10. クオリティ オブ ライフ:コンパニオン アニマルのがん治療

がんにかかった動物の治療の第一の目的は病気を治癒することですが、もしも治癒が望めない場合、治療は動物のクオリティ オブ ライフ (生活の質、以下QOL) をできる限り高く長く保つことに重点が置かれるようになります。言葉のとおり、生活の質に質がなければ意味がありません。「質」 は定義があいまいで変化しやすいため、人間は明確で十分な目標が定義されている 「量」 に焦点を合わせようとしがちです。しかし、この2つの要素をバランス良く保つことが日常生活においても重要です。

一般的にがんの治療には、動物のQOLに影響を与えるような副作用が伴います。患者にどの程度の副作用まで耐えてもらうかの判断は、治療の目的や予想される治療の結果によって異なってきます。例えば、がんの治癒やコントロール (獣医学の場合これは通常1年以上動物が生存することを意味します) を目的とする場合、多少ハイリスクで症状も重く長期間続く副作用を伴う治療であっても行われることになるでしょう。これは、数日から数週間のQOLの低下で、その後何ヶ月も高いQOLを維持できるのであれば、交換条件としては妥当であると思われるためです。しかし、がんが治癒できない、あるいはコントロールできないと判断された場合、治療の目的は緩和になります。これは、動物の寿命をのばそうとするのではなく、生きているあいだのQOLをできるだけ高く維持しようとするものです。病気より治療のほうが苦しいという状況は避けるべきであり、このような場合には治療の副作用も最小限にとどめることが望ましいでしょう。緩和ケアは痛みや感染のコントロール、適切な栄養補給といった補助的なケアを中心としています。どのようなリスクや副作用は許容できるが、どれはできないといった判断について、飼い主や獣医はそれぞれに自分の考え方があるでしょう。動物に一日も長くQOLの高い生活を提供するという共通の目標に向かって、十分に獣医と話し合い協力することが大切です。

動物は口が聞けず 「具合はどうか」 などと聞くことはできないため、QOLは動物の様子から推測するしかありません。アメリカではQOLを測る方法が腫瘍学者によって開発されています。例えば、ニューヨーク市のアニマル メディカル センターでは飼い主と獣医の両方が総合的なQOLを判断できるようなあるスケールを開発しました。このスケールは、動物が普通に生活を続けて行くための能力に影響を与える5つの要素、つまり機敏さ/精神状態、食欲、体重/体の状態、活動/運動の程度、そして排泄で構成されています。この評価方法では、動物のからだの状態がどのようであるかを示すだけでなく、同時に有用な医学的情報も提供します。一般に、得点の高い動物(つまり、正常な状態に近い場合)は、得点が低い動物に比べて、治療に良く耐え、またより良く回復する傾向にあります。

QOLは人が違えばその意味も違ってきます。ある人にとって、高いQOLとは動物がボールをおいかけたりドアのところで待っていてくれることかもしれませんし、また別の人にとっては、動物がリラックスして痛みのない日々を過ごし、安心して食べたり眠ったりできることであるかもしれません。動物のQOLを評価する際の難しい点の1つは、質が次第に低下するかもしれないということです。動物と一緒に住んでいる人にとって、目に見える毎日の変化はあまりなくても、数週間あるいは数ヶ月おきに動物に会う人 (つまり獣医など) にとって、その変化は大きいかもしれません。従って、飼い主は動物のがん治療を開始する時に、自分の中での 「最低限」 のQOLをある程度考えておく必要があるかもしれません。例えば、それは、動物が食べたり散歩することに対して興味を失う時かもしれませんし、あるいは動物が呼吸困難になったり 「快適」 でいられなくなった時かもしれません。このような問題について、治療の早い時機から十分に考え家族や獣医と話し合うことは、後で治療を中止したり安楽死を選択するような難しい判断を迫られた場合に決断の手助けとなります。

がんの治療において、利用できるすべての治療オプションを用いて手を尽くしても、最低限のQOLが維持できそうもないという時期が来ることがあります。治療が技術的に可能であるというだけで、それが動物にとって最良の選択であるとは限らないことも認識しなければなりません。そのような場合、最後の治療の選択肢として安楽死に直面することになります。不要な苦しみを長びかせないために安楽死を選択することは、飼い主が動物に示すことができる最後の優しさであるとも言われますが、最後まで看取るか、安楽死を選ぶかの判断が飼い主にとって非常に難しく、また辛いものであることだけは間違いありません。