雑記帳:Cahier3：平均律クラヴィーア、リヒテル、グールド、ベートーヴェン、シューマン

2002年11月13日 (水)

中学時代にはじめてBachの平均律を知った。
それはリヒテルだった。

その世界は、その時期の私には名付けようもないものだった。忽ちのうちにその神妙深遠な世界に、心が占拠された。
ちまたの音楽評論家たちが言うような、単なる「ロマンチック」な世界であり、演奏であるなどとは、当時ですら到底思えなかった。

まもなく死というものに直面する時期が到来した。（父親のだったが）
私の平均律に対するのめり込みは、いよいよ通常のものでは無くなった。ここには、心の慰安・平安を求めえた…。

だが当初、第二巻の方の意味性；世界観というのは、第一巻の内省性、沈潜する魂の語りともいうべき世界に較べ、まだまだ解り難いものだった。

高校時代、私は第二巻を徐々に好きになっていったが、その意味までは理解していなかったように思う。だがそれが第一巻にはない独特の場の‘開け’のようなものを感じさせる、という予感のようなものはあった…。長調と短調の間にある差異、というものが、比較的２巻には少ないことも、何となく理解できた。（それが‘悟り’の世界なのであるかも知れぬ、という予感めいたものもあった。だが、勿論明確な言語化が出来ていた訳ではなかったろう。）

第１・２巻を通して、その物語っている世界、意味性とは何かについて――その魂の上昇感、平安と激烈さ、超脱感と諦念、天国的浄福のさなかにあっても尚背後に暗示される、或る種の不条理の感覚、、、etcetc.総じて感じられる、Bach特有の、世界「という」広大無辺なる無関心。無慈悲と表裏一体の慈愛。かと思えば、一音一音楔を打ち付けるような激しい打鍵
――そうしたものが、いったい「何」であるのかを、思春期を通し、思えばずっと探し続けていた！……

大学時代、聖歌隊入隊とそこでの指導、また最初に練習したのが「Bachのマタイ受難曲」であったという偶然が、平均律の世界の何たるかを知る、という課題の解明にも、ますます心強いヒントを与えてくれた気がする。。
広い意味における、宗教性を知った。
また、学問の上でキリスト教と、またのちに禅を知る。仏-基の邂逅、接点、などという学問的動向も知った。
何より禅的世界に触れたとき、第二巻のイマージュがこれと合致した。

神に仕えるということと、絶対主体道――禅的に云う、自由「自」在――とは、或る面でまったく矛盾することは無く（これは「常にキリスト教的」解決では、気付かれ難い発想であろう。そして、またファシズムとも化する、ぎりぎりの怖さを持つ発想であるとともに、ファシズムと永遠に対決しうる発想でもあるのだが）、またBach自身知ってか知らずか、そうしたものをもはや多分に内包していたのだった。
ここでは洋の東西などという障壁さえもが予め消失しえていた。

そうして後に、Bachのそうした面を十二分に引き出し、まっとうな個の尊厳へと集約して行ったのがBeethovenなのであり、またロマン派に於るSchumannなのだった。。。

平均律の世界が、何ものかを知った、と思えた時、宗教哲学などというものをまがりなりにも探究する方向へと私の興味と人生とを導いたのが、リヒテルの平均律だったということを、理解した

2002年11月14日 (木)

全体に１拍目を踏み台にした恰好で、その分２拍目に明確なアクセントと<重み>が掛かるのが、グールドのひとつの大きな特徴である。(※それは１拍目をおろそかにしている、というのでは、必ずしもない。むしろ、１拍目というものを、彼は十二分に意識していることが多い。ややもすると１拍目を休止符で始めたり、惹起で開始することにより標準的な１拍目というものを不明瞭にする感のあるバッハの巧みで変則的な律動の鍵を、グールドの演奏が爽快に解いていく、ということもしばしばであるである。が、彼の‘刻みの性癖’として、多くの場合１拍目が跳躍台の役割をするのである)
例えば６拍子でタ・タ・タ・タ・タ・タと進む音楽を、ヤン・タ・タ・タ・タ・タとやるか、4/4で１小節を８分音符×２で４等分する場合、ヤン・タ・タ・タ/ヤン・タ・タ・タと区切るとか、或いは６拍子のうちの初めの３拍子に重点が行き、あとの３拍子はスタカートで軽めに処理する、等々という手法である。
いずれにせよ、前進力をつけるのにはもってこいであるし、ある種力学的・物理学的な法則とでもいうべきものにも近い、合理性に基づいて音楽が前へ前へと、無窮動に進行していく。
これは、グールド以降の割合多くの音楽家が踏襲している所でもある。彼らはすっかり洗礼を受けてしまっているのであろうし、或る意味ではそれを認め、十全に意識から退けたようでいて、案外ついうっかりこんな性癖を踏襲したまま表現しているとも云えるかも知れない。

グールド以降、グールドの洗礼を‘圧倒的に受け’ながらも、グールドと同じであってはいけない、というスタンスから、恐らく多くの音楽家たちが、「新しい平均律」にチャレンジしたと思う。
だが、厳密な意味でそれに成功している、――ひとつの、彼自身の独自の世界を構築し得た――と云えるのは、恐らくグルダくらいであって（が、グルダでさえ、けっこうすんなりと、いやごく素直にグールド的奏法をすっかり自分のものにしてしまっている。。という面も、あると思われるのだ…それは意識する・しない以前の次元として、であろう。ただ彼の場合グールドとのそうした共通点があるにせよ、結局その動機づけと表現は、これもまた天才的に、彼自身から出たものでもある、という所まで行っている。そして彼は彼なりに、グールドに比し＜よりオルガン的＞にバッハの対位的進行を開示させつつも音楽の生命であるところの律動性、生き生きした内在律というものをまったく失っていない、という次元に到達してしまっている…）、他の演奏は、今まで聞いた限りでは、グールド的「でない」ように、○○ではない「何か別のもので」あるように、というスタンス以上のものを――つまりPositiveで或る種絶対的なリアリティを――確立しえているとは言い難いように思われる。

けれども、グールド以外の人間が、こうした性癖を意識的に尊重ないし無意識に踏襲してしまったまま、自己表現を行うことに、いったいどれほどの意味があるのだろうか。。。

物理学的必然、とでも言うべきほどにdryで、合理的なトリル。またアクセント。それらは、実はもうひとつの、グールドという人間の、影なる必然からも生じているのであって、その必然をともに持たない実存から語られても、ほとばしり出るもの＝生命体としての運動を生じさせ、完結させるだけのもっともな動機づけ、とはやはり言い難いのでないだろうか。
もうひとつの必然とは、グールドの心理学的・神経症的必然のように、私には思われる。彼のような自意識を持ち、また意識と世界との間にある或る特異な問題への、完璧主義的挑戦を、いわば‘余儀ない遊戯’として背負っている実存が、自己自身を何の障壁もなしに前へ前へと進ませるためにでなければ、さして必要もないリズムや急速なtempo、また特有なフレージング等々というものを、他が踏襲することに、意味があるだろうか。。

グールドは、こんな風に、全く自分自身のためにBachを演奏しており、Bachという広大な手のひらの上で自在に転がりながら、或る種のVariationの実験を、心の赴くままになし、その延長でレコーディングしていそうでなのではあるが、それでいてBachの重厚で巧妙なフーガの鍵になる音たちを、しっかり掴み取り、次のフーガの呼応・展開へと渡し、絡ませてもいる。どんなテンポとパターンに還元していても、こうしたフーガ成立と進行の急所は離さない、その耳は正確であり、端的でも入念でもある。。
その実例として私の耳にも聞こえたものを例として、雑記帳に列挙していくのがよいであろう。

2002年11月15日 (金)

‘Ｘ’ではないものであろうとすることは、結局のところ‘Ｘ’「ではない何ものか」であることも、「（一切の）何ものかであることの拒絶」（すなわち、非在であること）もできずに、その個的存在が、中空に浮いたままとなる、ということ

宙に浮いたスタンス……
それは、‘Ｘ’「ではない」こと、もしくは非在であることに成功したのだ、というのではなく、むしろその‘表現の力両’そのものの無効性を意味する、言い換えれば創造行為そのものの、説得力や信憑性といったものを、失うことになるのだ、ということ

音楽にせよ、絵画にせよ言語にせよ、独立した個を世界に定立させうるか、または或る種の「非在」――顔のない<存在>で-あり-うるのは、既存のＸ（相対者）であることの回避の努力からでは得られないのであって、即時として実在しようと努力する、営為からしかもたらされないのだろう

おそらくそうした意味で、グールドと、リヒテルとは傑出しているのだ。。
（ヴァルヒャの非人称性も然りだろう…）

2002年11月16日 (土)

机などに向かいつつCDを聞いているときと、散歩などに出かけながら頭の中で音楽を鳴らしている時とでは、まったく同じ曲が、ちがった刻み方として聞こえる場合がある。
むしろ散歩をしている最中に、「ああそうだ、この曲はこうだったのか。」と思い至る場合もよくあるのだ。それは多分、<歩いている>という条件がもたらす内在律のおかげだろう。

私たちの身体は、同時に２つや３つの拍子を刻んでいるように思う。けれどもそれは、全く別々、バラバラなリズムというのではなくて、或る<同じ一小節>を、足は２拍子で、心臓は４拍子で、心は６拍子で、頭は１２拍子で、刻むということであろう。。だからその進行は、まったくズレずにひとつの進行として身体の中で合致している訳だ。

グールドの演奏を聞いていると、よくその重層性といったものが理解できる。彼は、BACHによって4/4とは記されながらも、実際には殆ど１６分音符の連打で細密に仕切られているリズムを、きちんと自分自身と聴衆の耳と身体に刻みつけていく。それは一小節を１６等分してもいるが、８等分も４等分も、しているのである（連譜のかたまりとして）。
その複層的処理は至極妥当で、BACHの意図に適っている、と合点がいく。この重層的リズム処理の的確さ、フレージングの妥当性に関しては、リヒテルのほうがもっと平坦かつ単純だとも云えるだろう。
にもかかわらず、リヒテルのほうが多分に思想性・宗教性をたたえており、グールドのほうはBACHの宗教性の大半を剥いでしまっていると言うのも面白い所なのだが。

先日memoしたように、タン・タ・タ・タ・タ、などとモチヴェーションを利用し、BACHの無窮動性をじつに現代風に刻むことによって、たしかに“大気としての”宗教性といったものの大半は、見事に剥がされているのである。

「大半は」……というのは、残されたもの、に尚通底している、ある法則のようなものが感じられるからである。。。それは、おそらく物理学的、宇宙力学的、数理学的、また生物学的なレベルの法則性、生体系のミクロからマクロの次元にまで及ぶであろう、いわば摂理ともいえるものかも知れない。。そうしたまか不思議で合理的なものの貫通が、如実にBach自身の律動としてグールドを通して語られているからである。。。

2002年11月17日 (日)

第１巻17番fuga、第２巻19番fugaなどは、１小節目開始が第１拍目から始まらない、リズムを掴み取るのにややむずかしい曲であると思われる。
たとえば１巻17番などは、１小節目が３拍目から始まるのみならず、２小節目の２フレーズ目の開始も、タイのおかげで無音の拍から、つまり音としては半拍ズレて始まるので、よけいに掴みづらいのである。

この曲の主題の冒頭リズムはこういう構造である…
１６分音符を単位で考えると、( 音アリ○ / 休符による音ナシ× / タイによる音ナシ＿ )

１小節目

１	２	３	４	５	６	７	８	（拍）
××	××	○＿	○＿	○＿	○＿	○＿	○＿	（音の有無）

２小節目

１	２	３	４	５	６	７	８	（拍）
○＿	＿＿	＿○	○○	○○	○○	○○	○○	（音の有無）

従って、テーマである最初のフレーズが６小節の途中（３拍目）で１オクターヴ上で再現して、はじめて理解できるか、という具合である。。
しかもBachの場合、声部が３つも４つも微妙にタイミングをずらしながら並行して生まれ・絡む訳で、他の諸声部でも交互に主題なり主題の変形を編んで行っているので、余計にツボの掴み所が錯綜してくるのである。。

グールドによる、比較的急速なtempoでの、一見癖のあるフレージングを追うと、そのツボがかなり掴みやすいといえるのでないか。
半拍ナシ、やフレーズの切れ目、再開部などがアクサンを伴っているので、８分音符、１６分音符など、細かい単位でBachの不可思議な、しかし実は理路整然とした音楽構成が、仮に楽譜を手にしていなくとも、或いは譜を読めない人でも、耳さえ良ければヴァーチャルな感覚で明解に入り込みやすいのである。。。
このような明解さは、6/8とか3/8とかいう拍子の曲にも、いえると思う。これについても追々

2002年11月18日 (月)

グールドはトリルでも幾つか実験をやっている。
第一巻では、たとえば17prelude冒頭で、８分音符、１６分音符、２４分音符、３２分音符、と次第に細かくして行っている。

たかだかトリルでも、指運を偶然任せにせず、キッチリと頭で細分化し、その精確さを保ち追認をしているのである
だから、ひとつの曲を構成している幾つかの層のリズムを、何通りかのvariationとして、当曲の一回の録音の中で、応用しているのである。

そうかと思えば、楽曲の最終に、Bachが書き込みをしていないはずの分散和音を形成させたりもする。
それはでたらめかというと勿論そうではなく、そのワン‘フレーズ’を「固まり」で弾けば、実際そのような和音構成なのであるが。。

彼にしてみれば当たり前のことなのかも知れないが、
彼はただ表面的に連結する音符を音に表しているのではなく、細密度のそれぞれに異なる位相ごとに曲の構造を分解しているけれども、それはあくまでもひとつの構築物であり生命体でもある曲の要素、それぞれがその位置で持たされた絶妙な意味役割と必然性を、逐一理解しながら再構成しているのであろう。

2002年11月27日 (水)

グールドに限らずどの演奏家にも当てはまるのだが、第二巻のほうがずっと出来がよい。
それは、よく言えば個性的な演奏、悪く言えば癖のある演奏になりにくいということだ。
第二巻の表現世界そのものが、そうした普遍性を持ち、個的レベルの凹凸(無駄な力みや、演奏家・表現者としての自我の葛藤のようなもの、さまざまな過不足)を吸収しやすい面があるのと、フーガなどの技法上の質も高度で平明にできており、演奏家もその構築物の忠実な表現そのものに心血を注ぐことができるから、ということもできよう。
グールドも実際、かなりまともに２巻を弾いている。彼のカラクテルには似合わぬ言い方かもしれないが誠実に弾いていると言ってもいいくらいだ。他のひとびともそうだったが、この巻に対する彼の姿勢にも、虚心坦懐さがうかがえる

2002年11月28日 (木)

第二巻は、ピアノで弾こうがチェンバロで弾こうが、ある程度速く弾こうが遅めに弾こうが、どう仕様もなくある同じ境地に立ちやすい。
グールドもその辺の普遍性、事事無碍で明快なる宇宙に少しも逆らっていない。

第二巻を貫くのは一種の制度のようなものだ
民主主義の世界にも<制度>はある。民主主義をより徹底化させるためにも要求される制度。
まっとうな制度のもとに、主観は無力だ

取調室で、取調官が容疑者を撃ち殺したらしいが、容疑者が自殺したことにされている、という事件があった

冤罪を減らすには、取調室に被疑者の弁護士を立ち会わせることだ。それを制度化すること。
そうした<制度化>は、死刑存廃云々の論議やイデオロギーより先行されるべき。

同じように、裁判には被害者とその弁護人をかならず立ち会わせ、反論の機会と権利を平等に与えること

2002年11月29日 (金)

ジャズピアニストも、平均律をよく弾いている。
なるほど魅了されるに違いない。
ハンス・フォン・ビュローは、「ピアニストにとって、平均律クラヴィーア曲集の前奏曲とフーガは旧約聖書、ベートヴェンのソナタは新約聖書である」といったそうだが、----では私が平均律から中期ないし主に後期のベートーヴェンを感知したのは間違いではなかった訳だ----この言葉はジャズピアニストにもそのまま当てはまるだろう。

彼ら二人の音楽に内在するリズムは、ある意味でそのままジャズに移行しうる。（音楽性・精神性が云々、といっているのではない。そもそも音楽を構成する複層的体内リズムと、自由自発的で本源的な秩序感、旋律の交錯し合い、トリルの妙などが、ある意味でジャズにもそのまま当てはまるであろうエッセンスとセオリに貫かれているのだと思われる）しかもそれらが周到に厳選されているために、彼らは案外余計な振り付けをしないのだ。殊に第二巻など、ほとんどセオリ通り弾いているという感じを受ける。
あまりジャズアレンジをする、という気になれないのだろうと思う。それほど源泉に触れた気がするのだとおもう。

2002年11月30日 (土)

4番フーガは、ほんとうにグールドには打ってつけだ。彼そのままでよい。テンポも彼の思うとおりで妥当だ。
それとこの次(５番)のプレリュド、また同フーガにしても、彼のテンポの刻みは、なんという正確さなのか。
全体をあらかじめ把握し、その後にまったく等しく細分化したかのような、公平な音の「長さ」と「粒立ち」の分化である。然！然！というのみだ。
殆ど真摯にむき合っていると言ってもいい
10番フーガにおいても然り。
11番は３/２拍子だということがこの演奏、このフレージングにおいてじつに釈然とする。そしてそのフーガが6/16であることもである。全くもって割り切れる。

７番８番は、いかにもグールドらしく、殆どスカルラッティか何かのように弾いている(笑)でもこの曲想をじつによく掴んだ彼のテンポの急速さのなかでよく耳をすますと、それがベートーヴェンやシューマンやショパンにつながっていく要素をはらんでいるのを気づく。

８番フーガは、リヒテルのような緩慢なテンポでより、グールドくらいの速さで惹かれる方がフーガの構造と曲想をとらえやすいだろう。

９番プレリュードでは、ごく微細な、わかるかわからないかくらいのトリルをかれは入れている！これはじつに心地よく、私も技術さえあれば練習中に是非やりたいくらいの、心をそそられるものだ。こういうものがBachの譜面に伏在している捉えることもできるのである。
(とすると、)したがってこのあとに続くフーガの異様な速さも、(それも一つの必然として)理解できるのである。彼自身としてはあくまで一貫している

2002年12月01日 (日)

特筆に値するものとして、ひとつ奇跡的な左手の的確さを感じるのは13番プレリュドだ。
逐一の音符の長さがこれほど妥当であって右手との間に交わされるいくつかの旋律を左声部のモチベーションが見事にリードしている。それがフーガにも引き継がれる。
Bachに於ては、モツァルトのように右手は主旋律、左手は副旋律、とほぼ決まっているということはなく、左右両手で大抵３～５声部の「主」旋律（各声部が主旋律でありうる）が交互に平等に主体としての役割を、並行旋律とともに織りなしていく。左手が右手と同等かそれ以上に的確な音の粒だちとリズムを刻むのは、鍵盤楽器におけるBach演奏の必須条件であろう

ところで
別の作業中、‘ながら’で聞いているとき、ひとつふたつ、際だってグルダと酷似した曲の捉え方を聞いた気がした。たしか14番だったかと思い、後で聞いてみたら14prelと、16のprelだった。

2002年12月02日 (月)

音楽的に、この二人はまったく対照的な平均律を奏でているが、Tempo選びも対照的なことが多い。

第二巻
・３番fuga...グールド緩：リヒテル急
・８番fuga...グールド急：リヒテル緩
・９番fuga...グールド急：リヒテル緩

多くの場合、グールドは急速でリヒテルは緩徐という印象だが、まるで逆の場合もある。
リヒテルが速い、またグールドが意外にも遅い、という曲番号をエセイにupするのもおもしろいだろう

2002年12月03日 (火)

私がおそるおそるペンション「メルヘン」のHPに手を着けてから、約一年が経った。
今ではHPいじりの半分以上がHTMLソースをいじっている!!
こんなことが一年前の自分に考えられただろうか

今‘ながら’で気づいたが、（第２巻）10番のfugaは、グ/リ、二人とも殆どまったく同じtempoであった。グールドがこのTempoなのは分かりやすいが、リヒテルが割合速いことが意外なのである。だが、彼がこの曲想から感じ取った世界からいえば、prelとの連関からしてもうなづける訳である

この曲のprelでも、二人は殆ど同じtempoをとっているが、この二つにおける二人の曲想catchは、だいぶ違う。だがfugaにおいては、この対極的二人にしては酷似している。

2002年12月04日 (水)

グールドの11番prelはとりわけ生き生きしている。

prelよりはfugaのほうにずっと興味を抱いたグールドではあろうが、この曲については割合気に入ったように思える...
だが第２巻はprelとfugaの質の差が、第１巻より少ないと思う

2002年12月05日 (木)

ものの本によると、Bach自身でなされた聖書への傍線（undeline）は、ひとつには贖罪の一文に引かれていたらしい。
ルッターから十字架の磔刑の意味などを説教されただろうが、平均律やフーガの技法などに'見出される'Bachの実存意識は、贖罪の発想とは殆ど無縁である。だからグールドのような演奏も可能であるし、リヒテルのような幾つかの曲（雑記帳に書いたが16番fugaなど）における打鍵が説得力をおびるのである。

この穴を、無意識層ではともかく、日常「意識」の層でBach自身がどう埋めようとしていたのかは興味があるところである。
ベートーヴェンまで行くと、この種の観念は明らかに無効となる

2002年12月08日 (日)

鍵盤におけるグールドと、カンバスにおけるモランディに、某かの共通項を見出すのは可笑しいだろうか？でもよく彷彿することがあるのである…。
最初にモランディを見たとき、絵画におけるグールドのようだなぁと、何とな～く思った。今でも、印象はそう変わらない。。
ある種の厳格な完璧主義が見出される。それは病的、と言い括っては言葉が悪いかもしれないが、尋常ではないレベルではあろう。何か息苦しい共感のようなものを、どちらに対しても覚えざるを得ない。
こういう人は、言葉（観念/秩序）と現実の間にある、あるいはつねに=不断に、生じうる矛盾とか不条理感、特有の居心地悪さというものを知っているだろう。それを埋める場所として芸術（という言葉は彼らはおそらく好まないだろうが、理念と精神-感覚、イデアール-レアールとが一体化しうる場）を、必要としている所もあるだろう。

ただ、グールドは、音楽という、時間軸；或る徹底的な[運動]の位相でそれを実現できるのが救いといえば救いかもしれない（といっても、ああいう無窮動な演奏だけに、その救済は、休むことを知らぬ、限りなくハードで厳格な遊戯となってしまうのではあろうけれども。）少なくとも「言葉」（観念）と現実との間の矛盾、といった面では、うずまり易い所があるだろう。
だが絵画という、そもそも現実という３次元を、光と陰；濃淡だの、色彩値の変幻だのという独特の関数によって平たい２次元空間に、或る種厳格な“静止”秩序を以て‘封じ込め’なければならない――モランディの形而上学風絵画の場合、それが永遠のthemaのようなものである――活動に於いて、この種の矛盾から救済されるのは、かえってむづかしい…むしろ、彼においては逆効果となっているのではないだろうか。
（勿論、画家が、みなこういう矛盾を知っている；病んだものを持っているとは、いえないと思うが、モランディの場合は、私が見る限りそういう厳粛な不条理が画面ぢゅうにみなぎっており、ここからの救済が彼のような自我には必要であろうに、と感じざるをえないのだ…。これは、覚めた現代人に、ある種共通の病いかもしれない）

2002年12月09日 (月)

今は雑記帳準備のために、相変わらずグールドで平均律を聞いているが、本当はしんしんと雪の降り積もる日には、リヒテルで平均律をききたいものだ。

死の余韻と、リヒテルによるBachの平均律と、雪の日特有のしみじみとした緊張感というのは、思春期からずっと私の中で共鳴し合うのである。いまでもそれは変わらない。ただ肉体的な恐れだけが幾らか増しただけだ。

東京に居た学生の頃も、雪が降ると急いで帰宅して、そのリヒテルをかけ、重い美術書をひっぱりだし、モネの雪の絵を見ていた。

2002年12月10日 (火)

昨日雑記帳をupしていて気づいたのだが、
グールドとリヒテルそれぞれににおける平均律２巻第３番fugaの捉え方には、重点の置き方の違いがあるのに気づいた

#ニ#ヘ#ニ#イ、４音スタカートの動機で始まるこのfugaは、この始動を素直に捉えればリヒテルのようなtempoになり、またスタカートが示唆する通りのリズムカルな奏法になるであろう。一方グールドの場合は、開始しばらくはその悠長なtempoに違和感が伴うが、聞いて行くに連れ、むしろこの曲の本質を後半部分に見出しているのではないかという気がしてくる。２５小節辺りからの最終への盛り上がり部分で第３声部目が殊にゆったりとレガトで主題の拡大フーガ（二倍の長さ）を行い（27小節）、以後オルガン音楽かオーケストラの通層低音さながらに#ト音を２小節にわたって‘伸ばす’（その後で半小節前の1声部目の旋律――含：転回形――とカノンに近い掛け合いフーガをやるのであるが）所で、あっと思った。グールドのこのtempoは、ここに於いて、至極妥当であると…。
それから後もこの曲の最終部分の処理は、とりわけライプツィヒ時代の風格を帯びている。

2002年12月11日 (水)

リヒテルの演奏は、オルガン（タッチ）を前提にしていないが、グールドやグルダの打鍵は、、オルガンでもそのまま当てはめられるような点が多々ある。
通奏低音的音符と、スタカートなどを対極的に色分けしているのである

2002年12月15日 (日)

ドリブルと言ったからと言って少しも反則な訳ではないが、それほど微細な、ごくごく小刻みの電気振動めいた周波数のトリルを、所々グールドはやってのけている。(勿論jazzのスゥィングのようなものも頭に付けている場合があるが、それとは別に。)
そしてそのはめ込まれている場は、たしかに至当な所でもあるのだ。選び抜かれた箇所であるが、彼にとっては必然的に出てきたものでもあるだろう。

Bach自身予期したことではないだろうが、聞けば面白がっただろう。

2002年12月17日 (火)

今ちょうど２巻の５番fugaに来ている。
この曲に関しては、リヒテルよりグールドのほうが色いろの面でうなづける所が多い。
リヒテルではtempoがslowな上にすべてがレガトで進行し、やや間延びがして曲の構造が掴みにくかった。グールドやヴァルヒャのtempoで聞いて、とても好きになった曲の一つだ。
この曲はグールドのようなややスタカートぎみの演奏で聞いても、厳格な書法である――マタイの合唱を思わせる――のがわかる上に、非常に複雑な何重にもわたるフーガが織りなされているのに驚く。
主題の進行とともに副主題のカノン的進行のフーガが次々に打ち寄せる波のように進行する。その主題の進行そのものも、各voiceが同じテーマ（ニ・ニ・ニ・ト＿・ロ＿すなわち5・5・5・1＿・3＿度音型）を追従しながら、一小節半の時間差であったり、隆盛部ではたった８分音符二つの差で次旋律ホ・イ・ト・ヘ#（=1・5・4・3#度の音型）の追従をし合っている。それらの幾系かの波が何重にも折り重なっている。それでいてtoneはじつに天上的である。
グールドもこれを楽しんでいる。

2002年12月18日 (水)

フーガの技法や平均律を聞いていて、一番感心する点は、東洋無的な音楽が何故キリスト教の中で奉仕的なバッハの生活のただ中から生まれえたという不可思議と、キリスト教義に浸るなかにあって、あのような実存的な音楽性を発揮したという驚異である。
前者は、不可思議と言っても、いわば半音階的な進行をする音楽であれば、おのずと伴う性質だと言えば、まぁ大半はそれで済んでしまうかもしれない。だがそれでは何故あの時代に半音階的進行の音楽が生まれ得たのか。そこには、単に「無」とか諦観とか言った魂の位相が表現されているのみならず、バッハ特有の厳格で理路整然とした音楽構造・複雑な書式と相まって、じつに数理学的で宇宙学的な様相すら帯びている。宗教は、一番広い意味でこれを捉えるとき、これら(理科学性)と一致することがバッハの音楽によって証明されているようなものである…。（また――これはつまり後者につながるが――その後のベートーヴェンの出現により、その数理学性と世界観は、歴史と精神の“弁証法的”発展法則性でもあるものとして証されていくのである。）

その驚異は、たとえば「ソナタ形式」があの時代以降洗練され完成されていったという歴史の必然と比べれば、はるかに奇跡的なことであるし、或意味、相反することでもある。

2002年12月19日 (木)

バッハ音楽における‘実存性’という面が、もっとも著しいのは、或意味でじつに<非>音楽的、<非>音楽「美」的な箇所ともいえる所に発揮されるといえる。
（主に短調において見出されるが、）地に楔を打ち込むように、同音を何度も連打するのである。しかし、音楽的進行そのものからして、それは必然であることがわかる。音楽としての必然性を欠いていない、むしろ必然性そのものであるという意味に於いて、有意味＝美、なのでもあるが、そもそも同音を何度も連打するという事自身は、表面的意味合いの音楽美からすれば、好ましいことではない。だがそれはバッハ自身にとって重要なことではなかったのである。音楽で勤勉に生計を立てていかねばならぬ彼をしてそのように思わしめたものは何であるかを考えるとき、これらの音楽が、（今日嫌われている言葉である）精神とか魂といった所から出現しているということを考えなくて、一体どうするであろう？

2002年12月20日 (金)

吉田秀和氏が、シューマンの音楽に就てこのように書いていた。
ショパンなどと比べればごたごたと錯綜していて未整理である、と。勿論それはシューマンを軽んじた意味ではなく、そうしたシューマンの音楽的個性をいたわり尊んだ意味で書かれたのである。
それこそが、シューマン自身をして我が「悩みと憧れ」と言わしめるところの、彼以外には表現しえぬ重厚な織り地のような音楽を作り上げたのである、という意味である。
この文章に、痛く感動した覚えがある。

私は、この錯綜が、彼の魂そのものに由来しているとともに、――これと不可分であるが――
理路整然としたバッハ音楽の構造と本質を引きずったかれの音楽そのものの構造から来ていることを思うとき、バッハとは何であるか、ベートーヴェンを経由した（彼の場合、それと同時にシューベルトも経由してはいるが）バッハ音楽とは何であるかといぶかしむ。それは「未だ」整理されて「いない」、というニュアンスを越える。音楽美的な位相では「整理されて」いないかもしれぬが、思考や魂の質においては逆である。見えている人間の表現のほうが、見えていない人間の整理された表現より、これをふたたび整理するのに要する分、はるかに圧倒的な時間と精神的負担を要するのである。

吉田氏は、別の箇所でこうも言っていた。
知的なものとは暗いのである、何故知的なものが暗いのか、と言われると答えるのが難しいけれども…。と。

錯綜とは、知的で論理的であることと相反するのではなく、知的で論理的で、良心的で反省的であるからこそ見えてくる世界、見えてしまった世界、またそうした思考や精神の位相に付帯する状況であり状態であることを、つよく思う。

ではバッハでは整理されていたものがシューマンには何故錯綜として出てくるのか。その、もうひとつの魂の質の問題がある。
音楽的には、それはバッハの時代までにはありえなかった付点やシンコペーションなど、ひとつにはリズムの問題と、また大きくは、高質なロマンティシズムの問題である。

2002年12月21日 (土)

対位法などというと難しそうだけれども、たしかに複雑なものはさておいて、単純なものはたとえば第一声部と第二声部が水に映ったように逆さまの上下行を帯びているのがある。

鍵盤でいえば、右手がドレミファソとやればその時同時に左手はソファミレドとやるものなどがそうである。
子供の時、下手な人でもよくやっただろう。
Bach音楽の中でそうした対称性の書法が出るとき、とりわけ美しい。
だがたいした曲でなくとも、そうした部分はけっこう美しいものだ。何故対称とは美しいのだろうか。数学の図形の中で出てきても、うつくしさを帯びている。転回のうごきの中で合同なものが対称となったりするとなおさらである。

それとちょうど相似形に当たるものもある。
たとえば第一声部がまず８分音符でドレミファソとやったものを、曲の展開の中でドーレーミーファーソーと二倍や四倍延長（４分音符長/２分音符長）で行う、などというものである。
勿論Bachに於いてこれらが出現するときは、何度か上あるいは下で行われたり、或部分では並行しつつ他の部分では追いかけたり、いくつもの階層で同時並行的にもしくは時間差で出現したりして、もっと複雑で重厚な様相を帯びる。

運動の中でそれらが出現するのは美しい。

物理学的・生命学的に、こうした動きというのは見られないだろうか。ツル性植物のうごめき（古代からの文様なども、好んでこれをかたどったりするが）、あるいはDNAの二重螺旋が伸びていく中で一定の法則性が果たされ、発展していく姿などはとりわけ美しい。天体の運行の不可思議なども然りである。
弁証法的思考も、こうした螺旋を帯びて発展していくだろう。それは思考がひとりでにそうした形状をとるというより、宇宙、生物、歴史、精神…等含め、物事の展開と進行自身がそのような法則性を帯びているのであって、思考はそれをできるかぎり忠実に追っていくに過ぎない、といたほうが事実に近いだろう。観念主義的思考は、これに逆向し停止する。

物事の必然・発展法則と美というのは、まる切り無関係なものではあるまい

2002年12月22日 (日) ――Bach～Beethoven～Schumann――

エッセイにシューマンの雑記も加えようと思っているので、少しずつ触れていかなくてはならないと思っているのだが、シューマンを語るのはバッハよりむずかしい。
シューマンのエピソードや生活などに就て語るのはともかく、音楽の本質、音楽性、精神について語るのが。
理知的で批判精神にみちてあることと、幻想的で飛翔的で錯綜する、ということがひとつの魂であるからであり、ありうるからである。
そのどちらかがBachの合理主義を必要とした、と考えるのも――理知性の側がBach的重厚さと理路整然さを求めた、と語るのも、錯綜する魂がその調停のためにこれを欲した、と語るのも、無理がある。
なぜならそれは‘ひとつの’魂であり、従ってBach的なものともひとつだからである。

ただ、すでに彼の時代は鍵盤自体がクラヴィコードからあきらかにピアノへと移行しつつあって右手と左手の打鍵が独立的に存在しあいながら調和する形式を得ていたし、書式としてもソナタ形式などが確立していたこと、また精神的にもベートーヴェンとシューベルトを経由していた（しつつあった）ために、Bachのようなまったき平等の４声部/５声部進行という形からはどうしても外れていく要因がある。それ自身が合理主義「そのもの」ではないのである。
すでに普遍から個へと尊厳の‘重点’が移行する。
それはBachが個に目覚めて「いなかった」という事を示すと言うよりは、普遍をより重視しえていた、と言った方がよいかもしれない。ベートーヴェンを経由した批判精神と時代の魂は、すでに(或る種の)神をめでなくてもさしつかえなくなりつつあったし、公然と批判することも（この場合、そういう神は、他の誰か＝特定の（階層の）人間を利するための欺瞞的な神でもあったが）出来た。語り部としての“重点”自身が個（おのれ）へ移行することもさしつかえなくなった…

2002年12月23日 (月)

きのうのつづき。

>すでに普遍から個へと尊厳の‘重点’が
>移行する。

重要なのは、ここでいう「個」がエゴでないことである。それどころか逆につねに普遍に通じる自己であって、主張すべきまっとうな自己と、批判され淘汰されるべきegoとをあの時代からすでに区別し得ていたという事である。
Bachから見て変わった点と言えば、個の尊厳の質ではなく（普遍からエゴへの移り変わり、などではなく）普遍と相通じ呼応する個（自己）、その「個」そのものに重きが置かれた、ということである。そして表現の重点も、自律する個そのものに置かれたという点である。

普遍性と合理性の高いBachの音楽には、すでに個と普遍のどうしようもなく埋めがたい断絶というものへのまなざしがあり、その不条理へのあまりに深々とした諦念のようなものがある。
半音階的進行とはいえ、長調ではどちらかというと全人称的、短調では非人称的ともいえるニュアンスが、語り部としてのBachの視座として、また観相としてただよう。
そうした全人称・もしく非人称性というものは、主旋律対副旋律という書法の変化やソナタ形式の確立、またオーケストレションや鍵盤楽器の変化など、時代の進行とともに次第に「私」という人称を帯びていくようにはなるが、低下なロマン主義とちがって、Bachの普遍性を受け継ぐベートーヴェン、またロマン主義とはいえどもとりわけシューマンというのは、そのわたくし、己というものがエゴでない、エゴと戦う己であるという点がじつに大きいのである。
いわば、その「わたくし」とは、――Bachが、いわば地上のだれでもあってだれでもない、という宇宙そのもののような視座で、おおかた語っていたとすれば――地上のどの「他の」わたくしともなりうるわたくし、であろう。

したがって、（自律的存在として尊重さるべき）どの個にもなりうる自由自在で想像力ゆたかな個として、どうしても「不条理」を感じ、ともに告発せざるを得ない普遍とか超越に対しては

>ベートーヴェンを経由した批判精神と時代
>の魂は、すでに(或る種の)神をめでなくても
>さしつかえなくなりつつあったし、
>公然と批判することも（～）出来た

のである。。。

後期ロマン主義以降は、その「私」が、次第にエゴに、あるいは自我肥大となりうる要素を帯びつつあったであろう。（事実シューマンはその潮流を嫌ったのである）

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>ただ、すでに彼の時代は鍵盤自体がクラヴィ
>コードからあきらかにピアノへと移行し
>つつあって右手と左手の打鍵が独立的に存在
>しあいながら調和する形式を得ていた…

また室内楽から次第にオーケストラへと移行し、シューマンの時期には徐々に巨大化してもいた。
だが、カルテット・クインテット（＋ピアノ）などの室内楽にせよ、オーケストラにせよ、Bachのように各声部が対等でそれぞれがどれも主旋律と見なしうるような自律したうごめきをみせつつ、ひとつ構築物と化してゆく、また美の運動として展開する、という書法で一貫しているというよりは、クレメンティ～モツァルト以降の鍵盤楽器の書法に近い旋律を、弦楽合奏や管弦楽でもとっていくようになった。
室内楽でも、vn・vl・vc・clは、所々対等というよりは、vnの主旋律にあわせて他の弦はみな、ちょうど鍵盤楽器でいう左手の「和音」（もっとも典型的にはモツァルトだろうが）に相当するようなもので、３声合同で追随したり、ダダダダダ・・・とスタカートをやったりする。
そのように、書法は変化していったが、よく聞いてみるとそうした和声も、Bachの自律的な各声部のうごめきを反映したものを、統合させたり掛け合わせたりしているのであることがわかる...

ピアノ音楽――クライスレリアナやグランドソナタでそれ（Bach的なるもの）はどのように見いだせるか


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