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第2話 小悪魔ニムリム、悪魔のくにをぬけ出す
――妖精エシャッペとともに
さて、こちらはエシャッペのようす。おそうじしながらエシャッペは、しきりに何か、つぶやいています。だれにも聞こえぬよう、そっと。でもとっても、しんけんに。それは、さっきエシャッペが、地下のオルゴール箱の鳥小屋部屋で、はた織しながらつぶやいていた、お祈りのことばとおなじでした。
「天の神さま、天使さま。ニムリムがここを出たがっているわ。わたしには前からわかっていたの。あの子にはこのくには、合わないわ。
どうかうまくいきますように。
あの子がうまく逃げ出せますように。
だけどあの子はちょっとたよりないから、あたしが地上からこっそり手伝いにきてやったの。時間をもどして、もういちどこのくにへもどってきたのよ。
みんな、あたしがとっくのとうにここを脱け出してたこと、ちっとも気づかなかったみたい。すこしも変だとおもってなさそう。ふふ…。
ねえ、おねがい。天の神さま、天使さま。いつかあたしがここを脱け出したときのように、きょうもきっと、すべてがうまくいきますように……。
なにかのちからにみちびかれて、あのときとおなじことが、もういちどくり返せますように…。」 ってね。
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それから、こうも言いました。
「森ぢゅうの妖精たち。どうかあたしに、ちからをあたえて。あたしといっしょにニムリムも、ここを脱けだせるようはからってください。ロンプル、ロンプル。…」
エシャッペのつぶやくことばは、まるでおまじないのように、ニムリムの吊るされている広間をとおりぬけ、閉まった扉のすきまをこっそりくぐりぬけて、土間へしのび込んでいきました。そうして、にいさんたちがわいわいがやがや、とり巻いているフラスコからもくもくたちのぼる、黄色いけむりの姿をかりて、エントツのなかに入っていったとおもうと、みる間にミミズのような文字になって、お庭にただよいはじめました。 やがてけむりの文字は、やぶをぬけ、うすぐらい森をぬけると、四角い金のふちどりでかこわれた、水色のお空のむこうへ、消えていきました……。
みなさん、このけむりが、いったいどこへとどいていったか、もうわかりますよね?
そしてそのあと、いったいだれの、どんなけむりのお返事が、とどいたのかも。
さて、このころ小悪魔の兄弟たちは、魔法使いのおばあさんのたすけをかりて、どうにかこうにか魔法の薬をせんじ終え、みんなでお祝いしていました。土間にふたたびたち込めたけむりたちも、ぶじお空へ出ていった、……そのはずでしたが……。
ところが、どうしたことでしょう? 出ていったはずのけむりたちが、ぷっぷか、ぷっぷか、黄色いミミズの文字になって、エントツの筒をとおってもどってきたではありませんか。
そればかりではありません。けむりの文字はさかんに踊りながら、みんなのまえにならびはじめたとおもうと、いっせいにぺちゃくちゃ、なにかしゃべり出しましたよ。
「魔王のばかもの! ペテン師やろう!
小悪魔どもの はじしらず
どいつもこいつも みてみぬふりの、
うそつきだ
つみもないのに よってたかって
つみきせる
天気のいい日も 黒いベールをかぶりあい
みんなでだましあいっこだ
なんてやつらだ はじしらず
いつかそのうち しっぺ返しがやってくる
けむりの文字は、こうはやしたてました。
小悪魔たちは、もうかんかんです。みんな、リトマス試験紙みたいに、顔をまっ赤にするわ、青ざめるわ。くちぐちに、こうわめきたてています。
「ちくしょう! さては、ニムリムのやつだな! こんなしかえし、しやがって。」
「いやいや、まてよ。あいつは広間に、吊りさがりっぱなしだ。ひょっとするとあの、小娘のせいだぜ?」
「エシャッペか? あいつ、また妖精たちにちくりやがったな? ひさしぶりに姿をあらわしたかとおもえば、ニムリムなんかに同情しやがって!」
「ともかく、わるいのはニムリムのやつだ。あいつ、ぶんなぐってやる!」
「エシャッペもだぜ。」
「魔王さまを、呼んできてやる。」
みんなはがなりたてながら、部屋の扉をあけようとしました。ところが、いったいどうしたんでしょう? いくらとっ手を回しても、扉はびくとも動きません。そのうち、けむりの文字は肩をくんで、みるみるうちにふくれあがり、みんなのまわりをとり巻きはじめました。みんなの顔が、こんどは黄色にそまってきました。
魔法使いのおばあさんが、杖で戸口をこづいても、鍵穴をコチョコチョ、くすぐっても、扉はちっともいうことをききません。
「ありゃりゃ。これはいったい、どうしたことかねぇ。」
おばあさんは、わるい目をこすりながら、いっしょうけんめい鍵穴をのぞき込みました。すると、
パン、パパン!
いきなり何かが破裂して、ぱっと火花が散りました。
「ひゃあ!」
あわてて鍵穴から飛びのいたおばあさんの目のまわりに、おやおや! かいちゅうめがねそっくりの、まっ黒い印がついているではありませんか。髪もまゆ毛もすっかりこげて、チリチリにちぢまっています。
「あっちち! こりゃまあ、なんとしたことかね?!」
おばあさんはキイキイ声でわめきながら、からだぢゅうのすすを、せっせとはらいはじめました。そのうちに、けむりの文字は土間ぢゅうのすきまをうめつくし、みんなはゴホゴホ、それははげしくせき込んでいます。…
そんなふうでしたから、エントツをつたって一匹のクモがぽとりと落ち、せまい扉のすきまをつたって広間へ脱げていったのを、だれひとり、知るよしもありませんでした。
さて、広間で宙ぶらりんのニムリムは、いったいどうしているでしょう?
なみだとけむりでしなびた目を閉じたまま、すっかりあきらめたように、風にしなうモビールみたいに、身がるなからだを揺れるにまかせておりますと、白い羽根の衣装をまとった少女、エシャッペが、はつかねずみのようにすばしっこく、さっと広間にかけ込んできました。
「ニムリム!」
エシャッペが、そう小声でさけんだとき、ちょうど一匹のレースグモが、ニムリムをしばりつけているクモ糸をつたって、するすると広間の天井を降りてきました。
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クモがそっと糸をかみ切ると、ニムリムは、まるで
サーカスのピエロのように、ふわりとひとつ宙返り
して、なんなく広間の床に舞い降りました。
糸をかみ切ったクモは、一瞬、そのままニムリム
のからだの中へ入り込んだようにもみえましたが、
いつの間にか宙に消えていました。…… |
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と、ニムリムは、ようやくいつものニムリムにもどった気がしました。あたりが、はっきりと見えます。
「エシャッペ!」
ニムリムはそうさけんで、あわてて涙をぬぐいます。
「はやく逃げよう!」
エシャッペはせきこんでいいました。
「いつかあたしが、そうした時のように、あんたも同じところへつれてってあげるわ。」
「え? いつかって? だってきみ、逃げ出したことなんて、あったかい?」
「あったもなにも、いままでとっくに逃げ出していたのよ。そしてもう、あっちの世界に住んでいたわ。だけどついさっき、ここへもどって来たの。ちょっとした、虫のしらせでね? あんたをたすけ出すためによ。」
「だって、変だな。ほら? あそこの〈監視レンズ〉を見ろよ。もとのまんまの景色だよ?」
ニムリムは、広間の壁のかたすみにかかった、ひとつの鏡を指さしました。そこには、小屋とそのなかの部屋じゅうのようすがすっかりうつし出されています。
(まるで、カデシさんのアトリエにある、あのキノコ小屋の絵とうりふたつです。)
「ああ、あれはね。」
エシャッペはすこしとくい気に言いました。
「時間が止まっているのよ、あたしの部屋の部分だけがね。だからもう、あの部屋にうつってるあたしは、あたしのぬけがら。とっくのとうに過去のあたしよ。あの部屋の時間は、むかしのまんま止まっているわ。いまにあんたの部分もそうなるのよ。こんどはあんたの番なんだから…。さあ、話してる場合じゃないわ。はやく! いいかくれががあるのよ。」
「ね、にいさんたちは?」
ニムリムは、心配そうにききました。
「土間に 閉じ込めてあるわ。
森の妖精たちにちょっとした呪文をおそわって、のろいの鍵をかけておいたの。
ねずみ花火も仕掛けといたわ。魔王もぐっすり眠らせてあるの。
くしゃみして目を覚ますまでは、土間の扉はぜったいに開かないわ。
そのうちに逃げるのよ!」
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「魔王は、どこにいるんだい?」
「いままた、地上へ出て、羊門のところにすわってひとさらいをしているわ。でも、森の妖精たちにたのんで、居眠りさせておいてもらってるの。そのすきに、さあ。はやくはやく!」
たんぽぽの綿毛のようにかろやかな、白い妖精エシャッペは、サーカスの踊り子よろしく身軽に廊下を跳ねわたっていきます。黒い衣装のところどころに黄色いけむりのシマもようをかぶって、すっかりすすけたピエロになった、小悪魔ニムリムの腕を、エシャッペはぐんぐんひっぱって、広間を出、地上に通じる階段を、いっきにかけあがりました。
さて、庭の入口へ出るまでは、なんとかなるんです。毎日、ニムリムがしていることでしたから。でも、たいへんなのはそこから先でした。
ねむいお庭の庭石づたいに、魔王のねむる羊門まで通じる小道は、ちょうどベルトコンベアーを逆乗りするように、いつまでたっても先へ進めないため、だれもが脱け出すのをあきらめてしまう道のりでした。
でも、きょうばかりはちがいました。小道のコンベアーは、いつの間に、小川のせせらぎに、すっかりすがたを変えています。水面には、木の葉の小舟がひとつ、ふたりを迎えるように浮かんでいます。
舟に飛びのりますと、小川の水の精たちが、たちまちラムネ色のすべらかな背中をかしてくれました。小さな舟は、ふたりをのせてさらさら流れていきました。
庭石のつづれおりの岩場をすりぬけ、ふたりはみる間に門のまえまでたどりつきました。羊門のまえには、羊飼いのおじいさんに姿をかえた魔王が、まるで地鳴りのような音をたてて、ゴオゴオいびきをかいて居眠りしていました。
ニムリムは、魔王をおこさないよう気をつけながら、手廻しオルガンのペテン箱に、そっと耳をかたむけました。と、なかから聞きおぼえのあるだれかの声が、なにかさけんでいます。
「ぼくだよう。出してよう!」
しきりに箱をたたいています。
「これ、ぼくの声だ!」
ニムリムはおどろいて、大声を出しました。
「シッ。……あんたのたましいよ。このとっ手を、いつもと逆にまわしてごらん?」
エシャッペが教えました。ニムリムが、手廻しオルガンのとっ手をいつもと逆にまわしてみると、あらあら。それはうつくしいメロディが、おとぎばなしをつむぐように鳴りはじめたではありませんか。
「こんなすてきな曲、きいたことないよ。」
「いつもは、この曲をさかさまに鳴らしていたのよ!」
と、そのときでした。曲が止まって、箱のなかから小さなシャボン玉がひとつ、生まれ出てきました。虹色にきらきら輝きながら、シャボン玉はふわふわと宙をただよいはじめました。
「あれがみちびくとおり、あたしたちは行くのよ。」
エシャッペがいさぎよく立ちあがりました。そして、さいごに魔王の鼻さきに顔をちかづけ、まっ赤な舌を出しました。
森のがくぶちのまん中に、がらんとあいた日の光がさし込み、静かなみどりの輪が地面を照らし出すなかを、一本のハシバミの木がぬっくと立っています。
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ふたりがハシバミの木のまえに立ちどまると、不気味な木陰がニョッキリ、あらわれました。と、シャボン玉が、すい込まれるようにたちまち木陰におりていき、まるで行く手をしめすように地面にはねかえると、ふっとはじけて消えてしまいました。
エシャッペが言いました。
「わけがあって、あたしはウラから行くわ。あんたは、呪文をとなえて、ここから行くのよ。」
「わけって? どんなさ。……ぼく、ひとりになるの?」
ニムリムはこころぼそげにききました。
「いまのあたしは、いちどもう魔界をぬけて、じぶんのたましいをもっているから、ここを通れないのよ。それに、そう……一種の着がえも、しないとね。また、迎えに行くわ。さあ、ぐずぐずしないで!」
エシャッペは、はきすてるようにそう言うと、ハシバミの木のウラ手をまわり、うっそうとした森のしげみへと入って行きました。そうして、白い炎が消えるように、ふっと姿を消しました。………
はしゃぎ声のような、木の葉のざわめきが、ときはなたれたむこうのくにで、かすかにこだましています。 |
ニムリムは、ひと息のんで指をくむと、なにやら呪文をとなえはじめました。
すると、木陰はみるみるひろがって、ニムリムとかさなりました。そしてすっかりニムリムのからだをおおったかとおもうと、それきり、ちいさい悪魔の姿は、消えてなくなっていました。……
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(挿入エピソード その1
パドとニムリムの合体=シャボン玉の予告)
………ニムリムは、森と、ぬけるように白い、原っぱのあかるみのあいだを漂っていました。気をうしなっていたような気がします。でも、まだ、すっかり目ざめてはいないようです。
天たかく、声がしています。かすかにニムリムを呼んでいます。声は、一条の日ざしがさし込むように、光の糸をつたって降りてきます。そしてだんだんと、ニムリムに近づいてくるのがわかります。
やがて声は、こうささやきかけました。
「ぼくは天使のパドっていうんだ。きみとそっくりの天使だよ。
いまから、しばらくきみには、ぼくのつくるシャボン玉のなかに、ぼくとぴったりいっしょになって、乗ってもらうよ。そう、こんどはきみとぼくが乗れるくらいの、すこし大きめのさ。
シャボン玉は、ぼくらをのせて、アトリエ遊覧するだろう。そして、もうすぐあらわれる、これもまたきみとぼくそっくりの、ひとりの男の子のからだなかに、やがてすい込まれるだろう。ぼくらはそいつのなかに、そっとはいり込んで、そうしてしばらく住まうんだ。
いいかい? だからじき、きみが目をさますとき、おどろかないでくれたまえ。シャボンが、われてしまうからね。
(シャボン玉のなかにいる間、きみはぼくとおしゃべりできるけれど、それは外のひとたちには、じかに聞こえない。そのかわり、外は外の世界で、ぼくらのおしゃべりとよく似た時間が、いっしょに進んで行くんだ。)
それじゃ、いいかい? シャボン玉をふくよ。…」
そっと、耳もとで息をふきかける気配がしました。
ハシバミの木陰ののびた地面から、たんぽぽのわた毛がひとつ、ゆらゆら飛び立ったそのあとに、シャボン玉がひとつ、生まれ出て、一匹の虫けらみたいな黒い影ぼうしをのせながら、空にのぼっていくのを、ひとりの森の精が見ていました。
ひとすじの虹の橋が森にかかり、天にとどいて行きました。
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(挿入エピソード その2
路上詩人オトノムとカブリオルの出会い)
「だいじょうぶ? 起きてよ、オトノム。」
女の子のささやき声に、オトノムは目をさましました。
「きみは…? カブリオルじゃないか!
なぜこんなところにいるんだい?」
オトノムはあたりを見まわしました。
原っぱを見おろすようにつづいている、森をぬけた
たんぽぽの小道に、すすけたしま模様のシャツをきた、
じぶんのからだがたおれ込んでいます。
「なぜって、あたしのうちが、この上にあるのよ。
なにかの予感がしたのでおりてきたの。そしたらだれか、
こんなところでねているじゃないの。ひんやりした木陰に
うずくまって…。まるで、影ぼうしみたいにぺちゃんこになって!
地面の底からにじみ出てきたみたいに。。。
まったく、だれかと思ったわ。あなたこそ、こんなところ
で何をしてたの?」
丘の野辺にぽつぽつと、赤く咲きみだれるのとおなじ、アネモネ服を着た、少女カブリオルが、かたわらでぺちゃくちゃしゃべっています。
「きっと、石につまづいたんだ。少しの間、気をうしなったかな? それだけさ。たんぽぽのわた毛といっしょに、森をぬけて、ずっとこの道をのぼってきたはずなんだ。何だかわけのわからないまま、うたをうたいながらね。」
「うた? まあ、むかしとちっとも変わらないのね。だけど、たおれて、そのまま寝込むだなんて。よっぽどおなかが空いているのじゃない?」
カブリオルは、けらけらわらっていいました。
「ぺこぺこだよ。…そういえばここ二、三日なにも食べてないんだっけ。」
「まあ。あいかわらず気まぐれ屋ね! じゃあ孤児院は?」
「脱けだしてきた。それからはもう、きままなその日暮らしさ…。そういうきみも、ちっとも変わってないな。でもずいぶんと楽しそうだね。」
「毎日が楽しいわ。」
「…それにしても、こんなところにきみが暮らしてるなんて、思ってもみなかったよ。」
「ええ。ここの暮らしはすてきよ。サーカス一座にはいって、しばらく曲芸をしていたら、ある日えかきのひとにもらわれたの。そのとうさんと、二匹のかわいいねこと、暮らしているわ。そのさきの、山のふもとにアトリエがあるの。」
カブリオルは、坂道のうえを指さしました。
「アトリエ?…」
オトノムは見あげながら、ふとたんぽぽの精の言葉を想い出しました。
「あら。首のところに、なんだかヒモのようなあざがついている! なぁにこれ?」
「え?……なんでもないよ。」
「いやぁね。なんだか首吊り人形みたいじゃないの。あっはは!
それはそうと、ねえオトノム。どこにねとまりしていたの?」
「しばらく町をうろうろしてたこともあったけど、いまはその下の原っぱにおいてある、マイクロバスの中で暮らしているんだ。雨風をしのぐ屋根はあるし、ちかくの小川で下着も洗える。かわかすのにも、吊り皮の間にせんたくヒモを通せるって具合でいろいろと都合がいいのさ。」
「あんたときたらそんな思いまでして、あちこちさまようのがいいの。」
「孤児院よりずっとましさ。だいいち、さまようのはけっこうすてきさ。
ぼくはなんだかその日暮らしが好きなんだ、というよりどうも居場所がさだまらない……。
振り返ったり、立ちどまったり、自分のなかとそとや、なにかの景色の表と裏や、過ぎていくこことあそこの境界線をもどかしく感じながら、そのまわりをうろうろするのが、ぼくの気にいるのさ。
きっと、それが性に合ってるんだ。」
「透明人間のかくれんぼじゃあるまいし。 まったく相変わらずね。おとぎ話の手品師のようなことばかり言って! …わからなくもないけど、けして追っつかないわよ。」
ふたりはおしゃべりしながら、たんぽぽのわた毛の、じぐざぐにしきつめられたじゅうたんの坂道を、ゆっくりとのぼっていきました。 |
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