「森の落としもの」

 きつねのぼうやが森の夜みちを歩いていました。
 うつむいたまま、しきりにひとりごちながら。

 「ええと、あれはこの辺だっけ? ぼくがきのう見つけたもの。
 きのう見つけたものはどこ?」 
 
 フクロウが一羽、しいの木のウロにとまっていました。
 大きなお目目を半分閉じて、きつねのようすを見ていました。
 きつねのぼうやは、フクロウのおじさんにたずねました。
 
 「もしもし、おじさん。あれはどこ?」
 「あれ、とはなんじゃな?」フクロウがこたえました。
 「ええとね、ぼくがきのう見つけたもの。」
 「ホッホー。一体何を見つけたんじゃね?」フクロウは目をまるくして
 きき返しました。
 「きらきら光る落としもの。」
 「はてさて、それは金貨かね?」フクロウはいいました。
 「金貨はきらきら光るもの?」きつねのぼうやがききました。
 「あぁもちろんさ。そいつは丸くてちょっと重いんだ。」
 「そうか、それじゃ、金貨、金貨。」きつねははしゃぎました。
 
 「だが、金貨なんてこの辺りに落ちてはいなかったがね…」
  フクロウは残念そうにいいました。そしてふたたび目を閉じてしまいました。
 「わかったよ。ありがとう、おじさん」
 きつねのぼうやはお礼をいって、またとぼとぼ歩いていきました。
 
  少し行くと、すばしこくクルミの木を降りるリスに合いました。
 
 「もしもしおばさん。ぼくがきのう見つけたもの知ってる?」
 「はて。いったい何でしょう?」
 「ええっと、それが分からない。でもとにかくきらきら光る、だれかのだいじな落としもの」
 「きらきら光る!、それは宝石」 リスは目をかがやかせ、
 「クルミの味するルビー!松の実の味する真珠!」 と胸で手を組み、夜空を見あげていいました。
 「あら。だけど、宝石なんて、このあたりにはひとつも落ちていなかったわ?」 
それをきくと、きつねのぼうやはがっかりして、
 「そう…わかったよ、ありがとう、おばさん」
 お礼をいうと、またとぼとぼ歩いていきました。

 
 森の奥深い山あいにはいると、ヒゲを生やした一頭のトナカイがしげみを行き来していました。もぞもぞ草をはんでいます。
 
 「もしもしおじいさん。ぼくがきのう見つけた落としもの 知らない?」
 トナカイのおじいさんは耳が遠くてきこえません。
 「おじいさん!ぼくの見つけた落としもの!」 きつねはちょっとどなりました。
 「おや こんばんは。どうしたのだね、こんな夜ふけに?」
 トナカイはながい顔をあげました。
 「ぼくがみつけた、だれかの大事な落としもの…」
 「え?ほう、落としものがどうしたって?」
 「おじいさん知らない?見なかった?」 
 「いやはや。それはいったいどんなものだい?」
 「きらきら光るきれいなの」
 「え?キラキラ光る、とな?――うぅん…。キラキラと光るといえば、それはもうクリスマスの金と銀のかざりもののあかりだよ。あちこちで点っては消え、点っては消え…。それがサンタクロースをそりに乗せて走るわたしたちをじつにここちよく誘うんだ。しかしだね…」 トナカイのおじいさんは考え込んで、
 「いまはクリスマスの時期じゃぁない、あと半年もあるからね。それにそんなキラキラしたもの、この森の中なんぞで見たおぼえがないがね…」そういいました。
 「そうですか。どうもありがとう。」
 きつねはしょんぼりして、またとぼとぼ歩いていきました。


 

 川べりにさしかかりました。ふとったカワウソのおばさんがよちよち目のまえを走っていきました。 
 
「もしもし、おばさん」 きつねのぼうやが呼び止めました。
「あたしゃいそがしいのよ、用事があるならはやくお言い。」
「きらきら光る、だれかの落としもの、見なかった?」
「さてね。だれのものだかもわからない落としもののことなんか、おぼえちゃいないけど。それはどういう風に光るものかい?」
「それはたいそううつくしく、きらきら、きらきら」
「まあ…。」 カワウソのおばさんは、ふと立ちどまりました。
「こう見えてもね。わたしゃけっこうおしゃれなんだよ」
おばさんは胸をはり、指さしながらいいました。
「ここにつける金ボタン、まえからほしいと思ってるんだけどね。でもそんな高価なもの、この森になんて落ちてやしないものね。そう、落ちてなんかいやしないのさ。」
「わかったよ。ありがとう、ひきとめてごめんなさい。」

 きつねのぼうやはあきらめて、とうとういま来た道を引き返しはじめました。そして、サラサラサラ……森の木々の葉がざわめきだつ、風の通り道にたどりついたとき…。

 おや…。何か黄金色の光がチラチラ、道の真ん中で揺れています、
 そう、道のまんなかをくりぬいた、小さい水たまりのなかを、そよそよそよぐ風にふるえ、何かがうごめいています。……
 
 おや。……よく見ると、水たまりには、あわい金色の光の束が、木々の葉をすかしてそぉっと射し込んでいるのでした。
 きつねのぼうやはそのふしぎな光の束を、空へ空へと目でたどっていきました…。と、それは夜のやみにこうこうと光る、お月さまにとどきました。

 キラキラ光る落としもの――それは、水たまりに映る、お月さまの光の妖精たちだったのです。

「ねえきみたち、この水たまりで何をしてるの?」きつねのぼうやがたずねました。
{水浴びしているのよ}月の精たちはいっせいにそうこたえました。
 そのよくひびく声は、キラキラと水たまりいちめんにこだまして、黄金の光をぶつけあいながら、やがて幾重もの輪をひろげていきました。

お月さまはご自分の使いである妖精たちを、光の束のすべり台をつたわせ、こうして森の水浴び場に降ろして遊ばせていたのでした。

「ぼくはてっきり、だれか森に住んでるひとの落としものだと思っていたよ。」
 きつねのぼうやは笑って言いました。そしてたずねました。

「ねぇもし、ぼくがきみたちを拾ったら、きみたちはお月さまへかえれなくなってしまうの?」
{拾ってみたいなら拾ってごらん?}月あかりの妖精たちははしゃぎをかわして言いました。
{わたしたちは逃げるのが上手なの。いくらすくっても、つかまらないわ。} また別の声がいいました。
{私たちのかがやくからだは、ここにいても、お月さまのもとへ、いつでもあっという間にかえれるのよ}
「ほんと?」きつねはおどろきながら、ちょっとくやしがりました。
「じゃ、つかまえてみようっと!」きつねのぼうやは手をのばしました。
  ――チャポン・・・……水たまりに手をいれると、
 月あかりの妖精たちはアッという間に飛びちり、ちりぢりに分かれて楽しそうに笑いました。そしてわぁん、とその声と光はしばらくの間、こだましていました。森ぢゅうに。耳の中に。――
 そうしていつかまたもとどおり、水にうつるお月さまの姿にゆらゆらかえっているのでした。……

 水たまりをふるわせていた風は、いまはもうすっかり止んでいました。辺りも、しんと静まり返っています……。
 
(ほんとだ……さよなら、妖精さんたち)――きつねのぼうやはそうひとりごちました。水たまりの奥の奥、お月さまの姿をのぞきこみながら

 ホーホー――フクロウの声が響いています…。



*挿し絵/Watanabe Seraさん



 「ぼく、もうかえらなくちゃ!」

 きつねのぼうやはあわてて夜道を走っていきました。水たまりのお月さまは、もうキラキラとおしゃべりしなくなったけれど、夜空にたかく浮かんでいるもうひとつのお月さまは、いつまでもいつまでも、きつねのぼうやを追っかけて、転ばないよう道を照らし、明かりをともしてくれていました。・・・



#挿し絵について
友人のSeraさんが、このお話に添ってすてきな絵を描いてくださいました。とってもかわいくてお話にぴったりと思います。ありがとうございました。^^

SeraさんのHP)
http://www.tcn-catv.ne.jp/~sera/

◆この童話は、「私立外国語学校 EPJAP0N」のフランス語textになりました(*^^*)











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