猫の宿命:慢性腎不全 Part 2

末期の症状:
実は、腎不全の末期の症状については、よくわからないというのが正直なところです。というのは、をやじくんが亡くなった直接の原因が腎不全ではなく、極度の貧血だったためです。最後の血液検査でも腎臓の数値はそれほど悪く無かったので、貧血さえなければもう少し長生きできたはずだと、病院の先生もおっしゃっていました。よって、腎不全の末期の状態についてはここでは触れませんふれませんが、その代わりにをやじくんが体験した個々の症状について、少し説明したいと思います。

貧血と造血ホルモン:
をやじくんはエイズが陽性だったため、真の原因が腎不全にあるのか、あるいはエイズにあるのか、最後まで特定はできませんでしたが、血液検査をすると常に貧血で白血球も少ない状態でした。(骨髄抑制と呼ばれる骨髄がきちんと機能しない状態だったようです。)貧血の値が一定の数値を切るようになってからは、増血剤だけでは貧血が改善できなくなったため、造血ホルモンと呼ばれる注射を定期的に打ってもらっていました。

造血ホルモンは正確には医学用語でエリスロポイエチンと言います。腎臓から分泌されていて、骨髄に血液を造りなさいという指令を出しています。(実際に血液を作るのは骨髄です。)現在市販されている薬剤(注射液)はヒト用で、腎不全で造血ホルモンを分泌できず貧血になってしまった患者さんに投与されています。また、筋肉を効率良く働かせる作用もあるので、スポーツ選手が筋肉増強剤として使用する場合もあるそうです。残念ながらネコ用はまだないため、このヒト用の薬剤を猫にも使用するのですが、一定の効果が得られる代わりに問題もあります。それは、本来がヒト用であるため、使い続けると猫の体内に抗体ができて、注射をしても効果が得られなくなってしまうのです。(抗体ができてしまっても、注射によって貧血が改善されなくなるだけで、それ以外には特に目立った副作用は無いので、その点は心配無用です。)

抗体ができるまでの期間は個体差や治療を開始した時の貧血の程度によって異なりますが、基本的には数ヶ月しかないようです。そのため、治療開始直後は短期集中 (例えば一日おきに数週間継続) で薬剤を投与して、注射による効果が得られるうちに一気に赤血球などの数値を上げておき (上がった後は投与間隔を少し開けても良いそうです)、抗体ができて造血ホルモンの効果が得られなくなった後は、言わば貯金をゆっくり取り崩すように、貧血がなだらかに進行していくように状態を持っていく事が望ましいとされています。

貧血が進んでしまった時、をやじくんにも病院からこの短期集中型の治療が提案されました。最初、造血ホルモンの事はまったく知識になかったため、日本や海外の猫の腎不全に関するサイトを巡り、最終的に病院から提案された治療法が現代の獣医学においてはスタンダード(標準的な治療法)であり、理論的にも理に叶っている事は理解できました。しかし、大きな問題がありました。それはこの薬剤が非常に高価だという事です。体重によって投与量は変わってくるのですが、比較的大柄だったをやじくんは、1回の投与量(ほんの1cc程度です)の値段が3,280円(技術料含む)でした。他の治療や自宅での注射をしておらず、病院が近ければ、何とか1日おきの投与も可能だったかもしれません。しかし、病院へは高速道路を使って通院しており、その料金だけでも1往復で1700円かかります。仕事をしているので、都合よく通院の日に早く帰れるかどうかもわかりません。をやじくんは車が嫌いなので、通院はかなりのストレスになります。既に投薬や自宅での注射の費用も月に数万円かかっていました。(当時は小次郎も目の病気で通院しており、その費用もかなりの負担でした。)そのような状態で、更に1日おきに最低でも約6000円(再診療含む)かかる治療ををやじくんに受けさせてあげる事は、残念ながら私にはできませんでした。

自分の中で、体力、気力、資金力、をやじくんへのストレスなどを考慮しつつ、しかし注射をしなければ確実にをやじくんの状態は悪化してしまいますから、費用対効果のバランスについて悩みに悩みぬいて、結局をやじくんには週に2回注射をしてもらうという結論を出しました。先生は、週に2回の投与では十分な効果は得られませんと言って残念そうな表情をしましたが、やはりそれぞれに都合というものもありますし、常に理想通りに事を進められるとも限りません。(残念ながら、病院から提案される通りにお金や時間を費やして治療を受けさせてあげられるほど、私に余裕はありません。) をやじくんにも、最適な治療を受けさせてあげられなくて、最低限の治療になってしまうけどごめんねと謝った上で、顔で笑って心で泣きながら、病院にはあくまでも週2回でとお願いしました。

注射を始めてから貧血の数値は少しずつ改善されました。最終的に正常値まで戻ることはありませんでしたが、ギリギリの下限値から比べればある程度の上昇が見られ、とりあえず注射の効果が得られた4ヶ月間 (自分が予想していたよりも多少長かったと思います) は、命をつなぐ事ができました。しかし、抗体ができて効果が得られなくなってからの変化は著しく、をやじくんの容態は一気に悪化しました。実際、血液検査の結果から、抗体ができてしまったようだと言われたわずか10日後に、をやじくんは亡くなっています。

造血ホルモンの注射は確かに効果があり、病院で勧められた治療法で注射を受けていれば、をやじくんはもう少し長生きできたかもしれません。しかし、当時の状況を考えれば自分には週に2回が精一杯でした。また、をやじくんはエイズが陽性でした。貧血や白血球の減少など、血液に関する症状については、腎不全だけでなくエイズも少なからず影響しているだろうと病院で何度か言われました。貧血や白血球減少の原因を調べるために、骨髄穿刺による検査 (骨髄を少量採取して、骨髄がきちんと機能しているか、していないとすれば原因は何かを調べる検査) を勧められましたが、原因が判明したところで根本的な治療法があるわけでは無く(人間では骨髄移植も選択肢の一つですが、猫には非現実的です)、対症療法の方向性が見出せる程度の結果しか得られないと思ったので、この検査は断りました。

亡くなる3日前の診察では、貧血がいよいよ輸血の必要なレベルまで進んでしまいました。造血ホルモンの抗体ができてしまったと判断された段階で、病院からは輸血治療の検討を勧められていたので、この時も輸血を考えたほうが良いでしょうと言われましたが、こちらも断りました。輸血については、血液型のマッチングをきちんと行えばそれほどリスクは無い事、健康な猫ならば体重1kgあたり20cc採血しても大丈夫である事、通常1回の輸血は60cc行う事 (一番太い注射器に入る最大量という事だそうです)、1回輸血をすれば1ヶ月くらいは貧血が改善されるけれども、何度か繰り返すとその輸血に対しても抗体ができて効果がなくなるので、他の提供猫をさがして違う血液を輸血する必要が出てくる事などの説明を受けました。そして最後に 「家にたくさん猫がいるんだから、元気の良さそうな子を2匹くらい連れてきて血液型の合う子がいるかどうか検査してみれば?」 と院長に言われました。

その時は深く考えずに 「そっか〜、他の家の猫さんにお願いするのは申し訳ないけど、確かに家の猫ならそれほど気兼ねなく採血もできるよね。じゃあ、いざとなったら若くて血の気の多いしゅうあたりを第一候補にして…」 と安易に考えてしまいましたが、実際その時が来てみると、すでにをやじくんは見るのも痛々しいほど衰弱しており、辛うじて生きているような状態でしたので、その上まだ、採血して、輸血して、痛い苦しい思いをさせるなんて、とてもできませんでした。結局輸血をしなかったがために、をやじくんの寿命は短くなってしまったのかもしれませんが、それまで十分すぎるほどをやじくんはがんばってくれたので、輸血を断った事についても後悔はしていません。

食欲不振と強制給餌:
をやじくんは腎不全になってからも比較的消化器症状は少なく、たまに嘔吐をする程度で当初は食欲も普通にありましたが、ある日を境にぱたっとご飯を食べなくなりました。検査の数値などで特に大きな変化は無かったので、をやじくんの中で何が起こっていたのかはわかりませんが、とにかく突然食欲不振、というよりも食欲廃絶 (一切食べない状態) に近い状態になってしまったのです。病気なのだから食欲が無くても仕方が無いと思うかもしれません。しかし、猫はご飯を食べないと肝臓に負担がかかり、今度は肝臓の病気になってしまうのです。当然栄養が摂れなければ体力も免疫力も落ちてしまいますから、全身状態にもよくありません。

最初はいろいろな工夫をして何とか自分で食べてもらおうとがんばりました。腎臓には良くないとわかっていましたが、もうそんな事を言っていられる状態ではありません。何か食べてくれるものは無いかと、ドライフードや缶詰を少しずつ何種類も買い込んでみたり、鳥のささみふりかけや猫用カニカマ、鰹節といりこの猫用ふりかけなどをフードの上にトッピングしてみたりしました。病院の院長からは、干した桜海老を粉にひいてふりかけると、どんなに食欲が無い猫も食べると教えてもらったので、母親に桜海老を買ってきてふりかけを作ってもらったりもしました。このふりかけは2回ほどは効果がありましたが、さすがに匂いが強すぎたようで、3回目からは見向きもされなくなってしまいました(>_<)

しかし、どんどんと食べる量は少なくなり、最後は朝餌入れに入れたご飯がまったく手付かずのまま夜まで残っている状態になってしまいました。あんなに大好きだった猫缶も食べようとしません。体力も落ちてしまったようで、ぐったりした状態になってしまいました。そこで通院日だったので病院で相談したところ、強制給餌が必要な段階ですと言われましたが、週の半ばで仕事が忙しい時期だった事もあり、とりあえず少し体調が回復するまで病院で預かってもらうことにしました。病院ならば皮下注射でなく静脈点滴もしてもらえますし、強制給餌でご飯も食べさせてもらえます。結局3日間預かってもらい、この時は点滴のおかげか体調も回復し自分でご飯も食べるようになりました。

退院時に強制給餌のための注射器をもらい、サンプルとしてスペシフィックのアルミトレイ入りウェットフード (腎不全用のFKW) を購入しました。そして帰宅して注射器を使ってさっそく強制給餌をしてみましたが、フードが完全なペースト状ではなく中に原材料の小さな塊が入っていて、その塊が注射器の孔につまってフードがスムーズに出てこないため、強制給餌はうまくいきませんでした。嫌がって逃げるをやじくんを何とか引き戻して、をやじくんの口や顔、自分の手や胸などフードでベタベタになりながら1時間以上も悪戦苦闘してがんばりましたが、結局食べさせられたのはほんのスプーン1杯分ほどで、をやじくんもかわいそうになり、自分も嫌になったため、やめてしまいました。

母屋に戻ってネットで強制給餌の方法を必死になって探しました。すると、機械に油を差すプラスチックの容器を加工すると、給餌がしやすいという記述を見かけました。そこで翌日、会社の帰りにさっそくホームセンターへ行って容器を購入してきました。そのままだと先端が細くてフードが出ないので、注油口を途中からカッターで切り落とし、少し先を太くした状態で意気揚揚と小屋へ持って行きました。そしてフードを入れてさっそくをやじくんに強制給餌をしました。確かにこの容器だと口の横から先端を口の奥に差し込み、ぎゅっと押すと中身がスルッと出るので、手も汚れませんし、をやじくんもそんなには嫌がりません。しかし、1回に出てくる量がどの程度なのかよくわかりません。恐る恐るだったので、実はほんの少しずつしか入れられなかったようで、たかがスプーン2杯ほどのフードを食べさせるのに、またもや1時間もかかってしまいました。

疲れているとは言え、夜は多少時間がかかっても強制給餌はできます。しかし、平日の朝は注射もある上に強制給餌に1時間も時間がかかるとなると、とても時間のやりくりができそうもありませんでした。(その頃既に起床時間は5時半でしたが、それでもまともに朝食は取れない状態で、出勤まで家の中をドタバタと飛び回って猫トイレの掃除をしたり、小次郎に薬を飲ませたり、をやじくんの注射の準備をしたり、小屋へ行って猫の世話をしたりしていました。) そんな私の事情は露知らず、をやじくんは自分でご飯を食べようとはしませんでした。当時の自分は疲れとうまく食べさせてあげられないストレスとをやじくんの軽蔑するようなまなざし(多分気のせいだとは思うのですが…)と誰にも相談できない悩みで、形相が変わっていたと思います。

油さしの容器を使って強制給餌を始めて1時間ほど経った頃、あまりの進みの遅さと、嫌がるをやじくんの態度に 「誰のために、こんな嫌な思いまでしてがんばってると思ってるのよ!!」 とついにイライラが爆発し、切れてしまいました。そこで、餌入れに作ってあったご飯 (フードに薬を混ぜて柔らかくした物) をおもむろに人差し指ですくい取り、無理やりをやじくんの口をこじあけ、思い切り口の中に塗り付けました。今考えれば、正直虐待だったと思います(-_-) でも、をやじくんはモグモグしたかと思うと、ゴックンと飲んでくれました。その時初めて気付きました。「もしかして、これが一番早くて簡単??」 それから、何度か同じ方法で食べさせて見ましたが、をやじくんもあまり嫌がらず、一度に入れるご飯の量が指先の感覚で加減でき、比較的短時間でそれなりの量を食べさせてあげることができるとわかりました。(後でネットで調べたら、この方法もちゃんと書かれていました(>_<) 病院でも注射器での給餌方法だけでなく、この方法も教えてくれたら良かったのに…。)

以後は、毎回餌入れにスペシフィックのフードと3種類の薬、そして何種類かのレメディと、たまに味付けで猫缶のつゆとマグロ部分をほんの少し細かくペーストにつぶした物を混ぜて、をやじくんを抱っこして、「は〜い、ご飯ですよ〜。あ〜んして〜。おいしいでちゅね〜。」 と、気持ちと口先だけはまるで赤ちゃんにご飯をあげるように、あくまでも優しく、しかし実際は無理やり口をあけ、指先に乗せたご飯を喉の奥に突っ込むという、わけのわからない強制給餌をしました。あまり急いでたくさん入れて吐いたり誤嚥したりするといけないので、間隔も少し空けて、をやじくんがモグモグしている間は、その日にあった事や、その時感じている事などを話してあげたりしました。しかし、特に朝などだんだんと時間が無くなってくると、急に短い間隔でたくさんの量をあげて無理やり完食させてしまう事も何度かありました(>_<) をやじくんは結構きつかったと思います。ごめんよ、をやじくん。

はたから見れば、バカらしくてかなり痛い光景だったと思います。でも、そうでもして無理やり楽しいお食事タイムを作り上げなければ、お互い辛くて不毛な強制給餌という嫌な作業を乗り切る事はでき無かったと思います。そして、最後はウェットティッシュで口のまわりや顔をふいてきれいにしてから、「はい、お食事終了で〜す。ご苦労様でした〜。」と言ってケージの入り口を開けると、をやじくんは自分からケージの中に戻って行き、しばらく水を飲んでから満足そうに顔を洗うのが朝晩の日課になりました。

結局、をやじくんは亡くなる前日の朝まで強制給餌をしていました。実際レメディの効果かどうかはわかりませんが、ご飯にクラブアップルとレスキューのレメディを入れるようになってからは、一度も吐く事は無く、しっかりとご飯を食べてくれたと思います。しかし、いよいよ亡くなる前日の晩に、既に足取りもおぼつかない状態なのに自力でトイレへ行き、ウンをしようと力んだ瞬間に朝あげたご飯の未消化物を吐いてしまい、それを見て既にご飯を消化する力も無くなってしまった事を悟り、以降ご飯はあげませんでした。亡くなった翌日霊園で火葬にしてもらった時に、自分では見なかったのですが、遺骨をまとめて拾いやすくして下さった方が 「結構ウンが残っていたから、最後までしっかりご飯を食べていたのかな?」 と教えてくれました。最後の最後は吐いてしまいましたが、亡くなる直前までしっかり食べ、しっかり出し、をやじくんの消化器系はとても丈夫だったようです。今となっては辛い強制給餌も、をやじくんと過ごした楽しい思い出の一つです。

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Page created: 2007.8.15