雑記帳:Cahier2：平均律クラヴィーア――グールド、リヒテル

　2002' 9/07
　　　　9/08

　J・S Bach 殊に「平均律クラヴィア」に関する幾つかの雑記
　（Essayに音楽ノート、特にBachについての雑記を記す為の）

　１）グールドにおける平均律の意味性

　＃グールドの自意識と、Bach平均律に於ける無上の戯れの、表裏一体
（彼の常に破綻すれすれの自意識――それは反省する精神であるとともに、反省することを
　不断に越える、無窮動に律動的な、運動する精神であろう――の問題と、
　そうした自我が常に抱える、世界と自己定立の間に生じるきわめて*高度な緊張と、緊張
　の持続の問題＝逆説的な戯れ、であると思われる。）

　*高度な緊張
　・カフカの諌言的に云う所の“一滴も溢れることなくこれ以上一滴も入れる余地がない”
　　という、ぎりぎりの充溢と綱渡り的遊技性による精巧な律動の、まれな持続

　・Ｍ－ポンティ的に云う所の「襞も外部ももたぬひとつの超越論的領野として己を見出」
　　しうるか？　の挑戦というべきもはや　極限的《架空!?》空間を、音楽という地平、
　　Bach平均律という、無窮動な法則の通底する広大無辺な「懐」において成就させる事
　　に成功した（徹底的に偶有性――他者性の侵犯――を、いわば排することに成功したと
　　もいえる？；その意味に於いては、究極的には乾いた、閉じた空間であると思われる）

　※グールドは、ここに於てBachの世界を体現した・映現した、云々という次元の音楽では
　　ないのであるというのが私の持論。彼自身ための音楽であり、無限の緊張の持続である
　　ままの、彼の魂の具現と至純な遊戯の成功であり、それが彼の休息の流儀なのである。

　　グールドはBachの宇宙の法則から、或る種の広義に於る宗教性を剥ぎ取ることにより、
　　その法則性を現代に尚直結する、活きた、dryな熟達に貫かれた自律運動の極みに昇華
　　しその律動の法則を（自己）完結させることに、成功したであろう

　２)リヒテルの体現している平均律の位相　

　（拙小説第３１章にも書いたが）

　◇第１巻…空智　―――世俗→空へ（至「悟」・求道）
　◇第２巻…実慧　―――空→世俗へ（空に“住まわず”。『受肉せる』空相（=自己）。
　　　　　　　　　　　　開け。無的主体の「生活」

　すなわち
　・第１巻…東洋的無にも近いもの「へと」向かう精神、虚無と無常と、魂の浄化、
　　　　　　求道性。脱＝地上的世界。
　・第２巻…無的主体‘を以て’、平明な魂を以て苦悶と雑念多き「地上に還帰る」

　リヒテルの　（図らずも?）脱キリスト教的（解決の）境地。
　　　　　　　　　　　　　　＃かなりの程度、Bach自身のものでもある
　すなわち神「対」人の乖離的２元世界、問いかけと対峙の世界ではもはやなく、
　神（仏、乃至色即是空）の境位に己が至り、住まう（１巻）ことであり、また
　その「開け」のまま再び地上に降り・住まう（２巻）ことである

　Bach自身の持つ東洋無的境地（或はむしろ東西越境的境地）と、
　半音階セリエ（短調は殊に）というもの自体のもたらす、ある種の東洋性（もしくは
　脱-「西洋古典音楽」性）。

　３）諸ピアニストの演奏にみられる平均律；殊に第２巻における、ある共通の地平　
　etcetc.

2002'10/05
　　　　　11/08　追記（追記部分：青字）

　　グールド/リヒテル/ヴァルヒャにおける BACH平均律クラヴイア演奏の特徴

　*各自,際だってすぐれている、もしくは特徴的と思われる演奏*

　――グールド――

　［全体的特徴］
　　Bachの拍子指定には、じつに厳格かつ巧妙なものがある。例えば９/８,12/８,３/８,
　　12/16拍子と云うように。
　　グールドの奏でる音のひとつひとつの自存自立性と、同時に音楽全体としてのまれな
　　自律運動性。全く以て無窮動な、めくるめく音の生きた運動体としてのリアリテイは
　　他の何よりも傑出しているという特長を持つと思う。彼の指から現出してくる律動は、
　　一つ一つの音のもとい――つまりBachの書法なのであるが――が、何故９/８拍子指定
　　であるのか、何故３/４でなく12/16なのかということ、亦そこに厳然としてあるBach
　　の明確な意図というものを、聞くものに容易に差し出す。他の演奏では解らなかった
　　が、グールドを聞くとはじめて<合点がいく>という経験をしばしば私に与える。
　　彼のフレージングの的確さ。またその中での逐一のrhythmの刻み、音の粒だちの自由
　　自在で必然的な運動としての連鎖が、この的確さを熟知させるのだ。的確さ――それ
　　が直感的・本能的な判断に拠るものであろうと、楽譜に対する徹底的な熟慮にもとづ
　　いた結果であろうと――その無窮動な遊戯をおりなす<tempo>と<律動>がもつ説得力、
　　不断に戯れゆく活きた音の運動体としての自在なリアリティは、私のこれまで耳にした
　　他のあらゆる演奏を凌いでいる。
　　グールドの音楽は、まずもって彼自身ための音楽であり、無限の緊張の持続である
　　ままの、彼の魂の具現と至純な遊戯の成功であり、それが彼の流儀なのではある。が、
　　他ならぬその流儀により、Bachの宇宙の法則から或る種の（広義に於る）宗教性を
　　剥ぎ取り、しかもなお無窮動に刻まれ続けるその律動の軌跡を、現代に直結する
　　活きたdryな熟達に貫かれた律動の極みとして昇華し、その律動の法則を、現代の扉の
　　中に（自己）完結させることに、成功したのではないだろうか。。それはまた、Bachの
　　音の運動体というものが、宗教の外観をうしなった現代になお通底する何ものかを
　　語ってやまないものであることをも、示唆している

＼	曲番号	Bach音楽から引き出した主な要素	顕現させた世界/意味性
第１巻	・2番（ハ短調） fuga	個人的にはリヒテルとグールドの間のtempoが妥当な曲でないかと思われるのだが、グールドの速い奏法は彼のtempoと首尾一貫する。そしてむしろ、曲の興味深い構造が解析しやすくなる。グールドは第３声部目（低音部）の効果的打鍵により、拡大フーガの時間差的競走と主旋律の３・２・１声部への各交代、そのつなぎ目などが物理的・運動力学的にも明瞭に解せるように奏じている。	理知的な構造を具現する運動体としての音の秩序
	・3番（嬰ハ長調） prel＆fuga	prelはリヒテルと変わらぬtempoであるが、３声部目の同音連打の妙が強調された奏法である。fugaは開始から #ニヘニイと５度上のカノンのスタカートに象徴的なリヒテルの跳躍的な演奏を聞き慣れた耳には、妙なほどslowに思えるが、後半の、転回形が交互自在に各声部に顔を出す点、主題8→4分音符への拡大形やらとよく錬られた、多分にケーテン時代風な旋法の譜を荘重さと見倣し、此処に重点を置いている理解ゆえかもしれない	多層的構造と展開への理解
	・4番（ヘ短調）	このprel＆fugaの演奏はかなり充実している。P/Fともリヒテルと殆ど同等のtempoをとっているが、まずprでは9/8(8分音符が単位であり、8分音符9つで１まとまりとなり、次へ進行する書法であることを十分にふまえたアクサンを採っている。同様にfgも、ともすると2/4拍子か 4/4として進みがちの所、16分音符が16つで一小節の単位となる５度差のかけ合いと、８分音符＋１６分音符の単位で進む掛け合い旋律の統合で曲が構成されてある点等々が、スタカートやアクサンの奏法でよく読みとれる。	同上

*これ以降は、小さなマスで書き切れない為、一曲ずつに就て文章で綴りました。
２頁以降の「バッハ平均律」の項をお読み戴けると幸甚です
２頁にグールドの平均律、７頁以降にグールド、リヒテル、アファナシエフの演奏に就て述べています

　2002'10/05
　　　　　10/10
　　　　　10/25
　　　　　11/05

　――リヒテル――

　　<第１巻>
　　＊短調moderatoの無常感。諦念の深淵な世界の表現。
　　＊長調allegroの天上的歓喜踊躍/無窮動性の表現。――両者の対照。
　　<第２巻>
　　＊長/短調つねに逆説的両義性を以て、ひとつの地平である処の境地‘常軌’
　　　に帰還したあらたな主体；<涅槃>の如きものの中の、自由-自「在」なる
　　　実有、の地平の響きを現出。

　　［全体的特徴］
　　主に第１巻の演奏に於て顕著と思われる短調/長調の世界観の対照性に就ていえば、
　　両者の差異の少ない、神からの視座により近い平明・naturalな世界として描く、
　　ヴァルヒャなどに較べ、その宗教性の表現の緩-急と、天-地の居住まいの「断絶」
　　は時としてdramaticで、「神の帰依者としてのBach」「神の語り部であるBach」
　　の声、という位相からのみ語られる単元的な響きばかりではないと思われる分、
　　演奏者自身の魂の求道者としてのより実存的な、精神の<振り幅の大きさ>を、はか
　　らずも示すことになっているのかも知れない。
　　また、その実存的位相の語り（無常 / 無常→空相）が、リヒテルのみのものか、
　　或いは大いにBach自身（の片割れ??）でもあるかと云うところは、熟慮に値する。
　　が、総じてここに於る無常感と孤高性は、単に個的実存というにはあまりに深遠な境
　　地であって、多分に至高な宗教性にみちている。それだけに、其処此処に垣間見える
　　「不条理」――普遍と個との間に否応なく横たわる断絶――への直覚、至純な神への
　　帰依と個的実存としての疑義の位相の間を往き来する者の、祈りと孤独な沈潜のなか
　　での自問自答、広大な無常感、また時折無性に虚しく時には怒りにさえ満ちて連打さ
　　れる実存の<楔>の説得力etcetc.も、計り知れぬものがある…。
　　短調moderatoの仏教的とも云える世界は、前人未踏で他の録音に比すべきものがない。
　　が同時に長調allegroの天上的世界表現に於ける、他演奏家よりかなり急速なtempo
　　の選択も、（これと好対照でありつつも不即不離の逆説的関係にある短調moderato
　　の無常との相関に於て見ても）やはりこれ以外に選択の余地ない、至当性を帯びるも
　　のとして首頷すべきものに思われる。
　　
　　他方第２巻の演奏では、（これはBach平均律第２巻そのもののもつ性質と思われる）
　　総じて孤高の無常感＝閉じた宇宙から放たれた感覚、ある種の地平＝場の「開け」
　　のようなものが、第１曲preludeからしてすでに感じられる。いわば主体の位相が、
　　思索・観相から現実世界へ、「宙空（意識）」から「地上」へ降りているのである。
　　その第２巻に顕著な語りの性質に照応するのは、大体に於て不思議とCembaloでの演奏
　　（ヴァルヒャを筆頭にした）であるが、このpianoに於るリヒテルの演奏も、また然り
　　であって、同じ教会のpianoを用いてはいるが、第１巻の時のように、半と1/4以上高
　　めの調律にしておらず、ごく妥当なハ長に始まっており、演奏の姿勢としても、１巻に
　　見られる内省的・沈潜的なtoneを脱し、かなり日常そのものの地平に足を降している感
　　がある。Bach自身、そのスタイルを表象するかのように、終曲（第24曲）もラストを
　　飾るにしてはあっけない、tempoも速めな淡々たる日常生活者のBachの断片を彷彿させ
　　るような曲を置いているし、全曲総じて開け放たれたtoneの、地上と天上世界の断絶
　　を感じさせぬ平明さ――いわば地上がそのまま天上でもあるかのような明るさ――と
　　荘厳さをそなえたケーテン時代の曲を多く置いている。
　　リヒテルの演奏スタイルも、恐らく是をかなりの程度反映させた地平に身を置いており、
　　第１巻でのような、じつに説得力ある普遍性（広大さ）を帯びるものの、終局的には
　　閉じた空間であることを偲ばせる、wetな音響空間とアトモスフェールといったもの
　　を醸さずに、むしろ乾いた、客体としての己を世界へ向き合わせ乃至住まわせる主体、
　　或る種さらけ出された客体である主体、として曲ないし自己自身を扱っているように
　　思われる。したがってその‘乾き’とは、神なるもの・何ものかの働き、なるものの
　　ヴェールを完く剥がした、物質論的地平での物象の自己運動、というがごときdryさ、
　　といった次元のものではなく、あくまで人格の地平に於る、響きであろう。すなわち
　　自と他の間にある、図らずもの関係――すなわち恵みとも云えれば否応無き、とも云
　　える、包摂関係；その長/短調つねに両義を以て、ひとつの地平なのである――を認
　　め、‘常軌’に帰還したあらたな主体；<涅槃>の如きものの中の、自由-自「在」なる
　　実有、の地平の響きであると思われる。

＼	曲番号	Bach音楽から引き出した主な要素	顕現させた世界/意味性
第１巻	・１番（ハ長調）　prel	天上への指向・魂の浄化	上行型和音連鎖の全体的な動きはより低音部へと沈着安定するが、魂の指向には昇高性至高性をもたせる
	・４番（嬰ハ短調）　fuga	孤高の求道性/宗教性；殊に仏教性? 未踏な境地への孤独 73～94小節―無常性の深淵化 95小節以降―実存の自問と打楔 101小節以降ー魂の沈静：諦念?	殆ど仏教的無常観
	・５番（二長調）　prel＆fuga	前半至純無垢なる無窮動性：歓喜躍踊（３番嬰ハ長prelより更に深淵且つ軽快）後半実存的位相からの疑念?の顕/隠	天上的融通無碍世界無窮動性における浄福（↑↓後半部分：実存的疑問）
	・８番（変ホ短調）　fuga	仏教性/特筆すべきは62小節以降の marcato部、殊に64～76小節に於る ppのかもす、えも云われぬ魂の ‘位相の移転’― <無常>→<空相> への稀れな昇華感・超脱感の現出であり、と同時にそれ以降の魂の沈潜（より深遠なる無常への還帰）であろう	殆ど仏教的「空」性；即仏即身と無常観
	・12番（へ短調）　fuga	開始の半音階的開始のきわめて濃厚な東洋性・仏教的無の色調の優れた現出	ピアノによる東洋無の奇跡的な表現
	・14番（嬰へ短調）　fuga	同上	同上：広大無辺なる実存の悲哀
	※12・14との対照・13番（嬰へ長調）・15番（ト長）	無垢なる天上性と自由闊達・明朗な躍動感	同左
	・19番（イ長調）	これまでの短調を通った後の、この長調のすべらかで淡々たる浄福の境地は、Cembalo、pianoを含め、他の演奏に類をみない...
	・20番（イ短調）及・21番（変ロ長調）　prel＆fuga	宗教性に基づいた極上のRomanti- cismを湛えた演奏として、古典音楽の厳格なテンポさえ崩せば、以後の（Beethoven→）Schumann的世界亦後期ロマン派に直結するものを多分に暗示させる演奏を、リヒテル以外に未だ聞いていない	Bach音楽とロマン派（以降）との予言的邂逅
	・22番（変ロ短調）　prel＆fuga	マタイ受難曲などの荘厳さに通じる５声部の重厚な曲だが、他演奏家に比し、リヒテルの演奏にはこの要素を一番感じない。その為かtempo もやや緩慢な印象を受ける
	・24番（ロ短調）　prel＆fuga	４・８・12番などと同様、半音階的進行による、基督教的というよりは仏教的といった方がはるかに近い、無常観。亦、孤高の探索性・求道性。	同左
第２巻	・４番（嬰ハ長調） prel	楽譜自身のもつ美しさのイマージュを尊重したような演奏スタイルで、他の誰よりもリヒテルの奏法は、シューマン「子供の為のアルバム」と共通の極めて至純な音楽的エッセンスを意識させる。これは５番・７番fuga、９番・11番prelなどにも当て填まると云える	最高度の音楽的エッセンスという側面の重点的引き出し
	・４番（嬰ハ短調） prel＆fuga	全体にリヒテルはpreludeはp乃至 ppを基調に、第１巻の余韻をやや残し、楽曲の持つ叙情性を生かした甘美な雰囲気の演奏をし、fugaでは対照的に、比較的・ないし劇的に強い打鍵で接しており、殊に短調の場合には平明・重厚な地平に立ちつつ強固な実存の楔を打つ、という奏法をとっているように思われる。当曲はその典型であり、殊にfuga に於る打鍵の強さは楽曲そのものの立つ地平を、物語らせていると思える	fugaに於る、悟り以後の醒めた実存の地平。厳格さと、ときに情熱的でもある（*６番/10番fugaに於ても同様）＃欲を言えば是をはじめ各prel に於ても、精妙さの中により明解さがあってもよいのでないか
	・７番(変ホ長調) prel＆fuga	当preludeは、特にチェンバロで弾くと、はリュート等古楽器を彷彿する楽想だが、リヒテルがピアノで弾くと、やや甘美な中にもベートーヴェンPソナタ的な至高性すら感じさせる（シューマンはもとより）。 fugaの、天上的で典雅でありつつも、堅固な現実感をも伴う楽想はリヒテルの重厚なタッチがこの独得の地平というものをきわめてよく表現している所と思われる	同上
	・８番（変ホ短調）～９番（ホ長調） prel＆fuga	これに関しては、リヒテルの奏法は上記までのprelとfugaの関係がほぼ逆転して聞こえる。殊にfugaはより重厚で堅固な奏法も可能なはずだが、リヒテルはむしろこの fugaの持つ気品から、ロマン派的で内省的な質を引き出しており、次の９番prelの奇跡的な天上性へとつなげている。そして同fugaにもその内省性を引きずらせる事により、そのゆったりした聖歌風な古典性に、意外にも後期ベートーヴェン的（弦楽４重奏,乃至P-sonate）な精神的質感をすら与えている	後世音楽への橋渡的演奏スタイル＃欲を言えば、より明解さがあってもよいのでないか
	・11番（ヘ長調）/ ・13番（嬰へ長調） fuga	後期ベートーヴェン性?	同左
	・12番（ヘ短調）・14番（嬰ヘ短調）・18番（嬰ト短調） prel＆fuga	２声でもあるせいか、この曲集の中では多分にモツァルト的な形式美を持った曲であるが、リヒテルに於ては、その持つ一時代の典型的様式美と悲哀（の先取り）といった側面を極力排し、殆ど無名性というべきものに近い空気の方を現出させている	同左（ソナタ形式と、半音階的進行のdryな様式美/実存―不条理性―表現の先駆）
	・15番（ト長調） prel＆fuga	翌16番を予感さすような、長調にしてはじつに乾いた、非人称的演奏ともいうべきもの・・・	同左
	・16番（ト短調） prel＆fuga	第２巻の本質がまずもってこの fugaにあることを踏まえたような厳しく実存的な演奏	「実存の楔の連打」の本質の最も象徴的世界を現出
	・17番（変イ長調） prel＆fuga	この長調は圧巻である。長調に於る第２巻の本質を語ってやまない。１巻にこれほどの天上性と流麗さを持った曲があれば、多分にwetに弾いたのであろうが、ここに於てリヒテルは極力dryに奏じている。 Bach晩年の半音階性を生かし、かくたる「長調的天上美」のただ中で、長/短調の境界を無化するようなこの姿勢は、まさしく禅的にいう「空智-実慧」の実慧的境地の様相でもあろう,,,	Bach音楽の半音階性の極地（思うに、後世の安易な　無調音楽で語るより余程　能弁に、芸術表現に於る　<世界>というものの極意　を、この古典音楽の半音　階的世界は、すでに表徴　してはいまいか？）また、是を意識させる演奏
	・19番（イ長調） fuga	後期ベートーヴェン的実存に通じるものこのfugaの特質のためにか、 preludeに於るパストラーレ風な個性も、あえて引き出した演奏スタイルを取っていない	同左醒めた熱情と至高性
	・20番（イ短調） fuga	第２巻の本質ベートーヴェン的実存の激烈さ	「実存の楔の連打」の本質
	・21番（変ロ長調） prel＆fuga	後期ベートーヴェンp.ソナタ的	同左醒めた熱情と至高性・永遠性 ‘開放的’な諦念? リヒテルは大河のように、かなり悠長に演奏している
	・22番（変ロ短調） prel＆fuga	17番長調と逆に（同じ意味性であるが）短調に於ても、長/短調の境界が無化している	同上ここでもリヒテルはfugaを大河のように悠長に演奏しており、それにより短調の性質の帯びる悲哀の側面を消去し無表情にしている
	・23番（ロ長調）	諦観あっての自由。音の自在な自律運動。そのため、無機性にも近い世界の現出長調に於て長/短調の境界がここでも無化している	同左永遠性/‘開放的’な諦念? 宇宙的長大さ
	・24番（ロ短調）	終曲にしてはあっけない程に tempoも速めな淡々たる日常生活者のBachの断片を彷彿させるような曲であるが、その<断片>に天地不可分の普遍的境地が凝集されている	涅槃に於て在る実有

この他に、７頁以降で平均律――グールド、リヒテル、アファナシエフの演奏に就て述べています

2002'

　――ヴァルヒャ――

＼	曲番号	Bach音楽から引き出した主な要素	顕現させた世界/意味性
第１巻
第２巻


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