八月、九月日記



九月三日

明日、引っ越し。
管理人に挨拶に行く。今年七十四歳になる老夫婦である。
御主人には可愛がってもらった。「田舎に帰ったら親孝行するんだぞ!」
この人に言われると素直に「はい。」と言う気になるのが不思議だった。
年寄りが好きになったのは、この人のお陰かもしれない。

友人に挨拶に行く。
「お前の家に寝に行けなくなるなあ」
「都内に泊まるとこなくなると終電無くなったとき困るんだよなあ」
おいおい(笑)。

いつも行く定食屋でカレーを食べた。
今日が食べ納めならば、もっと良いものを食べておけばよかったと
少し後悔。

少し遠回りして帰る。
いつもと変わらぬ人込みと、
いつもと変わらぬビルの街。
カラスと猫とねずみの住む、
飲み屋の多い巣鴨の街を
夕陽が照らす。

深夜。山手線の最終の
車輪の音が静かに聞こえる。
戸棚をひっくり返して荷物を箱詰めにする。
沢山のものを捨てる、
全ては持っていけないから。

本を捨てる。
真夏の夜中に夢中になって読んだ本。
食費を切りつめて買った本。

書類を捨てる。
大学のみんなで書いた共同論文。
ゼミの運営のために作った資料。
初めて味わった完璧な敗北を思い出しながら
公務員試験の専門書も捨てる。

戸棚の奥に忘れて1枚残っていた
別れた彼女との写真を捨てる。

初めて一人暮らしをはじめたとき買った皿を捨てる。
1年前に珍しく買ってそのままになっていたウイスキーを捨てる。
「鍋やろうぜ。」寒い日冬の日、買ってきた安物の鍋を捨てる。
金の無いときインスタントラーメンを作ったどんぶりを捨てる。

服を捨てる。
よれよれになったコート。
利き過ぎた冷房で風邪を引かないように
持ち歩いていたチェックの上着。
着たまま学校へ行ったら
みんなが仰天した原色の赤いシャツ。
真冬のリゾートバイトに着て行ったトレーナー。
中国の黄砂を浴びた服も
赤道直下を歩いたサンダルも
全て捨てる。

東京の地図を捨てる。
あちこちと歩き回り、様々な人に会い、
沢山のことを知った。
就職活動に使った東京の会社の資料。
何故かどこも行く気がしなかった。
留学に使った資料。
これを見て留学を決めたのだったな。
ネットをはじめたばかりに使った資料。
情けないことに、何が書いてあるのか今でも解らなかったりする。
3年半使ったベッドを捨てる。

沢山捨てる。
今後必用なものだけしか持っていけない。

この天井を見上げながら
物思いに沈んだり
笑いが止まらなかったり
悔しさで泣いた
すべての夜を
思い出し
寝る。

あす、
荷物を積み込み、
昨日の夜に
ゴミになった物たちを出し
空っぽになった部屋を
振り返り
何事もなかったような
朝学校に行くような顔をして
扉を開け
この部屋を出ていく。

沢山のものをもらって
沢山のものを捨ててた
東京というところ

なくしたものも
捨てたものも

全ては今、
この時の中に


九月二日
引っ越し準備。
トラックではなく、角バンをレンタカーで借り、
ドライバーを大学の友人のk太に頼むことにした。
彼はこの八月、公務員採用試験を突破し、東京都職員となる。
去年は苦労していたからなあ。ほんとうにおめでとう。


八月三十一日

今日で八月が終わる。
八月の終わりに夏の終わりを感じさせられるのは私だけだろうか。
夏の終わりとともに私の長い夏休みも終わろうとしている。
東京もあと数日を残すのみとなった。
感傷に浸っている場合ではない。
私の一生は始まってもいないのだから。


八月二十九日

引っ越し準備が進む。
友人と白山ラーメンを食べに行く。これが食べ納めか?
雨に降られながら、友人と路上ですするラーメンはうまかった。


八月二十七日

某サイトオフ会。
上野動物園を見る。大学進学のため上京した年以来行ってないから、
7年近く間が開いている。
7年か・・・
そういう単位で年が経つ様になってきた。
7年前の私。
それを思い出すと、目が眩むような
そんな思いがする。


八月二十四日

東京の写真を撮る。
渋谷の東邦生命ビルから見る、高速道路を撮る。
新宿の雑踏に揉まれる人々を撮る。
入り損ねた都庁の庁舎の向こうに、沈む太陽を撮る。
歌舞伎町、思い出横丁、職安通り、
見慣れた町並みを撮る。
写真の中での町並みは過去の私になる。

私が私であるために


八月二十二日

一日何もしなかった。
バイトも仕事が無くなってきたのか募集人数も減ってきた。
お陰で今日は何も食べていない。
健康のためには早く実家へ帰った方が良いのかもしれない。


八月二十日 晴れ 「都落ち」まであと半月を残すのみとなった。
東京に出てきて早くも6年半が過ぎている。
と言っても最初の2年は埼玉、次が中国1年だから
実質3年半という事になるが・・・
例によって東京に棲む蛮族である私は
テレビや雑誌曰くの、「東京らしいこと」を何一つしなかったが
それなりに有意義であったと思う。

私の旅はひとまず終わりに近付いている。
一生夏休みが続けばどんなに楽しいことかとも思う。

でも、なんかやりきれない。
最近東京の写真を撮っている。
ろくなのが撮れてなさそうだ。だいたい感情が先走るとろくなのが撮れないものだ。
良いのが撮れたら公開します。


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