第3章 地上と悪魔のくにをつなぐアトリエをめぐって




   第1話 天使のパド、悪魔の国へ行く
                       ――悪魔の学校と、小悪魔ニムリム
           


 「朝から晩まで、お仕事ばっかりさ。もう、いやんなっちゃう!」
 小悪魔のニムリムは、黒いお帽子から二本、耳までたれたチンチクリンのツノをひっぱたくと、そううなりました。頭のてっぺんから足のさきまで、まっ黒けの衣装をまとった悪魔の子どもは、トランプのスペードみたいに先のとがったシッポでおでこの汗をふきふき、コウモリの羽根をむしっています。

 ここは、あやしげなお庭のしげみの奥に、いまにも眠りこけそうにしてたっている、キノコのかさの屋根の下。ニムリムのそばには、五角形にはりめぐらしたクモの巣やら、鳥の羽骨やら、くるりとさきの曲がった、くろねこのシッポだのが、ちらばっています。クモの巣の五角形をむすぶ放射の軸に鳥の羽骨をくくりつけ、コウモリの羽根を縫いあわせて、シッポの取っ手をとりつければ、魔法の傘のできあがり、のはずなんですって。

 となりでは、魔法使いのおばあさんが、糸車をまわしてクモの糸をつむいでいます。そう、ニムリムはそのお手伝いです。でももう、すっかりくたびれていたので、ついこっくり、こっくり、いねむりしてしまいます。


            

 「これ、ニュメロ!」
 おばあさんは叱りました。おばあさんは歯がわるいので、ニムリムを呼ぶたびに、どうもニュメロとなってしまうのでした。
 「ニュメロったら! なにしとるんじゃい。さっきから、ちっともはかどっとらんじゃないかね。」
 たいそうしゃがれた声で、おばあさんは言いながら、つむざおでニムリムの頭をたたきました。
 「だってえ……」
 ニムリムはあわててはね起きると、口をとがらかしてぼやきました。 ほんとうに、いろんな用事をいままでやってきたんですよ、この子は。
 朝、五時に起きると、すぐ表へ出て、扉にかけるドクロのウルシ塗りをします。

ドクロはくすぐったくて、歯をカタカタさせます。かまれないよう、気をつけなくてはなりません。

ドクロの下には、
 「悪魔の学校 スコラ・ネグリゲル」
とかいた木の札が、かかっています。

 それからニムリムは、あちこちからニョキニョキ生えているキノコのお屋根のうち、いっとう高いのによっこらしょ、よじのぼると、エントツそうじに、魚の骨の風見鶏(?)みがきをはじめました。あ〜ぁ。これでもう、朝からすっかりすすだらけ。

 おつぎは、また館の中へと戻って、魔王ネガテール・ネグリゲルの大部屋そうじに、魔法使いのおばあさん、ネガトリス・ネグリゲルの部屋そうじ。それから地下の奥、死神の部屋へ行くと、――つまりはお墓の下でしたけれど――ひつぎのベッドにお花をたむけ、シーツと羽根ぶとんをとりかえます。

 さて、そうじがすむとまたまた庭へ出て、ツリガネソウが七時を知らせるころ、池のヒキガエルを九つ、とってくると、スイカズラの蔓べにひっかけて、日干しの用意をします。夕方のスープのだしにするためです。すいとった血は、朝のコーヒーにするため、ほたるぶくろの瓶にたっぷり、しぼりとります。
 カマキリを十九、とってきて、さくさくのパンにはさみます。あまりの一匹は、柱時計のフクロウのじいさんにたべさせてあげます。

 さて、みんなが朝食をたべているうち、ぬかぶくろの洗濯、お昼のどじょうの骨ぬきもしました。おばあさんにいいつけられて、ネムの木をはぎ、としとった壷にいっぱい、汁をとりました。にいさんたちの実験用にニワトコの樹液もあつめました。悪魔はこれで、魔法のくすりをつくります。

 さておつぎは、魔王の朝の湯あみの用意。いそいで土間へとんでいき、釜が煮えたぎるのをまつ間、朝食のあとかたづけに皿洗い。それがすむと、あわてて教室へかけこんで、授業中、こっくりこっくりいねむりします。こうしてみせしめに、みんなの前でおしおきを受けます。休み時間になると、みんなからよってたかっていじめられます。

 それからあとは、呪文の暗記。試験がすっかり終わるころ、チリンチリン……。ツリガネソウが正午を告げます。

 ニムリムは、またまた庭へとんでいき、おおいそぎで陽炎の精を呼びあつめると、手廻しオルガンのとっ手をまわして、奇妙なメロディをかなでながら地面の影を一片のこらず吸わせました。(こんなわけで、このあたりではま昼になると、地上からすっかり影が消えうせるのです。)あつめた影はぎゅうぎゅうづめに、魔王のペテン箱におし込んで、逃げ出さないよう、鍵をかけておきます。

 フウ……。ニムリムはため息をひとつ、つきながら、ようやく広間へもどってきました。もうくたくた。おなかだって、もうぺこぺこです。ニムリムは、はこんできたペテン箱をおばあさんに手わたすと、広間の床にどっかと腰をおろしました。
 「たんとあつまったかね?」
 おばあさんはにやにやしながら、いつものように箱をのぞきこんで言いました。
 「はい、たんとたんと。」
 ニムリムは、ぶっきらぼうにこたえました。
 魔王のペテン箱にあつめた影は、あとでオルゴールのはた織機で、黒づくめの悪魔の衣装に織りあげます。

 さて、ニムリムの使うちいさな手廻しオルガンは、そんなふうに地上のあちこちの影を吸いあつめるのでしたが、魔王が持ちあるく、とくべつおおきな手廻しオルガンときたら、影どころではありません。ひとのたましいを、そっくり呑み込んでしまうのでした。

 魔王はいつもおもてに出るたび、道ばたの音楽師やら、曲芸師やら、羊かいのおじいさんに変装して、おおきな手廻しオルガンをまわしています。そして通りで寝ている家なし子や、孤児院をぬけ出した子ども、ふてくされた子どもたちなどをみつけては、声をかけるのです。そう、このときたくみにオルガンのとっ手をぐるぐるまわし、あやしげな音楽にのせて、ブツブツ呪文をとなえては、あっというまにたましいを吸いとってしまうのです。せかせかとせわしげでいて、どこか眠気をさそうような、オルガンのふしぎな音色のせいか、まわりに行き来するおとなたちはみな、みるみるたましいを抜きとられていく子どもたちのそばを、見て見ぬふりをして通りすぎます。それはたいてい、じつは自分たちも、とうの昔おなじように魔王にこっそりたましいを抜きとられている証拠なのです。

 しめしめ! こうして魔王はつぎつぎと、ペテン箱からくり出す、たましいを吸われてすっかりのっぺらぼうの姿となった子どもたちの〈ぬけがら〉を、一列にならべると、あつめておいた地面の影どもをたてよこにあわせ、オルゴールのはた織機で仕立てた、れいの黒い衣装に閉じ込めて、じぶんの〈学校〉にほうり込んでしまうのでした……。


 コツコツ! 糸車のつむざおで、おばあさんに頭をこづかれて、ニムリムはまた、はっと飛び起きました。
 あ、そうそう! お昼のしたく、しなくっちゃ! ニムリムは、コウモリをけ飛ばすと土間へすっとんでいきました。
 奥の小部屋では、昼休みに小悪魔のにいさんたちが魔法の薬をつくろうと、わいわいあつまっています。にいさんたち、とはいっても、もちろん、血がつながっているわけではありません。年上で、わるがしこく、けんかのつよい順からいちばん目のにいさん、にばん目のにいさんとよばれているのです。
 みんな、魔王ネガテール・ネグリゲルにだまされて、呪文をかけられ、たましいを吸われて、この学校にぶち込まれた、この学校の生徒たちです。どれも魔王の分身のような、まっ黒い身なりをさせられています。そして、スペードのシッポと、ちんちくりんのツノのはえた帽子をつけられてしまうのでした。
 呪文のとけるまで、一生こんなすがたでいなければならないのです。とちゅうで呪文がとかれることは、めったにありません。よほどの強い意思のちからをふりしぼって、地上へとぬけだすか、なにかの幸運にみちびかれるしかありませんでした。だから、たいていの小悪魔たちは、あきらめて、この学校のなかでえらくなり、好き放題をしてみんなにいばりちらすことで、うさばらしをするようになるのです。そしてそれが、〈いちにんまえ〉になることだというかんがえに、いつしかならされてしまうのでした。悪魔のくにでは、落ちていくことが、えらいことでした。

 もちろん、なかにはえらくもなれずに、すっかりあきらめてしまう子どももいます。そうなると、ただいじめられてばかり、もう生きているのがいやになります。そういう子どものためには、すくいの手が、いつでも差しのべられます。そう、死神のいるひかえ室が、ちゃんと用意してありますからね。

 さて、小悪魔のにいさんたちは、いやな仕事はなんでも、末っ子のニムリムにおしつけて、わくわくすることには、なかまにも入れてやりません。気弱な年下のものは、なんでもいいなりのみそっかす、なのです。
 毎日、けんかや意地悪だらけ。悪魔のくにでは、そんなこと、ごくあたりまえでした。ちいさいものには、仕事のつかいっぱしりと、学校ではみせしめにおしおきばかりで、日が暮れます。
 いまも、ニムリムだけがたったひとり、なかまはずれで土間のお仕事。にいさんたちは理科室で、なにやらがやがやわめきながら、魔法の薬の実験みたい。ちょっぴりたのしそうにもみえますけれど、べつに、なかまに入りたいとも思いません。どうせいじめられるにきまっていますし。きっと、そのうちけんかでもはじまるでしょう。

 「あ〜あ。」
 ニムリムはため息をつきました。

 「天のくにはいいな。天使はみんな、ひとつになってたすけあう、なかよし兄弟だって聞くけど。どうせならぼくも、あっちの世界に連れられていけばよかったのに。なんだって悪魔のくにになんか、きちまったんだろう? きゅうくつで、みんな自分かってで、いがみあってばかりで、いやんなっちゃう。だいたいぼくが、悪魔の子なんて、いったいだれがきめちゃったのさ!……ぼく、もう、こんなところに、いたくないやい。」

 ニムリムは、カタツムリの中身を十八ばかり、くりぬいてナベに落とすと、カラをあつめて、かたっぱしから棒でこなごなにたたきわりました。いえいえ、けしてやつあたりではありませんよ。これは魔王の命令でした。こまかい理由はニムリムにも、よくわかりませんけれど、なにしろ悪魔のくにでは、うず巻もようだの、くるくるとらせんを描いてのぼるものは、なんでも目のかたきにされているのでした。とにかくいいつけどおりにそうしてから、シャコのたまごを九つわって、さいごのひとつを瓶のなかへ落としおわると、グスン、グスン……。

 おや? ニムリムったら、とうとうベソをかきはじめましたよ。
 シュク、シュク、グスン。……ウェエン、エン。しきりにしゃくりあげています。

 (いやいや。これぁいけない、いけない。悪魔の子だもん。泣いたらおかしいぞ!)
 ニムリムはそう、あわてて自分に言いきかせました。
 「どうせベソをかいたって、ぼくが悪魔の子だってことは、変わりゃしないもの。どうせそうなら、いつまでもみそっかすのできそこないじゃ、いられない。もっともっと修業をつんでえらくなって、〈いちにんまえ〉の悪魔になってやるさ! ぼく、きーめたっと。」
 ニムリムはそういって、涙をシッポでぬぐうと、「悪魔のうた」をうたいはじめました。


  おれは小悪魔   天才なんだ
  呪文をとなえりゃ パンパラリ
  この世のみらいは おれさまたちの
  お・も・う・つ・ぼ!
  手廻しオルガン  夢ごこち
 ”ムシムイミムキリョクムカンシン”
  いかな霊ども   みんな
  おれの呪文にしたがえよ


 ほんというと、あんまりすてきな文句では
ないのですが……まあ、からいばりのうたです。


 おや?……なんでしょう? おかしなにおいがしていますよ。にいさんたちが、長いエントツののびた地下の理科室で、フラスコを火であぶり、黄色い水をガラス棒でかきまぜながら、口ぐちにさけんでいます。フラスコからは、黄色いあわがごぼごぼ、わき出してきました。

 「へんだなあ、クプロ! おまえ、なんかまちがえて混ぜたんじゃねえか?」
 「そんなことないよ。もうじき、赤くなるってば!」
 「ネムの木の樹液を、もっとたらせ。」
 「よう、ガザ、コズビ! おまえら、ニワトコの葉っぱをもっと、とってこい。薬草がたりねえんだ、はやくはやく!」
 「ゲホッゲホッ! ひどいけむりだなあ。」
 「こりゃいまに爆発……」

 そういう間にも、あやしげな黄色いけむりが、もうもうとたちこめてきました。けむりは、部屋ぢゅうはいまわって、出口をさがしています。
 ニムリムはがたがたふるえだし、鼻をつまんだままじいっと土間でうずくまっていました。と、とつぜんものすごい爆発音がしたとおもうと、扉が開いて、にいさんたちが隣の部屋からとびこんできました。

 「けむりを、土間に入れろ。はやく流せ!」
 「土間のエントツから追い出すんだ。」
 「はやくしないと、魔王がくるぞ!」
 「もしきたら、ニムリム。おまえのせいにするからな。」
 「そうだそうだ! こいつがやったことにすればいいや。わかったな、ニムリム。」
 「そ、そんなのないやい! ぼく、やってないもの。」

 「こらあ!」
 と、とつぜん、あたりにイナヅマがはしり、雷のとどろきとともに、魔王ネガテール・ネグリゲルがキノコ小屋のなかへかけ込んできました。

 「おまえたち、いったいなにをしとおる!」
 シルクハットをまぶかにかぶった魔王は、すっかり羊飼いの変装をふりほどいて、いつもの悪魔のすがたにもどっていました。

 アラジンのランプのとっ手みたいにとんがった、耳にまでとどきそうに裂けた口を、あごひげの上いっぱいにひろげ、魔王は大声でどなりました。そうして両手をあげて、せいいっぱい、息を吸い込んだとおもうと、あっという間にけむりをたべてしまいました。

 「いちどう、広間にセイレツ!」
 と、魔王ネガテールは、またひと声あげました。
 「まったく! これでは、エントツが何本あってもたりん。」
 魔王はぶつくさいってから、広間にあつまった生徒のうち、すぐそばにいる小悪魔のひとりをステッキでこづきました。
 「こら、こぞう。いったいだれのふしまつだこれは?」
 小悪魔のひとりはちょっとびくつきましたが、すぐに元気よく、わめきたてました。
 「ニムリムです、魔王さま。」
 するとみんなも、たちまちうなづきました。

 「まったく、あのできそこないめが。いったい、いつになったらいちにんまえになりやがる? で、どこへいったんだ?」
 「はて、土間ですかね。」
 魔法使いのおばあさん、ネガトリス・ネグリゲルが、とぼけた顔で言いました。

 「こら! こぞう。さっさとでてこい! みんなあつまっとるんだぞ。いつまでびくびくしとる気じゃ?」
 魔王は、まるで地ひびきをたてるようなひくい声で、どなりちらしています。
 ニムリムは、おどおど背中をまるめて、土間から出てきました。すっかりおじけづいて、からだぢゅうぴくぴく、わなないています。
 「この、できそこない。さっさと顔をあげろ! おまえだな? 薬のちょうごうを、またまちがえたやつは?」
 「ぼ、ぼく……ちがうよ、だって、ぼく」
 「うそをつけ! みんなが、そう言っとおる!」
 魔王がものすごい声で言いました。すると小悪魔のにいさんたちも、ニムリムが口ごたえできないよう、じわじわとまわりをとりまきはじめました。
 「こぞう。おまえは、数もわからんのか? いいか、おまえが犯人だというものの数は、いったいいくつだ?」
 ニムリムは、にいさんたち全部と、魔王の数をたして、こたえました。
 「八つ。」
 「九つだ!」
 魔王は、すましてつむざおの糸を巻いている、魔法使いのおばあさんのぶんまで入れて、言いなおしました。
 「それでは、おまえが無罪だというものの数は?」
 ニムリムは、しばらくだまりこむと、奥のオルゴール箱の角部屋にとじこもっている、ひとりの少女のことをかんがえていましたが、やがてあきらめたようにこたえました。
 「ひとつ。」
 「いいか、こぞう?」
 魔王ネガテールは、勝ちほこったようにほくそえんでいます。
 「九つと、ひとつでは、いったいどっちがつよいと思うんだ?」
 (おおきな数ってことばかりが、つよさじゃないやい。ぼくのひとつは、ぜったいぐらぐらしないもの。やってないものはやってないんだ。それ以上、なにをどう言やぁいいのさ?)
 ニムリムは、こころのなかで、そうつぶやきました。
 「こぞう、おまえはわしにさからう気か? 年上のものたちに、さからう気か?」
 魔王はおどしをかけました。
 「聞け、ニムリム。われわれの〈魔界の訓〉を、わすれてはいまいな? みなのもの、いっせいにあんしょうしろ!」
 「おう!」
 魔王が号令をかけると、小悪魔の生徒たちは元気よく整列して、棒暗記した「悪魔の法典」を、呪文のようにとなえはじめました。


 一、赤信号。ひとりわたればみんなもわたれ。みんなでわたれば、青信号。
 一、ふりむくな。聞くな、止まるな、首かしげるな。
 一、「ちょっと待て」「なぜ、どうして」は、魔界の禁句。ウムをいわさず、実行あるのみ。
 一、「なんにもない」「なんでもない」が、合言葉。顔さえそむけりゃ、なにごともなし。
 一、うめき声。耳をふさげば、カエルのねごと。
 一、なぐる、ける。まぶた閉じれば、バッタのおどり。
 一、みせしめは、みんなでみよう。クモの曲芸。
 一、あるものも、ないといいはれ、ないものは、あるといいはれ。この世はナレだ。


 「わかったか、ニムリム。みんなが、おまえが犯人だと、いっておる。ひとりがいえば、みんながいう。みんながいえば、それがほんとうだ。」
 「えっ、あの……。でも、ちょっと待って。ぼく、ほんとに……。だってぼく、土間で」
 「ちょっと待ては、わしらの禁句と、いまいったばかりではないか!」
 「えっ……そのう。でもほんとさ、ぼく……。なんでぼくが、」
 「なぜどうして」は、わしらの禁句というのが、わからんのか!」
 魔王はしびれをきらしました。
 「そうだ、そうだ!」
 みんなもはやしたてました。

 「ニムリム。ばつとして、この騒動のあとしまつだ! わかったな。」
 ニムリムがきょとんとしていると、
 「こら、なにをぼさぼさしとおる! さっさと始末しろ! エントツそうじ、エントツ
そうじ。」
 魔王はどなって、血のようにまっ赤なマントをひるがえすと、ニムリムひとりを土間へ追いやりました。
               


 「ひどいや! ぼく、ちっともかんけいないのに……。」
 ニムリムは泣きじゃくりながら、顔じゅうすすだらけになってそうじしました。あたりは、しんとしたように思えます。きっともう、だあれもいなくなったのでしょう。
 ニムリムは、エントツの筒に顔をつっこむと、とうとうがまんできなくなって、空に向かってどなりました。
 「神さまあ。天使さまあ! ぼくもう悪魔はいやだよう。悪魔の子でなんか、いたくないよう。こんなくににいるのは、まっぴらだよう。ウエエン。」
 ニムリムの泣き声はエントツじゅうにこだましながら、すすけたけむりになって、ぷっぷか空へのぼっていきました……。けむりは浮いたりしずんだりしながら、ミミズのような文字になって、空を泳いでみえなくなりました……。

 ニムリムが、ほっとため息をひとつ、ついたときです。なんてことでしょう! エントツじゅうにひびく泣き声を聴きつけた魔王が、もうれつないきおいで隣の部屋へもどってくると、土間に向かって大声でどなりました。
 「こらあ! いま、なんと言った?」
 ものすごいとどろきが聞こえてきます。おおきな足で床をたたき、じだんだふんでいるのです。ニムリムはわなわな背中をふるわせながら、土間の扉のすきまから、こっそりようすをうかがいました。

 「こっちへこい、ニムリム。」
 魔王がひとさし指をおったてて、手をこまねいています。しかたなく扉を開けて、ニムリムがおずおず広間へ出ると、魔王はいきなりおばあさんの糸車のつむざおから、くるくる糸を引きだして、広間の天井にひっかけました。そして、ニムリムの足をつかんでさかさまにすると、足首に糸を巻きつけて、ちいさいからだをあっという間に吊るしあげました。

 ニムリムは、ちょうどクモの子のように、さかさのまま、宙ぶらりんにぶらさがりました。
 いつもの、おしおきです。ニムリムは、しばらくすると、血がさかのぼって、顔がまっ赤にそまってきました。魔王はこれをみるなり、ステッキでこづいて言いました。
 「おまえというやつは、いつまでもおきてに従えんやつだな。できそこないめ。すみからすみまで、黒にそまれといったらそまるんじゃ。それをひとりで赤くなりおって。この、はじ知らずめが。」
 みんなもくすくす、わらいました。
 「こんど、このくにを出たいなどと言ってみろ! ただではおかないからな。」
 そうどなって、魔王は、ようやくひとつため息をつくと、きゅうにあたりを見まわしはじめました。

 「ところで、ばあさん。エシャッペはどうしておる?」

              

 「はてね? どこへいきましたかね。」
 おばあさんは、あいかわらずとぼけたしゃがれ声でそういうと、糸車をまわす手をとめました。
 「そういえば、さいきんとんと姿を見とらんのですよ。なにしろ部屋に閉じこもった切りなんでね。きっとまた、ひとりではた織か、玉乗りの練習でもしとるんじゃろう。よびますかね?」
 「あたりまえだ。みんな、あつまっているというのに。」
 魔王がぶつぶついいました。

 「エシャッペ! これ、エシャッペや? ちょっと広間へ。」
 おばあさんは、金切り声をあげて、奥を呼びました。
 やがて、あわ雪のように白い衣装をきた、かぼそいひとりの女の子が、すねた妖精みたいに、うつむいたまま、服のすそだけたのしげに、ひらひらさせて、広間にあらわれました。

「こら。エシャッペ!」
魔王のおどし声に、白い妖精はたじろぐことなくふっと顔をあげてみせました。

まるで、鉄格子の窓からのぞくお月さまに、ひとつの誓いをするかのように…。

 みんなは、あんまりひさしぶりに、この少女の姿をみたせいか、まぶしそうに、なんともなつかしげに目をほそめました。











            

                                            
 「こら! なにをぼさぼさしとった? 遅刻したばつだ。これを持って部屋をかたづけろ。ガラスのはへんだの、さんらんしておるぞ!」
 魔王は、女の子をどやしつけると、そばにあった魔法使いのおばあさんの箒を、わしづかみにして、女の子におしつけました。そして、だまったまま、けげんそうな目でみつめている、女の子の腕をつかむと、箒をもたせて隣の部屋へとせきたてました。

 「それから、おまえたち!」
 こんどは、魔王は小悪魔たちを振りかえりました。
 「実験のつづきをしろ。ただし、土間でやれ! エントツがついているからな! むろん、昼めしはぬきだ。さっさと行け! それから、ばあさん。すこしかんとくしてやれ。失敗はもうゆるさん! これいじょう、屋敷をもうもうにされてはかなわんわい。」
 血のようにまっ赤なマントをひるがえし、魔王はさっさとみんなをおいやりました。
 魔法使いのおばあさんは、まがった腰をたたきながら、杖をつきつきみんなのあとについて行きました。
 さいごに、魔王もどこへやら、姿を消してしましました。

 広間には、ニムリムひとり、ぽつんとのこされました。
 「ひどいや。ひどいや……。」
 さかさのまま、泣きじゃくっています。でも、だれにも聞こえません。
 隣の部屋からは、エシャッペが箒のえで、エントツの筒をガタゴトつつく音がしています。
 土間ではみんながあいかわらず、けんかしながら、わいわいがやがや、やっています。 ふたたびあやしい黄色いけむりは、扉のすきまをくぐりぬけ、はやくも広間にまで、もやもやと立ち込めはじめているのでした。
 ニムリムはけむたいやら、かなしいやら。もう涙がとまりませんでした。


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