むらよし旅日記・其の六

初日の出を求めて

1996年元旦

 12月31日夜、東京に帰省していたはずの私は、突然つくばの大学宿舎に戻った。大晦日だというのに男子棟や女子棟でも数件明りが灯っているが、何か帰れない理由があるのだろう。こんな時につくばに戻る私も私だが。
 毎年恒例の年越しそばは喰わず、紅白歌合戦をふとんにくるまって見ている間に仮眠モードへ突入した。微かに「白組優勝〜!」の叫びが記憶に残る。

 ふと目を覚ますと、夜中の2時。いつの間にか1996年になっていた。やばい、急がねば。そう、今日はつくばからチャリを駆って、太平洋の海岸まで初日の出を見に行こう、という計画を実行するのだ。気合で眠気を退け、自転車の調整に入る。が、ペダル交換がうまくいかないというトラブル発生。おかげで出発は日の出の丁度4時間前、午前2時45分頃になった。宿舎共用棟の自動販売機で缶ミルクセーキを買い飲みし、スタート。

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 まずは土浦に向かう。マイナーな道を行こうとしたが、暗くて怖いので結局大通りを使う。土浦からは国道354号線、街灯の数もめっきり少なくなる。真っ暗闇の中、心細いダイナモ(発電機)ランプの明りを頼りに進む。急いでいるので休みはなし。長い出島村を抜けて、霞ヶ浦大橋に着く頃にはもう疲れていた。つけっぱなしのダイナモも体力を奪っているのだろう。大橋からの霞ヶ浦の眺めはまさしく真っ黒け。月が出ていないので空も黒く、まるで黒い空が地面をえぐっているように見えた。
 なんだか幽霊が出そうな暗い田舎道だが、やはり初日の出に向かうと思われる乗用車が時々、列をなして抜いて行くのでさほど寂しくない。しかし私ひとりポツンとなり、しかも灯りがないあたりはとても心細くなる。ナイーブになって、ちょっとした物音でビクついたりしていた。
 この日の服装は靴下2枚、アンダータイツにジャージ、Tシャツにタートルネックにトレーナー、そしてブルゾンと超・重装備。真冬の夜中とはいえ結構暑くなる。灰色のフードを被ってネズミ男と化してした私を見て、とある乗用車の助手席の女が「キャハハハハ。」バカという意味において同類だなと思った。さらにしばらくして、今度は男が「イエーイ!」…よっしゃあ、ガゼン楽しくなってきたぞー(違うって)。
 北浦を渡り、ようやく国道354号線は終わる。さらに国道51号線を北上しにかかる。日の出1時間前になると、わずかに空が明るみ出してきた。「いよいよ俺の時代の到来だぜ」と訳の分からんことを考える。流れ星も現われた。カネカネカネはあんまりなので「タンイタンイタンイ!」
 6時過ぎごろ約60kmを走破し、大竹海岸到着、間に合った。…いるいる、車で来た人がいっぱい。結局土浦からここまで、自転車で走る人を一人も見かけなかった。暴走族とかに絡まれなくて本当によかった。
 私は明るくなっていく東の空を眺めつつ、実家からもってきたおにぎりをほおばる。空はだんだん白くなってゆく。どこまで白くなるのだろう・・・。そして打ち寄せる波にあの娘のことを思い出していた。
 やがて砂浜には人の壁が出来てきた。家族連れ、カップル、ヤロー集団など様々、この場所にこれだけの人が集うには元旦だけだろう。ははは、面白い。だいたい初日の出に何の意味があるんだろうね(じゃあ自分は何様!?)。そして6時48分、日の出の時刻。しかし水平線上に若干雲の層があり、この時点では太陽は顔を出さなかった。写真におさめることに意味があるのか、という葛藤の末買った使い捨てカメラで、とりあえずカシャ。
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大竹海岸での初日の出
 3分位して、ついに太陽の一部が雲の隙間から顔を出した。念願の初日の出である。カシャ、ここまで漕いできた愛車もご一緒に。そして太陽が完全に丸い形に。カシャ。こうなるとゾロゾロ人々が帰りだした。おまえら、何しに来たんだ(だから初日の出を見に来たんだって)。私はちょっと恥ずかしいながらも、太陽に向け合掌して目をつむり、祈りを捧げた。心を落ち着かせる手段としてお祈りは使えるのだ。
 ダイナモを解除し、砂浜をチャリで走ってみることにした。波打ち際を今年一番の朝日を受けて走る、これが最高に気もちイイ。とてつもなく爽やかである。どうやらこの快感を味わっているのは、見たところ私だけである。
 帰り道。昼夜では別の趣があると思って、来た道をそのまま引き返すことにした。眠るべき時間帯にノンストップで走ってきた、という無理がたたってか、とても疲れている。ダラダラ〜。夜には真っ暗で見えなかった墓地などが見える。途中休憩をいれつつダラダラと土浦、そしてつくばへ。目前には紫峰筑波山がそびえる。「登りたい」がそりゃムリしすぎってもんだろう。往復約120km走って、無事宿舎に戻りめでたしめでたし。ひどく眠い・・・、無茶したものだ。

 私の1996年はこーゆーバカなことで幕を上げた。ゆえに今年はとことんバカを極めようと思う。しかも、他の人がやらないような個性的なバカを・・・。ちなみに1日の走行距離100kmオーバーは、大学生になってからは初めてであった。


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