猫の宿命:慢性腎不全 Part 1

私たちの身近な存在であるペットとしての猫の祖先はリビアヤマネコ (ヨーロッパヤマネコ) と言われています。乾燥した砂漠地帯に生息していたため、少ない飲み水を効率良く利用できるよう、腎臓は極限まで尿を圧縮して排泄するという、かなり腎臓に負担のかかる体の仕組みになっていました。ペットとしての猫もその性質を受け継いでおり、腎臓は常に負荷の高い状態で働いているため、ある程度の年齢になると、程度に差こそあれ、ほとんどの猫が腎不全の状態になるようです。(ただし、腎不全に至る詳しいメカニズムや原因はまだ解明されていないそうです。) かかりつけの動物病院の院長いわく、高齢猫の死亡原因のほとんどは腎不全かガンとの事でした。言わば、高齢猫にとって腎不全は避けられない病気なのです。このページでは、をやじくんが腎不全の治療を受ける過程で、猫の腎不全について病院から得た知識、自分で調べた情報などをまとめてみました。腎不全の子を看病する方の多少なりともお役に立てればと思います。

初期症状:
人間が腎臓の病気にかかると、腰痛がおきたり血尿が出たりして、比較的早期の段階で異常に気付くと思います。しかし猫の場合、腎機能の75%以上が失われても、まだ腎不全に特有の身体的な症状がでたり、血液検査に異常値として表れてこない場合もあるそうです。つまり、腎不全の症状が出た時点では、既に正常な腎機能はほとんど残されていないというわけですか。腎不全の猫の様子で一番最初に気付くのは、おそらく飲水量と尿量の増加でしょう。良く言われる多飲多尿という症状です。(外に出ている子はこれらのチェックが出来ない場合もあるので、症状に気付くのが遅れる可能性があります。) 「最近何だか水入れの水の減りが早いな」 とか、トイレで固まる砂を使っている場合は 「おしっこの固まりがやけに大きいな」 というのが、おそらく最初に気付く変化です。特におしっこは、腎臓できちんと濃縮されずに排出されてしまうため、量が多く、色がうすく、臭いもあまり無く、水に近い感じになります。(尿の濃縮能が下がるというのだそうです。)そのうち、頻繁に嘔吐をするようになり、症状が進むと体からアンモニア臭がしてきます。これは、腎臓がきちんと老廃物を分解できないために起こる症状です。

実際はここまでの症状が出てくる前に、シニアと呼ばれる年齢 (7歳以上) になったら、猫に血液検査や尿検査を含めた定期的な健康診断を受けさせてあげると、腎不全を早期に発見する事ができます。当然個体差もありますが、腎不全は早期に発見し相応の対応をすれば、進行を遅らせることができるのです。をやじくんの場合、腎不全と診断されたのはをやじくんが猫小屋の住人になってすぐの頃ですから2003年の初めだったと思います。やはり多飲多尿が気になって検査を受けたところ、腎不全の初期段階と診断されました。幸い血液検査の数値も正常よりほんの少し高い程度だったので、対応としては腎臓用の療法食に切り替えただけで、自宅での皮下注射が必要なほどに腎不全が進行するまでの約2年間は、腎不全に関する治療や投薬は一切していません。(途中重篤な口内炎で全身麻酔下の抜歯手術を受けたので、その時に何度か血液検査を受けており、腎不全が進んでいない事は確認していました。)

中期の症状:
いよいよ腎不全が進行してくると、腎不全の目安となるクレアチニン (腎臓で濾過され尿中に排泄される一種の老廃物) とBUN (血液尿素窒素:食物などのたんぱく質の老廃物) がきちんと排泄されないため血中濃度が上がり数値が高くなってきます。(クレアチニンは2.0以上、BUNは40以上になると異常と診断されます。) 数値の出方は非常に個体差があり、かなり高い数値でも見た目はそれほど具合の悪く無さそうな子もいますし、正常値より少し高いだけでも体力の低下や脱水症状によってぐったりしてしまう子もいます。いずれにしても、それまで安定していた数値が急に上がってしまった、あるいは、腎不全である事を知らずに体調不良で病院を受診したらかなり高い数値が出てしまったような場合は、とりあえず入院(あるいは半日〜1日程度の預かり)で静脈点滴を受けるのが治療の第一選択肢となるでしょう。数値が高い場合、背中やお尻などの皮下に輸液などを注射する程度では、脱水症状は改善できても血液内の老廃物を効果的に除去する事はできないため、クレアチニンやBUNの数値を下げるという点から考えても、栄養や薬剤を持続的になるべく高い吸収率で補給する点から考えても、点滴が必要になると思います。実際点滴治療を3日から1週間程度受けると、一旦は数値が改善される事が多いようです。

点滴によって数値がある程度下がり、猫も元気になれば、経口による有害物の吸着剤 (ネフガードやコバルジンなどの活性炭製剤) やその他の経口薬、そして可能であれば自宅での皮下注射(輸液) 不可能ならば通院による注射によって治療が行われる事になります。なお、自宅での皮下注射は、対応していない動物病院もありますので、どこでも可能な選択肢というわけではありません。また、昨今は腎臓移植を実施している病院もあるようですが、まず移植にはドナーが必要である事、また移植をしても予後があまりかんばしくない事などから賛否両論あり、実施例は多くないようです。

腎不全のやっかいなところは、腎臓が血液内の老廃物を濾過して尿を生産しているだけではないという点にあります。腎臓には他にも重要な役割があり、知っている限りでは 1) 胃酸を分泌させる、2) 血液のpHバランスを整える、3) 造血ホルモンを分泌して血液を作る指令を出す、という働きをしています。腎不全になるとこれらの機能が衰えてしまうため、結果として胃酸不足による嘔吐などの消化器症状、血液の酸性あるいはアルカリ性への偏り、そして腎性貧血を招く事になります。実際をやじくんはそれぞれの症状に対応するため、毎日胃薬、pHを調整する薬、そして増血剤を飲んでいました。
投薬や皮下注射の効果が表れ、数値も安定してくると、猫は比較的穏やかで普通の生活が過ごせるようになります。をやじくんの場合、最初の数ヶ月は、必要な注射器のセットや飲み薬などは4週間分まとめて購入しておき、セットが無くなる頃に通院して血液検査で腎臓の状態を確認する (だいたい月1回の通院) という感じでした。食餌は最初に腎不全の初期と診断された時に切り替えた腎臓用のドライの療法食をずっと続けていましたが、嫌がる事なく普通に食べていました。

皮下輸液と皮下注射:
ここで簡単に自宅での皮下注射(輸液)について説明します。 まず皮下注射と皮下輸液の違いですが、区別せずに使っている場合も多いようですが、厳密には違います。皮下注射は注射器に輸液を注入して、皮下に一気に注射する方法です。一方皮下輸液は、輸液パックから長いチューブを使って直接背中に針を刺して輸液を注入する方法です。それぞれにメリット・デメリットがあります。まず皮下注射のメリットは、正確な注入量がわかる、そして短時間で済ませられるという事です。忙しい飼い主さんや猫が動き回って長時間じっとしていられない場合には、この方法が使われます。(おそらく、最も一般的な方法だと思われます。) デメリットは、一気にかなりの量の輸液を注入するので、体力的に猫の負担になってしまう(よくラクダのように背中が大きなコブになったり、脇の下に落ちてきてタプタプしていたりしますよね) 事と、一気に入れるので体への吸収率があまりよくない事があります。注入する場所が偏ると、実は猫は結構痛かったりもするらしいです。(なので、背中の中心に注入して、そこから左右均等に輸液が広がっていくのが望ましい注入の方法だそうです。)

次に皮下輸液ですが、点滴と同じで輸液が体内に入るスピードが注射よりもゆっくりなので、体への負担も小さく、吸収率も高くなるそうです。しかし、正確な注入量がわからない事と、注射と同じ量を注入するにもかなり長い時間がかかるので、長時間じっとしていてくれる猫、あるいはずっと飼い主が側について様子を見ていられる場合に限られるようです。

をやじくんは皮下注射で、最初は50ccの一番太いシリンジに目一杯60ccまでリンゲル液を入れて(一応目盛りもあって、60ccまでは入れられるようになっています)、朝晩1本ずつ注射をしていました。輸液の種類は、生理食塩水や他にも種類があるようですが、血液検査をして体のミネラルバランスを見た上で、輸液に含まれる成分がその時の体の状態に合う物を病院で選んで出してくれました。(をやじくんは、それがリンゲル液でした。)

当然シロウトが注射をするわけですから、最初はトレーニングが必要です。私の場合は、3日間病院に通って注射の方法を覚えました。(実際はそれ以前から毎日通院していたので、通院終了予定日の3日前にトレーニングを開始して、自分で注射ができるようになったらその後は通院間隔を開けられるという事でした。) まず0日目に院長が針だけ持たせてくれて、刺す場所の毛を分けて皮膚を露出させ、アルコール綿で拭いてここだよとつまんでくれた場所に、針をただプスっと刺しました。初めての注射は、硬くもなく柔らかくもなく、皮膚を貫通する時には適度な弾力があって、でも一度通ってしまうとスッと入っていくという、何とも不思議な今までに無い感触でした。でも、刺す前はかなり怖くて、診察室でキャーキャー騒いでしまいました(^_^;)

1日目は最初に一通り先生が注射器の準備から注射までの一連の流れを見せてくれました。当時は1回の通院で2本注射をしていたので、2本目は自分で先生がした通りにまったく同じ事をして、最後に針を刺す時だけ場所を指定してもらって、皮膚のつまみ方もチェックしてもらって、後は自分で注射をしました。あまりに私がフツーに全部やってしまったので、教えてくれた先生が 「本当に初めてですか?」 とびっくりしていました。翌日は違う先生が注射器のセットをそろえてくれたので、特に指示も受けずにちゃっちゃと準備し、針もサクっと刺して注射をしてしまったので、「もう練習する必要はぜんぜん無いです」 と言われて、2本目は先生が自分で注射をしてくれました。(一応、注射の技術料も込みで料金を払うので、自分で注射をするという事は厳密には技術料は不要という事になるんでしょうね。)で、3日目は院長に確認してもらうという事で、院長が見ている目の前で実際自宅に持ち帰る備品を全部使って一切の助言や補助無しで注射をしましたが、こちらも一発OKで、まったく問題はありませんでした。ちなみに、2本目は院長が補助してくれる人がいない時に一人で注射をする場合の見本と言って一人で注射をしましたが (いつもは誰かが動物を押さえている状態で注射をします) 針がうまく刺さらず抜けてしまったので、やりなおしになりました。内心 「自分の方が上手??」 とか思ってしまいました(^_^;) 当然そんな事はありませんが、をやじくんに関してのみ言えば、事実だったかもしれません。

また、一人で注射する方法として、小さな箱に猫を入れて動けないようにしておけばやりやすいと聞いたので、翌日100均でカゴを調達してきてその中にをやじくんを入れて一人で注射をしてみましたが、カゴが少し大きめで動き回れてしまった事と、をやじくんが嫌がって暴れたため、結局膝の上に抱っこして注射をしたら、何てことは無くをやじくんは大人しく注射されてくれました(^_^;)。何だ、カゴなんて要らなかったじゃん…と思いましたが、以後このカゴは注射器のセットやリンゲル液などの備品を入れておくのに役立ちました。

その後、1年ほど朝晩1本の注射が続きました。どうしても都合のつかない時は朝か晩に2本しても良いと言われていましたが、おそらく東京へ用事があって行った時と、自分が体調を崩してどうしてもベッドから出られなかった時の二回くらいしか2本一度に注射をした事は無いと思います。その後症状が悪化してからは、朝晩2本ずつになりました。(こうなると、一度に2回分注射する事は不可能です。)いつも注射の時は、ケージからをやじくんを出してきて、床に正座し、頭が左側に来るようにをやじくんを膝の上に乗せて、「お注射の時間で〜す。では、お背中失礼しま〜す。」 と言って、ちょっとしたお医者さんごっこ? (はたから見たらかなりアブナイ雰囲気…) のつもりでサクっと注射をしていました。をやじくんは注射に限って言えば一度として嫌がった事は無いので、本当に我慢強い立派な患者さんでした。ま、針を刺しても滅多に血の出る事はなかったので、私の注射の仕方も上手だったのかも知れません。(すごい自画自賛(^_^;)) でも稀に、注射針から血が逆流してくるほど出血してしまった事もありました。おそらく針を刺した場所が悪かったものと思われます。さすがにこの時はびっくりして、あわててアルコール綿で一生懸命押さえて止血をしました。ただでさえ貧血なのに、少しの出血でももったいないですしね。

おまけとして、注射のトレーニングを受けた時に、これを見ながら注射をしようと作成した「をやじくんの注射マニュアル」を貼り付けます。(青時の部分をクリックするとWord ファイル (データサイズ480k、かなり重いので注意してください) が開きます。パソコンにWordがインストールされていない場合は、見られないかもしれません。) 病院に持参して見せたところ、なかなか評判は良かったのですが、注射はマニュアルを見てやるほど複雑な作業ではなかったので、実際一度も使った事はありません(^^ゞ

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Page created: 2007.8.15