謹啓 

 ダグラス様、初めてお便り差し上げます。わたくしは、八ヶ岳高原に住む53歳の男性で、津吹純平と申します。
 先日、あなた様が、筑紫哲也氏のインタビューを受けて、日本の状況に対して疑念を呈しておられたのを拝見致しました。
 ご意見至極もっともだと、共感致しました。と、同時に、現状を大いに憂えておりますわたくしの胸の内に熱いものが込み上げて参りました。長年、孤立無援の、反戦平和の闘いを続けて参りましたわたくしにとって、語るべき人に出会ったような気が致しました。
 で、夜も眠れなくなるほどの深い悲しみと憤りと決意を抱いておりますわたくしの胸の内をぜひともお伝えさせて戴きたく、こうしてコンピュータに向かいました。
 
 手紙としては異例の長いものになるかと存じますが、日本と日本人が、再び加害者として、他民族を殺傷し、また自らも殺傷される地獄への道を阻止するためのメッセージですので、ご多忙とは存じますが、なにとぞ、ご一読下さいますよう、慎んでお願い申し上げます。


 早速ですが、実は、わたくしは、今から12年前、1987年春に、「日本が、再び戦争に関与する国家体制の確立に向けて動き出す」ことを、個人的な執筆活動の中で、指摘し、警鐘を鳴らしておりました。
 
★日本が関与する戦争の実態
 わたくしが最も恐れ、現実に起き得ると予測していたのは、やはり朝鮮半島での紛争勃発です。北朝鮮からの韓国への侵略という形か、韓国の北朝鮮封じ込めと陰謀という形か、事態は流動的に思えておりましたが、とにかく朝鮮半島で紛争が勃発する危険を憂えておりました。勿論、ベトナム戦争後のベトナムにせよ、台湾にせよ、ビルマ(現ミャンマー)にせよ、インドネシアにせよ、アジアには不安定要素が幾つもありますが、とりわけ、朝鮮半島は、危険な火種と認識しておりました。しかも、日本が紛争に関与する可能性の大きさから言っても、朝鮮半島における紛争勃発は、極めて重大な意味をもっていると、認識していた次第です。
 では、日本が朝鮮半島での紛争勃発に際して、軍事的に関与する形とは、どういうものでしょうか?
 わたくしが予測したのは、当初は、<アメリカの軍事行動への協力>という形です。勿論、それは、過去の朝鮮戦争やベトナム戦争の際に、本土復帰前の沖縄基地を提供した以上の<協力>、事実上の参戦行為となるであろう<協力>という形です。言わば、<連合軍>とでも称すべきより踏み込んだ形です。具体的には、横田や三沢など本土内の基地の提供や民間施設の利用、燃料補給・武器弾薬の輸送といった紛争地域での米軍の行動への補助活動など、後方支援と言うには、あまりにも紛争に深く関与する形です。紛争当事国の相手(敵国)側からみれば、報復攻撃の対象として認識され位置づけられる行動を、日本は、アメリカ支援の立場から、積極的に取ることになるだろうと、わたくしは考えました。
 しかし、紛争に軍事的に関与する形は、決して、これに留まるものではありません。より深刻で重大な局面が予測されました。
 それは、前述しましたが、紛争の当事国の相手(敵国)からの報復攻撃を受けた場合の話です。
 万が一――しかし、それは大いに有り得る事ですが――、北朝鮮から日本海上の自衛隊艦船が攻撃されたり、日本本土内の基地が攻撃されたり、東京や大阪など大都市圏が攻撃されたり、とりわけ、皇居にミサイルが被弾したり、といった直接の攻撃を受け、戦火が上がり、人命を失う、それも民間人に犠牲者が出るという事態が発生したら、日本政府ならびに日本国民の大多数はどのように反応するだろうか……。
 わたくしは、具体的にこのような状況を想定して、日本が或る局面に立たされた場合、全面戦争へと容易に傾斜していくことを、確信致しました。

 ところで、そもそも、当初の戦争関与は、どのような目的をもつものでしょうか?
 これは理念的位相と現実的位相の両面で指摘することができます。理念の上では、やはり共産主義体制・独裁国家体制から、自由主義体制を守るという思想的主張がなされるでしょう。また現実の上では、同盟国・韓国を、北朝鮮の侵略攻撃から守るという大義名分が語られるでしょう。

 次に、戦争関与の理由――なぜ日本は、戦争に関与することに至るのか? この問いに対する答えは、日米同盟の強化という観点と日本自身の大国主義・覇権主義の台頭という観点から説明することができます。
 日本が経済大国として一国で、世界に独立した座を占めるに至った当時、「ジャパンアズナンバーワン」との声が頻りに上がり、ナショナリズムもまた昂揚しました。その経済大国にふさわしいとされる国家像が保守反動派の政治家や知識人たちによって語られました。朝鮮半島における紛争に日本が積極的に関与する姿勢を示した背景には、この日本独自の国家意識の急速な形成があったとみなすべきでしょう。この大国主義・覇権主義はしかし、同時に、同盟国であるアメリカとのより緊密な関係の構築を求めるものでもあります。最終的には、日本のナショナリズムがどこに向かうのか、大いに注目せねばなりませんが、当面は、アメリカの核の傘の下にいるかぎり、その弟分としての分をわきまえつつ、できるかぎりの責務を遂行し、軍事的にナンバー2の座を確保したいと欲することになるだろうと、わたくしは憶測しておりました。この日本の立場は、米中関係の改善という新たな事態によっても、日本の支配層には、大きな危機感とともに、確認されたことでしょう。

 こうして、わたくしは、12年前の1987年春、日本が再び戦争に関与する国家体制の確立を志向し始めたことを指摘し、警告を発した次第です。

 しかし、当時、一般的には、日本が戦争に関与する事態などあるはずがない、という空気が支配的でした。
 平和憲法があり、平和国家・民主国家として戦後を歩んできた日本が、再び戦争に関与することが有り得るか――これが、一般の認識でした。
 しかし、この通説――<神話>は、わたくしにとっては、すでに20代に崩壊しておりました。
 わたくしは、学生時代の教科書において、日本が過去の歴史の侵略戦争と天皇制軍国主義を超克して平和と民主主義に徹する道を歩んできたと教えられ、そう信じておりましたが、それは甚だ欺瞞的な状況認識・時代認識であると、いつの頃からか、思い知ることとなりました。

 ★過去の歴史の地続き性・同一性
 わたくしには、戦前と戦後の隔絶よりも、その地続き性・同一性のほうが、よりリアリティを感じるに至りました。
 その最も大きな根拠は、「過去の歴史に対する心底からの反省の欠如」という事実です。歴代の首相や閣僚が相次いで、侵略戦争の事実を認めず、明確な謝罪と償いを果たしていないという日本の姿に、わたくしは、過去に罪を犯した事実を知った時以上に、大きな失望感と憤りをおぼえました。
 勿論、日本政府とて、国家間の賠償問題には取り組んではきていますが、しかし、明確に罪を認めた上での謝罪という事ではなく、「迷惑をかけて済まなかった」という意味合いでの、如何にも日本的な責任回避の観念と意識を宿した不誠実なものです。それに、実際に多くの命と健康と生活を奪った他国の民衆に対しては、謝罪はおろか、そもそも罪の意識すら認めることができません。
 この政府の不誠実な対応は、教育問題でも、顕著です。ドイツがナチスの歴史を詳細に教え、反戦平和の意識を育成することに真剣なことに比して、わが国の歴史教育は、ほとんど現代史に触れることがありません。教科書にも、天皇制軍国主義の植民地政策と侵略戦争の実態を詳細に伝える記事が著しく欠けています。原爆の写真を、「暗い戦争のイメージが強すぎる」と教科書検定でクレームをつけたのは象徴的な出来事です。
 この過去の歴史に対する心底からの反省の欠如は、政府官僚に限ってみられる現象ではありません。それぞれその専門分野でわが国を代表する業績をあげている知識人や学者の間でも、たとえば、「満州事変から日本は、おかしくなった」と、そもそも植民地政策をとったその事自体の不当性に対するネガティヴな認識が希薄なのです。それは善意に解釈すれば、満州事変以後、軍部独裁が強まり、軍国主義・ファシズムの嵐が吹きまくり、独裁国家への傾斜を強めたという実態に対する反省と批判の意識の表れとも言えますが、しかし、日本が諸外国、とりわけアジア諸国に対して罪を負ったのは、軍国主義如何というに限定されることではなく、植民地政策をとった帝国主義それ自体にあったわけですから、やはり「満州事変以後」云々は、あまりにも、身勝手で自己中心的な意識ではないでしょうか。
 そうして、或る意味で最も残念なのは、過去の歴史の罪を明確に認め、心底からの反省を尽くしていない非から、国民自身も免れ得ないという事実です。
 過去、日本の天皇制軍国主義の犠牲者になった諸外国の多くの人々に対する侮辱と冒涜の言葉を繰り返す首相や閣僚を生んだのは、他ならぬ国民自身であり、過去の歴史の罪の所在を正確に認識することなく、歴史を語る知識人や学者にマスコミの場を与えているのも、他ならぬ国民自身です。
 戦後、「戦争はもう二度と嫌だ」と、多くの国民が実感したはずですが、それは、言わば被害者としての感情であって、それ以上のものではありません。日本国民は、天皇制軍国主義の犠牲者であると同時に、諸外国の民族・国民にとっては、明らかに加害者として存在するわけですが、戦後日本において、その内なる加害者を告発する声は、あまりにも小さなものでした。国民自身も宿す加害者としての観念や意識や感情などに、厳しい目を向けることが、ほとんどなされてこなかったと言っても、決して過言ではありません。なるほど、アジア諸国への負い目のようなものは国民意識として内在してあるかもしれませんが、しかしその事ゆえに、国や社会の在り方、そしてなによりも己の人生の在り方、他者への関わり方、とりわけそのアジア諸国民に対する関わり方等々について、問いかけ、自省するというような事は、ほとんどなかったと言わざるを得ません。

 わたくしが、過去の歴史の地続き性・同一性を感じるものに、「日本人における朝鮮人に対する差別と偏見の意識」の存在があります。これは、多くの言葉を費やす必要もない事実でしょう。勿論、戦後、決して少なくない日本人の間に、朝鮮人に対して友情と好意を抱く人々もおりましたし、時代の進展とともに、特に若い世代の間で、差別感情は減少する傾向がみられるのも事実でしょう。
 しかし、たとえば、北朝鮮からのミサイルによる報復攻撃を東京が受けて多数の死傷者が出た場合、一気に、「朝鮮人になめられてたまるか。朝鮮人なんか皆殺しだ」というような感情が一挙に吹き出る危険は決して小さくないと、わたくしは懸念致しております。勿論、日本の領土が侵犯され、同胞に犠牲者が出たという事になれば、他のどこの国であっても、反感と敵意と憎悪は生じるところでしょうが、とりわけ、その相手が北朝鮮という事になれば、国家に対する敵意と同時に、朝鮮人という民族に対する反感と敵意と憎悪が、他の民族に対する以上に、大きく噴出することは、間違いないでしょう。

 わたくしが、過去の歴史の地続き性・同一性を感じる事例で、もう一つだけ指摘しておきたい事があります。
 「天皇制」の問題です。戦後は一応、象徴天皇制という事になっており、専制君主のような役割とはほど遠く、実際、権力者として振る舞うこともありません。今や、天皇の名において、戦争を始め、国民を戦争に召集することはあり得ないかにみえます。
 反天皇制を主義とするわたくしですが、昨今の天皇家の家族愛には好感を抱いております。公衆の面前で慎ましくも率直な愛情表現を憚らない天皇・皇后には、夫婦愛の絆の強さ・美しさを感じますし、天皇ファミリーは、さながら聖家族といった趣すら感じさせてくれます。
 しかしながら、そうした天皇家の家族像や人物像の美徳と、日本が戦争に関与していく際の「天皇・天皇制」の役割と意味は、また別な話だと思っております。
 たとえ天皇ご自身がそう望まれておられなくても、日本が戦争に関与する状況の中では、天皇の存在は、国民に大きな負の影響をもたらすことになるでしょう。国民が反戦平和を志向した場合、それに圧力をかける動きが活発化するでしょうが、その最大の圧力が、天皇・天皇制である事実は、こんにちも変わりがありません。実は、この場合、天皇自身が権力者として振る舞う必要はありません。また国民の側も、天皇自身を権力者として認識していなくても構わないのです。さらに言えば、天皇に対して畏怖の念を抱いていなくても、天皇・天皇制は、国民にとって、思考と意志を根底から奪う存在となり得ます。
 国民個人の或る思考と意志が、天皇・天皇制の意向とその存続・繁栄にとって支障をきたすものであると認識させられ、そういう反天皇・反天皇制の存在が、時代と状況によって、絶対に許されないこと――今尚、日本という国家・社会の絶対的な<禁忌>であること、<禁忌>とされていること――を知るに及んで、日本国民としての個人は、天皇・天皇制の前で、自らの思考と意志を斥けてしまうことになるでしょう。
 「天皇陛下のために」とか、「天皇陛下万歳」と心底から思い、叫ぶ国民など現代ではほとんどいないのではないかと、天皇・天皇制の存在の意味と役割――こんにちにおいても、<絶対的禁忌>として存在すること――を軽視することはたいへん危険です。
 しかも、わたくしは、天皇・天皇制が、戦前的な意味として機能する可能性も否定できないと考えております。
 現代の日本人、特に若い世代の日本人に顕著となってきていますが、超越者の存在を求める意識が生まれ始めています。
 近代自我の確立が、日本の場合、必ずしも対他者、対社会との関係において、あるべき形を作ることが出来ず、自我ならぬ<エゴ>の意識に偏って形成され、結局は、エゴ社会の中で、己も孤立感を深めてしまうところから、己の「エゴの代理者」としての超越者の存在を潜在的に求める結果となっています。
 これは勿論、たとえばオウム真理教の事件が起きた事実などからそう思うのではなく、既に、12年前の時点で、わたくしは、日本人における自我形成の在り方を考察していて、実感するところでした。
 いずれにしても、こんにちの日本という国の構造や実態および日本人の精神が、過去の歴史と地続きに連綿としており、その同一性を、深い層で存続させている事実に、わたくしは、大きな衝撃を受けました。

 ところで、「平和憲法があり、平和国家・民主国家として戦後を生きてきた日本」という建前に、疑念を抱いたのは、歴史の持続性・同一性に注目したばかりではありません。
 「戦後理念」に対する反動の歴史という現実状況の実態もまた、戦後日本への信頼にゆらぎをもたらしました。
 これは三つの側面で指摘することができます。一つは、「解釈改憲」の問題です。憲法をなんの政治的配慮なしに読めば、既に実質的な軍隊である自衛隊の存在が違憲であることは明白でしょう。自衛隊の存在が必要か否かという問題と、憲法上、自衛隊のような存在が認められているか否かという問題は、全く次元の異なる話です。
 二つ目は、「憲法の理念を生かす意志が認められない」という問題です。政府与党は、特に政治的な位相において事をなす際に、自らの政策決定を、憲法に基準を置くという事が、ほとんどなされていないのではないか、とわたくしには思えます。この課題を解決するに当たって、憲法は、何を為せと言い、何をしてはならぬと言っているか、という現実の政策決定の規範を憲法に求めることなど、実際の話、ほとんどないのではないでしょうか。いや、彼らも憲法に照らすことは当然しているはずです。しかしそれは、たとえば、米軍の行動を、自衛隊がどこまでサポートできるか、敵領海内に向かう米艦船の護衛を自衛隊機が務めることが可能かどうか、といった国際紛争を武力で解決する道を選ばずという平和憲法の理念とは全く逆の方向での、それでもなお侵すべからずと彼ら自身でさえ認めざるを得ない禁忌を確認するに終始しているだけです。彼らとて、法治国家の体裁を保つ必要を感じているはずですから、その限りでの憲法順守でしょう。決して、平和憲法の理念と条文が指し示している道に即して、現実上の政策を考察し決定を為すという在り方で憲法を遵守しているわけでも、憲法を生かしているわけでもありません。
 そして三つ目は、「民主国家」という点に対する疑義です。
 確かに、旧憲法下の立憲君主国家との比較、治安維持法に象徴される反民主的な政治・社会体制との比較で言えば、またこんにち多くの世界のあちこちの国々でみられる反民主的な実態と比較すれば、戦後日本は、まがりなりにも民主国家として歩んできたと言えるかもしれません。しかし、それは、冷戦構造の下で、共産主義国家に対抗する観点ではプラスの形であらわれるに至りましたが、わが国自身の体制・反体制という位相においては、必ずしも、民主国家と呼ぶにふさわしい実態がそこにあったわけではないと、わたくしは認識致しております。
 換言すれば、戦争と軍国主義・ファシズムなどを食い止めるに十分なほどに民主国家の実体を有しているかと問えば、答えは明らかではないかと、わたくしは考えます。
 問題は、「日常」にあるのではありません。「非日常時」こそ、その実質が問われることになります。その意味で、天皇が死去された際に、この国がどのように対応するのかが、12年前当時のわたくしには大きな関心事でありました。そしてわたくしの予測は、後に、不幸な形で的中しました。そこでは、象徴天皇の死去という新たに体験する事柄において、どのような葬儀と、国家社会・国民の弔意の表現が妥当なのかの議論なしに、ひたすら明治憲法下の「天皇崩御」との同一性が示されました。国民主権の民主国家を建前とする日本が、実は、いまだなお、超越者を存在せしめ、それに跪拝する国家民族であることを、世界に示しました。
 この非日常は、そうであるがゆえに、日常の回帰と共に、背景に退きますが、ひとたび、国家民族の危機が叫ばれる状況に立ち至れば、再び、表舞台に登場する可能性があることを、示唆しました。わが国の民主主義が、超越的存在の前に、跪くものであることを、あの非日常は証しました。換言すれば、わたくしたち民衆の意志が、いったん体制と「国体」に背くならば、この国の民主主義は、その個人を擁護してくれる砦とは為り得ないことを、明確に証しました。
勿論、上記の事は、12年前当時にはなかった実態ですが、わたくしは、マスコミにおける「天皇タブー」の実態、民衆の意識観念などの考察から、必ずや、「主権在民」不在の事態が出現するものと予測しておりました。
 
さて、民主国家に対する信頼の喪失を論じる上で、どうしても欠かせない問題に、「政治と国会における民主主義の欠如」があります。言うまでもなく、民主政治の根幹は、徹底した話し合い、討論の遂行にあります。そしてそれは、物の道理・論理的正当性を根拠として為されるべきものです。ところが、日本の政治においては、党利党略が横行し、政治的駆け引きが優先され、必要な論戦がほとんど為されません。これは政府与党だけの責任ではなく、国民的合意の形成を絶対不可欠のものとして世論形成に努めることを怠って、殊更国会の内外で、政府与党との政治的対立を求めた当時の左翼革新政党にも責任の過半があると言わざるを得ませんが、とにかく、政治的対立をもたらしている課題に対して、考えるべきは考え、論ずべきは論ずる、という事が大きく欠落しております。政府与党も、左翼革新政党の「革命主義」を逆手にとって、真摯な論争を挑むことなく、嘘と欺瞞でその場かぎりの答弁に終始し、結局は、「数の論理」で事を通すという、極めて非民主的な政策決定を行なっております。
 事は政局や国会の中だけに限るわけではありません。日本の保守政治は、また、「民意」を無視する点でも際立っています。60年安保にせよ、70年安保にせよ、ベトナム反戦運動にせよ、あれほどの多くの国民の意思表示があったにもかかわらず、その「民意」と、真摯に向き合うことは、いっさいありませんでした。最近の話でも、消費税、不良金融機関への公的支援、政治改革の問題などで民意を大きく裏切る政策をとり続けていることは、ご案内のとおりです。
 わたくしは、こうした様々な事実から、民主国家日本の脆弱さを思わないわけにはいきません。日常の状況の中では、それなりに、民主国家としての体裁を保ちますが、いったん、非日常の状況下におかれると、その肝心な時に、民主主義は、いとも簡単により「日本的秩序」の前に、斥けられてしまうのです。まさに<擬制民主主義>とでも称すべき実態がそこには存します。

 平和憲法があり、平和国家・民主国家として戦後を生きてきた日本が、再び戦争に関与するだろうか、という疑問に対して、わたくしは、過去の歴史の地続き性・同一性の問題と、戦後理念に対する反動の歴史の実態を指摘しましたが、さらに、戦後の状況への対応をみても、わたくしの危惧は根拠があると言えます。
 日本の平和国家としての証を問う大きな状況としては、朝鮮戦争とベトナム戦争があげられるでしょう。その二つの重大な局面に対して、日本はどのように対応したのか。既にご承知かと存じますが、日本は、朝鮮戦争の際には、「朝鮮特需」と言われる好景気に湧きましたし、ベトナム戦争の際には、アメリカの盟友イギリスでさえ、米軍機による北爆を批判する立場にたったのに対して、日本はいち早く支持を表明したばかりか、最後まで支持し続けた特異な国でした。沖縄返還前の事で、沖縄基地の利用については、直ちに日本政府の暴挙と批判するのも酷かもしれませんが、三沢基地から米軍機が飛び立った事もあったと言われ、ベトナム全土にばらまかれたナパーム弾も事実上、日本で生産されていたという話もあり、いずれにせよ、日本がベトナム戦争に深く関与した事実は否めないところでしょう。当時、国内でも、ベトナム反戦運動が盛んであり、その事で、日本政府に反省を強い、平和国家に抵触しない行動を取らせるといったほどの影響を与えることはできなかったものの、自衛隊の連合軍参加という、恐らく政府与党が望んだに違いないシナリオの実行を食い止めることができたわけですが、もし市民運動がそのように盛り上がりをみせなかったとしたら、既に、当時、日本は、ベトナム戦争に軍事的に深く関与していたであろうと、わたくしは推測致しております。それほどに、当時の日本は、反戦平和という理念から遠いところにいたと、言わざるを得ません。

 こうして、過去の歴史の持続性・同一性と、戦後理念に対する反動の歴史の実態と、時代状況への対応について改めてみてきたわけですが、これらの事実から、わたくしの心の中で、平和国家日本、民主国家日本というイメージが、12年前当時、脆くも瓦解していったのでした。


 ★戦争にはならないのではないか? 戦争はできないのではないか?
 ☆過去とは異なって、戦争抑止のための諸条件が、今の日本には存在するではないか?

 平和国家日本、民主国家日本という観念に依拠できなくなったわたくしですが、それでもわたくしの危惧を客観的に捉え直す様々な要素について、わたくしは考察を続けました。
 まず最初に注目したのは、やはり「憲法」でした。確かに、前述の如く、憲法は、その本来の役割を前向きに果たしてはおりません。平和国家日本という実質を保証するようには、憲法は生かされておりません。
 ただ、ベトナム戦争などにおいて、たとえば自衛隊の参戦というが如き日本政府の暴走を食い止めたのは、やはり他ならぬ憲法の存在が大きかったからだとは言えるでしょう。憲法に即して政治が営まれることはありませんでしたが、政治が憲法に阻まれることはあったと言えると思います。
 そうした<抑止力>としての憲法の役割はまだ生きているという事実から、戦争に突入する事態を、憲法が防止する可能性がありや否やと、わたくしは問うてみました。
 が、<解釈改憲>という事実は、その問いに否定的な回答を与えました。本来の憲法そのものは否定している事態でも、解釈によって、憲法上も可能であると判断されてしまうという事実は、次に、その解釈自体が変更されてしまえば、前回、政府与党でさえ実行できなかった事態が、今度は合憲とされることも有り得ることを意味します。
 <抑止>という形は常に有り得るとしても、実質的な事柄は、たえず変動していく恐れが多分にあります。解釈改憲のもつ陥穽と欺瞞は、そうした点にあるでしょう。解釈はあくまで解釈であるかぎり、主観的な領域の為すことであり、首相や閣僚など政府与党の主体が変われば、主観的な営みによって、憲法解釈もまた変わり、抑止となる事態そのものも、変動してしまうことになります。実際、政府与党は、解釈改憲によって、憲法の禁止事項をその都度変えてきたわけです。従って、ベトナム戦争当時、政府与党でさえ、憲法に抵触するという理由で断念した政策が、今後とも同様の措置を取り続けられる保証は全くないことになります。
 反戦平和の立場、左翼革新の立場の人々にとっては、その本来の意味合いから、憲法が戦争抑止・戦争防止の決め手であると認識し得るわけですが、憲法が扱われている現実をみれば、その願いは決して確固として保証されたものではない、とわたくしは認識せざるを得ません。

 次に、わたくしは、「国民意識」の実態から、戦争抑止が可能か否かを考察しました。
 多くの有識者や言論人や大衆自身も、戦前とは決定的に異なる国民の「戦争反対・平和志向の意識」と、「護憲意識」を理由に、国が戦争に向かうことを容認するはずがないという認識を抱いております。
 この点について、まず考えなければならないのは、「絶対平和主義」意識の衰退の問題です。憲法が謳っているように、国際紛争において、武力による解決を求めないという絶対平和主義の意識は、戦後長く、左翼革新の立場の人々を中心に一定の広がりと根強さを保っていました。しかし、自衛隊の存在が次第に認知されてきたと同時に、その究極の平和志向は、一般国民の支持を得られなくなってきました。
 尤も、自衛隊の存在を容認する立場の人々も、あくまで他国からの侵略を受けた際に、正当防衛の意味合いから、軍事力をもって対抗し、祖国と同胞を守る、ふるさとと家族を守るという観念を抱いているわけで、決して、想定されるような朝鮮半島での紛争のために自衛隊が出動し戦火を交える事態を容認したわけではないでしょう。
 12年前当時の一般国民の意識は、そのあたりにあったと言えます。
 その意味では、日本が戦争に関与する実態を明確に承知すれば、絶対平和主義意識に立つ人々ばかりか、自衛隊による専守防衛を容認する人々の間でも、反戦平和の意志が示される可能性があると考えるべきでしょう。
 実はそこに反戦平和の砦の一つがあったわけです。
 しかし、その国民意識も、事態の認識が遅れるならば、有効な反戦平和の戦いを為すところまでいかないでしょう。それに、専守防衛の戦いの容認は、実際の侵略という事態に対する戦いのみならず、敵国への恐怖心を煽って自国を被害者として位置づけるなどの政治的策略によって、心理的防衛意識に基づく正当防衛論を形成し、想定される日本の軍事行動をも容認するに至る可能性を開いている――当時、わたくしはそのように考察しておりました。実際、1999年の現在、多くの国民が専守防衛の立場から、一歩も二歩も踏み込んで、他国領土内の紛争に日本が軍事的に関与することもやむを得ないと容認する立場へと転換するに至っております。
 いずれにせよ、絶対平和主義意識の衰退と、専守防衛意識の台頭は、日本においては、戦争抑止の保証とは為り得ないことを示しています。
 次に、「護憲意識」の問題を考えなければならないでしょう。12年前同時、戦後の平和憲法は既に多くの国民の意識に定着していましたし、憲法九条の改正に賛成の人は常に少数派でした。圧倒的多数の国民が現行憲法を支持していました。憲法に対して、当時の国民は、それこそ神聖なもの、金科玉条の絶対的規範というような意識を抱いていたと言っても過言ではないでしょう。「憲法違反」になるような事は、絶対に許すべからざることとして、強い拒否反応を示していました。「憲法違反」という言葉それ自体が、強いインパクトをもって、人々の心に響いていたのです。
 それほどに強い護憲意識ですが、わたくしには、そこにも陥穽を認めないわけにはいきませんでした。
と言うのも、「護憲」という時、その実体が、現実には変化しているという問題があります。ここでも「解釈改憲」は象徴的です。国民自身がそれまで「違憲」だと認識してはずの実態について、ある時、時の政治状況の中で、自分自身の憲法認識を変更してしまうのです。解釈改憲は、決して政府与党だけの問題ではありません。
 この解釈改憲とは別に、たとえ「違憲」だと心の中で認識しても、明確に対峙するとは限らないという厄介な問題もあります。自衛隊の問題がその例です。一方では、憲法違反という言葉に敏感に反応することも事実なのですが、その事柄を受容できる場合には、その護憲意識も停止状態になってしまうのです。護憲意識が徹底しているのは、左翼的な国民に限るのというのが現実です。その意味で、護憲意識に過度の期待をするわけにはいかないと、12年前の当時、わたくしは考えておりました。
 この護憲意識の問題で、ここで特に指摘しておきたいのは、最近の論調で、現憲法を理想・観念と捉え、状況を現実・実体と捉える中で、改憲論や超憲法論が頻りに叫ばれているという事実です。その主張は、<理想と観念に過ぎない憲法を金科玉条のものとして守り、その結果、国を失い、自らの財産を失い、家族の命を失うのか、それとも、人間が作った規律は人間自身によって変えることができるわけで、現実と実体に即して、勇気ある決断をなし、その結果、国を守り、自らの財産を守り、家族の命を守るのか>というものです。
 これは、大衆受けする主張で、既にこんにち、多くの国民の理解を得つつあるのが実態です。

 戦争抑止が可能かどうかのわたくしの考察は、次にマスコミに向かいました。
 この「マスコミ」の存在も、多くの国民や知識人たちの間で、「平和の砦」として、強い期待を抱かれているのです。
 日頃から政府与党批判を繰り広げているマスコミだから、もし日本が戦争に進むような事態があれば、真っ先に反戦平和の立場から批判を展開するだろうし、国民への影響力も絶大なので、政府与党の暴走を食い止めることができるだろう――というのが、一般的な認識であり主張です。
 たしかに、日頃の報道をみていると、著名なキャスターがさかんに政府批判・政権与党批判を口にしていますし、国民世論の声も、おおかたマスコミの論調を反映することから、そうした期待がマスコミに託されても無理からぬところかもしれません。
 しかし、現実には、その期待は過剰な期待と言わざるを得ないと、当時わたくしは考えておりました。
 その理由を幾つかあげることができます。
 まず第一に、日本のマスコミは、政局を追いかけるばかりで、歴史や状況の真相を恒常的に追求することはしない、という点です。
 例えば、平和や憲法に関する問題も、国会的論争の範囲でのみ取り上げるに過ぎないのです。
 問題をわかりやすく説明するために、現在の状況でその点を指摘したいと思います。
 現在いわゆるガイドライン法案が争点になっているわけですが、国会では、原案通り可決かそれとも修正案の可決かという点に焦点が絞られています。或いは、具体的な事柄としては、「国会の事前承認」が必要か否かをめぐって、また「周辺事態」とはどこをさすのか(つまり台湾や中国まで含めるのか否か)をめぐって、政党間の対立が生じていることを、連日報道し、その成り行きが大きな焦点であるかのように扱っております。
 そこでは、原案どおりにせよ修正案にせよ、そもそもこのガイドライン法案を可決することが是なのか非なのか、という論点が完全に欠落してしまっています。
 また、「国会の事前承認」といっても、こんにちの政治家たちの反戦平和意識と護憲意識など、その思想と哲学をみたとき、「国会の事前承認」を義務づけたとしても、ほとんど戦争抑止の効果は期待できないと言わざるを得ません。尤も、公平な見方をすれば、彼らとて、例えば、ある日突然アメリカが強引に軍事行動が開始した場合には、慎重な対応を求めるくらいの良識ある判断力を示すかもしれません。が、北朝鮮の韓国への侵攻が度重なるとか、テロ行為が頻発するとか、北朝鮮の側に平和を脅かす問題行動が顕著にみられた場合には――たとえそれ以前にアメリカや韓国そして日本の側に、北朝鮮に対する過剰な封じ込め政策や敵対行動があったとしても――彼らは、おそらく容易に米軍の行動を支持し、またそれに全面的に日本が協力することもやむを得ないと判断することになるでしょう。一見、正義に立つかにみえるこの「軍事制裁」に、国際紛争を軍事力によって解決する道を選択しないと誓った平和憲法を持つ日本が参加する、まして、過去において、「日韓併合」という名の植民地支配を行った民族に対して、再び、武力行使をする同盟国に対して、後方支援とはいえ全面的に支援するという事は、決して許されるべき事ではないとの知的で理性的な認識と判断を、彼らが示すことは期待できないでしょう。実際、彼らの存在は、「平和の砦」たりえないと言わざるを得ません。しかし、マスコミには、「国会の事前承認」問題が、政党間でどう決着がつくかに対する関心はあるものの、そうした政治家たちへの厳しい認識と問いかけは皆無です。

 「周辺事態」の問題でも、マスコミの対応は妥当なものではありません。「周辺事態」がどこを指すのかがさも焦点であるかのように報道していますが、そして実際に国会ではそれが争点になっているわけですが、この論争の陥穽に、マスコミは気づいていません。つまり、争点は、はっきり言えば、周辺事態に於ける周辺とは、台湾を含めるのか否か、中国本土を含めるのか否かという点にあるわけで、それは確かに日本にとって大きな関心事には違いなく、そこを見極めることそれ自体は必要なのですが、しかし、逆に言えば、もし政府与党の説明のように台湾や中国を含めるわけではないという事ならば、「周辺事態」の問題は解決するというものではないはずです。
 日本にとって、台湾・中国問題と同様、大きな関心事であり、かつより危険度の大きい問題こそ、韓国・北朝鮮問題なわけで、さきの「周辺事態」の論議は、それを含めることを前提にして行われている点に、大きな危険がはらんでいます。そもそも「専守防衛」を戦後長い間原則としてきた日本が、今、「周辺事態」との言葉で、日本の主権が侵犯されたわけでもない他国の紛争に関与すること、そこに問題の核心が存するのであって、そのことをマスコミは、明確に見据えて、あたかも「周辺事態」を特定すればこの問題点は解決するかのような、台湾や中国を含めなければ周辺事態の定義に問題はなくなるかのような、周辺事態の問題は解消されるかのような欺瞞的な報道に終始すべきではないはずです。
 しかし、そうした「周辺事態」問題の核心を追求する姿勢は全くなく、ただ与野党間の選挙協力を絡めた政治的駆け引きの中で、「周辺事態」問題が焦点となっている政局を追いかける報道に終始するばかりです。
 本来ならば、このガイドライン法案――そもそも、アメリカでは「ワーマニュアル(戦争の手引き)」と呼んでいるものですが、それをガイドラインなどと翻訳して核心をぼかしている点も問題ですが――に対して、マスコミが、「マスコミが戦争反対の声を率先してあげるから戦争にはならない」との、多くの知識人や国民の期待の声にこたえるなら、明確に、反対の意志を示して、大々的なキャンペーン、天皇死去の際の報道体制にも匹敵するほどの報道体制を取るべきですが、しかし、それが「報道の中立」という立場から為し得ないとするなら、せめて、先に述べたような、問題の核心に迫る論点追求をなし、国民に、その是非如何を問う役割を果たすべきでないでしょうか。
 しかし実際には、それすらせずに、現実の政局報道に終始している実態は、マスコミが、国民の願うような「平和の砦」足り得ない証左と言って過言ではないでしょう。

 平和の問題で、日本のマスコミに過大な期待を抱くわけにはいかないというわたくしの思いを裏付ける理由はまだ幾つかあります。
 その一つは、重要問題を、国会で既に事実上決着済みになってから、アリバイ証明のようにして取り上げるという事です。今までにPKO問題や小選挙区制の問題の時など何度もそういう事がありましたが、今回のガイドライン法案でも、そうです。状況に対して正しい立場を取る良識派の代表筑紫哲也氏も、残念ながらその例に漏れないのです。実際、こうしてダグラスさんへのインタビューもあまりにも時期遅きに失した感は否めません。
 さらに、これも強く指摘しておきたいのですが、マスコミは、重要な政治的問題の論争を取り上げる時、政府与党の政策や主張に対して批判的な立場の言論を報じるに、ほとんど常に、戦後左翼的な位相からなされる主張を採用するのです。保守対左翼という構図はもう古いと言いながら、結局は、相も変わらず、戦後左翼の言論を取り上げて、いずれが正当かと、論争を措定するのです。
 例えば、PKO法案の際も、自衛隊の海外派遣賛成派の主張に対して、自衛隊を違憲とする絶対平和主義の立場で、反米意識も加わった国際PKO活動も否定する主張、戦後反体制の主流であった左翼革新的言論をアンチテーゼとして取り上げるのみで、自衛隊を容認する立場で、武力行使もふくめた国際PKOの活動も容認する立場をあわせもつ「現実主義」の立場にたった場合でも、過去の歴史とそれに対する戦後日本の対応、および戦後日本の平和主義の実態と近年の日本の覇権主義・大国主義などネオナショナリズムもしくは新ナショナリズムの台頭、そして、朝鮮半島にPKO自衛隊が出動した際の報復攻撃の危険などを根拠として、日本のPKO参加、自衛隊の海外派遣に対しては、時期尚早として反対せざるを得ないという思想言論が成り立ち得ることを提示しないのです。
 PKOへの自衛隊派遣に対して、賛否いずれかに決めかねている層の国民に対して、より説得力のある(これは、わたくし自身の言論活動の体験から実証済みです)、この「現実主義」的思想言論を、保守派の賛成論に対置することを決してしないのです。
 或いは、この思想言論が成立し得ることを考察していなかっただけかもしれません(となれば、それはそれで、国民意識の実態を認識し得ないということで、平和の砦と期待されるマスコミとしては大きな汚点となりましょう)が、とにかく、保守の思想言論に対して、常に戦後左翼革新の思想言論を対峙させる古い構図に固執する結果、結局は、保守の思想言論が、世論形成の主流になっていくという現象を引き起こし続けています。
 また、上記でも触れましたが、マスコミはこの平和の問題、戦争の問題という最大級に重要な問題でも、特別編成をする気配すらみせません。事件や災害などの社会的関心事に遠く及ばない扱いに終始しています。僅かのニュース報道の中で遅蒔きながら取り上げるだけでは、圧倒的な量の娯楽や実用の記事や番組に押され埋没してしまいます。
 そして、これらの実態に関連するのかもしれませんが、マスコミ自身の右傾化や転向、その商業主義も、事の限界を示していると、わたくしには思われます。
 ただし、公平にみるならば、一つ、マスコミが自主的に反戦平和の大きな声をあげる可能性があります。それは、米軍の後方支援活動を開始する直前の時点です。政治家のところで述べたように、ある日突然アメリカが軍事行動を開始した場合には、政治家同様、反戦平和の意識が急速に盛り上がりを示すかもしれません。それに、これは政治家の場合とは異なって、不穏な情勢が続いて北朝鮮への疑惑と批判が高まっている場合でも、軍事行動には慎重な対応を取るべきだとの論調は起きるかもしれません。
 が、事そこに至れば、政治家・政党の大勢がマスコミに同調しないかぎり、アメリカの要請を拒否する政策はあり得ないでしょう。
 いずれによ、マスコミを「平和の砦」と期待し信じることは、こんにちの実態をみるかぎり、ほとんど幻想に近いものがあると、言わざるを得ません。
 わたくしは、このマスコミを論じるにあたって、便宜上、最近の状況からその実態を考察しましたが、勿論、12年前当時のマスコミにも、ここで取り上げた諸々の現象は明瞭にみることができたことを、確認の意味で申し上げておきたいと思います。わたくしは、そうしたマスコミの実態を認識・考察するに及んで、マスコミに戦争抑止の大役を任せて、安穏としてはいられないと悟ったのでした。
 さて、次の考察は、「言論の自由」についてです。これも、わたくしの危惧をまともに受け止めない多くの人々によって、「平和の砦」として頼りにされているものです。
 確かに、日常生活の中で、政治を論じても、政府批判を厳しく口にしても、権力の恐怖を味わうことは今の日本ではありません。
 従って、例えば、自衛隊や民間部隊が報復攻撃を受けたり、沖縄がミサイル攻撃を受けたりという事態にでもなればともかく、まだ米軍の後方支援を開始する直前の時点で、しかも、ある日突然に米軍が軍事行動を開始した場合など、まだ言論の自由は十分に機能することでしょう。
 しかし、政治家の場合にも述べた事ですが、北朝鮮との軋轢が日々を追って激しくなっていき、北朝鮮への反感や不信が国民の間に広がりをみせている状況では、言論の自由を行使するにもよほどの勇気と覚悟が求められることになるでしょう。反戦平和を唱えることは、軟弱であり、無責任であり、偽善であるとして、非国民・国賊という言葉さえ投げつけられるに至るでしょう。
 そして、事は、そうした社会的風潮だけの問題では済まないと思われます。今後ガイドライン法案が成立した以降は、いわゆる「有事体制の確立」に向けて本格的な主張が展開され、その中で、言論の自由も一定の制限を設けることが取り沙汰されると思われます。その場合、勿論解釈改憲という形がまず行われ、やがて、憲法改悪が俎上にのぼることでしょう。言論弾圧の法制化という恐るべき事態の到来です。
 そして、ここで一つ忘れてはならないのは、そうした言論弾圧の法制化の中で、天皇の国家元首化も進められ、それが成就されれば、事実上の参戦という事態に至る以前の時点で、現天皇ご自身がそれを望まれるか否かはわかりませんが、客観的には、天皇が、国策の最高遂行者として君臨し、反戦平和を唱える者は、政府に抗するばかりか、超越的存在としての天皇にも背く者であるとの観点から、強い糾弾を受けることになるという事です。
 勿論、そうした天皇を批判することは、現在も確固として存在する「天皇制タブー」が一段と強化された状況の下ではまずは不可能でしょう。よしんば、そのように、過酷な状況の中で、たとえ勇気と覚悟をもって、国家元首としての天皇批判・反戦平和の声をあげたとしても、国民的コンセンサスが形成されていなければ、それは少数意見として政治の場で斥けられるだけに終わるでしょう。とにかく、この国では、あの60年安保の際にも、「声なき声」と言って、国会を取り巻く多くの国民の意志は、無視されたほどですから、たとえ言論の自由が、過酷な状況の下で勇敢にも行使されたとしても、それが「戦争の抑止」に効果を発揮することは、残念ながら、ほとんど期待できないと思われます。

 戦争抑止が可能かどうか、わたくしは憲法、国民意識、マスコミ、言論の自由について考察をしてきましたが、最後に、「左翼政党と労働組合」についても、簡単にですが、考察しておきます。
 戦後長い間、日本の反体制運動の中核として大きな役割を果たしてきたのは、なんといっても、左翼政党と労働組合でしょう。
 社会党や共産党、そして総評・日教組の存在は、保守勢力の反動攻勢から平和と憲法を守る上で大きな役割を果たしてきたと言えるでしょう。
 しかし、政界では、当時、「共産党除き」が露骨に行われ、左翼政党の社会党が、「社共」路線から81年の「社公合意」以来、急速に「現実路線」へと転換し、後の「社公民」路線転換へと突き進んでいくことになる事実は、反戦平和の闘いにとって、極めて大きな支障をもたらしました。
 また、労働界においても、総評が解体へと向かう兆しをみせ、代わって、「連合」という新たな組織が急速に台頭し始めました。この解体と台頭には、労働運動そのものの在り方をみるかぎり、是非如何一考を要するものがありますが、反戦平和の闘いという観点においては、大きな障害であり、退潮であることは否めません。
 左翼政党と労働組合の2本柱の崩壊への歩みは、「護憲平和」を志向する人々にとって、計り知れない打撃となりました。

 以上、こうして、日本が戦争に関与する国家体制の確立に向けて動き出し、やがては、現実に戦争に関与する危険が大きいとの、わたくしの危惧に対して、今は、戦前とは全く異なった戦争抑止の諸要素・諸条件が整っているので、もう二度と日本は戦争には関与しない、という反論について、考察を重ねましたが、いずれも、「平和の砦」足り得ないとの結論が導き出された次第です。


 ☆現代は、戦争遂行が不可能な時代ではないのか?
 ★戦争遂行が不可能とされる諸要因の崩壊

 わたくしは、先に、戦争抑止の上で、戦後一定の効果を発揮してきた戦後理念と戦後体制の現状について考察したわけですが、今度は、戦後理念とか戦後体制というような、当初から歴史の反省の上にたって構築された能動的で主体的な条件ではなく、現代日本と日本人の実態において結果的に構築された受動的な諸要素について考察してみたいと思います。
 まず初めに考察するのは、素朴な戦争への不安感や恐怖心、そしてそれが作り出す厭戦感情・平和志向意識についてです。
 「戦争を好きな日本人はいない。あのような悲惨な戦争を体験した人は勿論、この平和な日本に生まれ育った現代の若者たちも、戦争を欲しはしない。今の日本人はみな戦争が嫌いなはずだから、戦争に賛成する人はいない」という認識は、いったい正当なものでしょうか?
 確かに、この素朴な国民意識感情は、反戦平和の闘いを進める上で、極めて大きな意味を有するものと思われます。後に、わたくし自身、反戦平和の闘いの営みについて言及致しますが、その際、この素朴な国民意識感情に大きく依拠しているのです。
 しかしながら、その国民感情意識がありさえすれば、絶対に戦争抑止になるのかと言えば、やはりそう断言することはできないと、わたくしは考えます。残念ながら、そこにも陥穽が存します。
 この国民意識感情の陥穽は、二つの位相でみる必要があると思います。
 国民自身の主観的位相と客観的な社会的位相の二つです。
 まず国民自身の主観的位相においてみることができる実態を考察してみましょう。
 この主観的位相もやはり二つの観点でみる必要があります。
 一つは、意識感情それ自身に内在する問題です。
 日本の現代の国民自身に内在する意識について、わたくしの考察を進めていきましょう。
 最初に指摘したいのは、「既得権の擁護」という問題です。
 湾岸戦争の際、日本が130億ドルもの大金を拠出した背景には、アメリカとの友好関係維持という目的の他に、日本自身の主観的な思惑もあったとみられます。「中近東の原油を確保するためには、それなりの代償を払うのもやむを得ない」という観念が、当時、多くの国民の反戦意識・厭戦意識を萎えさせました。
 確かに、日本にとって原油の確保はまさにライフラインです。しかし、当時、その消費量が、国民総人口比で言えば、極端に世界的水準を上回っている実態に目を向ければ、わたしたち日本の社会構造や生活形態の在り方について、根本から問い直すべき機会であったとも言えます。戦争に関与することをあくまでも阻止したいとの固い決意があれば、必ずやそうしたでありましょう。現代日本人の大多数は、しかし、反戦平和よりも、既得権の確保を選択しました。
 ここでわたくしが問題にしている北朝鮮との戦争においても、アジアにおける経済大国としての地位や経済利益などの既得権益を守るという、それ自体が北朝鮮との軋轢において、客観的に妥当性のある問題か否かはともかく、日本人の主観ではそのような観念を抱くことは大いに有り得ることです。どこの国、どこの民族も、既得権益については、頑なな態度を取りがちですが、とりわけ、政治的な位相において、反省することの極めて少ない日本と日本人の場合、それはさらに深刻であると言わざるを得ません。

 次に、「大国意識・覇権主義」の問題です。
 これはバブル崩壊後の極度の経済不況で、多くの日本人が自信喪失に陥っていることから、最近では顕著ではなくなってきていますが、12年前当時は、際立って広くみられたものでした。西欧諸国、とりわけイギリスに対しては斜陽の国と嘲笑さえしていたのです。今や経済的にはアメリカにも匹敵するほどの国力をつけ、ポストアメリカの一番手であると自負していたものです。その結果、大国にふさわしい国際社会での地位と求め、その代償として大国の責任を担うべきであるとの主張が声高に叫ばれました。その場合客観的には、大国の責任の取り方は、いろいろあってよいと思うのですが――日本の場合は、平和憲法に即して過去に例のないリーダーシップを果たす道が本来の歩むべき道のはずですが――、実際にけたたましく叫ばれていたのは、国際紛争にも軍事的に積極的に介入する大国、つまりアメリカのような大国を志向することでした。当時このような大国意識に多くの日本人が酔っていたのです。

 次に、今の大国意識にも関連しますが、「過剰な愛国心」の問題があります。
 戦後長い間、この「愛国心」という言葉は、日陰者の立場に置かれていました。戦前・戦中に盛んに鼓舞されたことや、戦後も、天皇制軍国主義の植民地支配と侵略戦争に対して率直な反省を欠いた勢力によって、その必要が説かれたこともあって、愛国心は、偏狭な国粋主義を意味するもの、戦争につながるものとして、主に戦後左翼革新の強い抵抗にあってきました。
 が実は、愛国心は、その一方で、国民ひとりひとりの自己確認と連帯意識の確認と、他国他民族の不正義から祖国とわが家族と同胞を守るという正当な働きをも持っているわけですが、その点を、戦後左翼革新は直視してこなかったために、こんにち、日の丸・君が代問題での敗北を余儀なくされる結果をもたらしてしまったわけです。
 その意味で、愛国心を直ちに不正義とみなす戦後理念から一度自由になる必要はあるでしょうが、しかし、同時に、それでもなお、愛国心が鼓舞されることに対しては、大いに警戒しなければならないというのも、実態を的確に認識した姿勢だと言えましょう。
 実際、「南京大虐殺」の事実を認めない国会議員が国民的人気を博したり、自国の罪悪を指摘しその反省を求めることを「民族の誇りと名誉を傷つける自虐史観だ」と非難したり、日本の侵略と植民地支配によって多大な犠牲をもたらした国とその民衆に謝罪と賠償を果たすべきだと言えば、「外交は自国の利益のためにある。自国に不利益をもたらすとは、愛国心があるのか」と非難する、といった実態が12年前当時から顕著でした。
 わたくしが思うに、歴史的な過ちを率直に認め、誠意をもって謝罪と賠償を尽くし、日本と日本人が自らの過ちを認める勇気をもち、謝罪する真心をもち、賠償する責任感をもつことを証すことこそ、世界の、日本に対する評価と信頼を取り戻す唯一の道であり、そして、それこそ真の愛国心の証だと確信するのですが、現実は、そういう認識が国民的コンセンサスを形成して事態を動かすというような事には至らず、年々、保守反動の声が大きくなりかつ広がりをみせております。
 次に「過剰な恐怖感・不安感」を考察しましょう。
 1994年のルワンダの大虐殺も、近隣諸国に避難していたツチ族の侵攻を恐れたフツ族の「殺される前に殺せ」という観念によって引き起こされたといいます。敵に対する恐怖感と不安感が極限に達した結果、逆に過激な攻撃的感情が募ってしまうということは、人間心理として屡々みられることでしょう。
 日本人もまた、極度の弱者の心情と強者の心情が複雑に同居している民族ですし、コンプレックスを抱え込むことにも弱い民族ですから、北朝鮮に対する恐怖感や不安感が増長されることは大変に危険な現象だと思われます。
 12年前当時は、まだ共産主義一般に対する恐怖感や不安感の存在が認められる程度で、特に北朝鮮に対してどうのこうのではありませんでしたが、やがては、過去の歴史への負い目も重なって、北朝鮮・朝鮮民族に対する恐怖感や不安感が著しく増大し、日本人の理性が苛まれることを、わたくしは危惧致しておりました。そしてこんにち、それは危惧したとおり、極限に向かいつつあります。

 次に、「敵意と憎悪」の問題に考察を進めましょう。
 国家と民族が戦争に突入する際に、主観的位相において大きな原因となるものに、偏見にもとづく敵意と憎悪があることは現在のユーゴをみても明らかです。過去においては、ユダヤ民族に対するヒットラー・ナチスの偏見にもとづく敵意と憎悪がありました。そして、天皇制軍国主義の大日本帝国における中国人や朝鮮人に対する偏見にもとづく敵意と憎悪もそれを証すものでした。
 そのかつて多くの日本人の精神を支配していた偏見にもとづく敵意と憎悪という悪しき意識感情は、こんにちも状況次第では、一挙に吹き出す恐れがあることを、日本人として非常に残念ですが、率直に、認めなければなりません。
 実際、現在も、何か北朝鮮が問題を引き起こすと、それに対する責任を取りようもない在日の朝鮮人学校に通う女子高生が、チョゴリ服を切られたり、髪の毛を引っ張られたりと、迫害を受けるのです。
 勿論、こういう野蛮な行為をする日本人は、決して多数派ではないでしょう。圧倒的多数の日本人は、そのような暴挙をしません。どの時代、どの社会においても、そうした狂信的な人物の存在はあるものです。その意味では、そういう例外的な人物の存在をもって、国民世論の厭戦感情が萎えることを危惧するのは論理の飛躍と考えられるかもしれません。
 しかし、迫害を受ける女子高生を助ける日本人がほとんどいないという事実を考えると、偏見にもとづく敵意と憎悪に狂う人物の存在自体は例外的であったとしても、一つの実態を作り出すことにおいては、その例外的存在が支配力を握っている現実は直視すべきでしょう。
 それに、そうした偏見にもとづく敵意と憎悪を個人的な次元で露わにするのは例外的だとしても、北朝鮮に対しては多くの国民が敵意と憎悪を抱き、その結果強硬手段に訴えることを求めるという状況は、決して例外的な話ではありません。
 尤も、12年前当時は、まだ敵意と憎悪は深刻ではありませんでしたが、わたくしは、いずれこの問題が発生することになるのではないか、と憂えておりました。

 さて、国民の意識感情の問題でさらに二つ指摘しておかなければならない事があります。それは、「時代状況への逼塞感」と「どうせ自分が反対しても、世の中変わらないという虚無感・無力感」です。
 この両者とも、状況を反戦平和の方向に動かすのではなく、戦争に向かって突き進ませてしまう点で、無視し得ない現象です。
 尤も、12年前の当時は、客観的な状況としては既に、こんにちに繋がるかなり深刻なものがあったのですが、国民一般の精神的実態としては、閉塞感、虚無感・無力感のいずれも、さほど顕著ではなかったと言えます。
 しかし、わたくしは、遠からず、国民にこの「病」が浸透していくであろうことを、憂えておりました。実際、政治不信という形で、それは間もなく広く浸透し始めました。そして、今や、平和の問題に対してではありませんが、選挙における異常に低い投票率となって表れる政治不信は、どん底ともいえる深刻さを呈しています。
 現在既にこのような状態にあることを考えると、今後実際に朝鮮戦争が勃発し、アメリカが大規模な軍事介入をして、日本の協力と参加を強く求めるに至った時点では、その逼塞感と虚無感・無力感は、ほとんどの国民の心を強く支配せずにはおかないと思われます。

 さて、素朴な戦争への不安感や恐怖心、そしてそれが作り出す厭戦感情・平和志向意識という国民の意識感情の陥穽について、国民自身の主観的位相における意識感情それ自身に内在する問題を考察してきましたが、次に、わたくしは、同じく主観的位相における「観念」それ自身に内在する問題の考察へと進めていきたいと思います。ここでも、国民の反戦平和の志向と矛盾する幾つかの事実を指摘することができます。
 まず最初に考察するのは、「侵略からの祖国防衛」という大義名分についてです。
 「絶対平和主義」が国民的コンセンサスをほぼ失い、「専守防衛」という観念が広く浸透した時点から、「侵略からの祖国防衛」という観念が市民権を得たようです。
 そして「侵略」に対する恐れは、12年前当時、ソ連に向けられていました。北方領土問題に絡めて、北海道へソ連軍が侵攻してくるのではないかという反共イデオローグによる扇動的なキャンペーンが、それなりに国民各層の意識を捉えていました。わたくし自身も、ある有能な女子大生が「戦争の不安を感じている」と語ったので、意識の高い学生だと感心したところ、その戦争とは、わたくしが危惧する日本が軍事介入する言わば加害者となるそれではなく、まさに平和国家日本がソ連のような軍事独裁国家から一方的に侵略される、被害者となる戦争の事だったという体験をしています。
 そして、その女子大生は、「侵略からの祖国防衛」という観念のもとで、自衛隊の存在と当時の日米安保に全幅の信頼を寄せていました。さらに、戦争勃発それ自体は不安であり、避けたい事としながらも、「侵略」に対しては、武力をもって対抗し撃退するという形を容認しておりました。
 わたくしは、そうした体験もふまえて、仮想敵国からの攻撃に対する強い恐怖感を抱けば、良識ある国民の多くも、容易に「侵略からの祖国防衛」という観念に動かされ、憲法が禁じている国際紛争における武力解決の道も容認するに至るのではないかと、考えておりました。
 尤も、憲法上の問題はありますが、まだ当時容認していたのは、敵国からの日本への直接的な侵略に対する防衛としての武力行使でした。
 しかし、こんにち、それは、より深刻さを増しています。今国会で24日に成立したガイドラインも、それまでの安保と決定的に異なるのは、日本への直接的な侵略攻撃に対する言わば正当防衛としての武力行使――戦闘の場も日本領土内に限定される――から、<放置すれば直接的な武力攻撃の恐れがある場合>に際して、先制攻撃の権利を主張する米軍と共同行動を取る――相手国領土への武力攻撃を行う――ことを容認している点にあるわけですが、それと並行して、国民意識のほうも、特に相手が北朝鮮である場合には、<(日本領土への侵略の実態がない時点でも)、侵略の恐れがあるなら、米軍と共同して、他国領土への攻撃と侵攻を行うのもやむを得ない>という観念を抱くに至っております。そこにこの12年間での大きな国民意識の変化があります。
 当時、わたくしは、「敵国の直接的な侵略の事実に際しての、祖国を防衛するための武力行使」の容認という事実が、結局はそこに留まらず、「正当防衛」の観念を拡大し、言わば「攻撃は最大の防御」という観念の下に、米軍の先制攻撃に追随する道を容認するに至るのではないかと、危惧いたしておりました。日本人の「現実主義」は、そこまでいきつくであろうと、予測しておりました。
 
 さて、戦争は絶対反対だという立場から時と場合によっては戦争もやむを得ないと、戦争容認へと傾斜していく観念に、「アメリカとの友好関係を絶対に維持すべきだ。そのためには、アメリカにできるだけ協力しなければならない」というものがあります。
 この観念も、ほとんどの日本人を捉えているもので、その際、アメリカへの協力とは、アメリカの要求を受け入れることと同義になっているのが特徴でしょう。言わば「力による抑止策」に全面的に依存してアメリカの軍事行動を積極的に支援する道を歩むというわけです。
 そこでは、日本国憲法が志向しているアジアの平和、世界平和のために、武力に頼らない非戦の位相での営みを通して、アメリカに協力する道を追求することなど、全く考慮の外です。また、現実主義の立場にたつとするならば、ベトナム戦争をはじめ、アメリカは度々先制攻撃をしかけて軍事紛争を引き起こす、かなり好戦的な国である、という事実を直視する必要があるはずですが、それも全く欠落しています。そうした日本独自の理念の志向や、アメリカの戦略に無批判的に追随する危険性の検証などに意識を向けることなく、むしろそうした在り方を日本の我が儘であり無責任であると自ら受けとめ、アメリカの要求を受け入れて、日本と日本人もなにがしかの犠牲を払うべきであるという観念が、年々顕著になってきています。
 尤も、12年前当時は、まだアメリカとの同盟関係の維持のために、こんにち出てきているガイドラインのような事実上の参戦行動まで日本が取るべきだとする観念は一般的ではありませんでしたが、これも状況の推移次第では、そこまで踏み込む議論が起き、親米的な国民の多くが、友好関係の維持を求める立場からアメリカの要求を最大限に受け入れることを容認するに至るであろうと、わたくしには容易に察せられた事でした。

 次に、「国際社会の常識」という観念を指摘しておきます。国際紛争に際して、武力を以て平和維持を計るとする「現実主義」の影響を、80年代に入ってマスコミに登場する言論人たちや過激な政治家たちのキャンペーンによって、少なからぬ国民が強く受けました。これは二つの側面を持っており、一つは、武力をもつことその事自体が、戦争抑止になるという平和維持の方法としての軍事力の容認であり、もう一つは、紛争勃発の際には、やはり武力行使によって戦いに勝利し、己の正義を守るという勝利と和平実現の方法としての軍事力の容認です。
 殊に抑止力のほうは、左翼政党の社会党もそれゆえに日米安保を容認するに至るに及んでほとんど国民的コンセンサスを形成した感があります。
 そもそも、「国際社会の常識」を国是とするなら、平和憲法など不要だったわけで、敢えてその理想を掲げた以上、日本人は、その世界にも稀な「国際社会の非常識」を、世界に先駆けて実践し、その意義と価値を世界に証す使命感をこそ抱くべきでした。
 戦後の一時期、その理想は左翼革新の立場にたつ国民を中心に広い層に受け入れられたことがあったものの、やがて、朝鮮戦争勃発以後、所謂「逆コース」と言われる時代状況の中で、急激に衰退していくことになります。その「絶対平和主義」も「護憲平和」も、反動化に対する批判・抵抗の旗とはなっても、その具現化を志向するほどの積極的で能動的な働きをなすほどには至りませんでした。
 そして、戦後日本の平和の源を憲法に求めるよりも、日米安保に求める意識が優位に立つに及んで、武力容認・軍事力依存という「国際社会の常識」論は、一部の過激な政治家や言論人の主張から、国民的コンセンサスを形成するに至っております。

 さて、観念の位相で、どうしても指摘しておかなければならない問題は、「同盟国を救済する正義」という観念です。
 この観念はまだ12年前当時は、殆ど国民一般にはみられませんでした。日本自身がアメリカの支援を受けることを想定するのみで、日本が他国を支援することなどまだリアリティをもっていませんでした。
 しかし、わたくしは、日本の国力が高まり、それにつれて大国意識が育ち、ポストアメリカが叫ばれるなかで進められる日本の軍事大国化への道の大義名分の一つに、この同盟国への支援が掲げられるであろうと予測しておりました。
 そして、実際に、例の湾岸戦争において、130億ドルもの資金を拠出する際、戦争に関与することに反対する立場を、「一国平和主義」なる言葉で強く攻撃し、西側同盟国クゥエートを、独裁者フセインから守る使命と役割を日本も担うべきであるとする観念が台頭しました。勿論、あの時点で、日本の支配層をはじめ国民の保守層の本音としてあったのは、中東の原油を守るという「既得権益」の確保でしたが、「一国平和主義」と「同盟国支援」のスローガンは、広範な国民の意識を支配しました。この観念が、反戦平和を志向する観念にとって甚だ強力な論敵となり得ることを証しました。
 勿論、不正義による攻撃のため受難を強いられている国家民族に対して、それを救済し支援することそれ自体は、日本もまた積極的に致すべきだとわたくしは考えております。ただ、過去の歴史の事実と、その事実に対する正当な反省と償いをまだ十分に行なっていない日本が、軍事的な位相で関与することには、やはり問題を感じざるを得ません。その救済と支援についての使命と役割の在り方を、日本人は冷静に問わなければならないはずです。
 不正義に抗するのは当然であり、友人が困っていても無視するのは卑怯であり、大国日本もまたアメリカと役割を一部分担して、その任を果たすのは当然の正当な行為であると、胸を張って主張するわけにはいかないと、わたくしは考えております。その意味で、この「同盟国を救済する正義」の観念の台頭を、反戦平和の観念を突き崩す事態として憂える次第です。

 さて、素朴な戦争への不安感や恐怖心、そしてそれが作り出す厭戦感情・平和志向意識という国民の意識感情の陥穽について、国民自身の主観的位相における意識感情それ自身に内在する問題と、同じく主観的位相における観念それ自身に内在する問題の考察を行なってきましたが、今度は、客観的位相の問題を考察したいと思います。
 ここでまず最初に指摘しなければならないのは、「マスコミの扇動」という問題です。
 戦争にはならない、日本が罪を負うべきような戦争を再びやることはないだろう、という認識を抱く多くの人々のその根拠に、マスコミの存在があることは、既に指摘しました。そして、残念ながら日本の現在のマスコミには、平和の砦としての実体はほとんど消滅していることを指摘しました。
 問題は、実はそれに留まるものではありません。平和の砦となるどころか、逆に、戦争を煽ることさえやりかねない実態が少なからずあると言わねばなりません。
 特に、読売新聞とサンケイ新聞およびその系列のテレビ・雑誌等が問題です。
 彼らにしてみれば、日本の平和と安全を守るため、独立と主権を守るため、祖国と民族を守るため、命と財産を守るために必要な現実的対応を主張しているに過ぎないということなのでしょうが、問題は、そこに、日本の軍事関与への積極的な姿勢が、抑止効果を発揮するどころか、むしろ敵対感情を増幅させ緊張関係を深めることになりかねない、といった危惧の念が、全く認められないという点です。
 また、日本自身が加害者として存在する危険に対する自省と警戒心が皆無だという点です。
 たとえ彼らのような「現実主義」の立場に身を置こうとも、避け得る戦争に安易に突き進むことや、日本が再び加害国となることに対しては、最大限の配慮と真摯な自己批判が不可欠なはずです。どんな大義名分があるにせよ、結局は戦争へ一歩も二歩も踏み込む道を選択し、国民に向かってそう主張する以上、彼らには、そのような過ちをおかさないための具体的で確実な方法を示す責任があると言えましょう。或いは、現在の日本にはそのような危惧は不要というのでしたら、その根拠を具体的に明示する義務があると言えましょう。
 戦争になるのではないか、戦争は嫌だと不安を募らせる国民の声を、「一国平和主義だ、無責任だ、非現実的だ」と、嘲笑し、勝ち誇っている場合ではないでしょう。
 しかし、彼らは、そうした理性や知性の健全な働きを示さないばかりか、己の主観的な固定観念に固執し、居丈高に叫ぶ始末です。しかも、時に政治より一歩も二歩も先回りして突っ走っています。
 こうした日本を代表するマスコミの狂信的な世論扇動の影響力は、しかし決して小さなものではありません。80年代以降特に顕著になってきたこのマスコミの動向は、今後さらに強まるものと思われ、厳重な警戒が必要でしょう。
 とりわけ、嘗て反ソキャンペーンを大々的に繰り広げたマスコミが、近年力を注いでいるのが、反北朝鮮キャンペーンであることは異論のないところでしょう。北朝鮮自体の動向の評価はともかく、やたらに敵対感情を増幅させるような感情的で一面的な報道は、やはり問題だと言わざるを得ません。

 客観的な位相の社会的要因でもう一つ指摘しておきたいのは、「反戦平和勢力の衰退」という政治状況です。ご存じのとおり、戦後日本の平和勢力の中核を担ってきた社会党は、既に80年当時、公明党との間でいわゆる「社公合意」なる協定を結び、その一方で久しく連帯を組んできた共産党との関係を殆ど完全に断つという決定的な過ちをおかしていました。
 共産党との連帯の解消は、社会党の立場としてはそれ相応の理由があるのでしょうが、しかし、日本の平和と民主主義という観点に立つならば、それはやはり愚行と言わなければなりません。ましてや公明党と連帯するなど、決して、観念的な左翼政党からの脱皮だ、現実主義の立場にたつ責任政党だと評価できるものではありません。この時点で、平和と民主主義という位相における社会党の存在価値は、決定的に減じてしまったと、わたくしは認識しております。
そしてこの社会党における反戦平和の志向性の衰退は、同時に、国民意識の中に、反戦平和の問題がもはや第一次的な問題ではないかのような誤った認識を抱かせるという大きな支障をきたしました。反戦平和志向の意識よりも、経済大国日本の豊かさを享受する現状容認の意識のほうが高まりました。

 次の考察対象は、同じく客観的な位相における「国際情勢」の問題です。
 まずはアメリカの動向が問題です。そもそもガイドラインは、アメリカが起こす戦争に日本がどう協力するかというマニュアルですから、アメリカが戦争しなければ、日本の危機もまた回避できることになります。その意味でアメリカの動向が大きな焦点になるわけですが、残念ながら、先にも指摘しましたが、アメリカの好戦的な実態は、日本の平和にとって極めて由々しき事だと言わざるを得ません。第2次大戦の際のナチス・ドイツや天皇制軍国主義・日本に対して自由と民主主義を掲げて立ち上がった「正義のアメリカ」という構図が今もまだ垣間見られることもないではないですが、逆に、ベトナム戦争をはじめとして、結局は、アメリカ自身の覇権主義に基づく世界戦略の野望と言わざるを得ない不正義の――常に、アメリカの先制攻撃とアメリカ本土が戦場になることはない――軍事行動も屡々目につきます。
 北朝鮮との対立においても、そうしたアメリカの覇権主義が、露骨に示される恐れがあるのではないでしょうか?
 しかし、その場合でも、日本は、アメリカの覇権主義を批判することなど一切せず、いち早くアメリカ支援の立場を明確にするに違いありません。そして残念なことに、国民も多くは、その政府を容認することになると、思われます。

 もう一つ、戦争容認へと、日本人の背中を押す事柄に、「北朝鮮の動向」という問題があります。
 日本が戦争に軍事的に関与する国になるといっても、日本人自身の主観的な要素だけが問題になるのではなく、当然、相手国の動向もまた日本人の態度如何に大きな影響を与えます。その意味で北朝鮮の動向も、極めて重要な問題ですが、残念ながら、この点でも、戦争抑止の根拠を見出すことはできません。
 確かに、北朝鮮は、韓国大統領官邸(青瓦台)襲撃事件(1968年1月21日)やビルマ・ラングーン事件(1983年10月9日)などテロ活動を繰り返していましたし、軍事独裁国家と言っても過言ではない異常な国家形態にありましたし、たとえば小学生にまで金日成元主席を崇拝させる個人崇拝教育を徹底するなど、極めて憂慮すべき状況にある国です。率直に言って、わたくしは、北朝鮮が韓国に侵攻する危険はかなり存するとみていましたし、さらに米軍基地を提供している日本が攻撃の対象になる可能性も皆無ではないと、懸念しておりました。
 しかし、それならば、北朝鮮への武力制裁も正当ではないかという考え方も出てくるでしょうが、日米韓いずれの国も北朝鮮に対して先制攻撃をしていない時点で北朝鮮が日本領土内を一方的に攻撃した場合に、独立と主権を守る立場から領土外へ撃退するという真正な自己防衛の戦いとは、根本的に性質が異なる北朝鮮領土への武力攻撃は――過去の歴史を超克していない日本が、アメリカに協力することは――、やはり容認すべきではないと、わたくしは考えております。
 尤も、多くの日本人は、そうした北朝鮮の攻撃があった場合には、それが米軍の先制攻撃に対する報復行為として行われたものであろうとなかろうと、一気に民族感情を爆発させて、北朝鮮制裁を叫ぶことになると、わたくしは危惧しております。

 このアメリカの動向、北朝鮮の動向という実態についての、およびその際の国民過半の反応についてのわたくしの予測と認識は、既に12年前に形成されていたものでした。
 わたくしは、当時、マスコミなどで騒がれていたアメリカとソ連の対立、またアメリカと中国の対立よりも、むしろアメリカと北朝鮮の対立の問題のほうが、戦争に結びつきやすいという認識と恐れを抱いておりました。そして日本の参戦という形も、北朝鮮問題のほうが遙かにリアリティがあると懸念しておりました。
 さて、現代は戦争遂行が不可能な時代ではないか――戦争を好きな日本人はいない。戦争を容認する日本人は過半以下だ――という設問について、特に一般国民の意思や観念を主観的位相において、また客観的位相において考察してきましたが、今度は、その国民の中で、とりわけ重要な意味をもつ「若者」に焦点を合わせて考察してみることにしたいと思います。
 この「若者の問題」は、当の若者自身が、戦争の危険があると話されると必ずすぐさま口にする問題です。彼らは言います。「僕たちの世代は、他に楽しみがあるし、損得で行動するし、自分は自分、人は人という考え方をしているので、国のために、戦争に協力するということにはならない。だから戦争は起きない。戦争は不可能だ」と。そして、反戦平和の闘いの必要性を認めない、若者に接する機会の多い教職関係者たちをはじめ多くの有識者やインテリたちも異口同音にそう言います。
 しかし、これらの認識は、人間のエゴがもつ心理の陥穽への洞察と国家が戦争に突入する時の国家体制・社会体制についての考慮、この国の保守反動の本質についての理解が、著しく欠如した主観的で観念的な認識であると、言わざるを得ません。
 わたくしは、現代の若者がそうした自己中心的で――ここでは詳細な証明はできませんが、彼らの自分は自分、他人他人という観念は、己と他者相互の、個人の尊厳を認め合う「真の自我の確立」を示すものではなく、結局は主観的な「我」を示すものだと思います――、打算的だからこそ、状況次第では、結局戦争容認へと傾斜していくと、考えます。
 確かに、まだ国策に反対することが、自らの利益に支障をきたすことが分かっていない段階では、「お国のため」というような大義名分では、彼らは動かないかもしれません。
 しかし、国策反対が、自らの命と暮らしを脅かすことを体験すれば、保身のために、結局は国策に協力するに至るでしょう。
 実際、義勇兵にせよ、徴兵にせよ、国家権力が若者に命を求めてくる状況とは、極めて重大な戦局に直面していることでしょう。
 自衛隊員や民間協力者の中に多数の死者が出、沖縄や本土の基地ばかりか、場合によっては市街地までミサイル攻撃を受けて多数の一般国民に死傷者が出、建造物にも多大な被害が出るなど、深刻な被害が発生していることでしょう。
 そして、そのとき、国家と民族の独立と主権の擁護が叫ばれ、国土を守れ、祖国を守れのスローガンの下、国民総動員体制の確立が画策され、職場で、学校で、地域で、またマスコミなどを通して全社会的に、様々な形で国家協力を強制され、それに背けば、或いは職を失い、或いは学業も事実上続けられず、社会的にも孤立し、場合によっては、警察に逮捕されるか、右翼・右翼的な国民などから命を狙われるといった様々な戦時下における弱い個人の立場を証す事態が出現することになるでしょう。
 以前、テレビで、東大生が街頭インタビューにこたえて、「徴兵カードが来たら、破り捨てる」と語っているのを見たことがありますが、これなど先に述べた戦時下と国家権力の実態について、全くの無知を示す以外のなにものでもありません。現代の若者の意識・観念の中には、国家が戦争をするという戦時下の実態について、アメリカの場合が想定されているかのようです。ベトナム戦争といい、湾岸戦争といい、ユーゴ・コソボ紛争といい、アメリカは、戦地へ軍隊を送り込み激しい戦争を続けながらも、国内においては、マクガイヤーとソーサのホームラン競争に熱狂し、スピルバークの映画に人の行列が出来、いつもと変わらぬ日常生活を送りといった、およそ戦争とは無縁であるかのような実態がありますが、そして、時には、反戦デモが起こり、脱走兵まで現れるという具合で、少なくとも国内的には自由と民主主義が非戦時下同様に機能しているかのようでありますが、現代のわが国の若者も、そのイメージを抱いているようです。
 しかし、なんでもアメリカの真似をする日本ですが、これは、主に二つの点で、成立しないと断言できます。
 一つは、アメリカ人と日本人のメンタリティの違いです。日本では、現に戦地で国家と「天皇」のために命を落としている兵士がいる時、国内でそれと無関係に自由を享受し、スポーツ・娯楽に熱中することなど、決して許されないでしょう。国家権力と、国策に協力する従順で過激な国民がそれを認めたりしないでしょう。
 またもう一つは、アメリカと日本には、戦争被害の上で決定的な相違があるという点です。アメリカは過去の戦争において唯の一度も、本土に攻撃を受けたことがありません。ニューヨークやロサンゼルスなど大都市が戦火に包まれるといった事態を体験していません。しかし、日本の場合、次の戦争で、東京が攻撃される可能性は極めて高いものと思われます。皇居が標的にされる可能性もあるでしょう。
 そのような状況では、アメリカのように、戦争と「平和」が併存する事は不可能です。日本の場合、やはり国家存続の非常事態として戦争一色になり、国民総動員体制が画策されるに違いありません。勿論、それは単にシステムの上での事ではなく、法律や、反戦平和の志を抱く者に対するテロなど、陰に陽に、激しい弾圧を含むものになるはずです。
 そこでは、最早、状況に対して、個人がイエス・ノーを言える自由は失われているでしょう。個人が国家・社会に対して、己の意志を明らかにし、選択するのではなく、国家・社会が個人に対して、有無も言わさず、その意志を押しつけてくることでしょう。
 現代の若者には、アメリカとは根本的に異なる、日本の戦時下での、そうした国家と個人の関係についての厳しい現実に対する的確な認識が欠如していると言わざるを得ません。戦時下においても、己に決定権があるかのように、彼らは錯覚しています。個人の命についての決定権は、己に属さず、国家・社会が掌握することを、彼らは理解しておりません。
 そのような国家権力に従わないことが、我が身に如何なる災いをもたらすか、彼らはまだ気づいておりません。彼らのこんにち現在における戦争非協力の表明は、そうした陥穽をもったものであり、ひとたび、実態に晒され、命と暮らしに重大な支障をきたす体験を余儀なくされた時点、国策に反対することは命がけの行為となることを自覚させられた時点では、一気に、保身のために、状況に屈服することは明らかではないかと、わたくしは考えます。
 もともと、打算的で自己中心性というエゴイズムの働きは、決して、平和やヒューマニズムに向けての働きをするものではなく、不正義や悪に対しても理知的な批判を為し得ないものですから、これは、極めて当然の結果だと言えましょう。
 尤も、徴兵に関して言えば、現在まだ制度はないわけで、勝負は、改憲の際に、過半の反対があれば阻止できるので、それは可能ではないか、という反論が有り得ます。
 しかし、先に述べた非常事態の勃発で国内が騒然とし、戦争遂行を激しく叫び、非戦・反戦を唱える者たちを「非国民」と罵倒し、時にテロにまで走るような狂気に満ちた異常な状況の中で、人間の尊厳に基づくヒューマニズムからの反戦ではなく、エゴイズムの働きに過ぎない若者の精神――勿論、若者の精神がすべてエゴイズムの働きだと言っているわけではありません。事、戦争に協力しないとする際の精神の働きに限定して言っているわけです――に、改憲阻止・反戦平和の砦を期待するわけにはいかないと、わたくしは考えます。
 それに、実は、徴兵制度に関して言えば、現在では改憲が必要との認識を保守も抱いているようですが、憲法に「戦争を放棄する。戦力を保持しない」と明言しているにもかかわらず、既に、自衛隊という紛れもない戦力を保持していて、保守の立場ではそれが憲法に抵触しないとする以上、徴兵制度が違憲だというのは、論理的に整合性がないわけで、そこの論理に保守が気づけば――国民の猛反対を予測し、今まで控えていただけで本音は既にそこにあるのかもしれませんが――、改憲という手続きを経ることなく、国会の政党間の勢力構図の中で、実現を計る可能性も否定できません。ここでも、憲法が戦争阻止の砦になるという幻想――現実の位相でみた場合――を抱いて楽観視することは禁物です。

 いずれにしても、若者の言う「損得勘定で動くし、他人は他人、自分は自分という意識があるから、国策に協力しないので、戦争は成立しない」との観念は、実態として、まさにそうしたエゴイズムの働きゆえに、保身のため、戦時下の国策に屈服することに至ると言わざるを得ません。

 ところで、ここでは、若者が戦争容認に至る根拠を、若者の、戦争や状況に対する己の戦争協力否認の挫折という観点から見てきましたが、実は、わたくしは、彼らも、多くの大人達と同様、状況に対して、ポジティブに戦争協力容認・戦争容認に傾く可能性すらあると、考えております。
 それは、二つの点で指摘できます。
 一つは、「愛国心」の昂揚です。彼らは今は、「自分は自分、国家なんて自分とは関係ない」という意識を抱いていますが、例えば、ミサイル攻撃で東京に戦火が上がった場合どういう感情でいられるのか。また現在既に存する北朝鮮への敵対感情、朝鮮人への差別意識が刺激されるような事態が、今後相次いで発生することも懸念されます。
 尤も、朝鮮人への差別意識は問題だが、自国の主権と独立が侵害された実態に対して、愛国心が昂揚したとしても当然ではないかとの異論も有り得ます。しかし、もしそれが、ベトナム戦争のように、後にアメリカ自身も誤りだと認めざるを得ないような、アメリカの強引な先制攻撃が発端となった後の、報復攻撃として起きた場合でも、誇るべき祖国愛と断言できるのか。また、愛国心の昂揚が、そのまま戦争と直結することにも反戦平和の立場から異を唱えないわけにはいきません。
 しかしながら、現実には、アメリカがどうであれ、またそれに追従する日本の対応がどうであれ、日本への攻撃という事態に直面すれば、過半の若者も、俄愛国者になることは間違いないだろうと思われます。
 その際、若者の戦争容認は、二つの側面をもつでしょう。すなわち、日本が戦闘状態に入ることは容認するも、自分自身は、戦争に協力しない、というものと、自分自身も積極的に国策に協力する意志をもつものです。実際には、案外、前者が当面は多いかもしれませんが、先のテーマで分析したとおり、戦争否認していて自らも非協力の立場にたつ場合でも、結局は容認に傾く可能性が大ですから、国家の戦争行為を容認する以上、己のエゴが最後に行きつくところは明白で、ここでも戦争遂行を頓挫させることはできないでしょう。そもそも、わたくしがここで問題にしているのは、若者の参戦という事態そのものではなく、あくまでも日本が戦争するという事態であり、その結果、日本と日本人、そして他国と他国民双方に多大な戦争被害が発生するという事態ですから、若者が戦争容認に傾くという事実は、それ自身で、若者が平和の砦にはなり得ないというわたくしのテーゼを、証明するものです。 

 若者がポジティブに戦争容認に傾く事例をもう一つあげておきます。それは、友達や知人などが戦争の被害者になった場合です。それこそ、彼らは、「他人は他人、自分は自分」と言いますが、一方で、「アメリカ人が血を流している時、日本人がお金だけで済ましているのは卑怯で無責任だ」というメンタリティを有しています。北朝鮮の行動に理不尽さを感じ、敵対感情が増長している時、そして、マスコミをはじめ社会の至るところで、「同胞の死を無にするな、同じ若者が命を捧げている時、貴様は何をやっているか」と叫ばれている折りに、その犠牲者になった友に対して、ある特別な意識や感情が芽生えても不思議はありません。
 勿論、この場合も、先の愛国心のところで述べたような問題を孕みますが、ここでもやはり、客観的な真実がいずれにあるにせよ、若者の心が、戦争容認に傾くことはまず間違いないと思われます。
 とはいえ、すべての若者がそうした戦争容認に傾くわけではないかもしれませんが、たとえ、戦争否認の意識を抱いている若者であっても、その同じ心の中に、愛国心と友への思いという精神の働きが生まれ、反戦の闘いを躊躇させる恐れは大いにあると思われます。その意味で、先に述べた徴兵制の改憲という事態があった場合には、少なからず影響を及ぼすのではないかと、わたくしは考えます。

 さて、若者と状況という観点で問題を分析してきましたが、実は、その状況とは、戦局の最終段階をさしておりました。日本が国家の総力をあげて戦争に関与していく最終局面という状況の中での若者の心と行動を考察したわけです。
 しかし、当然ながら、現実の戦局は、それ以前に幾つかの段階をもつことになるでしょう。例えば、今回のガイドライン法案によって引き起こされる後方支援という形での「参戦」もあります。勿論、これも反戦平和の立場から絶対に阻止しなければなりません。残念ながら法案そのものは既に成立してしまったわけですが、その「発動」を阻止する闘いは、まだこれからです。若者が、この戦争の初期段階に対して明確な戦争非協力・戦争否認の意志を抱いていれば、状況に少なからぬ影響をもたらすことになるかもしれません。その意味で、今後の彼らの動向如何もさることながら、今現在の、状況に対する若者の態度も大いに問題になります。
 がしかし、極めて残念ながら、その点でも、若者に平和の砦を期待することはできないと断じないわけにはいきません。世論調査などで客観的に明らかになっているわけではありませんが、わたくしは、彼らの過半が、主に、日本自身の防衛という観点から、米軍の北朝鮮への武力攻撃を既に容認していると、認識しております。
 実際、わたくしのように、日本自身が再び加害者になる危険性という観点で状況を捉える若者は、ほとんど皆無に近いのではないでしょうか。インターネット上で発表しているわたくしの論文に対して批判・攻撃をしてくる若者や、我が家のペンションに宿泊してくださった際に対話した若者などをみてきたわたくしの率直な実感です。早い話が、本来なら、反戦平和の意識が明確に存してあれば、今度のガイドラインに対しても、強い拒否の意志が示されているはずです。彼らにあっては、事が、自衛隊員だけで済む話なら、かなりの戦局に至るまで、防衛の観点から容認すると言って、決して過言ではないと思われます。それに、実はこれこそ最大の理由でしょうが、若者の政治的無関心・無思考・無意志という実態も、状況容認をもたらすに違いないと考えます。

 最後に、一つ重要な確認をしておかなければなりません。
 今考察したように、若者が、義勇兵にせよ、徴兵にせよ、己の命を国家に求められる全面戦争という最終局面ばかりでなく、まだ自由に己の意志を行使し得るガイドラインの発動といった戦局の初期段階でも、戦争容認に傾く恐れが大きいとするならば、彼らの存在をもって平和の砦と為し得ないとする証明は、なによりも、その戦争勃発の際の参戦容認という事実にこそ向けられるべきではないか、という疑問に、わたしはここで答えなければなりません。
 しかしながら、わたくしが敢えてその局面での考察に焦点を絞らなかったのは、勿論、その重要性を認めていないからではありません。また、彼らの参戦容認という意志と判断を肯定しているわけでもありません。
 彼らの過ちが最終的には、彼ら自身と日本に、どういう破綻をもたらすに至るのかを、彼ら自身に明確に示した上で、そこに至らしめないためにも、日本が戦争に関与する最初の局面を阻止することは勿論、日本が戦争に関与する国家体制の確立そのものをも、阻止する闘いが緊急に必要であることを、彼らに訴えたいが為です。
 ガイドライン容認とそれに続く北朝鮮への武力攻撃の容認が危険で非合理な選択であることを、彼らの本音の位相で戦争非協力・戦争否認の意志が期待し得る局面で話を展開することによって、彼ら自身に理解を促す必要があると、わたくしは考えております。
 言わば、後に述べさせて戴く、異論・反論との対話によって、ガイドラインの発動による「参戦」――戦争初期の局面そのもの――を阻止する反戦平和の国民的コンセンサスの形成を、志向している次第です。
 
 ところで、今ここでは、現在の事実を含めて、若者が平和の砦にはなり得ないというテーゼを論証しておりますが、勿論、12年前当時、既に、こうした思考と認識の下に、若者と状況について、わたくしは言論を展開しておりました。最終局面での挫折と転向は言うまでもなく、初期段階での状況容認という事態も、十分に予測できたことでした。

 さて、こうして、国民一般と若者の反戦志向の実態について考察してきましたが、次に、「経済発展した国家を戦争で破壊させるような愚かな事は、しないだろう」という認識の妥当性についてふれておきます。
 この主体は、主に政治家を念頭においているものでしょうが、これを官僚や経済人、そしてジャーナリストたちまで範囲を広げてみても同じ事が言えます。
 わたしたち善良で平和を心から願う市民にとっては、先の命題は常識的な話なのですが、国家を動かす立場にいる人たちにとっては、必ずしも常識ではないようです。ここでも問題は日本人のメンタリティに関わるのですが、経済発展している時、日本人、とりわけ支配層といってもいい立場にある人たちの頭と心の中には、大国主義意識、さらに覇権主義意識が宿るようです。それが、民族的な偏見や差別意識と絡んで、アジアの国と民衆に対して高圧的で無礼な態度を取ります。そして、特にここでもやはり北朝鮮に対する敵対行動が問題となります。北朝鮮の無謀で非理性的な諸行動も大いに懸念されるところですが、日本の過剰な大国意識・覇権主義も、北朝鮮が現状のような国家であるだけになおさら緊張を高めることになり、やはり問題であると言わざるを得ません。
 また、そもそも日本の経済発展それ自体にも、戦争の危機を作り出す因子が内包されていると言えます。
 たしかに、日本の経済発展は、わたしたち日本人が誇りとすべき数々の美徳――勤勉さ・創意工夫の巧みさ・国民的文盲率の低さ・労働技術力の高さ、などなど――によってもたらされてきました。
 が、一方で、保護貿易という甘い条件や、弱肉強食の論理にもとづく非倫理的な経済活動という悪しき実態が存した事実は否定できません。とにかく国民の大多数の意識にまで巣くった金権体質、なりふり構わぬ金儲けへの過激で異常なまでの執着が、健全な経済発展とは異なる実態に突き進んでおりました。ここではその詳細を述べることはできませんが、わたくしは、12年前当時、高度経済成長の絶頂期――ジャパンアズナンバー1という言葉が居丈高に叫ばれ、ヨーロッパとりわけイギリスなどに対して斜陽国として侮蔑のまなざしを向けていた時――に、日本の経済発展は、<砂上の楼閣>であって、こんな異常な経済発展は、遠からず破綻をきたすに違いないと、警告を発しておりました。そして、その経済の破綻が、しかし、先にも申しましたが、既得権益の擁護という意識および大国主義・覇権主義の挫折による劣等感などと絡んで、極めて危険な方向に傾斜しかねないことを、危惧し、そう指摘しておりました。

 さて、次に、上記の事にも関連しますが、「豊かな生活を捨てることはできないから、戦争に反対する」という認識があります。が、この認識の不確かさについては、最早、多言を必要としないでしょう。想定される戦争の危機に際しては、まさに、その豊かな生活の危機が迫っていると称して、豊かな生活を守るためにこそ、外敵と、時期を逸することなく戦って粉砕しておかなければならないという論理が叫ばれることでしょう。

 現代は、戦争遂行が可能な時代ではないのではないか――この命題についての考察も、いよいよ最後になりました。ここで取り上げるのは、「日本が戦争することは、周辺国も反対するだろうから、外国を特別に気にする日本は、それを無視して戦争はできない」という見解です。
 情けない事ですが、戦争抑止の根拠について、確かな要素を見出すことが出来ないわたくしも、実は、この諸外国の批判という問題には、少なからぬ期待を寄せています。確かに、アジアにおいても、嘗て大日本帝国主義の侵略をうけた中国をはじめ多くの国々は、日本の戦争荷担に批判の目を向けることでしょう。
 しかし、それは、実はジャーナリズムや民衆を主とするものであって、必ずしも、政府や政治の声ではないかもしれません。それぞれの国内問題を抱えている政府は、とにもかくにも経済大国である日本の援助を求めて、政治的妥協を計る可能性も大きいと思われます。まして、日本の戦争相手が北朝鮮の場合には、アメリカとの関係もあり、対共産主義というイデオロギー上の問題も絡んで、日本の軍事大国化・日本の軍事行動への不安と懸念をそのまま、日本批判に結びつけるとは限らないのではないかと、わたくしは考えております。特に、韓国など、現実に北朝鮮と戦争状態に入れば、むしろ日本の積極的な支援を求めさえするかもしれません。
 勿論、今後の展望を考えるとき、国家対国家、政府対政府という枠を崩して、民衆対民衆という位相において、絆を深めることは最重要課題かと存じますが、少なくとも、現状のままに物事が推移するならば、残念ながら、周辺国の批判に過大な期待を寄せるわけにはいかないと思われます。実際、そうした遠慮がちな批判に対して、その真意を汲み取って自省するほど、日本政府は、謙虚ではないでしょうし、その戦争へ向かうエゴも弱いものではないはずです。


 さて、この手紙も実に長いものなってしまいましたが、わたくしの、「戦争の時代」到来への危機感を、ご理解戴けましたでしょうか? 戦争主体の確立と平和の砦の崩壊という事実による戦争への道の不可避性――。勿論、わたくしは、なんとしても日本が戦争に関与することを回避させたいと願っております。戦局の最終段階としての全面戦争は勿論、ガイドラインの発動という「参戦」も、絶対に阻止したと願っております。
 しかし、それは、現実を楽観視することで得られるものではないと考えております。むしろ、どれほど悲観的にみえることであっても、あくまでも事実を、客観的に正確に捉えることが大切だと思っております。その上で、有効な対策を講じるのでなければ、進みつつある状況を変革することは不可能だと考えます。

 12年前当時、日本がこのまま進んで行けば取り返しのつかぬ破綻をきたすに違いないと危惧したわたくしは、しかし、わたくしなりに、反戦平和の闘いについて考察を致しました。
 以下に簡単ではありますが、それについて述べさせて戴こうと存じます。
 ここでは、「反体制の主体的構築」という課題についてふれなければなりません。そのうち思想的位相から申し上げますと、状況変革のためには、なによりも、「国民的なコンセンサス」の形成を志向すべきであると、わたくしは考えました。これは、換言すれば、<革命主義――ここで言う革命とは、所謂マルクス主義革命の事ではなく、言わば、正義と真実を社会に樹立させる、その仕方、全国民に広める、その仕方の事です>の否定です。少数の目覚めた同志の連帯を目的とするのではなく、あくまでももっと広範囲な、過半の市民的合意を求めるべきだということです。そのためには、左翼・革新の支持層を対象にした「仲間内の論理と言語」に閉塞するのではなく、積極的に「異論との対話」を試みるべきであると、わたくしは考えました。
 戦後左翼・戦後革新の限界は、この異論との対話を著しく軽視してきたことにある、というのがわたくしの認識であり、持論です。
 部分的な解決の積み重ねによるゆるやかな変革よりも、全面的で一気の解決を目指した急激な変革を求めるという革命主義は、異論との闘いにおいて、敵対思想・敵対者と決めつけ、激しい攻撃を繰り広げます。異論を唱える者は悪と不正義の体現者として全面否定され、厳しく糾弾されます。
 しかし、こうした革命主義は、結局、広範な人々の理解と共感を得ることができませんでした。せっかく日本社会党は勿論、日本共産党までもが議会主義を標榜しながらも、権力を奪取するに足る国民的支持を得ることができませんでした。
 わたくしは、反戦平和の成就に際して、この革命主義を超克し、文字通り、正真正銘の民主主義的思想に立脚した啓蒙を行うべきであると考えております。
 一つ具体的な事例をあげましょう。日の丸・君が代問題ですが、戦後左翼・革新は、日の丸・君が代を、侵略戦争と天皇制軍国主義のシンボルであるとして全否定してきました。日の丸・君が代を支持し求める人々を、過去の歴史に無反省の反動的なイデオロギー・心情の持ち主と決めつけ、敵として、厳しく糾弾してきました。
 そこでは、民族としてのアイデンティティー及びこんにちにおける民族的連帯感を求める心情や、過去の悪しき歴史によっても尚、全否定されるべきではない日本および日本人の美徳――縄文や弥生など日本古来からの歴史、西洋絵画にまで影響を与えた歌麻呂の絵画や歌舞伎や茶道をはじめとした数々の文化遺産、映画監督・小津安二郎や俳優・笠智衆に象徴される日本人の善良で素朴で実直な心、童謡の「赤とんぼ」に象徴される日本人の繊細な情緒に満ちた魂――に対して抱く誇りなど、多くの日本人の、言わば「内的真実」の存在を、著しく軽視してきました。
 勿論、それら「内的真実」の発露・表現を、日の丸・君が代に象徴させることの是非は論じられて然るべきでしょう。そもそも民族的アイデンティティーといい、民族的連帯感といい、過去の悪しき歴史に対する評価を抜きにして国民的コンセンサスを形成すること自体が、政治的意味を持ってしまいかねません。実際、そうした反動的な意図が、日の丸・君が代の推進運動には認められるのも、また明白な事実です。その意味で、日の丸・君が代に、過去の悪しき歴史を重ねて批判する立場は、反戦平和の立場から是とされるべきであると、わたくし自身は考えております。
 ただ、その結論の地点から、今度は一転して日の丸・君が代を是とする事それ自体を反動の証と決めつけ、求め唱える人々を不正義の人と敵視することは、実態の真相を捉えていない観念的で教条的な態度ではないかと考えております。
 反戦平和の観点から日の丸・君が代を否定する立場に、直ちに同調しない異論・異論者に対しても、まずはその「内的真実」の存在を認め、共有し得るところは共有し、その上で、改めて、彼らの選択が妥当ではないことを指摘するという「論理と言語の構築」――異論との対話――こそが大切であると考えます。そうした思想的には真の弁証法的な展開――政治的には真の民主主義的思想――こそが、国民的コンセンサスの形成を可能とする唯一の道ではないかと、わたくしは考えております。  

 「反体制の主体的構築」という課題について次に現実的位相を見てみますと、状況変革のためには、「体系的な運動の構築」が必要だと、わたくしは考えました。
 マスコミ・文化・学問・教育・法律・政治・産業など、実社会を構成する各分野を網羅した反戦運動です。
 それこそ、日本を戦争に導く体制側は、単に国会という政治の場だけではなく、マスコミや教育、経済界、地域社会など、社会のありとあらゆる各分野で、有事体制の確立と戦争遂行を目指して手を打ってくるはずです。迎え撃つわたくしたち反戦平和を願う反体制の側も、それに対応した運動を展開しなければなりません。一例をあげれば、マンションの自治会などにも、反戦平和の志を抱いた弁護士や学者やジャーナリストなど有識者が積極的に参加するべきでしょう。反戦平和の運動を、単に政治や市民運動の場のみに集約すべきではないと考えます。
 これを実現するに当たっては、体系的な主体が必要でしょう。それは必ずしも今まであったような意味合いでの組織である必要はなく、より柔軟で開かれたフォーラムが求められると思います。
 また、そうした実社会の各方面での活動は、主体を核としながらも、自由にそして緊密に連携すべきです。具体的には、インターネットの積極的な活用が有効でしょう。(尤も、12年前当時は、勿論、インターネットを一つのネットワークとして考えることはできませんでしたが)。ともかく、地方の小さな町の幹部にまで、中央の政府・政党の、御用学者や御用評論家たちの意見を取り入れた体制的言論・観念を浸透させている実態に対して、反戦平和の側も、各分野の成果を相互に吸収して戦うことが必要であると、わたくしは考えておりますし、12年前当時、そう提言しておりました。

 さて、「反体制の主体的構築」という課題について現実的位相を見ているわけですが、状況変革のためには、もう一つ、ぜひとも反体制側がやらなければならない課題があります。
 それは、「人材の発掘・育成、登用・支援」です。
 例えば、地方自治体の首長選挙でも、如何にそれまでの実績と支持があるとはいえ、六選、七選などと高齢の候補者が出て敗北することがありますが、かねてよりわたくしは、後継者の育成はどうなっているのだろうと、疑念を抱いておりました。また、マスコミなどに登場する知識人や言論人たちも、70年代・80年代に活躍した人たちがまだ指定席を譲りません。
 勿論、どれほど高齢者であっても、その状況において、求められる思考と言論と行動を為し得ているのであれば、全く問題ないのですが、はっきり言って、ほとんど名誉職のような人物もたくさんおります。また、それほどではないにせよ、例えば、状況に対する的確な分析をなす点では優れた業績をあげても――勿論、それだけでも、知識人としての大きな任務の一つを果たしていると評価すべきではありますが――、保守反動の側の「現代の論客」との論争において、彼らの世論一般への説得力を有した言論に対して、的確な批判を為し得ずにいる人たちが、残念ながら、ほとんどです。
 マスコミなどでの論争をみていて、歯痒い思いをしているのは、わたくしだけではないでしょう。
 例えば、新ガイドラインの問題でも、保守派の論客たちは、北朝鮮などの野蛮な好戦的国家からの攻撃の抑止と万が一の際の自衛の為に必要な良策であり、また同盟国アメリカとの互助関係の維持と不正義を行う国家への制裁として必要な良策であり、平和と正義の道であると主張しています。
 それに対して、戦後左翼・革新の知識人は、護憲平和の理念に背く憲法違反の暴挙であり戦争への道として批判するだけです。
 つまり、ガイドラインを否定するとして、それなら攻撃の抑止と自衛はどうするのか、する必要はないのか、またアメリカとの同盟関係を維持するにはどうするのか、必要はないのか、さらに不正義を行う国家に対する制裁はどうするのか、必要はないのか、といった様々な課題――防衛と国際的責任・役割に関わる課題――に対して論じた上で、彼らのガイドライン肯定という主張を否定すべきですが、そのような言論を展開することはしません。勿論、護憲平和・憲法擁護の立場から、保守反動派の論客とその主張に共感をおぼえる多くの国民が抱く防衛上の不安と国際的責任・役割の遂行について、憲法こそがその有効な方策を示しているといった弁論であってもよいわけですが、そうした言論も見当たりません。ただ、「ガイドラインは、憲法違反だから反対だ。憲法を守れ」という主張の仕方をするばかりです。
 この主張は、防衛と国際的責任・役割という現実的な課題に直面して、その課題にこたえることが憲法に違反するという事ならば、憲法違反だからその方策を捨てるという選択ではなく、憲法そのものを変えてしまえばよい、憲法を守ることで、現実に直面している深刻な課題にこたえられないというのなら、現実への対応力を失っている憲法のほうを捨てればよい、というところまで意識変化をもたらしている現状に対して、如何にも説得力を欠いた観念的なものであると言わざるを得ません。
 憲法に違反することは絶対悪で、憲法を守ることは絶対善であるという憲法を金科玉条のものとして絶対視することは、最早、国民の過半の理解と共感を得られなくなっている現状を、護憲平和に立つ反体制の知識人たちはしかと自覚しなければなりません。
 そうした厳しい現状認識の上に立って、防衛と国際的責任・役割という課題に正面から有効な答え――繰り返しますが、憲法擁護の立場から、こんにちなお有効性を失わない憲法が示す方策を論じることでもいいのです。決して憲法擁護それ自体が間違っていると指摘しているわけではないのです――を示し得る人材こそが、こんにち緊急に求められていると、わたくしは考えます。
 その意味で、反体制の側は、客観的な状況の変化に対応した思考と言論を為し得る人材の発掘・育成と登用・支援に対して、今まで極めて怠惰であり消極的であったと言わざるを得ません。
 実際、既にマスコミで活躍している知識人や言論人たちも、己の活躍の場を、新たに発掘・育成した新たな人材の登用・支援に分け与えるような心配りを為すべきではないでしょうか。
 日本が戦争に関与する道を駆け足で進みつつある時、それを完全に阻止し得るような反戦平和、民主主義擁護の「反体制世界」を創造するために、何をなすべきか。「反体制世界」の全体創造のために、どういう論理と言語を、構築する必要があるのか、どんな具体的な実体を作るべきか――。
 表現する場をマスコミに確保している者として、己は、「状況」が求めるうちの何を為し得るか、何を為し得ないか――、己の出来る事と出来ない事を明確に認識すべきでしょう。そして、「状況」が必要としていながら、己が為し得ないことを、己に代わって為すことが期待できる新たな人材を発掘・育成し、登用・支援すべきでしょう。
 重要な事なので繰り返しますが、マスコミで言論活動を行なっている人々は、一度自らに問いかけてみるべきです。
 保守反動の戦争の陰謀に抗して、今、「平和の砦」は、現実に有効な形で確固として存在するのか、と。その欠落した「平和の砦」を築くために、己の思考と行動だけで十分なのか、と。己の言論活動だけで、状況が求める「平和の砦」は構築し得るのか、と。「平和の砦」の構築のために、他者は必要ないのか、と。
 そして、「平和の砦」を構築するという総合的な見地に立って、その中での己の役割を自覚すると同時に、言論人として築いた己の地位と力とを、新たな人材の発掘・育成と登用・支援にも行使すべきだと、わたくしは考えておりますし、そう期待してやみません。
 因みに、ここでは主体を個人として論じていますが、それは、組織や団体に主体を置き換えても、同様の事が言えることを、書き添えておきます。


 さて、この長い文章も、ようやく終楽章を迎えたようです。わたくしが12年前当時抱いていた状況認識と、以来一貫して訴え続けてきた提言について、述べさせて戴きました。
 本当に、わたくしは、12年前当時以来、ずっと、深刻な危機感を抱いて参りました。
 しかし、わたくしがどんなに状況に対する危機感を深めようとも、社会的には一介の無名な個人・市民に過ぎないわたくしの力では、国民的コンセンサスの形成など夢のまた夢です。反戦平和の志が如何に強くとも、社会的存在は無に等しいわたくしには、戦争への道を阻止する闘いの中核に立つことなど到底できません。

 そこで、わたくしは、社会的な影響力を有している多くの有識者や言論人に対して、度々、メッセージとアピールを伝えさせて戴きました。切実な願いと期待を抱いて訴えました。彼らが、反戦平和を願う者にとって、状況は極めて深刻であることを十全に理解し、戦争への道を阻止するためには、既存の社会変革の思想や方法を超克しなければならないとの認識を抱いて下さり、彼らが得ている表現の場において、速やかに行動を起こして下さることを、切に願っておりました。
 しかし、こんにちに至るまで、わたくしが得たものの殆どは、理解や共感ではなく、疑念や反対や無視でした。
 一般の有識者や言論人たちが、わたくしの時代への警鐘に同意しない理由は、既に述べてきた事ですが、ここでもう一度確認しておきます。
 戦争を好きな日本人はいない・経済発展した国家を戦争で破壊させることはしない・こんな豊かな生活を捨てることはできないから、戦争には反対するだろうから、破局は回避できる・若者は自己中心的で損得で動くから国家のためという大義名分では動かないので、戦争遂行は不可能だ・マスコミがあるから大丈夫だ・憲法があるから戦争などできないし、大多数の国民は改憲に反対だ・周辺国も反対するだろうから、日本がそれを無視して戦争はできない――といった諸々の理由です。
 
 確かに、それぞれは尤もな点もあり、反戦平和を願うわたくしとしては、その根拠に依存したいところですが、しかし、現実には、ここで考察してきたように、そのいずれもが、平和の砦とするにはあまりにも脆弱過ぎる実態が存してあります。彼らの認識とは事実は異なり、戦争を行うことも辞さないとする主体は時代を支配し得るほどの権力を有し、それを阻止する平和の砦となるべき既存の様々な要素・条件は、それに比して、あまりにも力不足です。現状のままでは、残念ながら、日本が戦争に関与することは不可避と言って決して過言ではないと存じます。
 つまり、彼らの、わたくしへの非同意は、正当性をもたないと言わざるを得ません。

 ただ一つ悔やまれるのは、当時、わたくしが、己の認識と考察のすべてを相手に示す機会を得ていなかったことです。そのために、反戦平和の闘いが負わされている困難、平和の砦が崩壊しつつあることについての論述や言明が不十分にしか伝えられなかったという悔いが残ります。
 話は、日本社会と日本人の精神構造の中に、あの天皇制軍国主義につながる要素がまだ色濃く残っていて、決して過去の歴史という次元の話ではなく、こんにち現在の克服すべき課題であることや、中曽根元首相の「戦後理念の総決算」以来、政治だけでなく、文学や思想の世界まで、戦後体制を根本から突き崩す営みが顕著になってきた――例えば、芥川賞作家や新鋭の評論家たちが、鉄道などこんにちも大いに役立っているとして、日本は満州でいいこともやった、というが如き暴言を日本を代表するような文芸誌の座談会で述べるなど――ことや、政治の場で、社共路線から社公民路線への転換が志向された――わたくし自身は、思想的次元では、必ずしも社共路線その支持者ではなく、あくまでも現実政治の状況の中でそれを支持していただけなのですが。換言すれば当時の日本の現実政治の状況の中で社共路線が否定されて、それに代わる政治潮流が出てくることの<意味>を考えた時に、危機感を抱かざるを得ないということなのですが――ことや、絶対平和主義や護憲平和や天皇制や日の丸・君が代やナショナリズム等々に対する一般国民の意識変化――現状容認・保守化――が顕著になってきて、それまでのように一部の右翼タカ派だけにみられる現象ではなくなってきたたこと、等々から、この国が、再び国際紛争に軍事的に関与し得る国家体制の確立に向けて動き出したこと、そして状況次第では実際に、戦争に関与する危険が生じてきたことの論証に、ほとんどの論述と言論の機会を用いるだけで精一杯だったのでした。その点が、今となっては、悔やまれるところです。

 が、とにかく、当時は、客観的な状況が戦争し得る国家体制の確立と参戦に向かっていること、そのような観念と意識と感情が日本人の精神の中に存在していること、戦争する主体が確立されつつあること等々に対して、わたくしの接した殆どの有識者やインテリも、俄には承知できないというふうでした。
 こんにち、ガイドライン法案や通信傍受法(盗聴法)や日の丸・君が代法案などの成立によって、状況に危機感を抱く人々が流石に増えてきていますが、当時は、反体制・革新・左翼などの立場にある人々でさえ、そのような危機感を抱いている人は滅多におりません――一部に、保守反動勢力の動きに危機感を抱く人もおりましたが、その場合には、過去の「天皇制軍国主義の復活」という表現を用いて、こんにちの状況がもつリアリティを些か捉え切れていないという状態――でした。
 わたくしは、ある左翼系の有識者から、「人民の良識と力を冒涜している。もっと人民を信じなければいけない」と批判されたことがあります。彼にあっては、「日本は戦争に向かっている。このままではそれは不可避だ」というわたくしのテーゼは、そうした保守反動の主体が存在することへの批判を示すより何より、戦後護憲平和を支えてきた良識ある人民大衆への信頼と評価の欠如を示すものとして感じられたのでしょう。しかし、わたくしには、この非難の声は、少なからずショックでしたし、心外に思えることでした。
 たとえば、医師は、患者の病状について、それがどれほど深刻な状態にあろうとも、その事実を的確に捉えなければなりません。患者の人柄や実績が如何なるものであろうと、診断を変えることはできないでしょう。患者への思いやりから事実を斟酌するようなことがあれば、結局は、適切な治療を施すことができなくなります。ここでは、とにかく事実こそが最も重要です。
 わたくしの場合においても、戦争の危機が実際に存するのか否かという事実関係こそが何よりも問題となるべきです。そこでは、あくまでも冷静に、知的に、実態の分析が進められなければなりません。そしてたとえば、家族である患者の腫瘍が悪性であることを直視して示す医師のように、わたくしたちは、たとえその判断の結果が、他方において、人民(市民)の良識と力への信頼と評価を些か損なうことになるとしても、その事実をしかと受け止めるべきでしょう。その事実認定の作業に、人民(市民)への愛と信頼という倫理的なカテゴリーを持ち込むべきではないでしょうし、そのような非難を向けるべきではないと、わたくしは考えます。

 がともかく、事ほどさように、当時、社会の第一線で執筆活動や講演活動や教育活動を積極的に行なっていた多くの有識者や言論人たちには、日本が再び国際紛争に軍事的に関与し得る国家体制の確立に向けて動き出した状況に対する的確な認識と、やがては参戦へと突き進んでいくであろう近未来への洞察・予見が、決定的に欠如していたのです。
 実際、彼らによれば、こんにちのような、湾岸戦争における戦費拠出や自衛隊の海外派遣、それに、新ガイドライン法案や、君が代の君が天皇をさすと本音を晒け出す形で成立を図る日の丸・君が代法案などは、絶対に起こるはずもなければ、成立するはずもない事だったのです。
 今や、わたくしの危機感は、12年前当時に抱いていた、戦争遂行主体の確立と平和の砦の崩壊という状況に対する危機感に加えて、こうしたわが国の言論界をリードする人たちの良識と知性の限界に対する危機感をも抱かざるを得ないものになっております。
 勿論、ここでわたくしが批判する知識人とは、直接わたくしがアピールを行なった人たちに限るわけではありません。12年前以降のわが国の言論状況をみれば、戦争主体の確立と平和の砦の崩壊に対する認識の甘さ、平和の砦の再構築についての不見識は、残念ながら、広く知識人全般に言い得ることです。
 本当に、わが国の言論界は、危機的状況にあると言って過言ではないと存じます。なるほど、ガイドライン法案をはじめ一連の悪法が一気に成立しつつある状況の中で、戦争する主体の存在に対してはそれなりに直視するようになってきたとは言え、平和の砦の崩壊の実態に対する認識と、状況変革のための民主的改革策についての理解は、今も尚まだまだ不十分です。彼らの状況認識の甘さは、決して、過去の話ではありません。現在もまだ、状況の深刻な意味を十分に把握しているとはとても言い難いのです。

 尤も、こうしたわたくしの知識人批判・言論人批判に対しては、現代はもうそうした啓蒙家の役割は終わった、それほどの影響力を有してはいないという反論が返ってくることでしょう。
 しかし、彼らの存在がたとえ相対化して弱小になったとしても、状況認識の甘さと状況変革への非見識が免罪されるわけではありません。客観的役割の実態がどうであれ、彼らは、マスコミをはじめとする言論の場、表現の場において、圧倒的な特権を有しているのですから。やはり彼らには、的確な状況認識と有効な見識が求められて当然でしょう。
 それに、その一般市民・個人への影響力という点で言えば、わたくしがここで再三にわたって指摘していますように、今までの有識者たちが、己の位相の中で論理と言語を構築するのみで、異なる位相にある人たちの論理と言語に対して、正面から向き合うという異論・反論との対話を行なってこなかったという事実も、大いに関係していると、わたくしは確信しております。
 先に述べたガイドライン問題しかり、日の丸・君が代問題しかり、いずれもわたくたち反戦平和の立場に身を置く者たちとは、判断を異にする人たちの意識・感情・観念など、その本音に冷静に耳を傾け――決して彼らの言論を封じ込めるのではなく――、或いは彼らの志向性の誤りを指摘し、或いは知識の歪みを補正し、或いは思考・判断の矛盾を解明するなどして、彼らに得心を与えるような論理と言語を構築することに、あまりにも無関心だったとわたくしは考えます。
 その事が根本的に是正された上でなければ、有識者・言論人たちの役割と影響力の相対性の実態について、断定的な事は言えないのではないかと、わたくしは考えます。
 実際、その役割が終わったのは、知識人そのものではなく、あくまでも、既存の或る種の知識人たちであるかもしれないのです。

 いずれにせよ、反戦平和の流れ――必ずしも、過去の市民運動・社会思想運動における反戦平和運動を指すわけではありません――を社会的に具現する上で、既存の有識者・言論人の限界を早急に突き破らなければならない……、わたくしは、正直そう考えます。
 多くの有識者・言論人たちが過去に果たしてきたその役割と実績を思えば、彼らを批判することには大いなる逡巡がありますが、戦争法案も、盗聴法案も成立し、日の丸・君が代法案も成立必至という局面に立たされた今、そうした主観的な感慨を抱いて、批判を躊躇している場合ではないでしょう。
 わたくしは、一介の無名の個人という身でありながら、なんと不遜な事を言うかと、お叱りを受けることを覚悟の上で、敢えて、平和の砦の崩壊の実態に対する認識と状況変革のための民主的改革策についての理解が欠如し、およびこんにち有効な論理と言語の構築を為し得ていない、既存の多くの知識人たちの退陣、もしくは徹底的な自己超克を求めたいと存じます。
 尤も、平和の砦の崩壊の実態に対する認識が、総体としてみた場合には、甘いと断じざるを得ない知識人も、いずれかにおいては的確な実態認識をしていることもあるかもしれません。勿論、その際には危機感の希薄な国民大衆へを説得すべく彼らの表現の場を大いに活用して戴くことを切に願っております。それに、まだまだ彼らの役割に期待しなければならない国民大衆の層というものがあります。その意味で、先に述べた退陣という表現は、あくまで、彼らの状況認識の甘さを証す問題での彼らの役割について指摘した言葉であることを、付言しておきます。
 そうして、そのような既存の有識者・言論人などの退陣を求めざるを得ない位相において、危機の実態についての深い理解と危機克服への明確な展望と実践力をもった新たな知識人・言論人の登場に期待し、かつ早急に結集されんことを、切に願っております。
 
 そこで、これはわたくしごとでまことに恐縮なのですが、わたくし自身もまた、そうした、いわば、新たな反体制の人脈の中のひとりとして、己の認識と思考を表明したいと存じます。
 繰り返しになりますが、わたくしがここで指摘している、<戦争主体の確立>と<平和の砦の崩壊>という事実について、その実態を十全に指摘し論じたものを、わたくしは知りません。ですが、この事実認識は、深刻な状況の実態を的確に把握して、適切な対応を計るうえで、不可欠なものだと、わたくしは確信いたします。
 本当に、こんにち、単に、護憲平和を志向した己の存在証明を果たすだけではなく、現実に、戦争への道を防ぐためには、どうしても、実態を的確に捉えることが必要です。甘い認識からは、甘い対応しか生み出されません。それがどれほど厄介な実態だとしても、真に平和を願うわたくしどもは、そこから出発しなければなりません。
 その意味で、わたくしもまた、公の場で、ぜひとも、己のテーゼを発表致したいと心より願っております。

 また、戦争主体の確立と平和の砦の崩壊という状況認識と、国民的コンセンサスの形成のための異論・反論との対話の必要性に対する認識の点で、わたくしと同じようなスタンスに立つ有識者や言論人のネットワークを構築すべく、広く呼びかけたいと思います。
 そして、勿論、ガイドライン法案が成立し、今また有事法制の必要が首相の言葉として語られている状況にも関わらず、戦争への危機感も、反戦平和の志も希薄な国民や多くの有識者・言論人たちに、わたくしたちが直面している危機の実態を、明確に示したいと思います。今の日本で戦争など起きないと楽観視できるような実態ではないことを証したいと思います。平和は保たれるハズという観念は、既に根拠を失っており、平和の砦は今崩壊しつつあることを、証したいと思います。
 しかしながら、わたくしたちが、危機の実態をしかと認識し、それに対して強固とした拒否の意志を明確に示すならば、こんにち、まだ、戦争は回避できるのだと訴えたいと思います。
 わたくしたちは今、極めて深刻な事態に直面していますが、決して、絶望すべきではなく、今なら、まだ取り返しがつくのだと訴えたいと思います。
 そして、「一緒に、戦争は嫌だ、人を殺すのも、殺されるのも、嫌だと、声を発しようではないか」と、わたくしは、危機感を共有しその超克の上で原理を共有する新たな反体制の立場に身を置く知識人・言論人たちと共に、広く国民各層に精一杯呼びかけたいと思います。

ダグラス様、そこで、わたくしは、ダグラス様のお力を、ぜひお借りしたいと存じます。
 ダグラス様、たいへん不躾なお願いですが、どうか、わたくしにお力をお貸し下さいませ。わたくしの認識と考察に理解を示して下さりそうな出版社の編集者をご紹介下さいませ。戦争への道を突き進みつつある現状に深く憂いを抱き、反戦平和のために、出来る限りの事を果たしたいと考えておられる編集者を、ぜひご紹介下さいませ。
 また、わたくし同様、状況の深刻さを直視している・直視し得る若手の有識者や言論人や研究者・学生たちをご存知でしたら、ぜひとも、ご紹介下さいませ。

 勿論、わたくしは、反戦平和の闘いの大きな営みの先頭に立つなぞと大言壮語を弄するつもりはございません。どなたか社会的な影響力を有する方々をリーダーとして、その末席にでも参加させて戴き、わたくしの務めを果たせればよいと、考えております。ただ、若い頃より長年に亘り、抱いて参りました反戦平和の志を、今この重大な局面――反体制の側が有効な闘いを為し得ていない――真に深刻な状況の中で、ぜひとも貫徹させたい、微力ながら、<状況の超克>に一仕事果たしたいと、熱い思いに胸ふるわせております。

 ダグラス様――、わたくしの、反戦平和の志、反戦平和の祈りに、どうかあたたかいご理解を示して下さいますよう、心よりお願い申し上げます。

 最後になりましたが、ご多忙中の折り、数多の時間を費やして戴きまして、誠にありがとうございました。深く御礼申し上げますとともに、御身のご健康とますますのご活躍を祈念致しております。
                                                                                              敬具
1999年7月18日(日) 
                            津吹 純平 拝
ダグラス・ラミス様
 

 高原だより表紙  陽光氷解の綴