第2章 地上から地上をむすぶよこ糸のうずまきにそって




   第1話 路上詩人オトノムがはじめて
              
天使のパドとえかきさんのうわさを聞く話








 原っぱには、何のへんてつもない光がみなぎっていました。

 すべてのものがうとうと、まどろんでいます。ただひとり、太陽だけが、まばたきもせず、すべてをじっと、見はっていました。

 透きとおったまなざしを、すべてのものにそそいでいました。そのまなざしに、この丘も、あたりいちめんすっぽりと、くるまれています。そうして、ここからしめだされるものは、なにひとつ、ありませんでした。ただ何不自由ないあかるみだけが、どこまでもどこまでも、広がっています。

 少年オトノムが、チッポルの丘をはじめておとずれたのは、クリスマスのすこしまえ。あの、小鳥たちの楽隊がお空へのぼった、光のできごとのあった日でした。

 丘の広場にでくわして、オトノムはおどろきました。原っぱのうえに寝ころんだとき、もっとおどろきました。
 オトノムがここにいても、なにもさしつかえありません。それくらい、オトノムは、さいしょからすっぽりと、このあたりの風景にはまりこんでいました。 そうしてただ、どこまでもつきあたることのない、草むらと、たかい空とが、自分といっしょにつづいていくのでした。

 原っぱのまんなかに、丘がありました。そして原っぱのはずれには、オトノムとそっくりの、一台のおんぼろバスが停まっていました。草ぼうぼうのなか、ただひとり、じっとうずくまって、バスはねむりこけています。

                        *   

 さて、原っぱのうえには、こんな詩がただよっていました。こもりうたのように。……
 

 それは 置いてきぼりの マイクロバスが
 からだじゅう くぼみだらけで
 かたむいたまま ポツンと
 うたたねしてる はらっぱだ
 まいごのねむる はらっぱだ

  ここは どこかの 境界線
  ぼくは 昔、よそものだった?
  ――でも、いやに居心地がいいんだ――

 ほんというと、いまでもふしぎなのさ
 ぼくが あんまりすっぽりと
 当てはまっていたものだから。この辺りに

 どこまでいっても つきあたらない
 がくぶちのなかに?


 詩は、ふとオトノムの口をついて出たのでしたが、なんだかとっくの昔から、原っぱのうえをただよっているようにも思えました。……

 たんぽぽの種が、日ざしにすけたパラソルをまわして、オトノムの耳もとを通りすぎます。
 オトノムは、すっかりさびついたマイクロバスの横に、どっかりと腰をおろしました。ここが、かれの寝床です。
 まわりをみまわすと、原っぱとブナの林のあいだを、とげだらけのイバラの蔓べがとりまいています。そこへくねくね、ヘビのように身をからませた、エビヅルの巻きひげの葉が、かみそりみたいに光っています。その葉さきから、ツゥーと一本の糸をつたいおりて、クモがさかだちをはじめました。

 糸のさきはすこしとおくのイバラのとげにはりついて、クモはようやく足がかりをつけました。それは、だんだんと、透きとおった傘のような、五角形のわくをかたどっていきます。その傘のなかを、めまぐるしく動きまわりながら、クモは渦巻の迷路をぐるぐる、はりめぐらしていきました。

 オトノムは草のうえにねそべりながら、その様子をうかがっています。と、どこからともなく、たんぽぽのわた毛が舞い込んできました。
 オトノムはまた、うたいました。うとうとしながら……。
 

 はらっぱだ 置いてきぼりの
 はらっぱだ 迷子のねむる はらっぱだ
 おひさまに からだをすかした
 たんぽぽの わた毛がきらきら 金色の
 光をはなって 舞い降りる

 サーカスの 曲芸よろしく ゆ〜らんゆらん
 道化師の 衣装をまとった アシナガグモの
 鉄条網が 待ち受けている……

 いっせいに ざわめきわたる 草のなみ
 ――透きとおった手に なぶられるよう
 緑いろの 海いちめんに こだまする
 (遠くで サイレンの音)
 ……本当に ぼくひとりなんだ

 ぼくはよそもの? ――でも居心地がいいんだ
 きっと生まれたときから ずっと こうしていたのさ……?

 『やあ! こんなところにいたのかい?
 (どこからか、ささやき声。おんぼろバスの 耳もとで)

 ぼくじゃあないか。不思議だなあ? ぼくが、
 こんなところにいたなんて。 ぼくのからだが
 こんなところに あっただなんて!

 だが、なんだかなつかしいなあ……
 こうしていると、そっちに
 吸いとられていくようだよ』

 「いやだなあ、くすぐったいよ! そんなに近くでささやいては。
 ――でもきみは、もうぼくを 通りすぎて行くんだろう?」


 オトノムはそう言って、とび起きました。しきりに、耳をかいているのでした。

 「ああ、くすぐったかった……。だれだろう? ささやいていたのは?」
 オトノムは振り返りました。風が通りすぎます。遠くで、汽笛が鳴りひびきました。

 「おや?……なあんだ、きみだったのか!」
 オトノムの耳もとから、たんぽぽの種の精がひとり、ふんわり舞いあがると、ふたたびオトノムの鼻さきへおりてきました。

 「だれかと思って? がっかりしたようね。天使じゃなくって、ざんねんでしたこと。ちいさな詩人さん!」
 「べつに……。そんなこと、思ってやしないよ、ぼく。……だいいち、天使なんか、いやしないもの。」
 オトノムは口をとがらかしました。
 「あら!」
 たんぽぽの精は首をかしげました。
 「だっていまの詩は、あの雲のうえから天使が降ろしてくるのと、おなじものよ。」
 たんぽぽの精は丘のま上、空のてっぺんちかくをさして言いました。

 「ぼくはべつに、まねっこはしないさ!」 オトノムはむきになって言いました。
 「そんな意味じゃなくってよ? まあいいわ、ともかく……」
 たんぽぽの精は、ふわりとおどりあがって、少年に話しかけました。
 「そうつぶやいて、一日、すごしてるの?」
 「どうでもいいじゃないか。そんなこと!」
 オトノムはまた怒りました。
 「そう腹をたてないでよ。あのうたは、そのまま風にながしてしまうの、と聞いているのだわ?」
 「うたなんてうたってないよ。ぼく……たぶん、ねごとを言っただけさ。うたたねしちまったんだ。」
 「うそばかり。」
 たんぽぽの精はかすかにほくそえみました。
 「だれかにきかせたらいいのに。えかきだって、ちゃんとカンバスに絵を残すのよ。音楽家だって、五線紙に……。」
 「いちいちおぼえてないよ。ふと口をついて出るんだ。そして消えてく。書きとめてなんかいたら、すぐ逃げていっちまう。ほんのすこし立ちどまっただけで、もうかわっているのさ。」
 オトノムは、すこしいらだちました。
 「だから!…だから、雲のうえから降りてきたのとおなじものだと、さっき言ったのよ。……まあ、いいわ。ともかく、」
 ともかく、というのが、この妖精の口ぐせのようでした。

 「あなたは、あそこの家へ行くといいわ!」
 とつぜんそう言って、たんぽぽの精は丘のまっすぐ北を指さしました。


 まるで日ざしの落とし子のような、オレンジ屋根の館が、八頭竜の兄弟のお山、ジムリ岳のふもとの緑にうずもれて、ひとつぽつんと、ひかってみえました。草むらに落ちたクマイチゴの粒みたいに、おいしそうです。

 「あそこに、アトリエがあるわ。アジールって札がかかってる。あんたみたいな日ざしの子どもの、かくれがなのよ。」
 たんぽぽの精はそう言って、オトノムをのぞきこみました。まっ黒に日焼けした顔のなかに、底ふかい湖のような、みどり色のひとみがきらきら輝いて、まっすぐにたんぽぽの精をみつめています。

 「日ざしの子どもだって? なんてこった。ぼくはひかげの子どもさ!」
 オトノムは肩をそびやかして言いました。
 「どこから来たのかも、どこへ行くのかもわからない。」
 「だけどいちおう、町からやってきたのでしょう?」
 たんぽぽの精はそう言うと、からかうようにくすっと、わらいました。
 「いちおうは、それぁ。…町の通りから。だけど、その日ぐらしさ。学校はやめたし、孤児院も出てきた。どこもおなじさ。

 ……ああ、それはそうと、ここは町と村との、境目なんじゃないのかい?」
 「ええそうよ。地上と空との境でもあるわ。光とかげ、透きとおったものと、かたちあるものとの、境でもあるのよ。」
 「やっぱり……。さっき、そんな夢もみた。どおりで、何かと何かのかさなるような、はなれるような気がしたんだ。」
 「そう。あなたにはここが似あうわ。ここはあなたの居場所よ。……あなたひとりで、思う存分ね? そしてときには、なかまにも囲まれるほうがいいわ。あなたにとっておきのひとたちがいるのよ。」
 「それがその、かくれがとかいう、アトリエの家というわけかい?」
 オトノムはおもわず振り向いて言ってから、
 「だが、ぼくはひとりが好きさ。」
 と、口をとがらしてうつむきました。

 「まあ。いがいと、あまのじゃくなのね? この辺りのものたちはみな、ひとりも好きだし、こころのかようなかまといるのも、好きだわ。それはそうと、いま、なにをして暮らしているの?」
 「その丘の教会で、日曜ごと、朝早くガラスみがきをしているさ。お金がたりないときは、なかの祭壇も、床や廊下もね。牧師さんのくれるこづかいで、パンをかってる。どうしてもまかなえなくなれば、町へもどって、駅だの、通りの仕事をなにか、みつけにいくさ。くず拾いか、列車の席とりか、荷物はこびかなにかをね。でも、なわばりってものがいろいろあって、どうもよそものはむずかしい。どうしても仕事がないときは、手品でもはじめるのさ。大道芸だって、すこしはできるんだぜ。あんまりめだつと、あとで痛い目にあうことも、あるけれどね。」
 「そんなにしてまで…。学校は、行きたくないの?」
 「勉強はきらいじゃないさ。だけど、つづける金がないんだ。それにだいいち、いじめられる。孤児院もおなじさ。収容所みたいなもの。」
 「家族のひとは?」
 「母親は、どこかへ行ったきり。たちのきのあとね……。父親は、出稼ぎに行ったままだ。たぶん、ゲリラ戦にまきこまれて足をうたれたらしい。ひとづてにそう聞いたんだ……。本気にしてはいないけどね。」

 オトノムは肩をすくませました。ながいまつ毛をしばたたかせて。
 「そう……。このあたりで、暮らせるといいわね。」
 妖精はためいきをひとつ、そっともらして言いました。

 「ともかく……。あのアトリエには、いちど行ってみるといいわ。むかしは、いまのあんたとそっくりだった、おもしろいおんなの子もいるし、それにかわいい二匹の子ねこもいるわ。ちいさな生き物たちと自由におしゃべりできるお庭もあるの。そうそう、アトリエには、ここの風景とそっくりの絵だって、みられるわ。ほかにも、あんたの詩にもでてきそうな、ふうがわりな絵がたくさんあるのよ。あんただって、あそこのえかきさんには、なんでも話せるはずよ。いろんな生き物とお話ができるほどだから。ねえ!…そうそう。」

 たんぽぽの精はふとそうさけぶと、白いパラソルをくるりとひと回りさせて、舞い上がりました。
 「そのえかきさんといえば、こんな話があるのよ。」
 タンポポの精はきゅうにささやき声になってオトノムの肩にとまりした。
 「ある日、そのえかきさんが丘のちょうどこのあたりで、絵を描いていたの。 もうだいぶ仕上がっていたわ。手まえには、くらい緑のトンネルを描いて、背景には、うんとあかるい、こだまするような緑をぬったわ? そのもっと奥には、ほのかにたなびく雲と、とおいお山のなみも描いた。たまにナイフで傷をつけ、ブナの林の銀のおひげも入れていた。もちろん、原っぱの海のまんなかに、ぽっかり浮かぶ島のような、あの丘もこんもり描いてあった。

 ……でも、まだなにか、欠けていたの。そう、どことなくつじつまがあわなかったのですって。わけても、えかきさんがなによりこだわったのは、無限につづくこの原っぱの、底からふと浮き上がってきた、っていう、丘のかんじだったのですって。えかきさんは風景をじっとみて、こまかい陰も入れてみたわ。でもそれ以上どうしたらいいのか、わからなかった。

 しばらくしてふと、一羽の蝶が飛んできたの。カンバスのうえにしげった緑のなかへはいろうとして、羽根の黄色い粉を落としていったわ。そのまいた粉が、ちょうどたんぽぽの点々になって、丘のうえからじぐざぐのびていく、ほら、あの小道! ちょうどあれとおなじじぐざぐを、絵のなかに描き入れていったの。 粉の道はふもとをこえ、ちょうど竜のお山のてっぺんへとどいたのですって。

 えかきさんはこう言ったの。
 『そうか。たんぽぽのジグザグだ。なんだってこんなにかわいらしい光の粒つぶが、目に入らなかったんだろう。』

 そうして頭をかきながら、蝶のうしろすがたにありがとうを言ったわ。絵は、ひときわあかるくなった。
 それからしばらくすると、こんどはテントウムシがぽっとり落ちてきたの。あおむけになって、足をばたばたさせて、あわてて去っていったの。その時、赤い血をひとつ、緑のなかにぽつんと落としていった。それはちいさなルビーのようにかがやいていたわ。えかきさんは、ふと目をあげて、ほんものの原っぱのほうをもう一度ながめなおした。

 『おや、ボケの花がさいてる。どうしてあんなにきれいな花を、見落としていたんだろう。』
 えかきさんはおなじルビーの光の粒を、ほんとの風景のなかにも見いだして、おどろいてしまったの。そうして、空をあおぐと、こんどはテントウムシの落としていったベニ色のアクセントに、ありがとう、ってお礼を言ったんですって。

 さて、絵はまたひときわ、あかるさをましたわ。地上のみどりが、天にむかって、もらった光をすっかり照り返そうとしているみたいな、ふしぎなかんじが画面いっぱいににじんできた。でもまだえかきさんは、さいごのひとつがみたされないでいた。

 その時よ。ふと教会の鐘が鳴りわたり、わた雲のうしろに、おひさまがすっかり入りこんだの。一瞬、あたりは暗くなり、やがてひとすじの光が雲間からさしこんできた……。その光のつり糸が、塔のてっぺんをくすぐった。星のおしゃべりみたいな、真珠色のまたたきがおこったわ。いつのまに、虹の輪っかをかぶった、光の網が、そこいらぢゅうにちりばめられて、丘のうえには光の帯が、ゆげのようにまっすぐ、のびていたわ。

 えかきさんは、じぶんの絵のなかに、丘を照らしだすその光の帯を、うっすらと描きいれるなり、あっ、とちいさな声をあげたわ。
 というのも、丘のてっぺんに降りたとおなじ、光のつり糸が、じぶんの絵のなかにも、すっと差し込んできたからなの。ちょうど絵の丘のてっぺんめがけてね。……えかきさんは、光にみちびかれて、なにもかもがきゅうにわかったように、あとはもうひとりでに筆をすすめていったわ。
 あたりをこれ以上明るくも暗くもせず、ただあわのような真珠色の光のへんりんを置いたのね……。雲のふちや、丘のりんかくや、草のすみずみに。それは、さっき絵のなかに差し込んだ、透きとおった光のつり糸を、いたるところに感じさせたわ。

 そうして、えかきさんが、その真珠色のさいごのつぶを、教会の塔のてっぺんに置いたとき、丘は、ようやく天にむかって、くっきりと浮かび上がったの。すべての光とかげとのつじつまが、ぴったり合ったのですって。

 えかきさんは、さいごにじぶんをうごかしてくれた、丘のうえの塔に降りる、ひとすじの光の糸に感謝して、いまでもその絵を手放さずに持っているというわけなのよ。……
 そう。それでおもしろいのは、えかきさんときたら、その光の糸がカンバスに差し込んだとき、おもわず、
 パルドン? と言ったのだそうよ。なにかふと大事なものにうっかり触れたような気がしたみたいに。それあ人間の言葉だから、意味ははっきりとわからないけど、時が一瞬停まったような、あやまったような、それでいて何か聞き返したような、そんな声のようだわ。……おや? って言うようなものね、きっと。

 さて、このようすをみていたおしゃべりのホオジロが、みんなにふれまわったの。えかきさんが、まぶしげに、降りた光のつり糸をあおいで、絵をみちびいてくれたその糸をあやつる天使を、パドって呼んだんだってね。

 そのことがあってから、よく丘のま上にやって来ては、ま昼の鐘がなるころに、おひさまとひとつにかさなる、真珠色の雲のうえには、いたづら好きの天使がいて、光のつり糸をたらして遊び、ある日地上につたい降りて、えかきさんにパドって、はじめて名づけられたって話が、この辺りの生きものたちにつたわったのよ。そう、もとはといえば、名なしのごんべえなはずの天使に、名まえがつけられたという、いいつたえね。」

 オトノムは、いつかの冬の、はじめての出来事を、ふと想い出していました。
 たったひとすじのカーテンのように、丘に降りてきた光の帯。空いっぱいにひらく、銀の日傘。海に放りこんだ投網にもみえた……。 じぶんもここにねそべりながら、かすかに小鳥たちのかなでるしらべを聞いた気がして、ふと口をついて出た天使のうたを、おひさまにむかってうたったのでしたっけ。そう、雲にかくれた白熱電球みたいだった、あの、背中にぼんやり虹をかくした、真珠色のおひさまにむかって……。

 そしていま、またふと、空を見あげています。
 
  よろこびの野辺
  すべての白い花々は
  一点のくもりもなしに
  みずからのまなざしを、高笑いを
  空へむかって反射さす。―光の噴水!
  なんという円天井が
  彼女らを包み込んでいることだろう?
  こんなにもすべてが
  聞きとどけられるとは・・。
 

 原っぱに咲きみだれるマーガレットをあおいで、オトノムは口ずさみました。 茎という茎の燭台に、満開の白い花の炎をともしています。

 ほの暗い森にはいると、たんぽぽの精はオトノムをまもるように、ほのかに宙に揺れながらそっと行く手をみちびいていきました。やがて、がらんと明かるいひだまりにさしかかりました。オトノムはまた、こうもつぶやきます。

  暖かい気配が、どこまでも どこまでも
  ささやくように
  ぼくの廻りを囲んでいる。
  (どんなに速く 歩いても)
  それはほのかに みづからの枠を少しも
  くずすことがないままに ぼくの頭上を、
  そこかしこを
  みえない力で照らしている………光の輪。
 
 「じきに・・」と、オトノムはたんぽぽの精を振り返りました。
 「じき、もうじきぼくはそのアトリエをおとづれるだろう。そのまえに、ひとつやっておかなくちゃならない。」
 「なにを?」
 「もういちどたしかめたいんだ。ぼくのしてきたこと、ぼくの居た場所を。午睡のなかで・・。しばらくはんすうするよ。」
  
 森をぬけるころ、オトノムの足はもうひとりでに歩きだしていました。じぐざぐの坂道を、速いテンポで。たんぽぽの種の精も、いつしかたくさんにふえて、あわ雪のようにあちこち、漂いながらオトノムのあとをついてきました。

 黄色のねどこはもう、しなびかけて、ミルク色のわた毛のじゅうたんへと、いつしか変わりはじめた原っぱの小道を、オトノムの足がふみしだくたび、シャボンのあわがはじけては、飛びたっていきます。
 一羽のモンキチョウが、ひらひら、たんぽぽのじゅうたんを見廻りにおとずれました。おねぼうさんに、出発をうながすように。
                     

 「ねえ、わたしたちの詩も、うたってよ!」
 たんぽぽの種の精たちは、つぎつぎと舞い上がっておねだりしました。
 オトノムは語りはじめました。
 
  花びらが いつのまに消え去って
  いまでは 地球儀がいっぱいです
  神さまの すこしずつ欠けた ゆめ

  きいろい羽根の 使者が 舞い降りて
  二本の杖で そっと触れると           
  ひとり またひとり 妖精たちが
  しろい日傘を 抜きとっては ひらき
  円天井のねどこを はなれていく

  そういう かなしいほどあわい 天体
  閉じられない 無数の宇宙……。
 



                           
 そのとき、ま昼の鐘が丘をかけ降りていきました。なにかのはじまりを告げるように。……

 それは村いっぱいに響きわたりました。



 オトノムは目を閉じ、そのまま眠りに落ちていきました。

              


     書斎

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