クモの仕立て屋



 
 雨あがりには この網も
 いまにもこぼれ 落ちそうな
 ビーズの玉が あちこちに
 きらめきゆれて おしゃべりします
 風の吹く日は この網も
 澄みわたる 天の吐息になぶられて
 たわむふねの帆 さながらに
 あおい眠りに つくのです
 

 月の夜には この網も  銀糸の五線譜 たゆたわせ
       たんぽぽの種の音符 からませ
  空へと昇ってゆくのです

 うつくしい レース編み  わたしが仕立てて あげましょう

       さあさあ、クモの仕立て屋でござい。 なんでも注文 たまわります。


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 或る雨あがりの朝、一羽のヒガラが、ツピンツピン…とおくでぶらんこのきしむような、ほんのかすかな歌声でさえずりながら、庭を飛んでいますと、ふと目の前を、きらきら、きらり。なにやらたくさんのビーズ玉が、小人らの躍るダンスのようにふるえながら、あちこちで輝いています。よくみると、透きとおったしまもようの傘にもみえる、じつにおおきなレース編みが、たて糸とよこ糸のつなぎ目にビーズをおいて光らせながら、行く手をはばんでいるのでした。ビーズの玉はどれも、ちいさな虹の赤ん坊を宿してそよ風に吹かれるたび、微妙に色を変えながら、今にもこぼれ落ちそうにうちふるえています。

 「ああびっくりした。でもとてもきれい」 ヒガラがそうさえずるとどこからか、たいそう気をよくした声が聞こえてきました。
 「クモの仕立て屋でござい。なんでも注文たまわります」
 「レース編みを、編むのですか?」 ヒガラがこうたずねると、
 「ハンモックでも、手さげ網でも、なんでもござれ!」 調子のよい声がかえってきました。
 「それじゃぼく、ビーズの玉をところどころにちりばめた、透きとおった冠がほしいな。光の環――。お空の天使にプレゼントしたいの。ぼくの奏でる、ちいさなちいさな銀の音楽といっしょに」
 「それはすばらしいこと!」 そう云うと、クモははじめてイバラの陰から、ツウと姿をあらわしました。
 「それで、お仕立てはいつまでに?」
 「ふしぎな雲の、通る日まで。わたがしみたいなふしぎな雲が、あそこの鏡のような湖の、ちょうどま上を通るとき、ふしぎな光で村いっぱいにわらいかける、その日までに」
 「承知しました」
 「それじゃあよろしく」

 クモは、いついつまでとは判らない、約束の日に間に合うよう、いまからせっせと編みはじめなくっては、とそう思いました。


 昼になると、風が吹きはじめました。
 クモのレース編みにたわむれていたビーズたちも、乾いて数をへらしていました。
 レース編みはまるで、ふねの帆みたいに風にたわんで揺れています。いがいに丈夫な網の目が、たてによこに、トランポリンのネットよろしく、はずんではしなっています。
 てんとう虫が、ぶんぶん、ぶん。お庭を散歩にやって来ました。透きとおった、おおきなおおきなレース編みが、かれの行く手をはばみました。
 「おっと、あぶない! もうちょっとでひっかかるところだった」 てんとう虫はあわてて翅をひっこめると、どなりました。
 「だれさ? こんなはた迷惑のところに、べたべたした編み物を張っているのは?」
 すると、どこからか声がしました。
 「クモの仕立て屋でござい。なんでも注文たまわります」
 「仕立て屋だって? やあ、それはいいことを聞いた!」 てんとう虫は、急に機嫌をなおすと、元気よく宙がえりしました。
 「ひとつ注文したいんだけど。あのさ、ぼくプレゼントしたいの。お空の天使さまに、透きとおった光の網を。天使さまが、林のなかにぽっかりあいた、あの湖のま上を通るとき、よく雲間からあたりいちめんに投げかける、あの光の網と、そっくりおなじやつを。使い古しじゃない、新品のやつを!」
 「承知しました。それで、お仕立てはいつまでに?」
 「もちろん、その日までに!」 てんとう虫は、いばって云いました。
 「天使さまの雲が、湖の上を通られる日ですね」
 「もちろん!」

 さて、夜になりました。月の光がこうこうと庭を照らしつけています。そのスポットライトのなかを、ふわふわ、ふわり。たんぽぽの精たちが夜風にのって舞い降りてきました。 たんぽぽの精たちは、クモの編み物をみつけると、すぐさまそこへ降りていき、あちこち、思い思いの場所にとまりました。ふわふわの綿毛の音符が、クモ糸の楽譜をうめていくと、まるで羽根でできた純白の衣装のようにかがやいて、青銀色の月のあかるみに、それはほのかに浮かび上がりました。
 「まあ。これはいいこと!」 たんぽぽの精たちは口々にさわぎたてました。クモの仕立て屋はあわてましたが、すぐに云いました。
 「うつくしい装飾を、ありがとうございます。お仕立ての必要などないほどですね」
 「ええ、でも、すこしアレンジをしてくださるかしら。こうしたショールのようなのではなく、もっと、そう、翼のような形に?」
 「もちろんできますとも。ただ、ほんのすこし中心のほうに細工をほどこすだけですむのです。プレゼントですか」
 「ええ。わたしたちの天使さまに! あたらしい翼を!」
 またしても…。とクモは思いました。
 「天使さまは、それでいつ、来られるのですか?」
 「おそらく明日ですわ」
 「明日ですって! それじゃもうさっそく今日の注文どもに取りかからなけりぁ」
 「いったい、どんな注文ですの?」 たんぽぽの精たちはくちぐちにたずねました。
 「天使さまの冠と、天使さまの光の網と、天使さまのこの綿毛の翼です」
 たんぽぽの精たちは、月あかりのもとでいっせいに笑い声をあげました。
 「みんな考えることとては、いっしょですわ?」「それほどみんなが、この日の来るのを待ちわびていたんですわね」
 「それにしても、みんなクモの仕立て屋さんにお頼みする、というのも、そもそも天使さまの持ち物が、みなこのクモさんのお仕立てで出来ているからに、ほかなりませんわ」
 クモはうれしくって仕方ありませんでした。まもなく最後の仕上げをほどこしますと、
 「さあ、ではこれをお持ちください」

 「ありがとう。仕立て屋さん」

 たんぽぽの精たちは、白い綿毛をふわふわゆらし、仕上がったばかりの美しい翼をはためかせながら、東の空へと消えていきました。

 たんぽぽの精たちとわかれると、クモは息もつかずに仕事に精を出しました。ツウ…と降りて、足場をつくってはたて糸を張り、めまぐるしくぐるぐる回ってはよこ糸を張り。…そして一晩寝ずに仕事して、とうとうこの日に受けた注文を、無事おわらせたのでした。

 さて、翌日のこと。林のなかにぽっかりあいた、真空の鏡のような湖のほとりに、クモの仕立て屋をとり巻いて、ヒガラの群れ、てんとう虫たち、そしてたんぽぽの精らが、めいめいの贈り物をもって集まっていました。
 辺りにはふしぎな予感がたちこめていました。あおい空に、うっすらと白い絵の具のにじんだような膜がかかっています。そんな丸天井のまんなかめがけ、ふわふわの、わたがしみたいなおどけた雲がひとつ、ゆっくりと泳いでくるのが見えます。そしてわた雲が、ついに湖のま上にさしかかったその時です。

 ツピンツピン、チチ…銀の楽器をつまびくようなさえずりを合図に、この瞬間を待ち受けていた、ヒガラの群れ、てんとう虫、そしてたんぽぽの精たちが、いっせいに空をめざしてかけのぼりました。




ちょうど、お日さまが、わたがしの雲の向こうにすっぽりかくれた時、雲間から色とりどりの小さな虹の水玉がはじけ、雨露となって湖に落ちてきました。と、雲のてっぺんには、天の輪っかがぽっかりと浮かびあがりました。そう、ヒガラたちがとどけた、クモ糸をからめて作った冠です。 ともうまたたく間に雲の裂け目から、透きとおった光の網が、ぱっと空いっぱいに放たれたと思うと、虹色の光をうっとりと静まりかえった湖の鏡に、あちこち反射させながら、光の網は辺り一帯をそっと包んで降りてきました…。陽射しの噴水のように。そして湖のなかにいつしか吸い込まれていきました。


 てんとう虫が天使にとどけたクモ糸のレース編みを、天使は何倍ものおおきさにして返してくれたのでした。

 さて、ようやくお日さまと別れはじめたわた雲は、やがて少しずつ天の翼にその姿を変えていきました。そうして冠の環をそのてっぺんにいただいたまま、純白のあわのような羽根は、ゆっくりと波打ちはじめました。やわらかなその影を、湖の鏡の舞台に、あわい虹色に映しながら。もちろん、それはたんぽぽの精たちがささげた、まあたらしい天使の翼でした…。


 みんなが天使に心をこめてとどけた贈り物は、こうしてお空のほんのつかの間の、透きとおった出来事になったのですって。


 クモの仕立て屋は、
ふたたび静まり返った
湖を見ながら
想いました。


 あれは天使への贈り物?
それとも天使からの贈り物
だったのかしら?

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