第2話 子ねこのカノンとフーガ、はじめて天使をまねく
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 さて、ここはふたたび、えかきのカデシさんの家のなか。
 眠りの精が、まだうたたねの目を覚まさない、子ねこのカノンとフーガの耳もとで、またこんなふしをささやいていきました。

          

  カノンとフーガは  なかよしこよし
  おちゃめなカノンに ものまねフーガ
  ひよどり巡査の   でしゃばり号令
   気になるナ
  お庭にあつまれ   ヒガラの楽隊              
   気になるナ

  おひさま大好き   あたろ、あたろ
  おはなし大好き   また話してよ

                  
                                      
 そして、もうまもなく、そのとおりになるのです。………         

                         
 「ピーッ、ピイッ! ピーヨ、イーヨィ」
 ふいに、けたたましい笛の音がしました。
 いねむりしていた二匹の子ねこ、カノンとフーガの姉妹は、おかげですっかり目を覚ましてしまいました。
 「いったいなにごと? ヒヨドリのおまわりさんかしら? グルワーン。」
 カノンは出窓に鼻をくっつけると、ガラスごしにお庭のようすをじっとうかがいました。
 フーガも、まるでバネじかけの、びっくり箱のおもちゃみたいに、おおきな回転椅子から飛びあがると、あわてて出窓に着地して、カノンのとなりにすわりました。
 あらあら、カノンったら、ピクピクおひげをふるわせて、何か言いはじめましたよ。
 「ニャヤヤヤヤヤヤン、ヤン」
 たいそう短く切って、いまいましげに。するとフーガまで、カノンよりもっと高い声で、
 「ニャヤヤヤン、ヤヤヤヤヤン、ヤン」
 やっぱりたいそういまいましげに、鼻ぢゅうしわだらけにしながら言いました。

 それからはもう、姉妹でおひげをピクピクさせて、ニャヤヤン、ヤンの二重唱です。

 ねこって、どうして小鳥たちや、小さい生きものたちがおうちのそばをとおるたび、いちいち腹をたてるのでしょう。あれはきっと、こう文句を言っているのにちがいありません。

 (なによ、ヒヨドリったら! ひとのうちの庭で、もっともらしい顔して交通整理なんかしちゃってさ。)
 (そうよ、ヒヨドリ! コーチーセール、しちゃってさ。) なんてね。


 あんまりさわぎがそうぞうしいので、カデシの娘さんが、とうとうベッドから起きてきました。
 「どうしたの? カノンとフーガ。何かいたの?」
 娘さんのカブリオルは、眠い目をこすりこすり、子ネコたちにたずねました。

 「ああ、‥‥いたいた! あそこね。なんだ、いつものヒヨドリのおじさんじゃない。」
 カブリオルは、ちいさい双眼鏡で庭をのぞきこむなり、がっかりしたようにそう言いました。

 モモの木のくねった枝の交番に、ヒヨドリのおまわりさんは、とまっています。まんまるい目をむいておつむのしらがをおったてながら、地面にむかってしきりに合図をしているのでした。
 「よう、止まれえ! そこの楽隊ったら! えっへん。本日は歩行者天国ではないぞよ。
 キュイーョ、イーョ!」

 おまわりさんは、またひとつ、するどい警笛をならすと、そうがなりたてました。

 すると、ツピン、ツピン、ツピン‥‥透きとおった日ざしの糸をつまびくような、かすかなコーラスがこうこたえました。
                              
 「だって、おまわりさん。しかたがないよ。しかたがないよ。」     

 みると、ちいさな小鳥たちが、豆つぶほどの銀のたて琴を手に手に、列をなしてならんでいるではありませんか。

 それは、ヒガラの楽隊でありました。みな白い二本線のはいった灰色のセーラー服のそでさきにねこじゃらしのばちをかかげて、いっせいに、はるか南の地平線を指しました。

 「おまわりさん。ほら、あそこをみてよ!」
 青いお空をつき抜けて、アビシャイのとんがり山脈が、ながながとまぶしい雪のショールをはおって、そびえたっています。そのすそのに広がる、かすみがかった町のうえと、赤いお屋根の教会の丘との間を、いま、ポツンとひとつ、かわいらしいモヘヤ毛糸のお帽子みたいなわた雲が、漂っています。それは、すこしずつ、すこしずつ、光りをましながら、心地よさそうに風にふかれて、お空のまん中へむかっているのでした。
 「あの雲をみて、おじさんなにか感じない?」          

         


 カノンとフーガは、これを聞くと、ふいになくのをやめて、おもわず身をのりだしました。ヒヨドリのおまわりさんも、とぼけたまんまるの目をいちだんとむいて、光のわた雲に見入りました。

 カノンとフーガにとっては、なんとなく気になって、出窓にすわっては見あげている、あのいつもの見なれた、おいしそうなわたあめの雲でした。

でも、そういわれれば、いつにもまして、きょうはいちだんとまばゆい、真珠色の光をはなってみえます。


 おまけにその雲間からは、たったいま
ところどころ透きとおったひとすじの矢が、天からすべり降ちる虹の精にみちびかれて、すっと射しこんできたではありませんか。


そのはなつ音が、あちこちにこだまするように…。


 楽隊の先頭に立つヒガラの隊長が、白く光るつやつやした頬をふくらまして、念をおすようにヒヨドリにむかってたずねました。
 「あれをみて、きょうがどんなに特別の日かってこと、わからない?」
 「なに? 特別の日だとな。」
 ヒヨドリのおまわりさんは、見ひらいた目をいっそう皿のようにむきだして、首をかしげました

 「特別の日だって……」
 窓辺のカノンとフーガも、おもわず顔を見合わせると、そのたいそう意味ありげの言葉を、くり返しました。

 みなさんは、雲のうえで、天使のほうでもこれと同じ言葉を言っていたのを、おぼえているかしら?

 「それにぼくたち、時間がないんだ。」
 ヒガラの隊長のすぐとなりにいた、坊やもすぐさま、そうさけびました。 

 ヒガラの楽隊たちは、めいめいクモの糸でできたたて琴のいとを、ツピンツピン、翼のさきではじいては、くちぐちにつぶやくようなかぼそい声で、なにかうったえています。ヒガラたちのながい列にそって、琴の、無数のいとのつらなりが、カーテンのようにつづいています。そのいとの一本一本を、光のエレベーターがいそがしく上下にすべっているのがみえます。ときには青く、ときには赤味がかった金色に輝きながら、風にたわんでは消えていく、おねがいごとを、空にうたっているのです。


 「ふむ。時間がないとな。つまりはあのわた雲が、どこかへ飛んで行っちまわんうちに、なにかしなければならんのだな?」
 両手を後ろに組んだまま、ヒヨドリはかしこまったせきばらいをひとつ、してみせました。ヒガラたちはみな、ちからづよくこっくりをしました。

 「おじさん、ぼくたちおもうの。きょうはきっと、なにか光のできごとがあるんだ。‥‥そう、こんな天気の日にはね。そのときぼくらは、うたをかなでるのさ。そうしたいんだ!‥‥あのわた雲が、ちょうど丘のま上にくるのを待って、……それはちょうどま昼で、お空のまん中なのだけどそのときを待って、いっせいに、ぼくたちはじめなくっちゃならないのさ。」
 「丘のまわりで合奏を!」
 「合奏を!」
 そう、みんなは口ぐちに言いました。

 ヒヨドリのおまわりさんは、急に交通整理なんてどうでもよくなりました。
 「よろしい。それでは行っておいで。ただし川のむこうにカラスの軍団がたむろしているから、気をつけるように。キイ、イーオィ!」
 「わかったよ。ありがとう、おまわりさん。」
 ヒガラの楽隊はまた、めいめいねこじゃらしのばちをかかげて、いっせいにヒヨドリにあいさつしました。
 それから隊長が、そのばちをたて琴にあてて、ポロロロン‥‥、お空にのぼっていく合図の音を出しました。楽隊たちも、いっせいにポロロロン‥‥。ねこじゃらしのばちがふれるたび、こんどはソーダ水ほどにほんのり青みがかった、銀色の注射液をツウ、とお空にむかってすべらせながら琴のすだれは、いま、ふうわりと風をはらんで舞いあがりました。

                

 ツピン、ツピン‥‥ヒガラの楽隊は二列になって、宙を舞っていきます。すすき野原の波しぶきのむこう、ぽっかりと、まるで金の島のごとく浮かんでいる、チッポルの丘をめざして、そのむらがるかげは消えていきます。すすきの装飾音符の波がしらたちは、こがね色の手をざわざわ振って見おくっています。

 ヒヨドリのおまわりさんも、ごくろうさんを言うように、こっくり、何度もうなづきながら、これを見おくりました。

 もちろん、カノンとフーガも、じっとだまってこれを見おくりました。もう、ニャヤヤンのコーラスなんかすっかり忘れて、うっとりと、なごりおしそうに。
                               
 ジュリ、ジュリ、ジュリ‥‥。
 おや? 窓辺まぢかで、まただれかがおしゃべりしているみたい。……と、すぐ目のまえにまではりだした、はだかんぼうのコブシの枝の一つ一つに、ろうそくの炎のような白いあかりが、ちらちらともってみえました。
 白いともしびたちは、あちこちで揺れながら、しきりに何か相談ごとをしています。カノンとフーガがよくよく目をこらしますと、それらのともしびたちが、ねずみ色のながい尾を、時計のようにチクタク、振っているのがみえました。

 それは、エナガの群れでした。みんな、まるでゼンマイじかけのおもちゃみたいに、枝から枝にぶるさがっては、休みなくからだを振っています。そのうち、群れのなかでも特別すばしこくて器用そうな二羽のエナガが飛びだすと、みんなをうながすように、さっそく仕事をはじめました。

                     

 二羽は左右にわかれ、遠い枝と枝とにはなれてとまったとおもうと、風になびくクモの糸を、どこからかたぐりよせては、じょうずによっています。ちょうど鉄棒するように、たがいに反対むきに枝さきをくるくる回るたび、糸はよじれていきました。

 のこりのものたちも、元気に枝を跳ねわたると、みな手ぎわよく仕事にとりかかりました。コブシの幹にとりつけてあった、あわいもみの木色をしたふかふかのこぶを、みんなでゴトゴト、くちばしでうごかしはじめたのです。

 それは、たまごのかたちをした、エナガの巣でした。このあわいかたまりのなかいっぱいにつめ込んだ、おふとんの羽根を、みんなしてつつき合っては、ひっぱりだしているのです。
 カノンとフーガは、ふしぎそうに顔を見あわせました。だってなんだかもったいないのですもの

 「ピーヨ、イョ!」
 とそこへ、あのけたたましい警笛をふいて、ヒヨドリのおまわりさんがやってきました。
 「なにをしとおる! きみたち。」
 ヒヨドリは木の手まえまでくると、空中の一点に停まったまま、翼だけはためかせて、エナガを呼びとめました。

 「いったいそれを、どうするつもりかね?」
 「ぼくたちの巣なんだから、どうしようとかってさ!」
 「いま、いそいでるの。ぼくたち!」


 エナガたちは、ジョイジョイ、ジュリジュリリ‥‥口ぐちにくちばしの中でぶつぶつ文句をいいながら、仕事の手はすこしも休めません。ひとり気のいいエナガが、きょろんとひとつ、まばたきをして、肩をすくめながら、みんなのかわりにこたえました。
 「チェンバロをつくってかなでるのさ。天使の子にきかせるために。」
 「チャンバラに、天使だって?」
 のどになにかつまったようなかなきり声で、ヒヨドリのおまわりさんはきき返しました。
 「チェンバロだよ。ピアノの、むかしのすがたをしたやつさ!」
 「きょうは特別の日になるの。おじさんだって、あのお空の光りかたをみて、なにか感じるでしょう?」
 となりにいた、エナガの坊やも言いました。

 ヒヨドリは、ついさっきもききおぼえのあるその言葉に、ふたたびあっけにとられたようすです カノンとフーガも、またふたりして顔をみ合わせました。

 そのうち、あらあら? エナガたちは、とうとうすっかり巣の中身をくりぬいて、しきつめてあった羽根を全部、ひっぱり出してしまいましたよ。と、そこへのっぽの一羽がやってきて、土の上へその羽根を順ぐり一列にならべると、ツンツンつついて、あっというまにわた毛を抜きとってしまいました。ふわふわの羽根はすっかりはだかんぼうの骨になり、ずらりとならんで光っています

 「よし、たしかに八十八、あるぞ。」
 隊長がくちばしで骨の数を確認しました。
 「こっちもすっかり用意はいいぞ。」
 クモのより糸のほうも、できあがったようです。

 「ほう! こいつがその、チャンバラとかいう楽器かね?」
 ヒヨドリが、さかんにまばたきをしてききました。

 エナガたちは、より糸で、くるくると、それはじょうずに羽骨のくしを巻きつけていきます。
 「これは、中の仕掛けさ。とっておきのね! こいつをつかってチェンバロのいとをかきならすんだ。」
 「チェンバロのいとには、すすきの穂をつかうんだ。これからそれも八十八、あつめて、骨のくしにぴったりかみ合わせるのさ。おじさん、おねがいだからそこどいてよ!」

 エナガたちはいそいでいます。ヒヨドリのおまわりさんは、風船でもしぼむように、すごすごモモの木の交番にひきかえすと、いつものように背中で手を組みながら、こちらのようすをうかがっています。
 エナガたちはいちもくさんに飛びたつと、トネリコの小川のふちのすすき野原へむかいました。からからに枯れたすすきの穂が、金の冠もおもたげに、いっせいに風になびいては、おいでおいでをしています。エナガの群れはまっすぐにすすきの波間におちてゆき、すっかりすがたを消してしまいました。‥‥


 あたりは静まりかえっています。ただすすきの手だけが、くるくるうず巻く指さきを、天にむかってさしのべながら、からだぢゅうの糸をほどいていくような、そんな手まねきのしぐさのまま、かみさまに時間を止められてしまった、というふうに、青いあおい空をみあげては、さらさらとすれ合ってたわんでいました。 ときおりすすきの茎たちが、ふいの風にあおられるたび、こがね色にまばたきしながら、天のすべりだいを降りてくる、あんず色や、すみれ色した虹の精に、透きとおった背中をかしていました。

        

 やがて、ほら・・・。エナガたちはうずまきのなかからひとつ、ふたつ、顔を出しはじめましたよ。そのうち、さっと群れを組んではばたきながら、空の一点めざしてのぼっていきます。すすきの穂も一列にならびます。
 穂の列は、右から左へじゅんぐりに、せいたかのっぽになっていき、うつくしい三角形を宙に描いています。のこりの数羽が、そのうえから、象牙のくしの歯のように、ずらりと光る羽骨のしかけをくわえながら、ぴったりとかさなりました。さいごの一羽が、白いバレリーナそっくりに、空の舞台をくるくる回転しながら、クモのより糸を、そのかさなりにみるみるうちに巻きつけていったのです。

 「ほう!‥‥」
 遠くで首をながくして、このようすをじっと見つめていた、カノンもフーガも、ヒヨドリのおまわりさんも、みんなもう、ただためいきをつくばかりでした。

 「これから森で、この楽器の入れものに、ちょうどいい巣箱を見つけに行くよ! よかったらききにきてね。ぼくらの演奏!」
 遠くから、エナガの坊やが早口でさえずりました。

 そうして、みんなが宙を舞うたび、チェンバロのじゅうたんは空をはうように、ときにはミルク色に、ときには金色に輝きながら、何ともいえないかろやかな音をはじいているのがわかります。

      

  シャロン、シャロン、ツピン。
 小鳥たちの三角のうねりは、すすき野原の海を飛び越え、舟の帆みたいにはためきながら、南に浮かぶ金の島、チッポルの丘をめざしてみえなくなりました。
 お空の上にはいつのまに、たったいま消えたばかりの、三角のうねりとそっくりな、長いすじ雲がたなびいています。ちょうど天使が、かぎ針でお空をひっかいたあとのような、かすかな糸を高くひきながら。

 ヒヨドリのおまわりさんは、モモの木交番にこしかけたまま、ぼんやりとお空を見上げています カノンとフーガも、まあるい背中をもちあげて、ほっとひとつ、ため息をつくと、あとはもう、ただ夢みるようにぼんやりと、やっぱりお空をながめているのでした。

 さて、(けれども)そのあと、お空の横断歩道は、しだいに忙しさをましてきましたよ。おまわりさんは、ぼやぼやしている場合ではありません。ほら! もうやってきました。

 「ギチ、ギチ、ギチ、ギチ‥‥」
 もうれつな歯ぎしりをまくしたてて、いまいましげな一羽の鳥かげが、すうっとすすきの波間におちて行きました。さっきエナガたちがしたように。でも、もっとずっと、せっかちに。 
 やがて姿をあらわしたとき、くわえていたのは、細長いすすきの葉っぱでした。なんでも、ほどけたリボンのように、くるくるクレープを巻いています。よくみるとその曲線は、なんと4分の4拍子をかたどっているではありませんか。

                                ζδξλκγλ

 拍子記号をくわえているのは、指揮者のモズ先生でした。
 「かんじんのわしを、おいていくとは! なんてやつらだ。だいたい何分の何拍子か、わかっとるのかね? まったく!」
 そう、ギチギチ、文句を言っているんです。

 モズ先生は、さも不機嫌そうに、チャッ、チャッ、って舌打ちしながらも、拍子の花文字をおっことさぬよう、空たかくかかげると、長い燕尾服の尾をふりふり、拍子をとって、小鳥たちの楽隊のあとを追いかけていきました。

 「先生! 待ってくださあい、ギィーッ。」
 きしんだ木のドアをこじ開けたような、おかしな声をあげながら、あわててこれを追いかけるのは、キツツキのコゲラでした。きっと丘の原っぱで、楽隊のかなでる合奏に合わせ、すみっこの高い木の幹にとまって拍子とりをするよう、モズ先生に命令されたにきまっています。
 「ギィ、ギギギギギィ‥‥‥」
 むりやり木ねじを回すみたいな連続音をだしながら、白と黒、まだらの羽根をぱたぱたさせて、コゲラの弟子は飛んでいきました。

                 ・・・・・
 「おっほん。」
 ヒヨドリのおまわりさんは、苦手なモズ先生と、気の毒なコゲラの弟子を見おくりますと、右をみて、左をみて、かしこまったせきばらいをひとつすると、またいつものように背中で手を組み、お空の視察をはじめました。

 そのころ、窓辺のカノンとフーガは、ちょうどいま、お仕事を終えたばかりのカデシさんに、朝ごはんをもらって一息ついたところです。時計は十一時をまわっていました。

 あんまりいっしょけんめいお外をみていたものですから、カノンもフーガも、食事のことなどすっかりわすれていました。めずらしいこともあるものです。
 コンビーフに、とりのささみをぺろりとたいらげたあと、カノンとフーガはこんなことを話し合っていました。


 「ねえ、あたちたち、小鳥たちがこんなおしゃべりをいつもしてたこと、ちいっとも知らなかったね!」
 「ほんとね、フーガ。いつもとちがう言葉をしゃべってるように、聞こえたわ。いつも聞こえない音まで聞こえたし。いつも見えない光も、見えた気がしたし。やっぱりきょうは、きっとなにか特別な日なんだわ?」



 さて、ようやく一息ついたカノンとフーガの出窓劇場へ、お次に登場してきたのは、カワラヒワの一家でした。

 「チュイン、チュイン、チュビー」               

 そでの黄色いカフスをきらりとおしゃれにひらめかせ、ひとりひとりまた何やら、かわった楽器を肩にかけ、お庭の舞台へあらわれました。どうやらこんどは木琴のようです。上下二列にパルプの円筒がならんでいる、アシナガバチの古い巣は、ドングリの実のばちでたたく木琴にはうってつけでした。みな、手に手にドングリのばちを二本づつ、かかげていますが、ひとりちいさな坊やだけは、一本だけしか持っていません。

 「ぼくも、ぼくも‥‥。」
 ちいさなヒワは、べそをかきながら、おかあさんの後をくっついています。
 どうやらなくしてしまったようですね。きっとあたらしいばちを、お庭にさがしに降りたのでしょう。
 「コロロ、コロロ。キリ、コロロ。」

 木琴は、ちょうどカワラヒワが夏のあいだに鳴きかわす、ころがるようなうつくしい声とそっくりの、まろやかな音色でひびきます。

 「ピーヨイョ、イョ! あんたがたも、なにかね? 本日がなにかこう、特別の日という、予感ですかね?」

 すこしもったいをつけて、ヒヨドリのおまわりさんは呼びとめました。
 「ええ、そうですわ」
 カワラヒワのおくさんが、うなづきます。               

 「わたくしたち、なにかどうしようもなく、さそわれる気がして。何かに呼びかけたくなるんですの。こんなお天気の日には。」

 「だっておじさん! あんなにかわいらしい雲が、いつもよりずっとご機嫌そうに、ああして浮かんでいるんだもの。なんだか、虹の子でもかくしたみたいな、特別な光をばらまいて、ぽっかりとさ!」
 カワラヒワの兄さんもいいました。
 「なるほど。‥‥そう言われれば、そうですな?」

 ヒヨドリは、しらがあたまをこつこつふって、うなづきました。

 カノンとフーガも、窓辺の席でこっくり、こっくり、うなづきました。

 「あの雲ときたら、まるで光の天使のための、ふかふかのざぶとんみたいですわ。」
 おくさんはうっとりといいました。

 「えっへん。それによおく、ごらんなさい。おまわりさんよ! ほら、あちらを。」
 でっぷりと太ったカワラヒワが、いげんたっぷりに、こんどはすこし西の空たかく、指さしました。
 それはさっきのエナガの群れが消えたあと、お空にうっすら尾をひいていた、かぎ針でひっかいたようなあのすじ雲でした。

 でもいつのまに、さっきよりずっとふかふかしてふとってみえます。

 「あれらはまるで、われわれの合奏をまねいているようではありませんかな? どうです、あれを見て、どう思いますね?」

 カワラヒワのだんなは、黒いパイプをぷかぷかふかしながら、ヒヨドリにたずねました。
 「ふむ、はて。なんだか魚の骨にみえますな!」

 ヒヨドリは、とぼけた目をしろくろさせて、すっとんきょうな返事をかえしています。カノンとフーガは、くすくすわらいました。

 「ほう! あなたには、あれが魚の骨にみえますかな。」

 カワラヒワのだんなは、パイプをいっそうはげしくぷかぷかしながら、たいそうおどろいたようすで、そう言いました。が、そう言われれば、たしかに箒ではいたようなすじのなごりのまん中をよこぎるように、うっすらと、一本の線路がつらぬいてみえます。ヒヨドリには、それが魚の背骨に、うつったのでしょう。

 「いやあ、われわれには、まるで木琴の板のように、みえてならんのです。われわれのかなでるうつくしい音楽をまねるように、ですぞ! うぉっほん。もっとも、あれはまもなく、もっと太って、ばらばらに散って、空の牧場にあそぶ、ヒツジたちの群れにかわるでしょうな。そして、われわれの演奏のあとをついてくるにちがいありませんぞ。うぉっほっほ。」

 太ったカワラヒワは、ひとりでうなづきながら、たっぷりした声でそう言いました。

 「とうちゃん、みっけた! ぼくのばち。」
 坊やが、ドングリの実をくちばしにくわえてやってきました。首をふりおろしてパルプの行列にたたきつけますと、
 「キュルリ、ズィン‥‥コロコロロ‥‥」まろやかなかわいた音が、あたりにばらまかれました
 
「おお、これはよい。」
 カワラヒワのだんなは目をほそめ、たいへん満足げにうなづいてから、ごじまんのそでのカフスをひらめかせ、遠い丘を指さしました。

 「では、わしらはこれで。」
 太っただんなは胸をはり、おなかもはって、自信たっぷりにえしゃくをすると、木琴をかついでさっさと空へ舞いたちました。ほかのカワラヒワたちも、あわてて後につづきます。

 「ごきげんよろしゅう。」
 カワラヒワのおくさんも、ていねいにおじぎをすると、さいごについて飛びたちました。
 「コロコロロ、キリコロロ、ズィンズィンコロロ、キリコロロ‥」

 こうしてやはり、すすきの装飾音符の波をこえ、ラムネ色のスタッカートの水しぶきをこえ、小川づたいにつらなっていく、トネリコ並木の八連音符をはるかにこえて、南の丘のフェルマータへとみるみる消えていきました。・・・                
                                 ♯♭   

 さて、そのころ森かげにたむろしていたカラスの群れも、これを見おくっていました。

 「なんじゃ、きょうは? つぎからつぎと、行ったり来たり。」           
γ
 みなでなにやら顔を見合わしています。                  
ν

 「おい、子分、川むこうでなんかありそうじゃあねえか?」         
 「おもしろそうですぜ、親分! やつら、みんな手に手に、なんかしら持っていきやすぜ!」
 「わしらもちょいと行ってみましょうや。」                                     

 カラスの軍団は、色々相談しあってから、いよいよそろって頭を低くして、みな畑のはしをつぎつぎに助走しはじめました。そして、
 「カワー、カワー」
 しばらく鳴きかわして、河原のうえを何度か空中旋回したかとおもうと、あぶらぎった黒い翼をばたつかせながら、やがて川むこうの丘をかこんだブナ林の方へ、小鳥たちの群れのあとを追うように、飛んで行きました。

 カラスのご一行さまをお迎えして、地平線では双児のケヤキの兄弟が、空の木目のうえにまっ黒なシルエットを彫り込んでいました。ちょうど歓迎の花火の、パッとひらいた瞬間のように、放射状の枝の影絵を空に放って迎えています。

 「おっと。なんじゃ、あれは! 不気味な。‥‥いったいどうしようと言うんじゃ、やつら?」
 ヒヨドリのおまわりさんは、カラス軍団の消えて行く空を見上げて、つぶやきました。
 「こうしちゃおれんわい。いまこそ、仕事じゃ、仕事らしい仕事じゃ!」
 もっともらしい理由を自分に言いきかせて、ヒヨドリはなっとくすると、もう半分うきうきしながら飛びたちました。
 「キイーョ、イョィ」                              
 あいかわらずけたたましい笛をふきながら、ヒヨドリはいそいで後について行きました。

 さあ、これを見ていた子ネコ、カノンとフーガは、どんな気持がしたでしょう?
 カノンはフーガを、フーガはカノンを、うったえるような目でみつめました。そして、つぎの瞬間には、扉のすきまをすべり抜け、それはもういきおいよく、ふたりはオレンジ屋根のおうちを飛び出していたのです。子ネコの姉妹は、二発の鉄砲玉のように、猛スピードで庭をかけ抜けて行きました。     

     

 ピチャン、ピチャン、さわ岸をわたり、せいたかのっぽのすすきのハープをポロロン、ポロロン
とおり抜け、いじわるなトゲだらけのイバラの迷路もくぐり抜け、フジの蔓べのブランコも、ヤマ
ブドウが編んだ帆ばしらも、マストの網も、なわばしごも、ぐんぐんぐんぐん、とおり抜け……。
 そうです、いつもは、危ないからふたりだけで行っちゃいけないよって言われている、こわい
場所をいくつもいくつも、すり抜けて、カノンとフーガは、丘へ丘へと走って行きました。
 いつも窓辺で、ガラス越しに見ていた丘。ときどきコンペイトウのお星さまを、塔のてっぺんでまたたかせている、赤い帽子の教会をのせた、なだらかな丘。お昼になると、おひさまのま下で、まっすぐに降りてくる光の帯を、ひとり占めしてなごんでいる丘へね。


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