癌の話


   私は大学在学中に もらったある企業の内定を蹴り、卒業後公務員試験を受けたがそのことごとくに失敗し 日雇い労働者に身を落として、東京でその日暮らしの生活をしていた。 職安へ行って何か仕事を東京で探し、実家へは当分帰る つもりはなかった。私は基本的に実家のあたりが嫌いである。いや、嫌いであった。 高校の頃一時期学校へ行っていなかったことがあり、その事を近所の住人が根掘り葉掘り 聞こうとするのがきっかけだった。子どもの頃から勉強がよく出来た私の没落は さぞ気持ちの良い事だっただろう。そういう視線をひしひしとして感じながらの生活が 楽しかろうはずが無い。田舎を捨てるつもりで私は東京へ出た。だから実家へ帰るつもりはなかった。 あの電話を受けるまでは。  1998年7月27日、先日来の猛暑が東京を襲い続けていた。1週間ほど前に、実家から父が 検査のため入院をするという話を聞いていた。父はここ数年時々入退院をくり返していたので、 別段驚きも無く、ああ、またか、と言う程度のつもりで聞き流していた。しかし、今から思えば 不審に思うべきだったのは、病名をどうしても父が言おうとしなかったことと、何故か 父が自分で電話してきていることであった。そして27日の晩、父が手術をするという話を 母から聞かされた。
 母はどうしても私に言えなかったそうだ。
何故言えなかったのかは良く解らない。
「心配かけたくなかったから」と母は言う。しかし、ちょっとこれが本音とは思いにくい。
黙っていてもいずれは私は知るだろう。
おそらく私がそれ程頼りないと私は解釈した。
だとしたらむりもない。今まで実家をずっとほっておいたのだ。
二十四にもなって仕事にも就いていないということもあるのだろう。


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