おかあちゃん Part2

そして捕獲

その後2日間は、私の留守中に餌を食べに来たのかもしれませんが、いずれにしても姿を見ませんでした。そして事故後初めて帰ってきてから4日目のことです。この日は土曜日で仕事が休みだったので、何とか捕獲すべく前日から捕獲器に入れる餌を調達し、朝からずっと外を気にしながらおかあちゃんを待っていました。すると、9時ころになって、おかあちゃんがやって来ました。寒い日で今にも雨が降りそうでした。あわてて捕獲器に焼きさんまのかけらやタコのから揚げ、まぐろの缶詰、さきイカなど、考え付くものをありったけ入れ、捕獲器が見えては警戒心が強くなるかと思い捕獲器をダンボールで覆って玄関わきの車庫にしかけ、自分は捕獲器の見える物陰に隠れました。しかし、ここで重大な問題が発生しました。亀井君です。

8月末の去勢手術以降、亀井君は我が家の車庫にいついてしまい、その日も朝から家の周辺をうろついていました。しかも、すっかり犬のようになってしまった亀井君は私が外にいるとミャーミャー鳴きながらどこまでも後をついてくるのです。これでは、隠れていても亀井君がおかあちゃんに居場所を知らせているようなものです。しかも、おかあちゃんが捕獲器に近づこうとすると、おかあちゃんに危険を知らせているのか、ただ邪魔をしているのか、亀井君はおかあちゃんに近づいて行きます。そうすると、亀井君が嫌いなおかあちゃんは遠くに離れてしまいます。そんな一進一退の攻防を繰り返しているうちに雨も降りだしました。このままではおかあちゃんがどこかに行ってしまうかもしれない…焦った私は最後の手段に出ました。庭ホーキで亀井君を追い払ったのです(^^ゞ。亀井君は何度もこちらへ戻ろうとしましたが、その度にホーキでつついて裏の畑の先まで追い払うと、亀井君は悲しそうにどこかへ走り去ってしまいました。もう亀井君は帰ってこないかもしれない…寂しさと不安と申し訳ない気持ちで一杯になりましたが、おそらく怪我をしているだろうおかあちゃんを捕獲するためには仕方がありませんでした。

そして、また物陰に隠れておかあちゃんの動向を見守りました。おかあちゃんは捕獲器のすぐ近くまでは来るのですが、警戒心が人一倍強いためなかなか捕獲器に入りません。車庫には屋根がついているので雨はかかりませんが、私がいるところは屋根がないため頭からびしょ濡れになってしまいました。1時間近く待ちましたが、結局おかあちゃんは捕獲器に入ってくれませんでした。無念な気持ちで一杯になりましたが、それ以上粘っても入りそうもなかったため、その日はあきらめてとりあえず捕獲器を片付けることにしました。上にかぶせたダンボールを片付け、家の中にゴミ袋を取りに入りました。そして、濡れた洋服を着替え、ゴミ袋を持って外へでると、なぜか亀井君がミャーミャーと鳴いています (心配するまでもなく、帰って来たんですね(^^ゞ)。そして片付けようとしていたケージの中を見ると、なんとおかあちゃんが一心不乱に餌を食べていたのです!!私はあまりの予期しなかった展開に一瞬頭が真っ白になってしまいましたが、亀井君の鳴き声に現実に引き戻され、あわてて猫が暴れないようにケージを古いシーツで覆うと、動物病院に行く支度をしました。その間おかあちゃんは鳴きもせず、ひたすら餌を食べていたようでした(^^ゞ。

思わず絶句

そして、車にケージを載せ、家から5分の亀井君とをやじくんがお世話になったS動物病院に行きました。土曜日だと言うのに、なぜか病院には誰もおらず、警戒心の強いおかあちゃんにあまり刺激を与えないという点では幸いでした。避妊手術をお願いする場合には事前に電話をして予定を聞いてからという約束だったのですが、この時はとりあえず事故にあっているので、避妊ができる健康状態かどうか確認だけお願いしたいと事情を説明し、診察室に入り診察台にケージを載せ、覆ってあったシーツを取りました。

そして、中にいる猫を見て思わず私は目を疑いました。以前の元気だったおかあちゃんの姿は見る影も無く、汚れてガリガリにやせ、明るい診察室の中なのに瞳孔は開きっぱなしで黒目はまん丸です。そして一番ひどかったのは、激しい呼吸困難でした。それまで一度も人との関わりを持ったことのないおかあちゃんが、突然狭いケージに入れられ、知らないところへ連れてこられ、2人の人間がすぐそばにいるのです。興奮しないはずはありません。必至に威嚇を繰り返しますが、その度に止まりそうなほどの呼吸困難に襲われ、口からはよだれがあふれています。

私は先生の方を見ましたが、先生も困ったような顔をしています。私はあまりのひどい状態に半分希望を失いかけながらも、先生に治療と検査をお願いしました。しかし、検査をしようにも激しい威嚇に手のつけようがありません。それに、そんな激しい呼吸困難な状態で無理に麻酔をかければ、麻酔が負担で死んでしまう可能性が高いと言われました。そこで、今度は入院させて様子を見てくれないかとお願いしたのですが、そこは先生が一人で全てやっている病院だったので、慣れている大人しい猫なら良いがこのような手のつけられない猫では、面倒を見る人手が足りないから無理だと断られてしまいました。しかし、獣医でも手の施しようのない猫を、シロウトの私が面倒見られるとは思いません。そこで、思い切ってこのまま苦しい思いをしていずれ死ぬのならば、いっそこのままこの場で安楽死をとお願いしました。しかし、それはちょっと…と言葉をにごしながら、それも断られてしまいました。じゃあ、私はどうすれば良いのですか?と聞きましたが、先生は私の顔を見るだけで、何も言いません。結局、先生は何もできないし、どうしろとも言えなかったのです。

とりあえず、呼吸困難が感染による可能性もあるということで、私が猫の注意をそらしている間に先生がかろうじて1本だけ注射を打つことができ、その日はそのまま病院を出ました。しかし、そのままでは私の気がおさまりません。本当にダメなのか?手の施しようも無いのか?考えた末に、私はもう1件の病院に行くことを決心しました。そこは以前お兄ちゃんが通っていたY病院で、車で15分ほどのところにあります。2年ほど前から行かなくなってしまったため少し気まずい気持ちもありましたが、今はそんなことを言っていられません。Y病院は設備はほとんどありませんが、先生の技術力という点ではかなり評判の良いところです。そして、病院につきました。そこは水曜日が休診日ですから土曜日でも開いているはずです。しかし、病院は閉まっていました。そう、その日は祭日だったのです。最初に行ったS病院も祭日は休診のはずなのに、なぜか開いていたんですね (だから空いてもいたと)。それで、私も普通の土曜日と勘違いしていたのですが、実は祭日だったのです。私はすっかり落ち込みました。祭日では他の病院もみんな閉まっているでしょう。我が家の周辺には祭日まで開けているような急患を見てくれる病院はありません。仕方なく車をUターンさせ、帰路につきました。

そして我が家の一員に

家に着くまでの車の中でいろいろと考えた末に、私は一大決心をしました。それは、おかあちゃんを看取ってあげようということでした。あのようなひどい状況を目の当たりにし、しかも獣医の先生に手の施しようが無いと言われれば、誰だってもう先は長くないと考えると思います。それならば、短い間でもいいから一緒に生活したいと願いました。仮にも、一時は避妊手術が終わったらおかあちゃんを家で飼おうかと真剣に考えたこともあったのですから、最後に望みがかなったということにもなるわけです。

家について、両親に事情を説明しました。「おかあちゃんはあまり長く生きられそうもないから、ここで看取ってあげたい。」 すると両親は寂しそうな顔をして、「可哀想だけど、仕方が無いね。」 とすぐに了承してくれました。それから私はあわただしくケージの用意をしました。去年あーちゃん (春先に生まれた茶ブチの子猫) を一時保護した時に購入した比較的大き目のケージにトイレと段ボールに座布団を敷いたベッドを入れました。しかし、いざ設置というときになって、設置場所がないことに気づきました。亀井君達は2日ほどしか保護しなかったので裏の畑の物置にケージを入れておきましたが、おかあちゃんはいつまで保護するのか見当もつきませんし、しかも具合が悪いときています。それに、これからはだんだん寒くなる季節でもあります。

そこで、裏のプレハブ小屋の一部にむりやりスペースを作って、とりあえずそこにケージを置くことにしました。このプレハブ小屋は弟が小中学生のころ勉強部屋に使っていた離れのようなもので、今は使用頻度の少ない家具などが無造作につめこんでありました。ガラクタの山をなんとか積みなおし、とりあえずケージを置いて私も入れるスペースを確保し、おかあちゃんをケージに移しました。捕獲器からケージへ入れる際に脱走されるのではないかと心配しましたが、おかあちゃんは怖いと後ずさりする性格のようで、捕獲器の入り口を開けた所ずりずりとケージの奥へ入っていったので、比較的簡単に事は済みました。

それからごはんと水を差し入れたのですが、何しろ狭いケージの中であるため、すぐに水入れをひっくりかえしてしまいました。ホルダーのついたケージの金網にかけるタイプのものでもだめでした。仕方なく、栄養バランスは悪いと思いましたが、ごはんをすべて缶詰に切り替え、水を飲まなくてもかろうじて大丈夫なようにしました。

おかあちゃんはとても利口な猫で、自分の運命を悟ったのか、ほとんど無駄鳴きすることもなく、暴れることもなく、トイレもきちんと使ってくれました。唯一、段ボールのベッドをバリバリと噛みちぎるので次第にベッドが小さく、そしてケージの中がごみだらけになっていくのが悩みの種でした。

缶詰にお兄ちゃんの飲んでいるサプリメントと病院からもらってきた抗生物質を混ぜて、3食あげること一週間、おかあちゃんは大分元気になりました。そこで、避妊手術ができるかどうか再度診察してもらうために病院に行くことにしました。しかし、ケージから小型ケージ (キャリーにはとても入れられないので) に移すという問題がありました。おかあちゃんは相変わらず威嚇が激しいため、トイレの掃除も分厚い手袋をして、そーっと手だけを入れて刺激しないようにしなければなりませんでした。(でないと、鋭い猫パンチが炸裂するのです。) 当然のことながら、大人しく小型ケージに入ってくれるとは思えません。そこで猫の保護に詳しい方に相談したところ、ケージとケージの入り口を合わせて合体させてからもう一方のケージに移動させるという方法を教えていただきました。そこで、さっそく試してみたのですが、とにかく危ないと思うと後ずさりするおかあちゃんなので、ケージの奥に入ったまま小型ケージの方には出てきません。まぐろの缶詰などで誘ってみても、えさだけをくわえて元いた場所にダッシュで戻ってしまいます。その日は一日おかあちゃんと知恵比べでしたが結局失敗に終わり、病院に行くことはできませんでした。

おかあちゃん3に続く

Last Update: 2003.2.1