いた。「もーやだーっ。」
寒いのにある先輩が上半身裸になって「どくだみ〜ハブ茶プ〜ア〜ル…」などと壮健美茶CMの真似をして写真撮影をしてたりして、愉快だ。
雨はほぼ上がり、メチャ爽快な下り坂に入った。「かーっ気持ちいいー!!」 風を切る手が冷たく、路面がウエットコンディションだったのでスリップが怖かったけど。
本日の目的地、大鹿村に到着。小学校の渡り廊下にキャンプを張る。今日、この村では年に二回という歌舞伎祭をやっているようだが、そっちを見に行く余裕はない。夕食の支度だ。とはいえ私には殆ど知識がなく見学状態。慣れた手順で米を炊いたり野菜を切ったりする先輩達に、ただただ尊敬のまなざしである。「お前もそのうち出来るようになるって。」そして出来たものは豆腐なしマーボ丼。これがなかなかイケて、ちょっと喰い足りない程だった。
まだ午後7時過ぎだというのにもうみんな寝てしまった。私ももう寝よう、初めてのテントで。少しずつキャンピング班の雰囲気に慣れてきたかもね。でも今日でもう体はボロボロ、明日どれくらい筋肉痛がくるか不安だ。
5月4日(木,国民の休日)
予定より起床が遅れたらしいが、とりあえずホットな飲み物をいただく。心配していたほど筋肉痛はきていないが、今日は昨日よりもはるかに辛い登りとのこと。大丈夫だろうか。でも少しワクワクしてきたかも。
山崩れの痕が印象的な大鹿村を出発し、南へ。やがて登り坂は急にきつくなった。エッサ、ホイサとペダルを漕ぐ。しかし昨日のような辛さはあまり感じなくなってきた。
やがて地蔵峠に到着。しかし目的地はまだ上、ここまでで半分らしい。でも「なんとかなりそうだ」と気分的に楽になっている。荷物もザックとはいえ、テントやコンロを運ぶ先輩達に比べれば軽いので、ちょうど一番速い先輩についていく位のペースで走れた。
それでも辛い登り坂、体力をフル稼働させながら私は少しずつ、素晴らしいことに気が付き始めていた。
「今、紛れもなく自分は生きているんだ…!」
と。こんな感覚、初めてだ! どうやら峠サイクリングに目覚めてしまった!?
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5月5日(金,こどもの日)
完全に冒険心に火がついた。走るのが楽しくてしょうがない。この日は4年生の先輩の強い要望で、“階段”があるらしい青崩峠へ。ぬかるんでいるかもしれないし、「えーっ、階段?」と少し抵抗はあったが、まあ、何とかなるだろう。
登り道はしばらくしてダートになり、やがて木と土の階段が始まった。もうこうなっては自転車に乗るわけにはいかないので、押したり担いだり。先輩達は辛そうにしているが、私は楽しくてしょうがない状態が続いている。そして、いかにも峠という地形が印象的な青崩峠に到着。この時の感触は忘れまい。
しばし休憩。ここで私は落書き帳ボックスを発見。中にはここ数年のノートが数冊入っていたので、「先輩ー、これ、うちらも書きましょうよ」。しかし書く前にみんなこのノートを読むことに夢中。そしたらあったあった、過去の我等がサイクリング部員達の書き込みが。先輩達は「あー、あの人の文だよおっ」と感動しまくり。もちろん私にはさっぱり判らないが、この峠のツーリングの歴史というか貫祿を思い知った。そして当然我々も文を記す。私はありきたりな感想は省き、「初めてのツーリングでこんな思いするとは、でも楽しいっスね。一年次 中村良大(むらよし)」と書いた。気持ちそのままである。是非是非、後世に伝われよ。
静岡県側に下山して、ついにこの旅の終着点、水窪駅へ着いた。は、走り足りない。磐田ぐらいまで行ってもいいんじゃないかなと思ったが、この辺にしといてやるか。ところで合宿中ずーっと、風呂には入る機会がなかったなあ・・・。
輪行作業はどうにか一人で出来るようになった。帰りは長い電車の旅。10時間経った夜24時ごろ、ようやく荒川沖駅へ。そこから自転車を組み立てて最後のラン、そしてつくばに帰ってきた。これにて辛く楽しいゴールデンウィークツーリングはお開き。
さァて、日常の過酷な現実が帰ってきちゃったぞ。それを思うとツーリングはなんて楽しかったんだろう。現実も忘れることが出来てサ。
不安だらけで出発したこの旅は、風邪はひきっぱなしだったものの無事終わった。大自然の中を自転車で登り下りする快感をおぼえ、心からサイクリング部の一員になれるキッカケも掴んだ。フッ切れたとでもいおうか。旅の前と後でとてつもなく大きく気持ちが変わったのだ。
このツーリングに参加できて本当に良かった。今後もっと辛い旅を何度も経験することになりそうだけど、どうやらそれを楽しめそうである。さあ、サイクリストへの道を突っ走れ!!