ここはどこ?

JoanもTerryも定年を過ぎて悠悠自適な生活を送っているので朝もゆっくりです。いつも朝食は9時過ぎだということなのでゆっくり眠っていようかとも思ったのですが、せっかくパソを持ってきたのでネットにつないで見ようと7時くらいに起きてパソを立ち上げました。そのフラットは普段は人に貸している部分なので (私が行った時はたまたま借り手が引っ越した後でいなかったのです) 家族が使っている線とは別の電話線がひかれているから時間を気にせず好きな時に使って良いと許可を得ていたのでした。(もちろん電話代を払わずに勝手に使うわけにはいきませんので、日本で電話料金込みの国際ローミングができるプロバイダに加入して行きました。) そしてさっそく電話線とパソをつないで接続を試みたのですが、モデムがまったく反応しません。トーンやパルスの切替などいろんな設定を試してみましたが、とにかく接続できないのです。電話単体で使ってみるとちゃんとつながりますし、ロンドンのアクセスポイントに電話をしてみるとファックスを送った時のようなピーピーガーガーという音が聞こえてきたのでおそらく稼動はしていたはずです。それなのに…ロンドンに来たら日本の友達にメールを送ろう、毎日ニコニコの日記も更新しよう、もしかしたら日本の友達とチャットなんかもできるかも…と壮大な夢を抱いてモバイルノートと専用のバッグまで購入して一生懸命かついできたというのに、いきなり接続すらできず、めちゃめちゃ落ち込んでしまったのでした(T_T)

JoanとTerryと一緒に朝食をいただいた後、今日の予定を決めました。私は夜オペラハウスでバレエを見る以外に特に予定は無かったので、午前中はJoanがウインブルドンにあるマクナビミルズというマーケットに連れて行ってくれることになりました。ここはあのウィリアム モリスが最初にモリス柄と呼ばれる独特の模様をプリントしたのに使った水車小屋がある場所で (記憶が怪しい…ちょっと違うかも) そのまわりに手作りの野菜やチーズ、パン、カーデニングの植物、それにいろんな雑貨を扱う小さなお店が集まったそこそこ規模の大きなマーケットなのでした。(でも都心部ではないので、価格は同じようなマーケットであるコベント ガーデンで扱っているものの1/2〜1/4程度とのことでした。) そこで、お昼に食べるパンを買ったり、イングリッシュ チェダー チーズを買ったり、友達や義妹へのおみやげを買いこんだりしました。それから、この中の石製品を扱うお店ではJoanにラピスラズリの指輪とブレスレットを買ってもらいました。(いろいろおみやげを持っていったからそのお返しだと思いますが。) 私は魔よけの効果があると言われているラピスラズリのネックレスをいつも身に付けているので、それにあわせて買ってくれたのでした。

マーケットの中にある珍しいお店ではおしゃべり好きなJoanが長い立ち話をしていたので、それをずっと聞いていました。そこは名字からその人の家系をたどって、家紋 (て言うのかな?エンブレムみたいなもの) のパターンを見つけて作ってくれるというお店でした。日本の家紋も丸の中にいろいろなパーツが入っていますよね。丸とか四角とか、一番有名なところでは葵の葉っぱかな。イギリスにもそういう家紋みたいなものがあってやはり家ごとにパーツが違うので、それを見つけて作ってくれるのだそうです。おじさんは分厚い、いかにも長く使い込んでいる風の人名辞典のような本と日本では見たこともないような20年くらいまえの初期型の卓上ワープロのようなDosのパソコンを使って (確かにwindowsじゃなかった…) Joanの名字から推測される先祖の出身地や家紋のパーツなどを調べてくれました (どうもJoanの先祖はScotlandから来たらしいです)。所変わればいろんな珍しい商売があるものだと感心しながら話を聞いていました。

マクナビミルズから帰って、マーケットで買ったオリーブ入りのパンと大好きなパンプディングでお昼を食べ、一休みしてからウエストエンド (ロンドンの中心地) へ行く事にしました。通いなれたパットニー駅から電車でウォータールー駅まで行き、そこからは歩いてテムズ川を渡りピカデリーまで行くコースを頭に描いて出発しました。(歩きなれた場所ですから地図は要りません。) そしてウォータールー駅についたのですが、そこで突然問題が発生しました。あれほど通った駅なのに、テムズ川へ向かう通路がどこにあったかすっかり忘れてしまっていたのです(*_*)。駅は以前とほとんど変わっていませんでしたが、どちらの方向へ向かえば良いのかわかりません。とりあえず右の方向に進んでみましたが、一番端まで来ても目指す通路がありません。そこで今度は反対側に向かって一生懸命歩きました。(駅の中だけで直線にして100mくらいはあるでしょうか?とにかく広いんです。) そしてやっといつも使っていた通路を発見し、たった3年来なかっただけなのに、何でこんなことを忘れてしまったのだろうかと自分の記憶力の低下にかなりショックを受けました。

サウスバンク (テムズ川の南側の地区) に続く通路を通り、ロイヤルフェスティバルホールからテムズ川の堤防に沿って続く散策路を歩いてビッグベンからウェストミンスター大聖堂へ行こうと歩き始めたのですが、通路をぬけたところで以前はロイヤルフェスティバルホールまで続いていた通路が途切れていることに気付きました。どうしようかと困ってしまいましたが、とりあえずフェスティバルホールまで行けば景色の良い別の通路があることはわかっていたのでビッグベンとは反対側のフェスティバルホールの方向へ曲がりました。そしてフェスティバルホールの前のチャリングクロス ブリッジの下をくぐってビッグベンの方向へ行こうと思ったのですが、なんと今度はその通路が工事のために完全に封鎖されて通れなくなっていました。もと来た道を戻ればそこからビッグベンはそれほど遠くありませんでしたが、チャリングクロス ブリッジにかかる歩行者専用の橋の上からの眺めもなかなか良かったことを思い出し、戻るのもしゃくなのでそのまま進んでいく事にしました。しか〜し!今度はこの橋が工事中で橋の両側には鉄板が張り巡らされて景色など何も見えません。見えるのは足元を流れるテムズ川のにごった水だけです(-_-)。日ごろの運動不足もあって、その時点で私はかなり歩き疲れてしまっていました。

橋を渡った先はエンバンクメント駅で、そこからまっすぐ歩いてビッグベンまで行く事も可能でしたが、ここまできたらちょっと遠回りしてチャリングクロス駅とトラファルガー広場も通っていこうと決め、かなりな遠回りでしたが天気も良かったのでゆっくりと歩くことにしました。ちょうど欧米がイースターの休みだったことと、私が行く1週間ほど前に亡くなったクイーンマザー (皇太后) の棺にお別れをするためにイギリス中から上京してきた人達でロンドン市内には観光客があふれていました。そんな人々の流れに乗りながらビッグベンまで行き少しだけ写真を撮りましたが、既に歩く元気は無くなっていたのでビッグベンの前からは2階建てバスに乗ってロンドン一番の繁華街の中心地オックスフォード サーカスへ向かいました。

オックスフォード サーカスはリージェント ストリートとオックスフォード ストリートが交差する一大ショッピングゾーンの中心地です。どちらを向いても有名ショップやデパートが立ち並んでいて、一番観光客がたくさんいる場所でもあります。私は特に買いたいものがあったわけではありませんが、それでも一通りの店をのぞいてみようとオックスフォード サーカスからピカデリー サーカスに向かって緩やかに下るリージェント ストリートを歩いて行きました。しかし、多くの店が3年前と入れ替わっており、以前は確かここにあったはずなのにあの店はどこに行ってしまったんだろう??とまるで違う場所に来てしまったような違和感を覚えました。

そして、せっかくロンドンまで来たのだからとヘイ マーケットにあるバーバリーの本店へ行ってみたのですが、なんと店の入り口はシャッターが下りていて人の気配がありません。リージェント ストリートにあるお店は開いていたので休みということも無いはずです。そこですぐ近くのロンドン三越に入ってしばらくおみやげ物を物色した後三越の中にあるバーバリー売り場のお姉さんに本店はどこに言ってしまったのかとたずねると、本店がどこにあるのかは知らないけれどニューボンド ストリートに行けば新しいお店があるとのこと。その場所からニューボンド ストリートまではかなりの距離があり、最初にきたオックスフォード サーカスにとても近いのでまた元来た道をほとんど戻ることになるのですが、次はいつロンドンに来れるかわからないしと思い、痛い足をひきずってその店まで行ってみることにしました。

ニューボンド ストリートは一流ブランドの、普通の観光客が入るにはちょっと勇気のいるようなショップが建ち並ぶ高級ショッピング街です。グッチ、ティファニー、プラダ、ヴィトンなど、数え上げればきりのないほど、日本人が大好きなブランドのお店が並んでいます。しかし、私のような貧乏人はそんなショップに縁が無いので足早に素通りして、ひたすらバーバリーを目指しました。そしてやっと見つけたショップは相変わらず観光客 (でも日本人はいなかった) でごったがえしていました。そして、せっかくの記念だから私でも買える程度の何かお安い掘り出し物は無いかと隅々まで歩いてみたのですが、どれもとてつもなく高級か、はたまた突飛なデザインだったりして、結局何も買わずに店を出ました。

そうこうしているうちに、時間は7時近くになっていました。7時半からコベントガーデンのオペラハウスでジゼルのバレエが始まってしまいます。私は急いでウエストエンドを走り抜け、裏道を通って途中のチャイナタウンに入るといつも寄るパン屋さんで大好きなアンパン (とそのお店では呼ばれているのですが、実際は油で揚げた巨大な平たい大福のようなもの) を夕飯がわりに買いこんで、ニューススタンドでペットボトルの水を買ってオペラハウスに走りこみました。オペラハウスは何年か前に外装が改修されてとてもきれいになっていたので写真に収めたいと思ったのですが、既に周囲が薄暗くなってしまっていたことと、あまりに建物が大きすぎたため、断念しました。

建物の中に入って座席を確認すると、番号から予想していたとは言え、何と前から2列目のど真ん中でした。当然オペラグラスなどまったく必要ありません。走ってきた暑さで喉がかわいていたのでペットボトルの水を素早く飲んで一休みしたところで、公演が始まりました。

この日の主役の二人 (ジゼル役とアルブレヒト役のダンサー)  はロイヤルバレエ団の中ではまだ新人で、ランクで言えば主役が揃うプリンシパルの次にあたるファーストソリストの組み合わせだったので、私にとっては顔も名前も知らないコンビではっきり言って公演のレベルにはあまり期待していませんでした。日本でチケットを取るときに一番の希望だったダーシー バッセルの公演が既に売り切れだったため、仕方なくこの二人のジゼルを見ることにしたのでした。しかし、私の期待は良い意味で見事に裏切られました。彼らのパフォーマンスは本当に素晴らしかったのです。

ジゼルのストーリーを簡単に説明しましょう。

第一幕

とある村にジゼルというとても美しく踊りの上手な女の子が母親と暮らしていました。その美しさに惹かれたアルブレヒト王子は身分を農民と偽ってジゼルに近づき結婚の約束までします。しかし村にはもう一人ジゼルに恋する狩人のヒラリオンがいて、彼はアルブレヒトの事を常々うさん臭いやつだと思っていました。そんなある日、貴族の一行が狩りの途中でこの村に立ち寄り、隙をうかがっていたヒラリオンによってアルブレヒトの身分が王子であること、しかもお姫様の婚約者までいたことが貴族一行、村人全員の目の前で明らかになってしまいます。そしてその事実にショックを受けたジゼルはその場で発狂して死んでしまいました。

第二幕

夜の森に幽霊(?)達がたくさん現れます。この幽霊は若くして死んでいった女の子が成仏できずに夜な夜な森をさまようもので、ミルタという冷酷無比な親分のもとに一団となって森に入ってくる若い男を息絶えるまで踊りつづけさせます。そして夜ジゼルの墓参りに来たヒラリオンはこの幽霊達の手によって殺されてしまいます。その後墓参りにきたアルブレヒトも幽霊の一団に襲われるのですが、幽霊になったジゼルがミルタに反抗してなんとかその命を助け、ジゼルは朝の訪れと共に消えていきました。

というストーリーなので、ダンサーには可憐な少女が狂気のうちに死んで、その後は幽霊になっても愛した男を守り抜くというとてもドラマチックで陰と陽の正反対な雰囲気を表現したり、はつらつとして若々しいダンスや軽くてしなやかでフワフワした妖精みたいなダンスを踊らなければならないのでそれなりにテクニックも必要とされるのですが、女性ダンサーは小柄でかわいらしく容姿、雰囲気ともにこの役にぴったりな上、テクニックもかなりハイレベルで、パートナーのちょっとかわいい系の男性ダンサーと共に、初々しいジゼルを演じてくれました。でも、泣かせる部分では私までジゼルの気持ちになってしまって、最後のアルブレヒトに 「いつまでも愛しているわ」 と言う表現で手を差し伸べながら消えていく場面では、思わず涙が出そうになりました。このジゼルというバレエは違うダンサーで何回も見ていますが、こんなに感情移入したのは初めてです。カーテンコールではお客さんがブラボーを連呼し、みんなスタンディングオベーションをしていました。この二人が主役でのジゼルはロイヤルバレエ団でも初演だったと思うのですが大成功のうちに幕を閉じ、私も思いがけなく得をした気分で満足感一杯で帰路につきました。


ロンドンアイ エンバンクメント
サウスバンクのロンドンアイ (大観覧車) エンバンクメントからビッグベンまで続くテムズ川の岸
ロンドン 2日目に続く
Last Updated: 2003.2.2