退院


父が退院した。
 数日前に排尿用の管が外れていたが、傷口がふさがったため 退院できることになった。考えてみれば股関節の間の肉をごっそりと 癌細胞を取り除くためとはいえ、切ってしまったのだから傷口がふさがらない のもうなずけよう。ひる頃迎えに行って父は72日ぶりに家へ帰ってきた。
 それにしても父は老いた。特に聴力の衰えがここのところ目立っている。 大きな声でゆっくり何回か話さなければ話が通じない。

歳をとると「耳が遠くなる」というものの言い方があるが、これは正確ではない。大学の福祉関係の授業で 友人から聞いたのだが脳の働きが鈍くなるので、入ってきた音声を言語化する力が弱まるということだ。 この話を聞くと人間のからだというのは何かに似ている。パソコンである。ハードウエアは壊れにくいが、 ソフトはすぐに壊れたり、パフォーマンスが悪くなる。ソフトはそれだけ微妙なものなのだろう。
さて、もし再発しなければ父の癌との付き合いはこれで終わりである。
今のところ小水がやはり緩いので、小水用の成人用紙おむつを使用しているが、これもいずれ 要らなくなるだろう。手術後の経過は順調と言ってよい。

ただ一つ言える事は父の癌をきっかけに家族全体が何かを考えた事である。
私自身は私の身の振り方を考えた。
「病気」というのは純粋に個人的なことでないのかもしれない。
いや、こう考えてしまったら、純粋に「個人的なこと」などこの世の中に無いのかもしれない。

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