天使さまのランプ ホタルがひとつ さまよっていました。 そよそよ風の吹く晩に 月夜の晩に ふらふらと あたりをさまよい おどっていました。 そこへひとりの たんぽぽの精が ふうわりふわり、降りてきました。 |
「こんばんは。ねぇ、ホタルさん。天使さまが、私たちにこうおっしゃったの」 たんぽぽの精は云いました。 「どうでもいいけど、いったい何の用だい?」 ホタルの坊やは気分をそこね、すねた調子で云いました。 「天使さまのことづてでは、あのお月さまほどに美しい、ふしぎなあかりをすっぽり包み込むような、天使のランプの 傘をさがせよ、と…」 「さがせば、いいじゃないか」 ぶっきらぼうにホタルの坊やは云いました。 「まあ不親切だこと! すこしは力をかしてくれなくって?」 「どう、かせってのさ?」 たんぽぽの精は歌うように云いました。 「天使さまのお役に立ちたいの。あなたも一緒に、さがしてくれたら。天使さまの光を宿すに似合う、すてきな傘を。」 「ぼくは夜の散歩を心おきなく楽しんでいたんだ」 ほたるはそうわめきました。 「わかっているわ。でももう真っ暗で、よくみえないんですもの。あなたのおしりからはなたれるふしぎなあかりで、あちこち照らしてくださると、さがしものがしやすいでしょう? おねがい。」 たんぽぽの精は両手をあわせて頼みました。 「さがすって、どこをさ?」 「わからないわ。いろんなところよ。りっぱな傘のありそうな、いろんなところ!」 「はてさて……」 ホタルの坊やは仕方なさそうにつぶやいて、ふと森のほうを振りかえりました。 と、なにやら黒い立派なものかげが、闇のなかにぼうっと浮かび上がるのが見えました。 「なにかしら?」 「ひょっとすると、傘のようだな?」 ホタルの坊やは、云いながら おしりのあかりをそっとともすと、黒いものかげに照らしつけました。たんぽぽの精はよくよく目をこらして云いました。 「まぁ。きのこの傘だわ!とってもおおきな。」 「あれを採ってみるかい?」 ホタルもつい、その気になって、ふわふわそちらへ近寄っていきました。 「これはすごい。これを持ってかえれば、天使さまのお役に立てるかも。」 そこで、ふたりは力を合わせ、きのこを抜き取ろうといっしょうけんめいふんばりました。 ところが、きのこの傘はびくともしません。ふたりには、抜き取ることも、持ち上げることもできないのです。 と、そのうち、きのこの傘は、もくもくとなにやら煙のような細かい真っ白な粉を吹き出すと、ばらばらと辺りいちめんにまきちらしました。 「うわあっ! ごほ、ごほ。。。だめだよ、これぁ。煙たくて煙たくて。」 「ほんとにそうね」 たんぽぽの精もあっさりあきらめました。 そこでふたりはほかをさがしに行きました。森の奥へはいっていくと、なにやらこんもりとふくらんだものが、みちばたに落ちているのが見えました。 「ねぇ。あれを照らして」 そこでホタルがさっそくおしりを向けて、ほんのり照らしつけてやりました。 「あら。鳥うち帽だわ」 それはすすけた灰色の、狩人のかぶる帽子でした。 「すこし重たいけど、風船なんかに結びつけて空に運べば、なんとかなるかな」 ほたるが云いました。 「まあ…だけどよく考えると」 たんぽぽの精は、急にがっくりした様子でつぶやきました。 「こんなぶ厚いキレの傘では、中のあかりが透けてみえずに、ちっともランプにならないわ……それに、あんまりうつくしくもないし。」 「ほんとうにそうだな」 ホタルもすぐにあきらめました。 そこでふたりはほかをさがしに行きました。 森のさらに奥まったところへ入っていくと、じめじめした、古いコテージがありました。くちかけたベランダには、夏のあいだに使われた日除けの大きなパラソルが、ひらいたままにおかれていました。 「こいつはずいぶんと大きなあかりを、なかに入れて点せるな」 ほたるは目をかがやかせました。 「だけど問題は、いったいどうして運ぶかだわ?」 たんぽぽの精は小さな声でつぶやくように云いました。 「それじゃこのパラソル自体、ぼくらをのせて、空へと浮かびあがらないかな?」 「でもそのまえに、この傘をとりはずすことが、私たちにはできないわ」 「ちぇ、がっくりだな。……だいたいぼくたち、きのこの傘さえもちあげられなかったんだからな。」 そしてまた、ふたりは肩を落としてほかのところへ行きました。 いつしか森をぬけたふたりは、迷子になった星くずのように、あっちへふらふら、こっちへふらふらさまよいました。やがて、一軒の家の窓辺に、たどりつきました。 部屋のなかには色とりどりのガラスでできた、美しいランプの傘が、こうこうとともったあかりをつつんでいるのが見えました。 「おい。あんなのがほしいんだろ?」 「ええ、きれいだわ。そうよきっと。天使さまはきっと…」 たんぽぽの精は少しこうふんしながら、ひとつちいさなためいきをついてこたえました。 「だけど〈あれ〉を取ったら、ぼくだちどろぼうになっちまう。なにしろあれは、人間さまのランプだもの。だからぼくたち、あれとよく似たもっと小さなものを、さがすことにしよう」 それでふたりは、ちょっとしたすきまを見つけて、うまい具合にその家のなかに入りこむと、台所へと向かいました。 台所には、ガラスでできた色いろなものがありました。 ふたりはワイングラスやら、コーヒーを沸かすサイフォンやら、細やかな細工のほどこされた、透き通ったお皿やらを次から次と見て廻りました。が、どれひとつとして持ち上げることも、運ぶこともできません。 「ああ。くたびれた!ねえ、そもそもこんな〈おつかい〉じたい、はじめから無理な話だったのさ!」 ホタルは、とうとう投げつけるように云いました。 「そうさ。天使さまが自分で探せばいいじゃぁないか」 「そんな…。ただ私が、天使さまのお役に立ちたかっただけだわ。それにしても、ガラスの傘は、あきらめたわ。ほんとに立派で、美しいけれど」 たんぽぽの精も仕方なさそうにつぶやきました。 が、それからふと振り返って、云いました。 「ねぇ。では、あれならどうかしら?」 指さしたのは、テーブルのうえにころがっている、紙コップでした。ふたりはおずおずと近づきました。そして紙コップの壁をあちこちさすりながら、紙コップの中に入って計画を立てました。 「これなら、なんとかあかりも透けてみえそうよ! 」 「風船に巻きつけてあげれば十分だ、天使さまに届くだろう」 と、そのときです。元気な坊やがばたばたと、台所へやってきました。 「ああ〜。お水、お水!のどがカラカラだ。」 坊やは云うなり、テーブルにころがっている紙コップをひったくると、蛇口から思いきり水を出しました。コップには、みるみる水があふれかえり、中にいたホタルとたんぽぽの精は、いきおいよく外へほうり出されてしまいました。 「ああ。おっかなかった!やれやれ…」 「おぼれるかと思ったわ」 「ねえ、ぼくはもういやだよ。あんな想いをするのは!」 ホタルはとうとうはき捨てるようにそう云うと、たんぽぽの精にむかってさけびました。 「一体なんだって天使さまのかわりに、きみたちみたいに生きものが、見つけたところで運べやしない、りっぱな傘をさがさなきゃならないのさ? そもそもそれが、無茶なんだ。だいいち天使さまのランプの傘になれる、立派なものなんて、地上になんかありゃしないよ」 「ねえ……ホタルさん」 たんぽぽの精はとほうにくれて云いました。 「ほんとのところ、天使さまは、すばらしい傘とはおっしゃったかもしれないけれど、それはおおきなものとか、重たいものを、指しているのじゃないかもしれないわ。私には、よくわからなかった。でも、お役に立ちたかったのだもの。天使さまのかわりに、見つけ出したかったのだもの。」 「ふう。とにかくぼくは、もうつかれた。眠たくなったし! 寝床へかえって、もう寝るよ」 ホタルの坊やはぷりぷり怒り、おしりのあかりを強めたり、弱めたりしながら、ゆらゆらと、たちのぼる星くずのように、宙に舞いあがっていきました。たんぽぽの精も、ふわりと浮かんで、あわてて後を追いました。 ふたりは疲れきったようすで暗やみのなかをかえっていきました。森の入口の、原っぱのしげみへ。 「さあて、いい夢を見て、気分をかえようっと」 ホタルの坊やはそう云うと、さっさと寝床へよじのぼって行きました。 ホタルの寝床、それは、薄むらさきの、美しい長細い花びらをもつ、ほたるぶくろのお部屋でした。 「やあ、ただいま。ぼくのすみか!」 ホタルはほっと一息つくと、それはそれは美しい、薄みどり色のほのかなあかりを、おしりから放ちました。やすらぐようなそのあかりは、ほたるぶくろの花びらを透かして、夜の闇に浮かびあがる、なんともいえずふしぎな、虹のリングさながらの光の輪をほうふつと照らし出しました……。 「まあ。まるで天使さまのランプ。やさしい、天使さまの光だわ?」 その光景を目のまえにしたたんぽぽの精は、すっかり放心したように、しばらくじっと見入っていました。 「ねえ、あったわ。何てことかしら。こんな近くに、天使さまのランプがあったなんて!」 「えっ、なんだって? いったいどこにさ?」 ホタルがあわてて花びらの部屋から顔を出しました。 「これのことよ。あなたのおうち」たんぽぽの精が指さしました。 「ぼくのおうちだって? い、いやだよ! これは。これはぼくのだい。ぼくのおうち!」 「ええ、もちろんよ。それに、私がもし天使さまにと、そのお花をつみとろうものなら、すぐに枯れてしまう。生きたおうちをけして天に持っていかれはしないわ。それよりも、私思うの。今わかったの。こんなすてきなものを、天使さまはもう、きっと気づいておいでになって、地上へ降りていらっしゃてるって! ここに、おいでになってるって! だからもう、運ぶことなどないんだって」 「天使さまが、ここへ降りてるって?」 「そうよ。天使さまが、もうそこに宿っていらっしゃるのよ。だからこれは、あなたのランプで、天使さまのランプでもあるの」 「ち、ちがわい。これは、ぼくのランプだい!」 ホタルはおもわず〈居場所〉を抱きしめました。そのすばらしさに気付いたとき、その居場所はもう、天使さまの住まう場所でもあるのも知らずに…。 「これは大事なぼくのすみか。だって、ぼくのおしりのあかりが、これ以上似合う場所はないもの!」ホタルはそう、さけびました。 じぶんのおしりの放つふしぎな光が、じつはとうの昔から、天使さまのランプであったのも知らずに…。 |
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