色とりどりのふしぎな絵が、壁づたいにぐるりと、ニムリムをとり囲んでいます。そのあいだを、ふうわり、ふわり、虹の輪にのって、ニムリムのからだが浮かんでは漂っていきます。 「わあ、いいきもち。なんてすてきなんだろ!」 ニムリムは、おもわずはしゃぎ声をあげました。 「のりごこちはいかが?」 だれかが声をかけました。さっきのささやき声です。 「うん。とても……」 ニムリムはおどろいて、まぶしそうにあたりを見まわしました。が、だれもあらわれません。ただなんとなく、シャボン玉にもうひとり、自分といっしょにのりあわせている気がします。が、それは、まわりからそっと包みこむように、たしかに自分といっしょにいるだれかの、付きそう気配がするといったほどでした。 ルビーの光をはなつ赤、あんず色、金色をおびた緑、銀色をおびた青、すみれ色……そんないくつものうつろいやすい色たちが、たがいににじんでは織りなす膜のようなものが、ぐるぐると渦を巻きながら、うっすらと目のまえをおおって自分を包み込んでいるのが、透かし見えるだけです。 「アトリエぢゅうでいっとう日当たりのいい窓辺へいこう。」 声がそっと言いました。 「うん。……ね、きみはどこにいるの?」 「さっき言ったろ? きみといっしょにいるんだよ。……さあ、ふたりでひなたぼっこしよう。」 「うん。」 ニムリムも、思わずこっくり返事をしました。自分のからだも声もすっかり透けて、なんでもうちとけてお話できる気がします。 ニムリムを運ぶシャボン玉は、上下に波をえがきながら、おどけた絵や、すこし不気味な絵のまえをゆっくりと通りすぎると、まぶしくて向こうがみえない、光のくにのようなひとつの出窓へとおどり出ました。 昼下がりのアトリエはがらんとして、あかるい日射しが窓のむこうにひろがる牧場の色を映して揺れています。出窓は、まるでみどりのこだまでいっぱいの、劇場のよう。遠くの森からかすかに、小鳥たちのさえずりが聞こえるほかには、もの音ひとつなく、あたりは、しんと静まりかえっています。 四方からニムリムをとりまく絵画たちは、みなそれぞれにほのぐらい物語の場面をあたえています。どの情景もしずかに、ニムリムを奥へとさそっているよう。 部屋のすみっこには、描きかけの絵をのせた画架が、ぽつんと立っていました。ひとりの少年の肖像です。その前に、ベレー帽をななめにかぶったえかきさんが、じっとたたずんでいます。 「ニャーン」 えかきさんのズボンのすそに、子ねこがからだをすりよせています。 「カブリオルはどこへいったの? 遅いなあ。グルワ〜ン」 なあんて、言ってます。 もうひとりの子ねこは、となりで床のうえにおちた絵の具のしみを、くんくんしています。 シャボン玉は窓辺につきました。レースのカーテンがそよ風にそっと揺れています。 「ね、ね。きみはだれなの?」 ニムリムは、みえないだれかに聞きました。 「ぼくはきみさ。さっきもいったろ?」 だれかが応えました。 「天使のパドってのかい?」 「そう。ぼくは天使のパドで、ぼくはきみさ。そしてまた、きみのあいぼうなんだ。ふたりはひとつ、ふたりでひとつ。」 「よくわかんないけど、どうぞよろしく。ぼくはね、」 「知ってるさ。小悪魔のニムリムだろ? でももう、きみは悪魔なんかじゃないんだよ。だって、きみはもうぼくと〈いっしんどうたい〉なんだからね!」 「なんだって! ぼ、ぼくが、もう悪魔じゃないだって? そんなうれしいこと、あっていいのかな?」 ニムリムがわめきました。 「ああ、でもぼく、なんだかそんな気もするよ。だって、気持がすっきりして、ちっとも息ぐるしくなくなったもの。それに、みえないけれど、さっきからきみがぼくに似ているのがわかるんだ。ぼく、よかった! きみがぼくに似てて。……なんだか、ほっとするもの。」 「ぼくだってさ。」 パドも言いました。 「そうなんだ、ニムリム! ……いまぼくは、たしかにきみに似ている。だっていま、ぼくはきみ。ぼくはいま、きみといっしょにいるんだからね。」 「え……?」 ニムリムは、すこしおどろいた目で聞きかえしました。 「ええと、じゃパド。きみは、ほかの子といるときには、その子に似ちゃうのかい?」 「そうだよ。天使は透きとおっていて、もともとだれでもないから、だれにでも似ているし、だれとでもいっしょにいられるんだ。」 「なあんだ。」 ニムリムが、ちょっとがっかりしてため息をつきますと、 「でも、心配するなよ。ニムリム! きみが、ぼくのことを忘れたり、何処かこころの外へ、追い出してしまわなければ、〈きみのぼく〉は、ずっときみに似ているし、きみといられるよ。天使のひとつの姿はね、その天使といっしょにいて、そのことを気づいている、その子じしんの姿なんだよ。だからニムリム。いまきみが感じているぼくの姿も、ほんとはきみの姿なんだ。きみと組んで、きみに語りかけ、きみを包む、もうひとつのきみ。そしてそれはきみ自身なんだよ。」 そう言って、パドの声はわらいました。ニムリムも安心してわらいました。…… 画架のむこうでは、カデシさんがねっしんに、パレットのうえで絵の具と絵の具をかさねあわせています。その足もとには、子ねこの姉妹、カノンとフーガがなかよくならんで、おたがいの耳と背中をなめ合っていました。 と、とつぜんニムリムが、心配そうな目をしはじめました。窓からさし込む、目もくらむほどの初夏の光の束が、ゆがんだニムリムの顔を照らしだします。 「ぼく、こわいよ。パド! さっききみが言ったこと、ほんとうだったらどうしよう。きみはもう、ぼくが悪魔なんかじゃないって言ってくれたけど、このとおりぼくの姿はまっ黒けさ。天使が、悪魔のみなりをした、ぼくなんかといっしょにいたら、きみまで悪魔そっくりの姿になっちまう! 目にみえないほど透きとおった天使が、やがてすすまみれの、まっ黒さ?……ねえパド、ここをはなれて。なるべく遠くへ。ぼくに近よらないでよ! せっかく天使のきみだもの。」 「だいじょうぶさ。そんなことないってば!」 パドは目にみえないやわらかい手で、ニムリムの肩をつつみました。 「そうじゃないのさ、ニムリム。ぼくの言うのは、見た目のかっこうじゃないんだってば。それにだいいち、あべこべだよ。ぼくがきみ自身だって言ったのはね、ぼくが〈きみになっちまう〉、っていうんじゃない。ぼくといるときの〈きみが、ほんとのきみになる、〉ってことなのさ。いろんなきみのうちの、ほんとのきみに。いっとうすてきなきみになる、ってね。ニムリム……。だってきみ、いま、じっさい自分が悪魔だって思えるかい?」 ニムリムが目をまんまるくして、シャボン玉の目――この、虹の膜でおおわれた、透きとおった目、みえないだれかのみえない目ーーの奥を、いっしんにみつめようとしました。そう、ちょうど自分じしんのひとみの奥に、さかのぼるように、ニムリムは目をみはります。……なんだか自分のからだが、透きとおりそうです。ニムリムじしんのこころのなかを、ニムリムじしんがまっすぐに通っています。……いいえ、自分のなかを通っていくのは、パドの放つ光の矢なのかもしれません。……天使の光のまなざしが、ニムリムのこころをすっかり透かしているのじゃないかしら……。 ニムリムは、そんなことを思いました。 窓辺のすみで、日射しを浴びるガンピの花が、まっ赤に透けて風にふるえています。白いチョウチョウが二羽、からみあって輪を描きながら、天窓のほうへ、たかくたかく、ゆっくりと舞い上がっていきました。 「アトリエ遊覧しよう。」 パドの声がしたとたん、シャボン玉の舟はふわありふわり、もちあがりました。 「わっはは。らくちん、らくちん。」 ニムリムが手をたたいてはしゃぎます。 シャボン玉のなかで、パドが言いました。 「ね、知ってる? 天使ってかくれんぼが大好きなんだぜ。」 「ほんと? かくれることなんかが、好きなのかい。 悪魔はね、大事なもの、かくしっこすることはよくあったけど、かくれんぼなんか、しなかったな。でも、ぼくも好きさ。かくれんぼ! ……ね、だけど、どうやってするんだい? 天使のかくれんぼって。」 「そりゃあ、天使はどこへでも入れるから、どんなとこにも息をひそめていて、みつかるのをずっと待ち受けてるんだ。でも、みつけた、ってきみらが思ったとたん、たいていはもうとっくに、どこにもいなくなってるんだぜ。」 「わあ、すごいな! 悪魔の魔法なんかよりずっとすごいや。」 「ねえニムリム。いまからぼくが、どこにかくれてるか、当ててごらん?」 そう言いおわるかおわらないうち、天使のパドの気配は、もうどこかへ消えさっていました。ニムリムは、きょろきょろ辺りを見まわしました。…… えかきさんは、あいかわらず熱心に絵筆をうごかしています。男の子の顔のうえに、ひとつひとつ、ていねいに絵の具をおいていきます……。 カンバスのうえの少年は、いつしか黄色と黒のしまもようの、すすけたシャツをまとっていました。見知らぬ少年でしたけれど、どこかなつかしい気もそそられる、ふしぎな風貌をしています。なかでもふかいみどり色のひとみは、ひたひたと遠くをみつめ、まるでそのむこうにあるなにかを、すかしみしているようです。そうかとおもえばまた、その顔のうえにすこしずつ、絵の具の色をくわえていく、えかきさんの目を、ふかく澄んだ湖の映しだす鏡のように、いっしんにみつめかえしているようにもみえます。…… 「パド?」 ニムリムは、ひとり、とりのこされたような気持になりました。 さっきまで、なにをしていたのでしょうか。それとも、まえからずっとひとりでいたのでしたっけ……。すべては、気のせいだったのでしょうか。 (ぼく、夢をみていたのかな? それにしても、ここはどこなんだろ? それとも、まだ夢をみているのかな………?) パドは? パドはどこへいったのでしょう。あれは、気のせい? あの子は、ほんとうはいない子、だったのでしょうか……。」 「ニムリム! もういいよ! 」 と、どこからともなく声がして来ました。すっかり耳なれた声です。 「ニムリム。こっちだよ!」 ここかしこで響いています。ニムリムのこころのなかからも聞こえてくるようです。 おや? なにか白いかげがニムリムのうしろでひらめきました。……ニムリムがそおっと振り返ろうとすると、 「みてよ! どう? あたしのダンス。宙返りだって、おちゃのこさいさい!」 だれかがさけびました。 みると、オルゴールの端でくるくるまわる、とげのはえた円筒のうえで、はだしで足踏みしている少女がいます。両手をひろげ、まっ白い衣装のすそをひらつかせながら、じつにかろやかな足どりで、玉乗りのけいこをしています。オルゴールの円筒は、少女の歩調にあわせて、めまぐるしく回転しながら早口にメロディをかなでます。 なんだかエシャッペとそっくりだな、って、ニムリムは心のなかで思いました。 「よっ!」 と、つぎの瞬間、少女は片脚をもちあげると、すばしこく半回転して後ろ向きになりました。そのまま息つく間もなく、円筒のうえで身をひるがえし、逆立ちをしてみせました。円筒のとげのうえを、平然と両手で歩いていますよ。と、たちまちまた身をひるがえし、まっすぐ前を向きなおって片手をかかげて足踏みしています。 「うわ、見ているだけで目がまわらあ。」 ニムリムはうなりました。しきりに頭をふりふり、目をこすってもういちどよく見ようとしますと、少女はどうしたことか、ほっそりした片手をのばした姿勢のまま、すっかり止まってしまいました。オルゴールの音も聞こえません。 「あれ? もとの絵にもどっちゃった。」 ニムリムがつぶやきながら、首をひねっていると、 「ニムリム、 ここだってば!」 まただれかが、背中のほうで呼んでいます。振り向くと、ガラスの瓶に閉じ込められたアネモネの精が、こっちにむかって手まねきしていました。と、まるで赤い炎がゆらめくように、またたく間にみごとな宙返りをひとつ、してみせました。……と、どうしたことでしょう。風にあおられる炎のごとく、まっ赤なからだがまたふとゆらめいたとおもうと、もうその姿は消えていました。……いったいどこへいったのでしょう。瓶のなかには、だれもいません。 「あれれ?」 ニムリムが目をしばたたかせていると、 「ニムリム! ちがう、ぼくだよ。宙返りしたのは! こっちこっち。」 まただれかが、うしろから呼んでいます。ニムリムが振り返ると、 「どうだい。おれさまの芸当! うまいもんだろ?」 声がさけびました。 みると、黄色と黒のだんだらもようの衣装を着た、クモさながらのピエロが、ぐらぐら、たいそう危なっかしそうに綱わたりしているではありませんか。綱は、上のほうへ行けば行くほど、目もまわるほどふくざつなクモの巣状にはりめぐらされています。 「へっへ〜い! こんなの、かるいかるい。」
「いやだい!」 ニムリムはぎゅっと目をつむると、両手で顔をかくしてしまいました。 「ぼく、見ないよう。もう、見るのはいやだい!」 「ええ? 見ないの? なにも見ないの? ぼくはいま、ここに、こうして、いるのにかい?」 パドの声が聞きました。 「だって……ぼくが見ると、いつもなにかが逃げちゃうんだもの!」 「そりゃわるかったよ。でも、だからって目をつむっちゃ、もっと見えないぜ? 目をつむっちゃったきみのこころのなかに映ってる、残りもののほうになど、けっしてぼくはいないんだよ。だいじょうぶ。きみが見ても、もうぼくはちゃんといるよ。きっと! そりゃあ、きみがよく見ようとすれば、ぼくはどうしても、消えてうごきまわってしまうけれど、それはね、逃げてしまったわけじゃないんだ。きみが、もっと、もっとよく見れば、いままでよりもっとはっきり、ぼくがどこにいるかがわかるさ。 ぼくはいる。きみといっしょに、だよ。だから、ねえ。ニムリム! 目を開けてごらんってば。」 ニムリムは、やっとのことで顔をあげました。そしてそおっとまぶたを開け、まばたきをすると……。 「やあ! いたいた。パド、きみだね? あの、野原のまんなかだ。」 ニムリムは、アトリエぢゅうでいっとうちいさな絵を指さして言いました。 おひさまが容赦なく照りつけるなかを、どこまでもどこまでも遠く咲きみだれるたんぽぽの野原のまん中に、ぽつんと、一本の樫ノ木がのびています。地面の底から、力いっぱい生えて来たんです。ふといからだから、くねくね、何本もの腕を生やし、日射しをぞんぶんに吸いながら、空へむかってせいいっぱい、のびをしています。 「うわぁ、いい気持でしょう? パド。」 「ああ、じつに気持いいもんだ。」 パドもふといしゃがれ声でこたえました。 そのうち、樫ノ木は、もっともっと地深くへと、ぐんぐん根を生やしはじめました。葉っぱたちが、ざわざわ……おしゃべりしながら心地よさそうに揺られています。木を透かしてみえる、ふしぎな〈ちからの矢〉が、根っこを通って地の底の底まで、枝を通って野原のはてのはてまで、梢を通ってまっ青な空をつきぬけた、遠いかなたまで……みなぎっていくのがわかります。 そうしてちょうど見えない花火のように、その矢のひとつひとつがアトリエぢゅうに舞いおちて来ました。となりの絵で躍るアネモネの精の、目もさめるような赤に、オルゴールの玉乗り娘の、のどからこみあげてくる、悲しそうなわらい声に、森の奥の、あとからあとからあふれ出る泉の水に………生まれ変わっていくのでした。 はた織少女のみる夢は、気の遠なるほど昔にかえって、くるくるまわっています。ひとりでに鳴りだした手廻しオルガンのふしぎな音色が、くらい森をぬけ、虹をわたり、牧場ぢゅうにひろがって、音符になって踊っています。 原っぱのまんなかにこんもりともりあがった、うつくしい丘が、雲間からまっすぐに降りるスポットライトに照らされて、うっとりまどろんでいます。丘のうえの教会があくびをし、なかからモテットの合唱が流れてきます。その歌声を、こまやかな装飾音でかざろうと、小鳥たちがいっしょになってさえずりますと、塔のてっぺんでは十字の星が、それはそれは気持よさそうに光かがやきはじめます。村いっぱいにほほえみかけるように……。 「パド、きみったら、いちどにあんまりたくさんのとこに隠れていて、いっぺんにそこらぢゅうから出てくるんだもの! ぼく、頭がおかしくなっちゃう!」 ニムリムが、頭をかきかき言いました。 「あはは………」 わらい声がこだましています。 気がつくと、ニムリムもいっしょにわらっていました。そう……そのわらい声はニムリムじしんの声なのでした……。 と、それはいつしか丘のうえの教会の鐘の音になって、原っぱいっぱいにひろがり、虹の橋をわたって森をこえ、額縁をこえて、やがてアトリエぢゅうに響きわたっていくのでした。 「そうだよね、パド? きみの声は、ぼくの声なんだ。そしてまわりぢゅうの、みんなの声なのさ!」 パドはもう、いつの間にかシャボン玉のなかへ――ニムリムのすぐそばへ、舞いもどって来ていました。……ずっとまえから、ここにこうしていたかのように。 パドはニムリムのまわりぢゅうに漂い、あちこちに生まれ変わり、ここかしこに宿ったまま、こうして自分のそばに――目にははっきりと映らないくらいすぐそばに――いっしょにいるのでした。……… 男の子の肖像画は、ずいぶん仕上がってきていました。風にふかれたブロンドの髪をすいてあげるように、カデシさんは小刻みに絵筆をうごかしています。すすけた頬は、いくぶんかこけてはいますけれど、ずいぶんと血がかよいはじめ、ほんのりとほてっています。男の子は、湖面のようにひたひたと、カデシさんをみつめて、かすかにほほえんでいます。すこし、はずかしそうに。 日射しはつよさをまして、窓辺にふるえるガンピの、まっ赤に透けた花びらは、いまではすっかりアトリエの床のスクリーンに、その頬紅のシルエットをほんのり映しだしていました。 パドとニムリムは、なかよくならんで、まるでふたりでひとつのおとぎばなしの動物のように、シャボン玉のなかに浮かんでお話しながら、ゆっくりとアトリエ遊覧しています。 「パド。」 ニムリムが言いました。 「ぼくなんだか妙な気がするんだけど、遠いむかしさ、もしかしたら生まれるよりもっとまえから、きみはぼくのこと、知っていたの?」 「ええと……さて、どうだったっけ?」 天使のパドはちょっぴり首をかしげてから、考えぶかそうに、こう言いました。 「あまりよく、おぼえていないけど。……でもきっと、ぼくらずっとまえからいっしょなんだよ。きっと、もとはひとつだったはずさ。」 「もとはひとつ!……へえ。じゃあ、きょうはこうしていっしょになって、ぼくら、ひさしぶりにもとにもどったってわけなの!?」 「そうだね。」 「あっはは! パド。きみって、おかしなやつだね?」 ニムリムは、きゅうにわらいだすと、いたずらっぽく目をかがやかせました。 「だって、きみは神様から、生まれたんでしょう? 天使のパド。それなのに、地上はおろか、悪魔のくににもいったぼくと、もとはいっしょだったなんて。」 「やあ! きみは知らないのかい?」 パドもまけずに言い返します。 「だれでも、神様から生まれたぼくたちと、ひとつだったし、ひとつになれるんだ。そりゃあときどき、はなればなれにもなるけどね。そうさ。…きみたちが、天使になれるってこととは、別だけど、でもだれもが天使とひとつになるってことは、できるんだよ。そしてもとはきっとひとつだったと、ぼくは思うよ。でもね、ニムリム。……ぼくだって、ほんというと〈神様〉は、よく知らないのさ……。」 「天使のくせに、かい?」 「うん。神様の分身で、神様のからだでもある、ぼくら天使が、さ。そういえば、きみは悪魔の子で、悪魔のことや、魔王のことを、よく知っていたかい?」 「ううん。ちっとも!」 「ふふっ、ニムリム。……ぼくは天使のなかでは、きっとできそこない、なんだ。地上が大好きで、天のくににあまりいたがらない 天使なんてさ!」 「できそこない……だって? うふふ。それなら、ぼくもさ!」 ニムリムも元気よくさけびました。 「悪魔のくにがだいきらいな、小悪魔なんて! いつもいちにんまえになりそこないの、できそこない!」 「ねえ、ニムリム。天使のできそこないと、悪魔のできそこないだからこそ、ひとつになれるんだとは、思わないかい? そもそもさ、天使のできそこないと、悪魔のできそこないが、出会っていっしょになれる、いいものって、なあんだ?」 「いっしょになれる、いいもの?」 ニムリムが頭をかきかき、考えます。 …… 「あれれ? みてみて! フーガ。あそこにシャボン玉が浮かんでる!」 とつぜん、カデシさんのカンバスの下で遊んでいたカノンが、頭のうえをわたるシャボン玉に気づいて、さけびました。 「ほんとだ! ちっちゃいちっちゃい、シャボン玉! 虹の子みたい。」 フーガもはしゃいで、シッポをとんとんさせました。 「ええと……いっしょになれるいいもの。いっしょに、なれる、いいもの……。」 シャボン玉のなかでニムリムが、天井をみあげ、しきりに首をかしげます。 「それはね、……それは、いい人間さ!」 パドがそうさけんだ時、ふたりののったシャボン玉が、カデシさんのカンバスに当たって、はじけました。 ………肖像画の少年のひたいに、シャボン玉がそっとはずんで消えたとき、カデシさんは、目をほそめながらしずかに立ちあがりました。 「ようこそ……。」
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