魏石鬼八面大王のゆかり〜魏石鬼の岩屋〜

魏石鬼の岩屋
「第三回目は私…えーっと、藤原妹紅と慧音です。
私はともかく慧音はこう言うの得意そうだよね」

『まぁ歴史の範疇であるし、得意分野ではあるかな。
今回は妹紅の生まれた年代より少し後、まだ神代の影響も強かった頃だから
もしかしたら妹紅も当時の事を知っている話かも知れないが』

「どうだろね。そんな何から何まで覚えてるわけでもないし。
で、何処に行くんだっけ?」

『うん、とりあえずは有明山神社だな。ここそのものはそれ程重要でもないが
目的地に行くには神社を通り抜けた方が楽なんだ。
ちなみにここに祭られている神々は天岩戸を開いた際に中心的な役割をなした者達でな。
諏訪地方からの土着信仰やそれらと融合した神、それに穂高見命を始めとする
安曇民族の信仰の勢力が強い県中部では、光城山の日本武尊の様に
何かしらの理由がないと、奉られる事があまり無い部類に入ると私は思う。
私個人の考えでは、有明山が神体山である事も踏まえ、本来は山そのものを神格化する
土着信仰があり、現在の信仰は国譲りの後の後付や融合の結果ではないかと考えている』

「ここら辺は山の中なのに海の神だとか蛙だとか妙な神様が多いし
正統派は逆に浮いてると言えばそうかも知れないね。
えーっと何々、祭神は「他力雄命」「雨ウズメ命」「大日貴命」「八意思兼命」他数柱・・・
ふぅん、八意思兼ねぇ・・・」

『あー・・・、八意思兼命と言うのは天照大神が天岩戸に隠れた際に
天照を引っ張り出す作戦を考えた知恵の神だ。
箔を付ける為か何だかは知らないが伊吹の山の鬼童子を名乗ってみたり
ヴラド・ツェペシュの末裔を名乗ってみたり、幻想郷じゃ何かしら景気の良い名前や
来歴を名乗る事は珍しい事じゃないからな』

「なるほど見栄っ張りの月人が名乗りそうな名前だ」

『ま、まあそれじゃあ本題の方へ行こうか。
有明山神社を抜けて山の方へ行くと、まぁ目と鼻の先だが仏閣がある。
今は無住職の寺となっている五龍山正福寺と言うんだが、その寺の脇にだな、道があるんだ』

「道・・・って言うか獣道って言うか崖の成り損ないって言うか。
って言うか片側普通に崖よね」

『確かに足元は悪いな。ほら、山側の道なりに
石仏が沢山立っているだろう』

「まさか足を滑らせて崖に落ちた人の数だけ・・・」

『違う。恐らくこの先に棲んでいたある者の為だな』

「ある者?」
岩屋周辺 『そう。やっと本題に入る訳だが、・・・おっと
今回の最初の目的地が見えてきた』

「あれは、お堂かな?あ、小風谷なんて書いてある。
最近越してきた人もそんな感じの名前だったかな。
しかし何でまたこんな悪路の奥にお堂が?」

『ふむ、その理由がこのお堂の下、
ぶっちゃけて言えば一番上の画像の通りだ』

「思いっきりぶっちゃけたね慧音。
この洞窟に昔誰かが居たって言うそういう話?」

『そうだ。その名も八面大王。有明山山麓のここ、
魏石鬼の岩屋に潜伏し災いを為したと言う鬼だ。
生前はともかく、死後の祟りが凄まじかったようで、岩屋への道に石仏、 岩屋にも仏像が彫られ、岩屋の真上にまでお堂を建てる念の入り様。
それでもまだ岩屋に入ると祟られると有名だぞ』

「鬼ねぇ。災いとは違う意味でろくでもない
イメージがあるけど・・・。大酒呑みとか。ウザいとか」

『ここの鬼はそうとも限らないのだけれど』

「へぇ?慧音が鬼だ妖怪だの肩を持つとは珍しい」

『まぁそれはおいおい話そう。ともかくこの鬼が 朝廷側の人間と戦い、そして敗れたのは確かの様だ』

「実は生き延びて幻想郷に来てたりして」

『恐らく生きてはいないだろうな』

「何故?」

『山を下りながら八面大王の退治譚を話そうか』



その昔、有明山山麓に八面大王と呼ばれる鬼が棲んでいた。
自らの城を「宮城」と名付け、地元の民を大いに震え上がらせていたと言う。
そこに現れたのがかの有名な坂上田村麻呂。
しかし鬼である八面大王にはただの弓など効かず、今は魏石鬼の岩屋と呼ばれる
あの岩屋に逃げ延びて、篭城を決め込んでしまった。
困った坂上田村麻呂は栗尾山の観音堂にて討伐祈願を行なう。
そしてある晩、坂上田村麻呂は観音堂にて霊夢を見る。
それは三十と三節ある山鳥の尾にて矢を作り、それを八面大王に射ろと言うお告げだった。
地元の民である弥助と言う男が、山鳥の化身である嫁から三十三節の山鳥の尾を提供され
それから矢を作り坂上田村麻呂に提供、その矢に射られた八面大王は遂に往生すると言う訳だ。
が、しかし八面大王が矢を受けた傷口から迸る血は毒の雨となり、農民らを苦しめた。
八面大王は鬼であるが故かその執念故か、死して尚祟ったのだ。
坂上田村麻呂は八面大王の復活を恐れ、その遺体をばらばらに刻んで離れた場所に埋めてしまった。


『つまりその体のパーツの内一つが埋まってると言われるのがここ、「耳塚」地区だ』

「地名怖いよ!ストレートじゃん!ふつうに耳じゃん!」

『いやー、あんまり近所だから別に今まで気にしてなかったとか、地元の人達的にはそんな感じらしいぞ』

「まぁそういう物かも知れないけどさ・・・」

『すぐ近くに立足という地名もあるな。道路の看板に耳だの足だの書いてあってシュールだなぁ』

「長閑な田園風景が急に血生臭く見えてきたよ・・・」

『今回行かない所として関連した場所を挙げると、位置的に有明山神社の真南10km弱のところに、
坂上田村麻呂が祈願した事で今は満願寺と名前を変えた観音堂が、
有明山神社沿いの道を山側へ登ると、血の雨で病んだ農民達を癒した中房温泉が、
後は少し遠いが、松本に八面大王の首が納められていると言う松本筑摩神社がある』

「なんか随分パーツ足りなくない?」

『残念ながら腕の場所は伝えられていないんだ。だが最後の残りの場所へはこれから行くぞ』




魏石鬼八面大王のゆかり〜大王わさび農場〜

わさび農場
「大王わさび農場。
やっぱりストレートって言うか、もうこれで八面大王関係なきゃ詐欺ってくらい
全力で大王な名前ね」

『ここが一番大きなパーツ、つまり胴体が埋まってるといわれる場所だ。
今では日本有数の清流で育つ巨大なわさび農場兼観光地だが。
この企画の1つ目に取り上げた大下駄のある神社とは目と鼻の先、
つまり今回の出発地点である岩屋から耳だの足だのを経由して
南東に街一つ分突っ切った形になる』

「いやはや空の一つも飛んでいけば楽だったんだろうけどね」

『外では外の式に従わないと。
ところでこの大王わさび農場、胴体を奉ってあるであろう大王神社は勿論だが
もう一つ大王にゆかりのあるのがこの魏石鬼の岩屋のレプリカだ』

「れっ、レプリカ・・・。なんていうかその・・・入りたいかそこまでして」

『気持ちはわかるが、本物に入るような馬鹿な真似をする輩が減ると思えば、全く滑稽とも言えないだろう。
本物より出入り口も中も広く出来ているから安全でもあるし。何故か2つもあるからお得度も二倍だ。
そしてここにはひとつ、八面大王に関して興味深い話が残っている』

「それは予想がつくよ。
こっちでは鬼が善人だったんでしょう」

『さすが妹紅、正解だ。
こちらに伝わっている話では、八面大王は朝廷からの侵略に対抗した勇者となっている。
大和朝廷が東北征伐にあたり信濃の国を足がかりにし、貢物など
住民に大変な苦痛を強いていた為、安曇野の里に住んでいた八面大王が住民の為に立ち上がり
坂上田村麻呂の率いる軍と戦い、そしてすんでのところで敗れてしまったと』

「斜めに観ると、観光地だからそういう作り話が必要だったと言うか
あえて良い話にしましたって風にも取れるけど」

『それを全く否定する事は出来ないが・・・。
八面大王と言う名前は、「やめのおおきみ」とも読めるだろう。
やめのおおきみ・・・八女大王と言うとあの卑弥呼の後継とされる称号であり
そう呼ばれる筑紫君磐井は九州の王であり、九州の王であるのなら磐井の乱の後に
安曇野に流れてきたとしても不思議はない何故なら安曇野と九州を繋ぐ線として安』

「オーケーオーケーストップ慧音ちゃんストップ。
なんかノストラダムスとか言いそうになってきてるから。落ち着こう。
とにかく、本当に善人でも不思議はないって言う事ね」

『ああ。
だからこの私があっさりと歴史の中に鬼として埋もれさせていいものかとな。
当然、逆に鬼としての側面の話も残っているが』

「民を苦しめた鬼で結局討伐されて〜ってんじゃなくて?」

『勿論それもそうだ。魔力を以って雲を起こし、霧を降らせ、天地を飛び歩き、とな。
他にも戸隠の鬼女、紅葉と恋仲でその2人の子供が金太郎だという話とか。
そして八面大王の死に悲しんだ紅葉が自害した場所が鬼無里村だとか。
後の方は多少眉唾だが』

「酒呑童子と茨木童子の間に子供がいましたって言ってるようなものだよねそれって」

『茨木童子が女性だったという説もある事にはあるそうだぞ。
むしろ、卑弥呼の後裔である八面大王そのものが女性、という考え方も面白いな』

「そうなるとそれこそ幻想郷に来てそうで嫌だなぁ。
腕はどこにあるか分からないようだし」

『あー・・・それに、さっきの自分の発言を覆すようでなんだが
ばらばらにされたのは八面大王の子分達で、八面大王自身は降参した
と言うパターンの話も残っていたりするんだな』

「・・・いやまさか」

『何、もし生き延びていたとしても彼、だか彼女だかが居るのはきっと
幻想郷じゃなく彼らの世界さ。余程の変わり者でさえなければな』

「変わり者なんでしょ?
鬼なのに困った人間達の為に戦った」

『・・・あ』






08/05/20