9. がんの犬や猫に必要な栄養

病気は、がんであれ良性の疾患であれ、動物の代謝に影響を与えます。病気になると、体の中でタンパク質や、脂肪、炭水化物を消費する方法に様々な変化が生じますが、これは生物が生き残るための体の適応です。実際、動物の体は利用できる栄養を傷の回復や免疫システムの維持に優先して使います。しかし、このような新陳代謝の変化が、患者にとって有益ではなく、むしろ有害な状態を引き起こすまでに激しくなったり長びく場合があります。こうなると、たちまち体重の激減や筋肉の衰えが起こり、回復が困難になったり、時には回復不能な状態になることもあります。

現在、健康な犬や猫の日常的な生活に必要な栄養条件についてはかなり研究が進んでいますが、がんにかかった動物だけに特別な、または健康な動物とは異なる栄養条件があるかどうかはまだわかっていません。しかし、いくつかの栄養素は他の栄養素よりも優先度が高くなります。まず、水は絶対不可欠で一番重要な栄養です。次に、動物は適切なカロリーとタンパク質、そしてビタミンとミネラルを必要とします。市販されている良質のペットフードは、動物が適切なカロリーを摂取しながら、同時に必要とされるすべての栄養素も適量摂取できるよう、栄養バランスが考慮されています。がんにかかった動物に見られる典型的な問題は、食物摂取量の減少、あるいはペットフードをいやがって、栄養バランスに欠ける飼い主の食べ物だけを食べたがるようになることです。

がんにかかった動物の体重が減少する原因として、食物摂取量の低下と病気による新陳代謝への影響があります。食欲や食物摂取量の低下にはいくつかの原因があり、病気そのものに関係するものと、がん治療による副作用によるものなどがあります。がんにかかった人の味覚が変わったという話を良く聞きますが、これは病気の結果、亜鉛などの栄養素が欠乏したことによる二次的な症状、あるいは薬や治療による副作用によるものです。

また、腫瘍の存在が食べたり消化することを邪魔する場合があります。例えば、口腔内に腫瘍ができると、食物をかんだり飲み込んだりしづらくなります。胃や腸の腫瘍は、食物が正常に通過したり栄養が吸収されることを阻害するでしょう。また、がん治療が消化管に直接の影響を与える場合があり、いくつかの抗がん剤は吐き気や嘔吐を起こします。口腔内にできた腫瘍の治療にしばしば放射線が使われますが、これが周囲の粘膜に炎症や潰瘍を起こすこともあります。外科手術で腫瘍を摘出する際に消化管の一部も取ってしまうと、明らかに食べたり消化する能力に影響を与えます。

不快な副作用 (例えば、吐き気、痛み、軽い不快感など) の結果として、動物が物を食べるという行為や光景、あるいは食品のにおいを副作用に結び付けてしまうことがあります。これは学習による食物嫌忌と呼ばれています。食物嫌忌は人間の患者によく見られる現象です。例えば、人間がある食物を食べた後に病気になった場合、その食物が病気の直接の原因でなかったとしても、その食物と病気を結び付けて考えるようになるという経験は少なからず誰にもあると思います。科学的に証明されているわけではありませんが、このような現象が犬や猫にも起こると考えられています。がんにかかった動物の食餌における大きな問題の1つは、できる限りこの食物嫌忌の発症を防止して、万一この症状があらわれてしまった場合にはその症状を改善するよう取組むことです。

動物が食物を拒否する場合、まずその原因を推測してから最適な対策を実施しなければなりません。また同時に、嗜好性のあるものや新しい食物を試して、動物が自分から進んで食べるものを見つける努力をしなければなりません。時には、しばらくの間チューブから摂食させるなどの人工栄養を行ったり、学習による食物嫌忌を起こしたり悪化させるリスクを予測して断食が最適な場合もあるでしょう。いずれの場合にも、個々のケースはそれぞれに異なり、状況に合わせてケアする必要があることに留意して下さい。どのケースにもあてはまるような唯一の解決策というものはありません。動物の変化するニーズに辛抱強く、そして敏感に対応することが大切です。

動物の食餌に関していくつかポイントがあります。

動物が吐き気や不快感を示している時に、無理矢理何かを食べさせようとしてはいけません。フードの光景や臭いで息がつまったりよだれをたらす、顔を背ける、口に入れると吐き出す、あるいは食べ物をどこかに隠してしまうような場合は、少し様子を見ましょう。明らかに食欲のない動物に食べ物を押しつけることは、学習による食品嫌忌の原因となります。

吐き気や嘔吐が問題だと思う場合は、対吐薬を処方してもらえるかどうか獣医に聞いてみましょう。あるいはチューブから給餌するかどうかについても尋ねてみましょう。動物に栄養学的なサポートが必要かどうかを決める場合には、いろいろな要素を考慮する必要があります。

食欲を刺激するために薬を使う場合があります。動物の気分がよくなり始めた後でこれらの薬を使用すると、学習された食物嫌忌からの回復の手助けになる場合があります。動物が何らかの食品に興味を示しているなら、その食品に対する興味を増やすために試みる場合もあります。


新しい食品を試してみる。もし動物が以前の大好物を不快な感覚と結び付けた場合、全く異なるタイプの食品を与えることで、食物嫌忌を克服できる場合があります。ただし、動物の気分がすぐれないうちにこれを行うと、嫌忌が新しい食品に移るだけという可能性もあり、その場合は裏目に出てしまいます。あらゆる食品 (つまり、ドッグフード[犬用]、キャットフード[犬と猫用] そして飼い主の食べ物) を使って試すことができますが、飼い主の食べ物は動物に必要なすべての栄養素を含むものではないということに注意して下さい。どうしても動物が自宅で料理された食餌しか受け付けない場合には、より完全でバランスのとれた食餌をどうやって作るか、しかるべきアドバイスを受けましょう。

新しいシチュエーションでいつもと違う人が食餌を与える。動物がその環境を過去の不快な経験と結び付ける場合があります。例えば、動物は決して台所では食べないが庭でなら食べるかもしれません。また、犬は社会的な動物なので、群れ−すなわち飼い主と一緒ならば食べるかもしれません。犬の場合は、家族の食事時間中や他の動物と一緒に食べるようにすると成功する場合があります。

食事の時間をできるだけ快適でストレスのない状態にする。食餌を与える時に薬を飲ませるなど、食餌と治療を同時にするのはやめましょう。また動物にフードを無理強いするのはいけません。まずフードを近づけ動物を撫でたり話かけたりして、フードに興味があるかどうか観察します。できる限り食事の回数を多くして1回分を少なくします。犬や猫が嗜好性を増す食品成分は水分、脂肪、そしてタンパク質です。ドライフードに水を加えてふやかしたり缶詰めの食物に切り替えることで、フードを食べるようになるかもしれません。ただし、新しいフードを試す場合には、特定の栄養に対する動物の許容量を考慮する必要があります。例えば、腎臓や肝臓に機能不全がある動物は、高タンパク質のフードはよくありません。またある種の胃腸病がある動物には、脂肪分が多いフードは適しません。

これまで、食餌を拒否する動物に食餌をさせるための一般的なアドバイスは、フードを体温くらいまで暖めることだと言われてきました。温めることでフードの香りが増し、これによって味覚を高めることができると考えられていたからです。しかし最近、食物嫌忌を示している動物に対してこれは逆効果であると言われ始めました。つまり、動物はおなかがすいているかもしれないが、特定の臭いや風味を悪い感情と結び付けて学習しているため、そのフードの香りを増すことは余計悪い感情を高めることになるというものです。この説は、どうやら正しいようです。このような場合、フードを室温にしたり冷やしたりして与えると逆に成功するかもしれません。

がん性悪液質症候群 (がんなどの慢性疾患による不健康状態:根深い体重の減少など) は、食物摂取量の減少だけではない症状を伴う場合があるため、動物が食餌をとるよう一生懸命努力しても体重の減少を止められないかもしれません。これは、がんが正常な新陳代謝にカロリーと栄養補給を行うだけでは克服できない変化をもたらすためです。ある特定のタイプの腫瘍はエネルギーとタンパク質の新陳代謝に影響を与える物質を作り出します。腫瘍そのものが動物に行くべき栄養素を横取りしてしまうのです。さらに、動物の免疫システムは腫瘍に対応していろいろな物質を作り出します。物質の大部分は有益ですが、その物質が食欲低下、体重減少、あるいは筋肉量の減少を生じるような新陳代謝の変化を起こす場合もあるでしょう。

がんにかかった動物の基本的な栄養に関する条件を満たすことは難しい問題です。人間のがん患者では、栄養失調が合併症のリスクを増して、生存率を低下させる可能性のあることが確認されています。栄養状態の良い患者は治療に対して良く反応しますしクオリティ オブ ライフも良くなっています。獣医学的な栄養失調の影響はまだ研究されていませんが、その結果はおそらく人間のがん患者と同様であると思われます。